フルートを元に戻すことは不可能だ、と天空王に言われて、一同は息を呑みました。ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルル――全員頭の中が真っ白になってしまいます。
フルートは彼らからほんの少し離れた場所に寝かせられていました。金の鎧兜を着て、仰向けに横たわった姿は、なんだか死んでしまった人のようにも見えます――。
けれども、すぐにポチが気がつきました。
「ワン、我々には不可能だ、っておっしゃったんですね、天空王!? ぼくたちや天空王にはできないって意味ですね!? フルートにかけられたのは南大陸の魔法で、光や闇の魔法とは違う魔法だから、天空王にも解くことができない――そういうことでしょう!?」
あっ、と他の仲間たちも理解しました。
「なんだよ、おどかすなよ!」
「ホントさ。永久にフルートがこのままなのかと思っちゃったよ!」
とゼンとメールが口々に文句を言います。
ルルがまた首をかしげました。
「じゃあ、どうやったらフルートを元に戻せるわけ? 天空王様に無理ならば、ポポロにだってできないわよ。誰なら魔法を解けるの?」
「南大陸の魔法は、同じ南大陸の魔法で解けるはずよ……」
とポポロが言い、南大陸の――と仲間たちは繰り返します。
すると、天空王が言いました。
「鷲の目が使っていたのは、自然魔法の一種のムヴアの術というものだ。南大陸の東海岸に住む大きな部族が代々伝えてきた。だが、ここに難題がある。長い年月の間にムヴアの術を使える者は数が減って、今ではムヴアの術の使い手は、南大陸に一人もいなくなってしまったのだ」
ゼンたちはまた驚きました。さっきよりもっと青ざめてしまいます。
天空王はそれ以上は何も言いませんでした。ただ、深いまなざしで、じっと彼らを見つめています――。
それを見て、メールはちょっと眉をひそめました。首をかしげて言います。
「何か変だね。天空王様、あたいたちに謎かけしてないかい? あたいたちに何かを気がつかせようとしてる。そうじゃないの?」
すると、天空王はうなずきました。その通りだ、と言うように答えます。
「私は天空と正義の王だが、この地上での出来事に関わることは契約から許されていない。おまえたちがマモリワスレの山に向かう様子も、フルートが罠にかかっていく様子も、天空の国から見ていたが、私にはおまえたちに警告をすることができなかった。マモリワスレの門が消えたために、私はここに立てるようになったが、それでも私に許されていることは少ないのだ……。私がおまえたちに語れることはすべて語った。フルートのためにどうすればよいかは、おまえたち自身が見つけ出さなくてはならないのだ」
天空王の声は穏やかでした。優しい響きの陰に悲しみがあります。答えがわかっていても教えてやれないことは、王自身にもつらいのです。一行はそんな天空王を見つめ、それから懸命に考え始めました。フルートにかけられた南大陸のムヴアの術。けれども、その術の使い手はもう南大陸にはいないのです……。
「あの鷲の目はどこに行ったんだ? あいつをとっつかまえて、魔法を解かせることはできねえのかよ?」
とゼンが言いました。確かに、それが一番手っ取り早い方法のように思えます。
ポチが首をひねりました。
「ワン、どうだろう? あいつはぼくの牙の間でちぎれて消えていきましたよ。なんだか力尽きて消滅していくみたいに見えたんだけれど」
それに答えたのはポポロでした。
「あの黒男はもう存在していないわ……。あの人は自分の創った罠に金の石の勇者を捕まえるためだけに、二千年間この世界に残り続けていたのよ。消滅してしまわないために、自分で自分を呑み込んで……。その目的を達したから、罠の門は消滅してしまったし、同時にあの男もこの世から消滅してしまったの……。張本人に魔法を解かせることはできないわ」
うぅん、と一同はうなりました。二千年前の古い古い魔法。それをどうやって解いたらいいのだろう、と考え続けます。
「金の石の精霊に頼めないのかな? フルートがあたいたちを忘れちゃったのは、言ってみれば、病気になったようなもんだろ? 金の石なら治せるんじゃないの?」
「馬鹿やろ、それができるなら苦労しねえって。フルートのペンダントを見ろよ。金の石は眠っているんだぞ」
「あ、そうか……」
メールとゼンは渋い顔になりました。やはり打つべき手が思いつきません。
その時、ルルが、ぴん、と耳を立てました。仲間たちを見回して言います。
「ねえ、今ちょっと思ったんだけど、あの鷲の目っていう男、ロムド城の赤の魔法使いに似ていなかった? 赤の魔法使いの目は猫みたいな金色だから、ちょっと違っているけど、外見はとても似ていたわよ。もしかして、赤の魔法使いは鷲の目と同じ種族――ううん、部族の人間なんじゃないの?」
仲間たちはロムド城の四大魔法使いの一人を思い出しました。とても小柄な体、縮れた短い黒髪、つややかな黒い肌、そして、人とは違う生き物を思わせる大きな目――確かに、赤の魔法使いとあの黒男はよく似ているように感じます。
全員はいっせいに天空王を見上げました。ゼンがどなるように尋ねます。
「そうなのかよ、天空王!? 赤の魔法使いならば、フルートを元に戻せるのか!?」
果たして天空王はうなずきました。
「彼は南大陸のムヴア族最後の魔法使いだ。彼ならば、マモリワスレの術を解くことができるだろう」
全員は大きな歓声を上げました――。
「ワン、ぼくが風の犬になって、ひとっ飛びでフルートを赤の魔法使いのところまで連れていきますよ!」
とポチが言いました。尻尾をちぎれそうなほど振っています。
ルルもふさふさの尻尾を大きく振って言いました。
「私たちが全速力で飛べば、ロムド城までは一日よ! 明日にはまたここに戻ってこられるわ!」
「よし、じゃ、俺が一緒に行ってくらぁ! メールとポポロはここでちょっと待ってろ!」
とゼンが言ったので、たちまちメールが怒り出しました。
「ちょっとぉ! なんであたいたちは留守番なのさ! あたいたちだってロムド城まで行くよ!」
「馬鹿、全員で乗ったら重くてポチたちが速く飛べねえだろうが!」
「何言ってんのさ、あたいたちは花鳥で行くに決まってるだろ! ねえ、ポポロ?」
と言われて、ポポロも大きくうなずきました。絶対についていく、という決意を顔に浮かべています。
急に活気づいてきた一行を、天空王は静かに眺めていました。そのまなざしには慈愛と、先ほどから少しも変わらない悲しみの色がありました。一行を案じているのです。
けれども、王は口に出してはこう言っただけでした。
「私に許された時間が過ぎる。私は天空の国に戻らなくてはならない――。まもなくフルートも目を覚ますだろう。その前に、これは私が預かっていく」
と地面から炎の剣を取り上げ、驚く一行に言い続けます。
「これは世界を救う勇者にしか許されていない剣なのだ。今のフルートが持つことはできない。フルートは、金の石の勇者ではなくなっているのだからな」
ゼンたちはまた絶句しました。フルートは金の石の勇者ではなくなっている、ということばが、全員の胸の中に、ずしりと重く落ちていきます。
炎の剣は抜き身のままで置かれていましたが、天空王が手にすると、たちまちもう一方の手に鞘と剣帯も現れました。炎の剣の鞘は黒く、炎のような赤い石がちりばめられています。そこに剣を収めて、天空王は言いました。
「気をつけて行きなさい……。おまえたちの行く道は、おまえたち自身が切り開かなくてはならない。光が常におまえたちと共にあることを忘れずに行きなさい」
祈りのようなことばを残して、天空王は去っていきました。王を包んだ銀の輝きが、薄れて消えていきます――。
すると、彼らの後ろで急に声がしました。
「ん……」
振り向くと、金の鎧兜の少年が身じろぎをして、片手を上げました。そのまま手を額の上に当てます。
フルートが目を覚ましたのでした――。