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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第5章 追っ手

16.警戒

 フルートが身動きをしたので、仲間たちは緊張して見守りました。目を覚ましつつあるフルートに、誰も声をかけられません。

 すると、フルートが目を開けました。額に手を載せて考え込む顔になり、次の瞬間、地面から跳ね起きます。

「ぼくに何をした!?」

 と叫び、背中へ手をやって、また、はっとします。

「ぼくの剣をどこにやった!?」

 仲間たちは思わず溜息をつきました。ポポロは涙ぐんでしまいます。

「どうもしてやしねえよ。おまえはただ寝てただけだ。剣はこっちで預かってる。さっきみたいに振り回されたんじゃ、たまらねえからな」

 とゼンが答えました。その左腕から傷が消えているのを見て、フルートは顔色を変えました。いっそう低く身構えて言います。

「怪我はどうした!? ぼくが切りつけたはずだぞ! こんなに早く治るなんて、おまえは闇の怪物なのか!?」

 ゼンは頭を抱えました。これがフルートのことばかと思うと、なんだか本当に頭痛がしてきそうです。

「違わぁ、馬鹿……俺はゼンだ。北の峰のドワーフだよ。傷は天空王が治してくれたんだ」

 天空王? とフルートは怪訝(けげん)そうに繰り返しました。ゼンの名前にも反応を示しません。フルートは、本当に何もかもすっかり忘れているのです。

 メールがゼンの隣に進み出てきました。

「あたいたちのこと、全然覚えてないのかい、フルート? あたいたち、あんたの仲間なんだよ」

「仲間?」

 とフルートは眉をひそめました。

「全然わからないな。おまえたちは誰だ」

「こっちがゼンで、あたいがメール。それからポポロと、もの言う犬のポチとルルだよ。あたいたちは敵なんかじゃないよ。あんたの友だちなのさ、フルート」

 友だち、とフルートはまた繰り返しましたが、全然ぴんときていないのは明らかでした。警戒を続ける目でゼンたちを見ながら、また尋ねてきます。

「おまえたちの目的はなんだ? 何故ぼくを攻撃してきた」

「攻撃したわけじゃねえ! おまえを止めただけだ!」

 とゼンは思わず大声になりました。その顔が泣き出しそうに歪みましたが、フルートは警戒を解きません。

「おまえたちは花を使って変な術も使った。人間じゃないんだろう。目的はなんだ!? ぼくをどうするつもりだ!?」

 フルートが身構えたままじりじりと後ずさっていくので、仲間たちは胸が詰まるような気がしました。記憶を失っているせいだとわかっていても、フルートに拒絶されるのは本当に応えます。

 ポチが言いました。

「ワン、フルート! ぼくたちはみんな人間じゃないんです! だけど、みんな今までずっと、本当に仲良しだったんですよ!」

 だってフルートが誰のことも別けへだてなく大事にしてくれたから――とポチは続けようとしました。人間とドワーフの血を引くゼン、海の民と森の民の血を引くメール、天空の民のポポロ、もの言う犬のポチとルル。本当に、フルート以外、純粋な人間は誰もいませんが、フルートはそんなことは少しも気にしなかったのです。誰にでも手を差し伸べて、一緒に行こう、と言ってくれました……。

 

「あっちへ行け、怪物!」

 とフルートはポチへ鋭く言いました。

 ポチは雷に打たれたように、その場に立ちすくんでしまいました。幼かった頃の記憶がいきなりよみがえって押し寄せてきます。犬がしゃべったぞ、怪物だ! 襲われるぞ! やっつけろ! ポチが人のことばを話したとたん、人間たちは口々にそう言いました。剣や棍棒、鎌や熊手、石つぶて。そんなものが小さなポチを追いたてます――。

 すると、フルートが足元の石を拾い上げて、本当にポチに投げました。あっちへ行け! と叫びながら、次々と投げつけてきます。

「危ない!」

 石がポチに当たりそうになったのでルルが飛び出してきました。石はその横腹に命中しましたが、ルルは毛が長くて厚かったので、怪我はせずにすみました。

「ルル!」

 ポチは我に返ると、雌犬の毛をくわえて下がらせようとしました。ルルは目に怒りの涙をにじませて、フルートをにらみつけていたのです。

 ゼンはフルートに駆け寄りました。まだ石を投げようとするフルートの手をつかんで、ぐいと後ろへねじ上げます。フルートは痛みに悲鳴を上げました。ゼンの手を振りきることができません。

「放せ!」

 とフルートは叫んで回し蹴りを繰り出しました。脚はゼンの脇腹に命中しましたが、そこは青い胸当てで守られていたので、ゼンの体には届きません。この馬鹿、とゼンは口の中でつぶやきました。フルートの手を放すと、次の瞬間には片手でフルートの体を高々と持ち上げてしまいます。フルートはまた大きな悲鳴を上げました。ゼンに荷物のように持ち上げられてしまって、まったく抵抗できなくなります。

 そんなフルートに、ゼンは言いました。

「これ以上、こいつらに何もするな。おまえは何も覚えてなくても、こいつらはそうじゃねえんだ――。まだ攻撃するって言うんなら、その両手の骨をへし折るぞ」

 迫力のある低い声にフルートは青くなりました。嘘やはったりを言っているのではないとわかったのです。ゼンがまた地面に下ろすと、フルートは一メートルも飛びのいてゼンから離れました。いっそう油断なく身構えます。

「逆効果じゃないのさ、もう」

 とメールは額を押さえました。フルートにこちらを信用させなくてはならないのに、フルートは警戒心むき出しで仲間たちを見ているのです。これでは聞いてほしい話も聞いてもらえません……。

 

 すると、ずっと彼らの後ろで泣いていたポポロが走り出てきました。涙はまだ止まっていませんが、両手を堅く握り合わせ、フルートに向かって言います。

「お願い、フルート。あたしたちを信じて……。あたしたちは本当にあなたの友だちのなのよ。あなたは敵の罠にかかって、あたしたちのことも自分のことも、みんな忘れてしまったの。記憶を取り戻さなくちゃいけないのよ……」

 フルートは眉間にしわを寄せました。ポポロを見る目は少しも優しくなりませんが、それでも言ったことばは耳に入ったようでした。記憶を? と言って、考え込む顔になります。

 ポポロは必死で言い続けました。

「本当なのよ、フルート……! あなたはマモリワスレの門をくぐって、何もかも忘れちゃったのよ……」

 やはりフルートは反応を示しませんでした。ただじっと考え込み、やがてこう言います。

「確かにぼくは記憶喪失のようだ。ぼくが誰なのか、何故ここにいるのか、全然覚えていない――。フルートっていうのがぼくの名前なのか?」

 ポポロの目から、どっとまた涙があふれました。流れる涙で頬を濡らしながら、何度もうなずきます。

「そうよ……。あなたは金の石の勇者って呼ばれていたの。あたしたちは、金の石の勇者の一行だったのよ……」

 こらえきれなくなって嗚咽(おえつ)が洩れます。ポポロは両手で顔をおおうと、声を上げて泣き出してしまいました。

 とたんにフルートがどなりました。

「泣くな! うるさい!」

 ポポロはびくりと飛び上がり、他の仲間たちも仰天しました。フルートがポポロをどなりつけたのです。

「ご……ごめんなさい……」

 ポポロは懸命に泣くのをこらえようとしましたが、涙は止まりませんでした。むやみにこする手の下で、次々と新しい涙が湧いてきます。泣き声を上げないようにするのがやっとです――。

 

 ったく! とゼンがわめきました。

「こんな馬鹿馬鹿しいこと、やってられるか! とっとと、こいつの記憶を戻すぞ! おい、メール、花でこいつを縛り上げろ! ポチ、ルル、どっちでもいいから風の犬になってこいつを乗せろ! 赤の魔法使いがいるロムド城に行くんだ!」

 それを聞いてフルートはまた顔つきを変えました。岩場になった山頂へ素早く視線を走らせ、自分の剣が置かれている場所を見つけると、そちらへ駆け出します。武器を取り戻そうというのです。

「しまった!」

 とゼンも駆け出しました。岩場に置かれたロングソードを取り上げようとしますが、フルートのほうが一瞬早く到着してしまいました。剣を握って振り回します。ゼンはあわてて飛びのきましたが、剣の刃が胸当てをかすめていきました。記憶は失っても、素早さは相変わらずのフルートです。

「やめろって言ってんだよ……」

 とゼンはまた顔を歪めました。と、その目に涙が浮かびました。とうとうゼンもこらえきれなくなったのです。あわてて拳で涙をこすります。

 すると、その隙を狙ってフルートが切り込んできました。ためらうこともなく剣をゼンに振り下ろそうとします。ゼンはかわしきれません――。

 

 とたんに、そこへポポロが飛び込んできました。彼らを追ってきたのです。二人の間に割って入り、ゼンをかばって両手を広げます。

「だめ、フルート!!」

 その強い声に、フルートは思わず剣を止めました。切っ先がポポロの頭上すれすれで止まります。ルルとメールは悲鳴を上げましたが、ポポロは叫びませんでした。涙さえ、もうこぼしていません。ただフルートをまっすぐに見上げ、声に負けないほど強い表情でこう言います。

「そんなことをしてはだめよ、フルート! ゼンはあなたの親友なのよ!」

 仲間たちは呆気にとられました。フルートも驚いた顔でポポロを見ています。武器も、防具さえも身につけていない少女が、捨て身でフルートの前に立ちはだかっているのです。

「親友……?」

 とフルートが言ってゼンを見ました。ゼンは止まらない涙をまた拳でぬぐっていました。フルートの視線に気がつくと、口をへの字に結んで、そっぽを向きます。

 

 そこへ風の犬に変身したポチが飛んできました。一行の周囲を飛び回りながら言います。

「ワン、とにかくここから下りましょう。もうすぐ夕方になるし、罠がもっと隠されていたりしたら大変ですよ。フルート、ぼくに乗ってください」

 ポチの声は落ちつきを取り戻していました。フルートがポチを見て怯える表情をしたので悲しそうな目になりますが、黙ってフルートの元へ飛んでいくと、そっと風の背に乗せようとします。

 ところが、ポチがつむじを巻いても、フルートのマントが激しくはためくだけで、フルートを背中に乗せることはできませんでした。フルートはポチが起こす風の中にただ立っています。

 何度か試みてから、ポチは驚いて声を上げました。

「ワン、フルートがぼくに乗れなくなってる!」

 えっ、と仲間たちも驚きました。ルルがすぐに風の犬になって飛んできます。

「私には、フルート!? 私にも乗れないの!?」

 ごうごうと音を立てながらフルートを背中にすくい上げようとしますが、やはりフルートの体はそれを素通りしてしまいました。マントや兜からのぞく髪が激しくなびくだけです。

 すると、フルートがどなりました。

「やめろ! 風なんかに乗れるわけがないだろう!」

 二匹の犬たちは、たちまち元に戻ると、顔を見合わせました。

「ワン、どうしてフルートを乗せられないんだろう?」

「フルートが私たちを忘れてしまったから……?」

 誰にもその答えはわかりません。

 一行は困惑して立ちつくしてしまいました。

 罠の門があったジャングルの中のお台の山。そこから風の犬でロムド城へ行くことは、不可能になってしまったのでした――。

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