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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第9章 書状

29.占い

 クアロー国の森の中で山賊を撃退した二日後、オリバンたちはとある町の宿屋にいました。

 ここはまだクアロー国内です。森を抜け、安全な場所まで来た彼らは、集中して占いたいというユギルの希望を聞いて、落ち着いた雰囲気の宿に宿泊したのでした。

 ユギルは別室にこもって占いに専念していましたが、その間、オリバンやセシルにすることはありません。人目を引く風貌なので、町を散策するわけにもいかなくて、二人はずっと部屋で話を続けていました。

「もしも――もしも、だぞ、オリバン。万が一、フルートの身の上に何かがあって彼が死んでいたとしたら、私たちはどうすればいいのだろう?」

 とセシルが言いました。オリバンに気をつかいながらですが、非常に単刀直入なことを聞いてきます。

 ロムドの皇太子はたちまち不機嫌な顔になりました。

「あいつは金の石の勇者だ。道半ばのこのようなところで死ぬわけがない」

「わかっている。本当に、万が一の話だ。私たちは闇の軍勢がいずれこの世界に襲いかかってくる、というユギル殿の占いを信じて、光の軍勢を作るためにユラサイへ向かっている。光の旗頭になるのは金の石の勇者だ。だが、そのフルートがいなくなってしまったら、残された我々はどうなるのだろう? ユラサイへ向かうことも、光の軍勢を作ることも、無駄になってしまうのだろうか?」

「あいつは死んではおらん。外見こそ優しげだが、簡単に死ぬほどやわな奴ではないし、ゼンたちもそんなことは絶対にさせん。だが、百歩譲って、仮にあいつが死んでいたとしたら、代わって父上が世界の国々に呼びかけるだろう。デビルドラゴンと戦うために結集しなくてはならない、とな。むろん、私もそのために全力で戦う」

「そうなると、あなたがフルートの代わりを務めるようになる、ということだ、オリバン。光の旗頭だ……。世界中の闇があなたを狙うようになるだろう」

 と言って、セシルは口をつぐみました。心配そうに婚約者を眺めます。

 オリバンは苦笑しました。

「案ずるな、セシル。私は闇などには負けん。いや、そもそも、その仮定自体、考える必要のないことだ。あいつは死んではいないのだからな」

 けれども、セシルの顔は晴れませんでした。フルートの象徴はユギルの占いの中で見つからなくなっています。それは、ごく普通に考えれば、フルートがすでに死んでいることを意味しているのです。

 

 すると、彼らの部屋へユギルが入ってきました。まぶかにかぶったフードを外して、オリバンとセシルへ深々と一礼します。

「大変お待たせいたしました。占いをひとまず終了いたしました――」

 微妙な言い回しでしたが、おお、とオリバンは身を乗り出しました。ユギルに椅子を勧めて、それで? と尋ねます。

 占者は椅子に座って話し出しました。

「本来ならば、長い時間をかけて、もっと深く占わなければならないのでございます。時間が限られているために、非常に限定された占いになっていることをお含みおきください――。勇者殿の一行の象徴を過去にさかのぼって追いかけたところ、皆様方が小大陸の北部の山中で何かを見つけたところまではわかりました。古い何かの痕跡です。そこから大きな闇が広がり、その一帯を闇の中にすっかり包み込みました。やがて闇は晴れて、再び一帯は見えるようになったのですが、その時にはもう、勇者殿の象徴はどこにも見当たりませんでした」

「とすると、やはりフルートは闇に連れ去られたのか。どこへ行ってしまったのだ」

 とオリバンは言いました。自分がそこへ助けに行けないことに、じりじりしています。

「勇者殿の行く先は見えません。痕跡がまったくなかったので、それ以上追うことができなかったのです。ただ――」

「ただ?」

 と今度はセシルが身を乗り出しました。こちらはいっそう心配そうな顔になっています。

「ただ、他の皆様方の元に、新しい象徴が現れたのでございます。闇の中から忽然と現れたようにも見えましたが、邪悪な象徴ではございません。大変美しい、青い石でございました」

 青い石の象徴――とオリバンとセシルは繰り返しました。そんな象徴の人物を、彼らは知りません。

 ユギルは話し続けました。

「その象徴の人物はゼン殿たちと一緒に行動するようになりました。勇者殿はご一緒ではありませんが、ふたたび六人の集団になって、今度は北東へと向かっておいでです。おそらく、何かの理由でゼン殿たちと共に旅をするようになった人物でございましょう」

「また新しい仲間を見つけたのかもしれんな。あいつらは行く先々で、決まって自分たちの援助者を見つける。闇に囚われたフルートを助け出す協力者が現れたのかもしれん」

 とオリバンは言って考え込みました。闇の中で消えてしまったフルートと、入れ替わりのように現れた青い石の象徴の人物。けれども、占いで知ることができるのは、そこまでが限界でした。それが何を意味しているのか、彼らは知ることができません。

 

 すると、セシルがユギルへ尋ねました。

「彼らは北東へ何をしに向かっているのだろう? フルートを救出しようとしているのか?」

「おそらくそうでございましょう。皆様方が向かっているのは、バルス海の東のカルドラ国でございます。ゼン殿が先頭に立って、他の仲間たちを率いておいでです」

「我々にはできることがないのか? 確かに、我々はもう彼らから何千キロと離れてしまったが、それでもなんとかフルートを助けることはできんのか?」

 とオリバンは、じれったそうに言いました。彼らの危機がわかりながら何もできない状況には、歯ぎしりをするしかありません。

 ユギルは静かに言い続けました。

「残念ながら、わたくしたちは彼らの力になることはできません。皆様方とわたくしたちの間には、本当に大きな距離が横たわっております。ただ、間接的になら、彼らの手助けをする方法がございます」

「それはなんだ!?」

 と即座にオリバンが聞き返します。

「ゼン殿たちが最終的に目ざしているのはロムド城でございます。カルドラからメイを経て、ロムドへ向かうおつもりのようです。おそらく、援助を求めておいでになるのでしょう。殿下がここから城へ書状を送れば、ゼン殿たちが到着するより先に書状が届きます。勇者殿に何事かあったらしい、と書き送れば、陛下がいち早く救済に動き出されるので、勇者殿を助けるまでの時間を短縮することができます」

 ロムド城へ――とオリバンは言い、セシルは納得したようにうなずきました。

「ロムド城には闇の民のキースやアリアンがいる。彼らに協力してもらって、闇に連れ去られたフルートを救出しようというのだな」

 すると、ユギルは首を振りました。

「いいえ、ゼン殿たちが会おうとしているのは、ロムド城の赤い山猫――つまり、赤の魔法使いでございます。キース殿たちではございません」

「赤の魔法使いに?」

 とオリバンとセシルは驚きました。猫のような金の瞳をした小柄な魔法使いを思い浮かべます。何故? と尋ねると、ユギルはまた首を振りました。

「その理由は今はわかりかねます……。それを知るためにはもっと深く占う必要があったのですが、殿下たちに急ぎお知らせしなくてはならないと思い、そこまでで占いを終了したのでございます。もし、彼らの目的や理由まで把握したければ、もう三、四日のお時間をいただくことになります」

 うぅむ、とオリバンはうなりました。状況を詳しく知りたいのはやまやまですが、それだけの時間をかけてしまうと、手助けが間に合わなくなりそうな気がします。

 

 すると、セシルが言いました。

「とにかく、ロムド城へ書状を送ったほうがいい、オリバン。フルートに何が起きたのか、私たちにはわからないが、彼らがロムド城に到着すれば、陛下たちにはおわかりになるはずだ。私たちは急いでユラサイへ向かって、ユラサイの皇帝と和平を結んだら、すぐにまたロムドに戻ろう。私たちには私たちの役目がある。それを果たさなければ」

 ユギルも静かにそれに賛同しました。

「わたくしたちが和平を結んでいく国はユラサイに限りません。また、すでに和平を結んだ国々と話し合いの座を持つこともございましょう。セシル様のおっしゃるとおり、わたくしたちも旅路を急がなくてはならないのです。占盤も、陛下たちにお委ねするべき、と言っております」

 む……とオリバンはまたうなりました。ユギルが占いで告げているからには、それに従わなくてはならないのですが、さすがに、いつものように潔く割り切ることはできません。しばらく逡巡(しゅんじゅん)してから、ようやく椅子から立ち上がります。

「わかった。私は急いで父上へ書状を書いて送ることにしよう。フルートが行方不明になっていて、ゼンたちが赤の魔法使いを訪ねてロムド城へ向かっているので、至急彼らの救援を頼む、とな……。ところで、書状はどのような方法で城へ送れば良いのだ?」

「この町にはしっかりした飛脚(ひきゃく)がいると、占盤に出ております。そこへ書状を託せばよろしいかと存じます」

 よし、とオリバンは答えると、すぐに部屋の机に向かいました。ロムド城の父王に宛てて手紙を書き始めます。

 すると、セシルが立ち上がりました。

「あなたは食べて休まなければ、ユギル殿。今、宿の者に食事を運ばせる」

「おそれいります、セシル様――」

 と占者は頭を下げました。銀髪の陰の顔は、確かに疲れた表情をしていました。この宿に着いてから丸二日間、飲み食いも、眠ることさえもせずに占い続けたのですから、無理はありません。

 ユギルの前のテーブルにはカップが二つ載っていました。オリバンとセシルの花茶が、飲みさしのままで冷たくなっています。そのカップの中をユギルはじっと見つめていました。水面にいくつもの象徴が映っています。銀の光、青い炎、緑の光、星の光、白い翼――ゼンやメールたちの象徴です。例の青い石の象徴も見えています。一度彼らから離れていくように見えたのですが、また戻ってきて、一緒に行動を続けています。

 この象徴はいったい誰なのだろう、とユギルは考え続けていました。邪悪な存在ではありません。空をそのまま固めたような、鮮やかな青い色の石は、むしろ聖なる存在に近く見えます。石はゼンたちの光を受けて、柔らかく光っていました。見ているだけで、胸の中が暖かくなるような光です――。

 その時、カップの水面から象徴が消えました。セシルが部屋を横切り、扉を開けて女中を呼んだので、その振動でカップの中身が揺れたのです。ユギルは小さく頭を振りました。やはりかなり疲れていました。今はこれ以上象徴を追い続けることができません。

 

 そして、ユギルは占いの目を他の場所へ向けることもできませんでした。ゼンたちの象徴が向かうロムド城をめぐって、世界でどういう動きが起き始めているか。ユラサイへ向かう自分たちに、どのような災いが降りかかってくるか。フルートの行方を占うために全力を使った占者には、そこまで占いを広げる余裕がなかったのです。

 フルートたちとは別の場所で、事態は密かに動きつつありましたが、彼らはそれに気づくことができませんでした――。

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