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第17巻「マモリワスレの戦い」

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14.光と闇の戦い

 「今から二千年ほどまえのことだ。天空の国に、魔法を自分のために使おうとする一派が現れ、それを闇の行為だと糾弾(きゅうだん)する者たちと激しく対立して、やがて内戦に発展していった――」

 と天空王は話し始めました。ゼン、メール、ポポロの三人とポチとルルの二匹が、座りながら聞いています。それは彼らも知っている話でした。闇の行為と責められた人々は、やがて天空の国を飛び出し、地上に下りて闇の民になってしまったのです。

「我々のこの世界は大きな力を持っているので、想いや感情に反応して、さまざまな力を生む。それを呪文で自在に使えるようにしたのが魔法なのだが、魔法の形をとらなくとも、強い想いは無意識のうちに力を得て、相手に働きかける。天空の国での争いは、自分たちを正義と信じる天空の民が、それとは異なる考えを持つ一派を闇と決めつけ、徹底的に糾弾したために、本当に彼らを闇のものに変えてしまったのだ。姿だけでなく、心もな……。『おまえたちが我々を闇と呼ぶならば、本当に闇の民になってやる。そして、おまえたちが守る地上を徹底的に破壊してやる』と言い残して、彼らは天空の国から去っていったのだという。その陰にはデビルドラゴンの存在があった。あの闇の竜は、正義を信じる者たちの間に潜んで相手を徹底的に責めさせ、彼らが怒って地上へ降りると、今度はそこに言い寄って、彼らに闇の軍勢を作らせたのだ」

 ゼンたちは、目をぱちくりさせて話を聞いていました。それは確かに今まで聞いてきたことと同じ話でしたが、内容がもっと詳しく具体的になっていました。ルルが思わず言います。

「それじゃ、闇の民を生んだのは光の民だったっていうことですか? 光の民は正義の民なのに、そんな――!」

「正義は、自分を正義と信じ込んでしまったときに、何よりも残酷な存在に代わる。神の都ミコンでユリスナイを偽る者と戦ったときに、おまえたちはそれを知ったはずだ」

 と天空王は言いました。厳かなほど静かな声です。ゼンたちは顔を見合わせてしまいます――。

 

 天空王は話し続けました。

「闇の民は地上に下りると、そこに住む者たちを滅ぼすために怪物を作り始めた。今この世界にいる闇の怪物は、すべてその時に生み出されたものの子孫だ。彼らはまた、大きな力を与えるから協力しろ、と言って自分たちに賛同する者たちも集めた。その頃、地上には人間やドワーフやノームがいたし、さまざまな場所に散ったエルフや、その親族たちも住んでいた。その中の力を求める者たちが、闇の軍勢に加わっていった。闇の軍団にいたのは、闇の民や怪物たちだけではなかったのだ」

 それを聞いてゼンが言いました。

「俺たちは赤いドワーフの戦いで、闇のドワーフたちと戦ったぜ。あんなふうに、地上にも闇に味方して仲間になった連中がいたってことだな?」

「そうだ。闇のドワーフの祖先は、その時に生まれたのだ――。闇の軍勢が地上の人々を襲い始めたので、天空の民はそれに対抗して光の軍団を作った。やはり、地上の民が呼びかけに集まってきたし、海の民やエルフたち、聖なる生き物たちも光の軍団に加わった。だが、彼らは違った場所に生まれ育ってきたために、それぞれに話すことばが違っていた。そこで、天空の民は味方になった者たちに魔法をかけて、全員が天空の国のことばで話せるようにしたのだ」

 一行はまた目を丸くしました。ポチが言います。

「ワン、ということは、やっぱり二千年前の光と闇の戦いのときに、ぼくたちのことばはひとつになったんですね!? 前にみんなで話し合ったことがあったんです。書き文字は種族ごとに違うのに、話すことばがどの種族にも共通してるのはどうしてだろう、って――! やっぱり天空の民が魔法でそうしていたんだ!」

 天空王は穏やかにうなずきました。

「話しことばの統一は、共に行動していくための基本だ。それは闇の軍勢も同じことで、彼らも闇の民の魔法によって、ことばがひとつにされたのだ」

「あ、そっか……光の民と闇の民はもともと同じ種族だから、ことばも同じなんだ。だから、闇の民も、あたいたちと同じことばで話すんだね」

 とメールが賢く気がつきます。

「そう。そして、ことばが同じになったために、光の軍勢の中で力のある者は光の魔法が使えるようになったし、闇の軍勢にも闇の魔法が使える者が現れるようになった。光の魔法も闇の魔法も、声に出して呪文を唱えることで、この世界から力を引き出しているからだ」

 と天空王が言ったので、ポポロは大きくうなずきました。天空の国の魔法使いたちは、呪文で世界から魔法の力を引き出すことを、小さい頃から練習させられているのです。

 すると、ルルが首をかしげながら言いました。

「でも、天空王様……例えばロムド城の四大魔法使いが使っている呪文は、ポポロの呪文とは違っているみたいですけれど? それに、魔法の力もポポロよりずっと弱いです」

 天空王は微笑しました。

「天空の民と地上の人間を比べるわけにはいかない。もともと生まれ持ってきた能力が違うからだ。だが、人間の中でも能力の高い者は、ことばによって世界へ働きかけ、そこから力を引き出すことができる。天空の国のことばは、世界へ働きかける力が強い。だから、この世に光や闇の魔法を使える者たちが増えたのだ」

 

 うむむ? とゼンは腕組みして首をひねりました。話が難しくなってくると、とたんにわけがわからなくなるゼンです。天空王の言ったことを理解しようと懸命に頭をひねり続け、やがて声を上げました。

「要するに――それがフルートにどう関係してくるんだよ!? 昔の話ばっかりで、全然わかんねえぞ!」

 正義と空の王に対して非常に失礼なことを言いますが、天空王は怒りませんでした。穏やかに話し続けます。

「無関係のようでも、これは大事な話なのだ。光の魔法と闇の魔法は、同じ魔法の表と裏の関係にある、ということなのだから。同質のものであるから、互いに打ち消し合う力が働く。光から闇が、闇から光が見えなくなるのは、そのためだ。相反する魔力の相手を破るには、相手より強力な魔力が必要になる……。だが、二千年前の光と闇の戦いでは、両陣営の魔力は互角だった。そのため、戦いは勝つこともあれば負けることもあり、勝敗がつかないまま、実に九十年に及んだ。光の陣営にも闇の陣営にも、数え切れないほどの死者が出て、地上や海は血に染まった……。そんな中、要(かなめ)の国の皇太子だったセイロスが、魔の森へ入り込んで聖守護石を得たのだ」

 ゼンたちはまた目をぱちくりさせました。天空王の話は、彼らがよく知っている人物の話題になっていました。セイロスは初代の金の石の勇者です。二千年前の人物なので、さすがに直接会ったことはありませんが、時の鏡などで何度か見かけていました。黒髪に黒い瞳、紫水晶の鎧兜を着て光の剣を持った、非常に立派な青年です――。

「金の石の勇者になったセイロスは、すぐに光の陣営の総大将になった。そして、戦域を東へ広げて、東の果ての大国に参戦を呼びかけることにしたのだ」

 と天空王が言ったので、ポチがすぐに言いました。

「ワン、ユラサイの国ですね! その頃は琥珀帝(こはくてい)という人が治めていて、シュンの国って呼ばれていたんです!」

「そうだ……。戦いは主に今の中央大陸で繰り広げられていたので、東の果てのシュンの国までは及んでいなかった。だが、この国には光や闇とは違った魔法があった。セイロスは、膠着(こうちゃく)状態の戦いを打開するために、その力を借りることを思いついたのだ」

「光や闇とは違う魔法って――」

「あの護符って紙を使ったユラサイの術のことか!」

「ワン、護符じゃなくて、呪符ですよ! ユラサイ文字の呪文を書いた紙です!」

 一同が口々に言うと、天空王はまたうなずきました。

「シュンの国の術師は、呪文を文字にして紙に書きつけ、それを読み上げることで魔力を引き出す。光や闇の魔法とは別の体系で発達していった魔法で、光や闇の魔法より威力は弱いが、闇の魔法に打ち消されることなく使うことができる。セイロスは、これを戦いの決め手にしようと考えて、東へ向かうことを決めたのだ」

「ワン、そして琥珀帝は光の軍勢に入ることを決めた!」

 とポチはまた言いました。おとぎ話になって残されていたユウライ戦記が語っていたことです。

「最終的にはな。だが、実際には、そんなにたやすいことではなかった。セイロスが東へ向かうことを、闇の陣営がかぎつけたからだ。闇のものたちは、なんとかしてセイロスを阻止しようとした。光の軍勢より早く、闇の軍勢が東へ向かい、また、セイロスの行く手に罠をしかけた。――その罠が、ここに残されていたマモリワスレの門だったのだ」

 少年少女と犬たちは、はっとしました。岩場になっている山の頂上を、思わず振り向いてしまいます。そこに魔法陣のような円や高い門はもうありません。

 

 天空王は静かに話し続けました。

「あの門を作ったのは、南大陸に住む魔法使いだった。あの大陸にも、光や闇とは違った体系の魔法が発達していた。デビルドラゴンはその使い手を誘惑して仲間に引き入れ、この場所に罠を作らせた。セイロスたちが東へ向かう途中で、ここを通りかかるとわかっていたからだ。かの魔法使いは、鷲(わし)の目、と呼ばれていたという……。デビルドラゴンから力の援助も受けて、鷲の目はここに魔法の門を作り上げ、魔法で隠して、その前にデビルドラゴンの巨大な絵を描いた。南大陸の魔法は光の軍勢には感じ取ることができない。通りかかったセイロスが、そうと知らずに竜の絵を確かめにやってきたところを、罠にはめようとしたのだ」

「だけど、セイロスは罠にかからなかったのね……」

 とポポロがつぶやくように言いました。緑の瞳は、はるか二千年前の出来事を見透かすような、遠いまなざしをしています。

「セイロスの部下の一人がデビルドラゴンの動きを見張っていたからだ。その者がセイロスに罠の存在を知らせたので、彼らはこの場所を素通りして、東の国へと飛んでいった。結果、鷲の目は待ちぼうけを食らうことになったのだ」

 と天空王が言います。

 一行の頭の中に、またあの遊び歌が聞こえてきました。

 

  お台の山には高い門

  高い門には黒男

  くぐらないのかくぐるのか

  竜が鳴いても待ちぼうけ――

 

 天空王は話し続けます。

「セイロスたちが東へ向かい、戦場がこの地から東のユウライ砦(さい)に移っても、鷲の目はずっとここで待っていた。やがて、セイロスは願い石に負けて失われ、デビルドラゴンも光の軍勢に敗れて世界の果てに幽閉されたが、それでも鷲の目は待ち続けた。あの男に事実を知らせる者がなかったからだ。あるいは、魔力のすべてをかけた罠が使われずに終わった無念を認めたくなくて、事実に目をつぶったのかもしれない。男はその後も何年も待ち続け、やがて寿命が近づいてくると、魔法で自分の体を呑み込んでしまった。とうとう気が狂って、自分で自分を食べてしまったのだ、と当時の人々は噂したという。それきり、鷲の目はこの世から消え、マモリワスレの門も忘れられてしまった。デビルドラゴンの地上絵だけは、その後もしばらく空から見えていたが、やがて山の頂上が植物や雲に隠れるようになると、それも人々の記憶から消えていった――」

「ワン、でも遊び歌の中には残っていた」

 とポチが言うと、ゼンが、どん、と地面に拳をたたきつけました。

「そして、二千年もたってから、歌につられた俺たちがのこのこやってきて、罠にはまっちまったんだ! ちくしょう! どうやったらこの魔法を解けるんだよ!? どうやったらフルートを元に戻せるんだ!?」

 ゼンが殴りつけた岩は、放射状に砕けています。

「それは我々には不可能なのだ」

 と天空王は言いました――。

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