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第17巻「マモリワスレの戦い」

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21.夜明け

 ランジュールが追ってきていることに気づいたフルートやゼンたちは、お台の山から離れるために、一晩中ジャングルの中を馬で進み続けていました。

 ジャングルの中は日の光が差さないので日中でも薄暗いのですが、夜になれば月の光も星明かりも届かなくて、本当に真っ暗闇になってしまいます。その中を迷うことも事故を起こすこともなく進めたのは、夜目の効くゼンが道案内を務めたからです。腰から灯り石を下げているので、仲間たちはそれを目印にしてついていきました。ゼンを先頭に、メール、フルート、しんがりはポポロという、今までにない順番です。犬たちは周囲を警戒しながら、馬の足元を前になり後ろになりしながら歩いていました。ほとんど休むこともなく進み続けたので、夜が明ける頃には、ずいぶん北のほうまでやってきます。

 

 日が昇ると、木の葉が重なり合ったジャングルの天井や木立の隙間から光が洩れて、周囲が見え始めました。ポポロは馬の足を速めると、フルートやメールを抜いてゼンに追いつきました。馬の上から話しかけます。

「このあたりで休みましょう……。ランジュールが命令した怪物はジャングル中に散っているけど、日が昇ったから、あたしの魔法で隠れ家を作れるようになったわ。一晩中歩き続けたんだし、休まないと進めなくなっちゃうわよ……」

 おっと、とゼンは手綱を引いて馬を停めました。ゼン自身は頑強なドワーフなので、まだまだ何時間でも進み続けることができましたが、仲間たちを振り向くと、メールもフルートも、休もうと呼びかけてきたポポロも、もうかなり疲れた顔をしていました。犬たちもだらりと舌を出して、つらそうに息をしています。ゼンは頭をかきました。

「だな。んじゃ、どこか適当なところに寝られる場所を作ってくれ。そこで休んで、夕方になったらまた出発しよう」

「日中は進まないつもりかい?」

 とメールが聞き返しました。

「ああ。明るい中を歩くと、ランジュールが送りだした怪物に見つかるかもしれねえからな。しっかり寝て、食って、それからまた出発しようぜ」

 そこで、ポポロは馬を下り、近くに枝を広げた木立を見つけて、その下で呪文を唱えました。

「セクカオチータシタワラカキテヨーキ」

 木の下にいれば敵から見つからなくなる魔法をかけて、さらに継続の呪文で魔法を定着させます。

「ヨーセクゾイーケ」

 緑の星が散って張り出した枝の下に広がり、また見えなくなっていきました。ポチとルルがそこへ進んでいって、くんくんと匂いを嗅ぎます。

「ワン、いい感じですよ。空気が落ち着いてます。この中にいれば、きっと安全ですよ」

「闇の気配が遠ざけられたからよ。さっきから、森の中を闇の怪物の気配が何度も通り過ぎていたんだけど、それが感じられなくなったわ」

 犬たちがそんなふうに太鼓判を押したので、ゼンとメールは馬から下りて木の下に入りました。馬を木の根元につなぎます。

 

 ポポロはまだ馬に乗ったままのフルートを振り向きました。ためらってから、思い切って話しかけます。

「フルート、休憩しましょう。ここにいれば大丈夫。敵に見つかる心配はないわ……」

 またフルートに、嫌だ、そんなところには入らないぞ、と拒絶されそうな気がして、ポポロの声が震えました。フルートがこんなふうになってしまったのは魔法のせいだとわかっているのに、それでもフルートを怖いと思う気持ちが抑えらません。ここに来るまでの間、フルートは黙りこくって、一言も話しませんでした。ポポロはその後ろをずっとついて歩いていましたが、なんだか全然知らない人を見ているような気がしてしかたなかったのです。

 すると、フルートは意外なくらいすんなりと馬から下りました。黙って木の下まで進むと、馬をつないで、すぐにその場に横になってしまいます。仲間たちは目を丸くしました。

「なんだ、そんなに疲れてたのかよ。もっと早く休憩してやったんだから、言えよな」

 とゼンが言いましたが、フルートは返事をしませんでした。木の根元に薄く生えた苔の上で、じきに、すうすうと寝息をたて始めます。

 

 他の仲間たちは木陰に思い思いに座りました。空腹になった者は持っていた食料を食べて水を飲みます。

「ねえ、この先はどうするつもり? フルートは私たちに乗れなくなってるのよ。どうやって赤の魔法使いに会いにいくつもりよ?」

 とルルが話を切り出しました。うぅん、とゼンはまた頭をかきました。正直、どうしたらいいのか、見通しがまだ立っていなかったのです。

 すると、メールが言いました。

「フルートにかけられた魔法――マモリワスレの術って言うんだっけ? あれは赤の魔法使いにしか解けないんだから、とにかくロムド城まで行くしかないわけだろ。ランジュールに見つからないところまで、こうやって馬で進んでさ、後は花鳥で一気にロムド城まで行けばいいんじゃないのかい?」

 ゼンは渋い顔になりました。

「かなり離れてからでないと、花鳥は作れねえと思うぞ。ランジュールはとにかく執念深いからな。おそらく空にも怪物を送りだして、俺たちを見つけようとしてるはずだ。花鳥なんかで飛びたったら、たちまち見つかっちまわぁ」

「空はずっとフノラスドが見張っているのよ……。今はジャングルの木の陰になっているけど、空を飛んだらすぐ見つかっちゃうと思うわ」

 とポポロも真剣な顔で言います。

「じゃあ、馬でロムドまで戻るしかないってこと? めちゃくちゃ時間がかかるじゃないの! その間、ずっとフルートをこのままにしておけって言うの!?」

 とルルが声を上げました。彼らはロムド国からミコン山脈を越えてテト国に行き、塩湖があるカナスカ国を経て、この小大陸のジャングルまで来ています。ここまでくるのに、たっぷり二ヶ月以上かかったのですから、戻るのにもそれと同じくらいの時間がかかるはずでした。

 すると、ゼンが腕組みして言いました。

「来た道を戻るにしても大変なんだよ――。ミコン山脈に雪が降るからな。普段の俺たちならともかく、フルートがこの状態じゃ、冬のミコン越えは危険すぎらぁ。ミコンを越えねえで、サータマンからミコン山脈の西の麓を回ってロムドに行くコースもあるんだが……」

「それはダメだろ! サータマンなんかに足を踏み入れたら、あたいたち、あっという間に捕まっちゃうじゃないのさ!」

 と今度はメールが声を上げます。

 

 すると、ずっと考え込んでいたポチが口を開きました。

「ワン、ミコンを越えずに安全にロムドに戻るルートがありますよ……。カナスカ国の西隣にカルドラって国があるんだけど、そこから北のメイ国に行くんです。メイはセシルの故郷だし、ロムドの同盟国ですからね。安全に通過してロムドに行くことができますよ」

「ちょ――ちょっと待て」

 とゼンが言って、あわててフルートの馬の荷袋から世界地図を取り出してきました。中央大陸の南部から彼らのいる小大陸のあたりを眺めます。

「カルドラ……これか。バルス海の東側にあるんだな。で、お台の山はこのへんにあったから、俺たちが今いるのは北側のこのあたり――確かに近いな。北東に進めばすぐだ」

「ワン、地図ではカルドラとメイは隣接しているんだけど、実際にはこの間に高い山があるから、越えるのは大変です。でも、カルドラにもメイにも港はあるから、船でバルス海を渡ってメイに行くことができるんですよ。船なら馬たちも一緒に運ぶことができます」

 ふぅん、と一同は地図を眺めました。バルス海は入り江のようになった内海なので、さほど広い海ではありません。そこを横切ってメイに行くのにも、それほど日数はかからないように見えました。そして、メイの北東にはロムド国が隣接していました。このルートは、一角獣伝説の戦いのときに、彼らがロムドからメイへ行くのに通った道です――。

 けれども、ルルが首をひねりました。

「ねえ、カルドラはサータマンと関係が深いんだ、ってフルートが前に言っていなかった? だから、私たち、船でカルドラから南大陸に渡るのをやめて、小大陸を通って南大陸に行くことにしたんでしょう? そのカルドラに行ったりして、大丈夫なの?」

「じゃあ、どうするんだよ? 他に安全にロムドに行く道なんかねえぞ」

 とゼンが口を尖らせると、メールが言いました。

「もし、カルドラでうまく船に乗れそうにないときには、海王を呼ぼうよ。バルス海は東の大海に面してるんだから、きっと助けに来てくれるよ。アルバや、クリスやザフやペルラも来るかもしれないさ」

 海王の長男や三つ子たちの名前に、ゼンは思わずにやりとしました。彼らと一緒に冷たい海まで遠征した海の王の戦いを思いだしたのです。彼らはゼンたちの友だちでした。確かに、彼らを助けてくれるに違いありません。

「よし、じゃあ決まりだ。俺たちはこのまま北東のカルドラを目ざして、海辺に出る。船に乗れればそれでメイに渡るし、ダメだったら海王に頼んで海を渡してもらう。そして、ロムドに行って――あいつを元に戻してもらうんだ」

 ゼンのことばに、一行は思わずフルートを振り向きました。フルートは彼らからいくらも離れていないところに横になり、腕枕でぐっすり眠り込んでいました。金の兜からのぞく寝顔は、以前のフルートと少しも変わっていないように見えます……。

 

 何とも言えない気分になってしまった仲間たちに、ゼンが言いました。

「そら、話が決まったら後は寝るぞ。まずは食え、そして寝ろ、だ。しっかり食って寝ねえと、メイにもロムドにもたどり着けなくなるんだからな」

 そこで彼らはその場に横になりました。木の根や自分の腕を枕にすると、すぐに眠ってしまいます。旅慣れている彼らは、どこででもすぐに寝ることができたのです。

 眠りに落ちる寸前、ゼンが、あぁ、と思いだしたような声を上げました。

「そういや、あいつにランジュールのことを話すのを忘れてたな……」

 あいつ、とはフルートのことです。彼を狙うランジュールのことを教えると言っていたのに、逃げることのほうに必死で、話し忘れていたのです。フルートは相変わらずよく眠っていました。起きたら教えてやろう、と考えながら、ゼンも眠りに落ちていきました――。

 

 ジャングルの中に漂っていた朝霧が消えると、あたりは次第に生き物の声でいっぱいになっていきました。数え切れないほどの鳥や獣、虫たちが鳴きかわしています。ジャングルは命の宝庫です。餌を探す生き物たちが、はるか頭上の枝を渡り歩いていきます……。

 地上でも生き物たちが動き回っていました。ゾウが木立の間から姿を現し、またどこかへ歩いていってしまいます。ネズミのような生き物が地面を走って素早く木に登っていきます。別の木の陰からは巨大なトカゲが現れ、のそのそと地面を這って別の木陰に消えていきます。たくさんの生き物が寝ている一行の横を通り過ぎていきますが、彼らにちょっかいを出そうとするものはありませんでした。ポポロがかけた魔法が、彼らを守っているのです。

 すると、寝ていたフルートがふと目を覚ましました。仲間たちがすぐそばで眠っていることに気づくと、眉をひそめて起き上がり、さらに立ち上がって彼らを見回します。

 やがて、フルートは小さくつぶやきました。

「仲間だって?」

 冷ややかに笑うような声でした。仲間たちは寝入りばなだったので、誰も目を覚ましません。

 フルートは自分の馬の木の根元からほどいて引き出しました。ゼンたちから少し離れたところでまたがり、馬の横腹を蹴ります。馬はフルートを乗せたまま歩き出しました。森の奥へと進んでいきます。手綱を握るフルートは、眠る仲間たちを振り返りません。

 やがて、馬とフルートの姿は遠ざかり、木立の間に消えていってしまいました――。

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