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第17巻「マモリワスレの戦い」

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17.追っ手

 フルートが風の犬のポチやルルに乗れなくなっているとわかって、仲間たちはまた弱り果てました。

「どうしたらいいんだ? これじゃロムド城までフルートを連れていけねえぞ!」

 とゼンが頭をかきむしると、ルルが言いました。

「それどころじゃないわ、フルートはここから下りることさえできないのよ! ここは絶壁に囲まれた山の上なんですもの。歩いて下りることなんてできないわよ!」

「ワン、ゼンがフルートを担いでぼくたちに乗るしかないのかなぁ……」

 とポチも困惑します。

 すると、メールがあきれた顔をしました。

「そんな必要ないだろ? あたいが下ろしてあげられるさ」

 メールがさっと手を振ると、山の下のジャングルからたくさんの花が飛んで集まってきました。台のように平らになった山頂で大きな鳥の形になります。メールはその背中に飛び乗ると、驚いているフルートへ言いました。

「乗りな、フルート。心配いらないよ。これは花だけど、あんたを落としたりはしないからさ――」

 けれどもフルートは花鳥に乗ろうとはしませんでした。色とりどりの翼を上下させている鳥から、じりじりと後ずさって離れていきます。

「ったく!」

 ゼンは駆け出すと、たちまちフルートの首根っこを捕まえました。そのまま花鳥の背中へ放り上げてしまいます。

「ちょっと、乱暴はダメだよ、ゼン!」

 とメールが叱ると、ゼンはどなり返しました。

「いいから、とっとと下りろ! なんだったら、そのままロムド城まで飛んでいってもいいぞ!」

「花が足りないもん、それは無理だよ。とりあえず、下におりるからね」

 と言ってメールは花鳥を舞い上がらせました。お台の山から麓のジャングルへ下りていきます。フルートが悲鳴を上げてメールにしがみつきます――。

 

 花鳥が地上に下りたって、元の花に戻ったとたん、フルートは地面にへたり込みました。真っ青になっていて、すぐには声が出せません。

 そこへ風の犬のポチとルルに乗って、ゼンとポポロも下りてきました。地面に飛び下りるなり、ゼンが言います。

「日暮れが近づいてきた。夜になる前に馬を見つけるぞ。で、飯にしたら、夜明けを待ってすぐに出発だ。こいつのこんな姿、情けなくてとても見てられねえぜ!」

 ゼンの吐き出すような口調に、フルートが座り込んだままにらみ返します。

 そんなフルートを見て、メールは首をかしげました。どうしてこんなふうになっちゃったんだろう、と考えたのです。フルートはいやに臆病になっています。記憶をすべて失ったのですから当然かもしれませんが、それにしても、という気がしました。南大陸の魔法は、記憶と一緒にフルートの勇気まで奪ってしまったのでしょうか……。

 すると、フルートがいきなり地面から跳ね起きました。片膝をつき、身構えた恰好でジャングルの奥を見ます。

「何か来る。敵だ!」

 その右手はもう背中のロングソードを握っています。

 仲間たちは驚きました。

「敵って?」

「ポチたちが何も感じてねえのに、敵なんか来るわけねえだろうが」

 ところがフルートは警戒を解きませんでした。森の一箇所をにらみ続けています。

 ポポロはそちらへ魔法使いの目を向けて、はっと息を呑みました。本当に敵の姿が見えたのです。それはとても細身の青年でした。半透明の姿でジャングルの中を飛んでいます――。

「ランジュールよ!」

 とポポロは言いました。幽霊の青年の前を、コウモリの翼をつけた毛玉のような怪物が道案内していました。怪物はまっすぐこちらへ向かってきます。

「こっちに来るわ! このままじゃ見つかるわよ!」

「あいつ、性懲りもなく……。おい、隠れるぞ! ここであいつに見つかったら最悪だ!」

 とゼンが言って、大きな葉を広げている茂みに仲間たちを招きました。ポチとルルは犬に戻って駆け込み、メールも花鳥を花に戻してから茂みに飛び込みます。

 ポポロはフルートの手をつかんで引っぱりました。

「早く、フルート! ランジュールが来るわ。隠れなくちゃ……!」

「誰が来るって言うんだ!? 何故隠れなくちゃいけない!?」

 とフルートが聞き返しました。その手は剣を半分以上引き抜いていました。戦って敵を追い返そうとしているのです。ポポロは必死で言い続けました。

「剣では倒せない相手なのよ……! もう死んでしまった幽霊なんだもの! お願いフルート、早く隠れて……!」

 それでもフルートは動きませんでした。ゼンたちと一緒に狭い場所へ隠れることに抵抗していたのです。フルートはまだ仲間たちを警戒していました。いくらポポロが言っても、頑として聞き入れません。

「馬鹿野郎」

 とゼンがまたうなって、茂みから飛び出してきました。フルートの体をひったくるように横抱きにすると、すぐにまた茂みに駆け戻ります。

「ポポロ、早く!」

 とメールとルルが言い、ポポロも茂みへ走りました。艶(つや)のある大きな葉が重なり合う間に飛び込みます。

 

 すると、木立の間から翼を生やした毛玉の怪物が飛んできました。ばさばさと羽根を打ち合わせ、一行が隠れた茂みのすぐ近くを飛び過ぎていきます。茂みの葉はまだ揺れ続けていましたが、毛玉の怪物はそれに気づきませんでした。

 怪物から少し遅れて、ランジュールもやってきました。ジャングルの木々をよけもせずに突き抜けて進み、怪物が崖の手前で止まると、ふわりとその横に留まります。

「ふぅん、ここがその山なのかぁ……。キミはこの上でデビルドラゴンを声を聞いたって言うんだね、モコちゃん? それ、本当にデビルドラゴンだった? なんて言ってたのさぁ?」

 とランジュールが尋ねました。モコちゃんとは、怪物が毛玉のようにもこもこしていることにちなんだ呼び名のようです。怪物が甲高い声で鳴き出すと、ふんふん、とうなずき、じきに不思議そうに首をひねります。

「鷲の目? 時が契約に追いついた? それ、なんのことさぁ?」

 毛玉がまたキキキキ、と高く鳴きます。

「そっかぁ。怖くてそれ以上近くにいられなかったのかぁ。まあ、そうだよねぇ。モコちゃんはそんなに小さいんだし」

 とランジュールは言うと、改めて崖の上を見ました。空中に浮いたまま腕を組み、透き通った指を顎にかけます。

「さぁて……この上に勇者くんはいるかなぁ? 馬に乗った少年少女がこっちに向かっていったって情報はつかんだんだよね。こんなジャングルを子どもだけで通っていくはずないもんねぇ。デビルドラゴンも出てきたことだし、ぜぇったい勇者くんの一行だと思うんだけどなぁ」

 

 その時、ランジュールの後ろの空間から、突然大きな蛇が顔を出しました。人の背丈よりも巨大な黒い頭です。毛玉の怪物はキーッと悲鳴を上げると、一目散に飛んで逃げてしまいました。

 ランジュールは腰に手を当てると、蛇に向かって、めっと怖い顔をして見せました。

「ダメだよぉ、フーちゃん。モコちゃんを怖がらせちゃ。せぇっかくなだめすかして、ここまで案内させたのにさぁ」

 ランジュールに叱られて、大蛇はシュウシュウと声を上げました。抗議する声です。

「ああ、それは確かに、ここまで案内してもらえば充分だったけどさぁ……。でもね、フーちゃん、ボクは平和主義者なんだよ。喧嘩はキライなんだから、キミたちも仲よくしなくちゃダメなんだよぉ」

 どの口で平和主義者などと言う、というところですが、ランジュールは平然とそう言い切りました。また崖の上を見上げて続けます。

「それじゃ、上に行ってみようかぁ、フーちゃん。上に勇者くんたちがいるといいねぇ。そしたら、ようやくキミに勇者くんたちを食べさせてあげられるよ。でも、どの頭で勇者くんを食べるかで喧嘩しちゃダメだからねぇ」

 すると、ランジュールの後ろに大蛇の頭が次々に現れました。たちまち八つに増えて、互いにシュウシュウ、シャアシャアと鳴き合います。

「ほらぁ、喧嘩するなって言ってるのにさぁ! 言うことを聞かないのはどの頭? お仕置きしちゃうよぉ、うふふふ……」

 ランジュールが細い目を冷たく光らせて笑ったので、八つの蛇の頭はすくみ上がりました。ひとつまたひとつと消えていって、とうとうまたひとつの頭だけが残ります。

 それに向かってランジュールが言いました。

「さあ、上に行くよぉ。おいで、フーちゃん!」

 幽霊の姿が消えました。上に向かって飛び、ジャングルの梢の中に見えなくなってしまったのです。大蛇が急いでその後を追いかけていきます――。

 

 葉を広げた茂みの中で、ゼンたちは身じろぎひとつせずにいました。やがてポポロが遠いまなざしで言います。

「もう大丈夫……ランジュールはお台の山の頂上に行ったわ」

 一行は思わず大きな息をしました。

 ゼンが舌打ちします。

「あの野郎、やっぱりフノラスドを連れて歩いてやがるな。あれでフルートを襲うつもりだぞ」

 とたんにゼンの腕の中でフルートがうなり出しました。声を出さないように、ゼンが手で口をふさいでいたのです。おっと、とゼンが手を外すと、フルートは憤然と言いました。

「あいつはなんなんだ!? どうしてぼくが幽霊や怪物に狙われているんだ!?」

 まるでゼンたちがフルートを狙ってでもいるような口調です。仲間たちは思わずまた溜息をつきました。

 ゼンが言いました。

「その話は長くならぁ……。後でゆっくり聞かせてやるから、まずここから離れようぜ。俺たちが頂上にいないのを見て、ランジュールが戻ってきたら大変だからな。ポポロ、俺たちの馬は見つかったか?」

「ええ、あっちよ」

 とポポロがジャングルの奥を指さしたので、フルートが不思議そうな顔をします。

 

 茂みを抜け出し、馬のいるほうへ向かいながら、ポポロはまた魔法使いの目でお台の山の頂上を透視しました。

 幽霊のランジュールが平らな岩場の上を飛び回り、切り払われた植物や、砕けたデビルドラゴンの地上絵に首をひねっています。やがて、ランジュールは空中に立ち止まり、何かを招くように大きく手を振りました。たちまち周囲に数え切れないほどの魔獣が姿を現します。虫や鳥、獣や人と、さまざまな生き物に似た形をした怪物たちです。

 集まってきた魔獣たちに、ランジュールは何かを言っていました。話す声はポポロには聞こえませんが、どうも、金の石の勇者を探せ、と命じているように見えました。山頂に残された戦闘の痕を見て、フルートが近くにいると確信したのに違いありません。

 仲間たちにそれを知らせると、ゼンはまた舌打ちしました。

「ぐずぐずしてられねえな……。野営は中止だ。あいつの執念深さは蛇なみだから、俺たちを見つけるまで、徹底的にこのあたりを調べ回るぞ」

「これじゃ花鳥も作れないね。花を集めるところを見つかったら、居場所がわかっちゃうもんね。ランジュールは空が飛べるしさ」

 とメールも苦い顔になります。

「ワン、とにかく一刻も早くここから離れましょう。その後のことは、それからですよ」

 とポチが言ったので、全員は足を速めました。やがてジャングルの奥に隠れていた馬たちを見つけると、それにまたがってまた進みます。行き先はまだ決まっていません。ただ少しでも早くお台の山から離れようとします。

 そんなゼンたちと一緒に行動しながら、フルートはずっと黙っていました。彼らの話はすべて聞いているのですが、自分からは何も言おうとはしません。ただ、時々鋭いまなざしを仲間たちへ走らせては、何かを考えこんでいます。

 そんな一行をやがて夕闇が包み始めました。暗くなっていくジャングルの中に、フルートたちの姿は見えなくなっていきました――。

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