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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第6章 山賊

19.夜

 日が沈み、クアロー国に夜が訪れました。町も森も山も暗闇に包まれます。

 オリバンたちが乗ってきた馬車は、森の中の街道に停まり続けていました。中にはユギルが乗っていますが、ことりとも音はしません。無人のような静かさです。

 オリバンとセシルは馬車のすぐ近くの道ばたで火を焚いて暖を取っていました。夕食は馬車に積んであった携帯食で簡単にすませたので、今は焚き火を見ながら話をしています。

「本当にどうしたというのだろう。ユギルは毎日彼らの安否を確認していたというのに。これほど急に、いったい何があったというのだ?」

 オリバンはずっとフルートたちの心配をしていました。話題はそこから離れません。

 セシルは考え込みながら言いました。

「ユギル殿は、彼らが小大陸の山地で何かを確認しようとしている、と言っていた。それが関係しているのではないだろうか。ただ、闇の気配はしないというのだから、デビルドラゴンが関与しているわけではないと思うのだが……」

「特にフルートはすぐに危険な状態になる。いつも己(おのれ)を守ることを忘れてしまうからだ。きっと今もそれで危機に陥っているのだろう。まったく! これほど距離が離れていなければ、すぐにでも引き返して駆けつけるものを!」

 オリバンの声がつい高くなったので、しっとセシルは言いました。ユギルは馬車の中でフルートたちについて占い続けています。騒がしくしては、占いの妨げになってしまいます。

 

 オリバンは苦い顔で黙り込み、やがて大きな溜息をつきました。パチパチと音を立てる焚き火の炎を見つめながら、また話し出します。

「私が彼らと初めて旅をしたのは、二年前のちょうど今頃のことだった。堅き石を捜しにジタン山脈まで向かったのだ。まさかこれほどに彼らのことを心配するようになるとは、あの時には想像もしていなかった。金の石の勇者のフルートを憎みさえしていたのだが」

「今は、もしも魔法が使えたら、今すぐにも彼らのところへ飛んでいきそうに見えるな、オリバン――私たちをここに残して」

 とセシルは皮肉を言いました。オリバンがフルートたちを大事にしていることはわかっているし、彼女自身もフルートたちを心配しているのですが、オリバンの想いがあまりに強いので、自分が忘れられているような気分になったのです。

 オリバンは驚いた顔になりました。

「なんの話だ? 私はそんなことはせんぞ」

 セシルはすぐに、くすりと笑いました。

「わかっている。ただちょっと妬けただけだ。あなたからこれほど想ってもらっている彼らは幸せ者だ、とな――」

 目を伏せた笑顔が淋しげになります。故国でずっと顧みてこられなかった王女の孤独は深く、ふとした拍子にすぐ顔を出してきます。当時の気持ちがほろ苦くよみがえってきて、今に重なってしまいます……。

 オリバンは黙ってセシルを見つめました。しばらく考えてから、おもむろにこう言います。

「確かに私は彼らを心配している。どうしても気になるのだ。だが、彼らのほうはそうではない。彼らは私がいなくても、彼らだけでちゃんと生きていくだろう。残念なことだがな」

 今度はオリバンのほうが少し淋しそうに笑いました。それを見つめ返したセシルへ話し続けます。

「だが、私にとって、あなたはそうではない、セシル。あなたがいない人生など、私には想像がつかん。あなたはすでに私の人生の一部なのだ。そして、あなたにとっても、私がそんなふうであれば良いと思っている」

 セシルは思わず真っ赤になりました。他の人物が言えば歯の浮くような台詞ですが、オリバンは大真面目です。

 少しの間ためらってから、セシルは答えました。

「それはもちろん……私にだってそうだ。あなたのいない人生はもう考えられない」

 言って、いっそう赤くなります。

 オリバンは笑顔になりました。並んで座るセシルへ片腕を伸ばして、広げたマントの中に包み込みます。

「わ、私もマントを着ている。寒くはない」

 とセシルはどぎまぎして言いましたが、オリバンは彼女を放しませんでした。逆に抱き寄せ、そのまま唇に唇を深く重ねます。

 二度三度と口づけをかわした後、セシルはオリバンにもたれかかりました。オリバンの胸は広く厚く、頬を押し当てると、ぬくもりと共に鼓動が伝わってきます。世界に一人きりではないことを告げる音です。鼓動は次第に大きく速くなっていくようでした。彼女を抱くオリバンの手に力がこもります。セシルももう抵抗はしません――。

 

 ところが、オリバンは急に動きを止めました。しばらくの間、息を殺して周囲へ耳を澄まし、セシルを抱いていない方の手を、そっとかたわらの剣へ伸ばします。セシルのほうでもオリバンの胸の中で目を開けて、腰の剣を握りました。鋭い視線を周囲へ向けています。

「あなたも気づいたか」

 とオリバンが押し殺した声で尋ねると、セシルは小さくうなずきました。

「複数だな……取り囲まれたようだ」

 彼らの周囲で梢がざわざわと音を立てていました。風が吹き鳴らしているだけのようですが、その中に、二人は敵が接近する音をはっきり聞き分けていたのでした。

「闇の怪物はこんな近づき方はせん。来るのは人間だ」

「ああ。おそらく山賊だろう。クアローの森には頻繁に出没すると聞いていた」

 相変わらずささやくように話しながら、二人はゆっくりと剣を引き抜いていきました。抱き合う恰好のままで周囲の様子をうかがい、敵の気配を探り続けます。

 すると、突然背後の森から甲高い声が上がりました。

「いよっほほぉ!! もらったぞ! 命が惜しけりゃ両手を上げろ!!」

 声と共に二十人近い人間が森から飛びだしてきました。全員が毛皮の上着や胴着を着た、ひげ面の男たちです。山刀を振りかざしてオリバンとセシルへ殺到します――。

 

 オリバンとセシルは即座に跳ね起きて左右へ離れました。そこへ先頭の山賊が飛び込んできて、きょときょとと二人を見比べます。どちらに先に飛びかかろうかと迷ったのです。とたんにオリバンが動きました。

「遅い!」

 と言いながら、愛用の大剣で遠慮なく山賊を切り倒します。

「武器を持ってやがるぞ!」

 と別の山賊がどなって、山刀でオリバンへ切りかかりました。そこへ他の山賊も駆けつけ、次々に襲いかかっていきます。たちまちオリバンは五、六人の男たちに取り囲まれました。

「オリバン!」

 セシルが駆けつけようとすると、彼女にも男たちが迫ってきました。にやにや笑いながら言います。

「やっぱり大した別嬪(べっぴん)だな。旅をしてるってんで男の恰好をしてやがるのか。ドレスを着せれば貴族にだって売りつけられるぞ」

「パムの風俗女みたいに宝石だけつけさせて、すっ裸にしてやったほうが高く売れるんじゃねえか? 退屈した貴族の旦那たちは、そういう女のほうが好きだからな」

「何にしても、その前に俺たちにも楽しませてもらいてえよな」

 そんな下品なやりとりをしながら、山賊たちがセシルにも飛びかかってきました。オリバンに襲いかかった男より、セシルに向かってくる男たちのほうが人数が多いくらいです。

 セシルはするりと山賊たちの手から逃れると、すみれ色の瞳を冷たく光らせて言いました。

「下卑(げび)た連中だな――相手にするのも腹立たしいが、しかたがない」

 また山賊たちが迫ってきました。彼女が何を言っていても気にする様子はありません。寄ってたかって捕まえようとします。

 とたんに銀のひらめきが闇に走り、山賊の一人が悲鳴を上げました。その手から鮮血が吹き出しています。セシルがついにレイピアを抜いて突き刺したのです。

「こいつも剣を持ってやがるぞ!」

 と男たちはどよめき、いっせいに自分の刀を構えました。セシルではなく、セシルの剣を狙って切りかかります。あくまでも女は無傷で捉えようというのです。

 セシルは素早く剣を引くと、勢いあまって前のめりになった男をまた突き刺しました。絶叫が響く中、男を蹴飛ばして剣を引き抜き、また次の男を突き刺します。彼女はメイ国で女騎士団を率いていた軍人です。正式な軍事訓練も受けていない山賊の攻撃など、楽々と見切って反撃していきます。

 

 オリバンのほうは大剣を風車のように振り回して、飛びかかってくる山賊たちを次々に切り倒していました。オリバンの前にはたちまち死体が重なり、他の山賊たちはたじたじとなります。

「近づくな!! 鎖を使え!!」

 と山賊の頭目がどなったので、二人の男が別の武器を振り回し始めました。先端に鎌や鉄の錘(おもり)がついた鎖です。勢いをつけてオリバンへ投げると、オリバンの腕や脚に絡みついて攻撃を停めてしまいます。ひょっほう! と山賊たちが歓声を上げました。動けなくなったオリバンへいっせいに襲いかかろうとします。

 すると、オリバンは鎖が絡みついた右腕をぐいと引きました。鎖の端を握った男が、つんのめって引き寄せられてきます。オリバンは剣を左手に持ち替え、男の首へ振り下ろしました。男の頭が血をまき散らして地面を転がります――。

 おっ、と山賊たちが立ちすくんだとたん、オリバンは脚に鎖鎌を投げた男へ蹴りを繰り出しました。見上げるような巨体がふわりと宙に浮き、次の瞬間、強烈な脚の一撃を男の横腹にたたき込みます。男は何メートルも吹っ飛び、森の木の根元に激突して動かなくなりました。

 が、その瞬間、男は鎖の端を反射的に握りしめていました。オリバンは弾き飛ばされた男に引っぱられる恰好になって、仰向けに地面に倒れました。オリバンは鎧を着ていませんでした。背中をしたたかに打って、一瞬息が詰まります。

「今だ!!」

 と山賊たちは叫びました。オリバンへ殺到して、刀で突き刺そうとします。

「オリバン!!」

 マントを宙にひるがえして、セシルが飛び込んできました。オリバンの前に立って、山賊たちの刀を次々に跳ね返します。

 その隙にオリバンは鎖を外して投げ捨て、セシルの隣に跳ね起きました。剣を握り直して、すまん、と言います。セシルはにこりとしました。

「心配はいらない。私が一緒に戦っている限り、あなたには絶対に怪我をさせないから」

 オリバンは思わず苦笑しました。

「それは私の台詞だと思うのだがな、セシル」

「どちらでも良いではないか。それに、二人で戦えば敵も早く倒せる」

 うなりながら飛びかかってきた男を、セシルがまた突き刺しました。男が前のめりになったので、オリバンがその首へとどめの剣を振り下ろします。

「確かにな。では、さっさと片づけるとしよう。このままでは騒がしくて、ユギルの邪魔になる」

 

 そのユギルが乗る馬車は、街道の上に停まり続けていました。周囲で起きている戦闘に馬たちが興奮していなないていますが、馬車の中は静まり返っています。

 そこへ一人の山賊が走っていきました。中に積まれた金品を盗もうとしたのです。扉に手をかけて勢いよく引き開けると、馬車の中に銀色がきらめきました。ランプに照らされた馬車の中に、長い銀髪の人物がうつむきながら座っています――。

 男は、おっと驚き、すぐににんまりしました。振り向いて仲間たちへ呼びかけます。

「おぉい! ここにも女がいたぞ! やっぱりすごい上玉だ!」

「そいつを馬車ごといただけ!」

 と頭目がどなり返しました。オリバンとセシルにはもう六人も手下を殺されていました。こんな連中を相手にするより、馬車と中の人間を奪ったほうが得策だと判断したのです。山賊たちはたちまちオリバンたちから離れると、馬車へ走りました。ある者は中に飛び込み、ある者は御者席に飛び乗ります。馬を木につないだロープを断ち切る男もいます。

「よぉし、退くぞ!」

 副頭目の声に山賊たちは馬車を走らせ始めました。中にユギルを乗せたままです。

「待て!!」

 オリバンとセシルが後を追いかけようとすると、馬に乗った山賊たちが進路をふさぎました。高い位置からオリバンたちへ切りつけてきます。

「ユギル――ユギル!!」

 オリバンは攻撃を防ぎながら、走り出した馬車へ叫びました――。

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