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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第7章 守り

22.鳥の巣

 ポポロは夢を見ていました。

 

 そこは天空の国にある自分の家でした。

 お父さんもお母さんもルルも出かけていて、ポポロは一人で留守番をしていました。テーブルに向かって座りながら絵本を読んでいます。ポポロは今よりずっと幼い姿をしていました。赤いお下げ髪や黒い星空の衣は同じですが、体が小さくて、椅子に座っても足が床に着かないので、足をぶらぶらさせながら本を読んでいます。

 本のページをめくると、ページの上に小さな登場人物たちが立ち上がって、物語に合わせて飛んだり跳ねたりしゃべったりしました。次のページをめくると、また小さな人や生き物が現れて、続きの場面を演じます。魔法の絵本なのです。ポポロはそんなふうに静かに家の中で過ごすのが好きでした。ゆっくりページをめくっては、一人の時間を楽しみます。

 

 ところが、そんな静けさを鋭い声が破りました。

 チィチィチィ、キィーッ!

 家の裏手から鳥の鳴き声が聞こえてきたのです。ただごとではない鳴き方にポポロは飛び上がり、椅子から滑り降りました。家の裏口へ走ります。

 ポポロの家の裏手には大きな木が何本も生えていました。玄関の前で家を守っているラホンドックのような、動く木ではありませんが、その分、小さな生き物たちには絶好の住処(すみか)になっていて、リスや小鳥たちが巣を作っています。鳴いていたのは、そうやって木に巣をかけていた鳥でした。一羽は巣の中で卵を抱き、もう一羽が木の根元を飛び回りながらけたたましく騒いでいます。

 何かしら? と魔法使いの目を使ったポポロは、木の根元に小さな卵を見つけて驚きました。何かの拍子に巣から落ちてしまったのです。うまい具合に草むらに落ちたので、卵は割れずにすんでいましたが、親鳥には卵を巣に戻すことができません。一羽は気をもんで卵の上を飛び続け、もう一羽も巣から心配そうに見下ろしていました。

「大変!」

 とポポロは思わず走りました。草むらからそっと卵を拾い上げ、手のひらの中に包みます。卵はまだほんのりとぬくもりを持っていました。透視してみると、中で小さな命が動いています。

 どうしよう……とポポロは困惑しました。早く巣に戻してあげなくてはいけないのに、ポポロは木に登れなかったのです。お父さんたちは夕方にならないと帰ってきません。それを待っていたら、卵は冷え切って、中のひな鳥は死んでしまうでしょう。どうしよう、どうしよう、と迷い続けます。

 

 本当は、ポポロにはどうしたらよいのかわかっていました。魔法で卵を巣に戻せばいいのです。

 でも、ポポロにはそれをする勇気がありませんでした。ポポロの魔法はいつも暴れ馬のようで、彼女の思い通りになってくれないのです。きっと失敗して、卵を遠くへ飛ばしてしまうに違いありません。あるいは、巣がある木を根こそぎ引き倒して、卵も巣もめちゃくちゃにしてしまうでしょう。絶対に失敗するに決まっているのです。

 ふと、ポポロは本当にそんなことがあったような気がしました。

 いつのことだったか、よく思い出せません。でも、確かにポポロは魔法に失敗して、鳥の卵も巣もすっかりだめにしたことがあったのです。その時の悲しい気持ちまでよみがえってきて、ポポロは卵を抱いたまま泣き出してしまいました。ポポロが恐れているのは、抑えの効かない魔力を持つ自分自身です……。

 

 すると、優しい声が話しかけてきました。

「泣かないで、ポポロ。大丈夫だよ。卵を巣に戻したいんだろう? ぼくがやってあげるから」

 ポポロの目の前にフルートが立っていました。金の兜の下で、空と同じ色の瞳が笑っています。ポポロはとっさには返事ができませんでした。以前と少しも変わらない優しい笑顔を、とまどいながら見上げてしまいます――。

 フルートは、そんなポポロの手の中から卵を取り上げました。片手の中に大事に抱くと、もう一方の手と足だけで木によじ登っていきます。

「気をつけて、フルート!」

 とポポロは言いました。

 本当はもっと別のことを言いたいような気もしましたが、何と言ったらよいのかわかりませんでした。やきもきしながら見守っているうちに、フルートは木の枝までたどり着きました。腕を伸ばして卵を巣に戻すと、親鳥たちに話しかけます。

「さあ、もう大丈夫だよ。もう卵を落とさないようにね」

 チィチィと鳴き続けていた親鳥が巣に戻っていきました。巣の縁に留まって、巣の中をのぞき込みます。下からそれを見ていたポポロは、ああ、よかった、と安堵しました。彼女の魔法使いの目は、親鳥がまた卵を抱き始めた様子を見ていました。戻された卵も、暖かな母鳥のお腹の下に収まります。

 

 ところが、ふと気がつくと、木の上からフルートが消えていました。まだ木から下りてきていないのに、姿が見えなくなっていたのです。魔法使いの目で梢や枝の上を透視しても、どこにも見つかりません。

「フルート……フルート!?」

 ポポロは大きな声で呼びました。いつの間にか、彼女は十五歳の今の姿に戻っていましたが、その不思議には気がつきません。必死でフルートを呼び続けます。

「フルート! どこなの、フルート!?」

 ポポロの声に驚いて、巣の親鳥たちがまた騒ぎ出しました。チィチィチィ、キィーッ! 鋭い鳴き声が響きますが、フルートの返事は聞こえません。

 呼びながらポポロはまた泣き出しました。フルートはどこにもいません。もう二度と会えないような気がして、涙が止まらなくなってしまいます――。

 

 キィーッ、キィーッ……!!

 騒がしい鳥の声に、ポポロは目を覚ましました。

 そこはジャングルの中でした。ポポロは枝を広げた木の下に横になっていて、少し離れた別の木の上では大きな鳥が鳴いていました。三日月型のくちばしの、派手な色合いの鳥です。

 ポポロは夢を見ながら本当に泣いていました。涙の溜まった目で鳥やジャングルを眺め、ああ、と溜息をついてしまいます。ここはポポロが守りの魔法をかけた木の下でした。あんな夢を見たのは、うるさく鳴く鳥のせいに違いありません。また新しい涙がこみ上げてきて、横になったまま両手で顔をおおってしまいます。

 マモリワスレの罠にかかったフルートは、何もかもすべて忘れてしまいました。自分のことも、大切な仲間たちのことも、ポポロのことも……。彼らを見るフルートの目はよそよそしくて、本当に、知らない人のようでした。姿形はフルートなのに、中身はまるで別人のようなのです。夢の場面が思い浮かびました。どんなに呼んでも探しても、フルートはどこにも見つかりません……。

 

 けれども、すぐにポポロは心の中で首を振りました。

 ううん、違う。フルートはここにいるわ……。いなくなってなんかいない。あたしたちを忘れてしまったって、フルートはやっぱりフルートなのよ……。

 懸命に泣きやみ、涙をぬぐって、ポポロは横を向きました。そこには仲間たちがいました。ゼン、メール、二匹の犬たち――みんなポポロが泣いていることには気づかずに、ぐっすり眠り込んでいます。

 ところが、次の瞬間、ポポロは跳ね起きました。フルートが本当にいなくなっていることに気づいたのです。あわてて周囲を見回すと、フルートの馬も姿を消していました。ポポロとゼンとメールの馬が木につながれているだけです。

 ポポロは真っ青になって立ち上がりました。フルートはポポロたちのところから離れていったのです。たった一人で、馬に乗って――。周囲へ魔法使いの目を向けますが、フルートの行った方角がわからないので、なかなか見つけることができません。夢が正夢になってしまったような気がして、ポポロの心臓が早鐘のように打ちます。

 と、ジャングルの奥に、フルートの後ろ姿が見つかりました。やはり馬に乗っていますが、ゆっくり進んでいるので、まだそれほど離れてはいませんでした。ポポロが走って追いつけるくらいの距離です。

 ……本当は、ポポロはゼンたちを起こすべきでした。全員でフルートの後を追うほうがよかったのです。

 けれども、その時のポポロは、そんなことを思いつく余裕がありませんでした。早くしなければフルートに追いつけなくなりそうな気がして、彼女は一人だけでジャングルの中へ駆け出しました――。

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