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第17巻「マモリワスレの戦い」

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13.天の王

 「よし、もういい」

 とゼンがメールに言いました。メールはゼンの腕の傷を布でしばっていたのです。いつも気の強い彼女が泣き顔になっていました。包帯代わりの布がみるみる血で染まっていくのを見て、また涙をこぼします。血が止まっていないのです。

 すると、ゼンがまた言いました。

「泣くな! 今はこれでいい――。それよりフルートだ。こいつをどうやったら正気に返せるか、早いとこ考えるんだ」

「あの黒い男のせいだったんでしょう!? あいつが門の中にいたフルートに魔法をかけたんだわ! 私たちを忘れる魔法を――!」

 とルルが言いました。怒りと悲しさがごちゃまぜになって、ほえるような口調になっています。

「ワン、あの男は何者だったんだろう……。デビルドラゴンの地上絵は確かにあったけれど、危険な匂いはしていなかったし、ポポロやルルも闇の気配は感じていなかったのに」

 とポチが言いました。一見冷静そうですが、地面にぺったり腹ばいになったまま、立ち上がろうとしません。しょんぼりと耳を垂れてフルートを眺めています。

「ワン、眠り花の効果はどのくらい続きますか……? その間にフルートを元に戻せるといいんだけれど……」

 フルートは地面に倒れたまま動かなくなっていました。深く眠っているので、身じろぎひとつしませんが、念のために仲間たちはフルートの剣を取り上げて、離れた場所に置いていました。またあんなふうに暴れられたら、今度こそ死人が出るかもしれません。

 メールが言いました。

「あの分量だったら、二時間近く寝てくれると思うな。思いきり花粉を吸い込んでくれたからね……。でもさ、どうしてフルートはあたいたちを攻撃してきたんだろう? いくらあたいたちのことを忘れたからって、あんなに出しぬけに攻撃してくるなんて、普通じゃないよ」

 涙をこらえる声でした。ゼンがそれに答えます。

「俺があいつを振り回したからだろう。俺は荒っぽいからな。何も覚えてなければ、俺に攻撃されてるように感じたはずだ。……ポポロが俺たちのことを忘れたときと同じだよ」

 ゼンの声は静かでした。怒るよりもわめくよりも、もっと深い悲しみが声の奥にあります。ポポロは顔をおおって泣いていましたが、それを聞いて思わず顔を上げました。二年半前の闇の声の戦いのことを思い出してしまいます。自分にすべてを忘れる魔法をかけたポポロは、仲間たちのことも忘れて、ゼンやフルートをとても怖がったのです――。

 すると、ルルが言いました。

「ねぇ、中身が別人になってるってことはないの? ユラサイでポチが竜子帝と入れ替わったみたいに。いくら私たちを忘れて、攻撃されてるように感じたからって、あのフルートはまるで別人だったわよ。私やポチに対して、化け物犬め、殺してやるぞ、だなんて」

 それを聞いたポチが、びくりとまた大きく身をすくませました。

「わからねぇ。ただ、あの戦い方は間違いなくフルートだった。しかも、全然手加減しねえから、とんでもなく強いときやがる」

 とゼンは言って左腕を押さえました。フルートに切られた傷は、まだ血が止まっていませんでした。包帯代わりの布がかなり赤くなっています。

 全員は困惑して立ちつくしてしまいました。こんなとき、彼らにするべきことを示してくれたのはフルートです。どうしたらいいのかまったくわからなくて、途方に暮れてしまいます。

 

 すると、必死で何か考えていたポポロが、急にまた顔を上げました。

「そうよ……天空王様よ……」

 仲間たちが注目したので、魔法使いの少女は懸命に言いました。

「天空王様をお呼びするの……。この状況は、あたしたちにはどうしようもないんだもの。天空王様に来ていただいて……どうしたらいいのか、教えていただきましょう――」

 話しながらポポロはまた泣き出していました。ことばの終わりが嗚咽(おえつ)に変わり、顔をおおって泣きじゃくってしまいます。

 そうか、とゼンは言いました。

「そういや、天空王には、困ったときにはいつでも呼べ、って言われてたよな。よし、呼ぶぞ! 天空王に来てもらって、こいつを元に戻してもらうんだ!」

 そこで彼らは天を振り仰ぎました。天空王は世界中の空を飛び回る魔法の国の王様です。彼らがいる山の頂上からその国は見えていませんが、呼べば、声は必ず天空王まで届くのです。全員で想いを込めて呼びかけます。

「天空王――!」

 

 その一言で、もう天空王は彼らの間に現れていました。光のような白銀の髪とひげの、背の高い男性で、頭に金の冠をかぶり、星のきらめきを抱いた黒い衣を着ています。

 天空王があまり早く現れたので一行が面食らっていると、王が言いました。

「よく私を呼んだ、子どもたち。フルートは古い罠に捉えられたのだ。おまえたちにフルートを元に戻すことはできない」

 彼らはすぐに身を乗り出しました。相手は世界の空と正義を司る(つかさどる)偉い王様なのですが、遠慮することも忘れて口々に言います。

「俺たちにできねえのはわかってらぁ! だから天空王を呼んだんだぞ!」

「早くフルートを戻しとくれよ! 眠り花の効き目が切れたら、目を覚ましてまた暴れるんだからさ!」

「ワン、古い罠ってなんなんですか!? あの黒い男の正体は何者だったんです!?」

「天空王様、早くフルートを元に戻してください! お願いします!」

 ポポロだけは何も言えなくて、ただ泣きながら天空王を見つめます。

 天空王は一行を見回すと、静かな声で言いました。

「落ち着きなさい……。このことについては、順を追って話して聞かせなくてはならない。話を聞き終われば、おまえたちがどうすればいいのかもわかるだろう。座りなさい」

 王の声には魔力がありました。今まであれほど混乱していた一行の心が、すうっと落ち着いていきます。

 彼らは言われたとおりその場に腰を下ろしました。中心に立つ天空王を見上げると、王はゼンの上に手をかざしました。短い呪文を唱えると、傷をしばっていた布がひとりでにほどけていきます。その下の傷が跡形もなく消えていたので、おっ、とゼンは笑顔になりました。怪我の治った左腕をぶんぶん振り回して、痛みがなくなっているのを確かめます。

「金の石は眠りについているので、癒しの力を使うことはできないのだ」

 と天空王が言ったので、全員はフルートを振り向きました。金の鎧兜の少年は岩場の上に横たわって眠り続けています。そのペンダントの魔石は、灰色の石ころのようです――。

 

 ポポロが天空王を見上げました。震える声で、懸命に尋ねます。

「どう……どうして、こんなことになったのですか、天空王様……? フルートは、突然現れた門をくぐってしまいました。あ、あれのせいなのですか……?」

 こらえようと思うのに、やっぱり大粒の涙がこぼれ出してしまいます。

 天空王が薄青い目を細めました。そうやって少年少女たちを見回す顔は、深い慈愛に満ちていました。

「そうだ……。あれは二千年も前に、金の石の勇者を捉えるために作られた罠だったのだ」

 二千年前!? と一行は驚きました。フルートはまだ十五歳です。どうしてそんな昔に、と誰もが考えます。

 すると、ポチが言いました。

「ワン、あれは――あの門は、初代の金の石の勇者を捉えるためのものだったんですね!? フルートじゃなくて、セイロスのほうを捕まえる罠だったんだ! それにフルートは引っかかっちゃったんだ!」

 天空王は賢い小犬へ目を向けました。

「その通りだ、ポチ。今、全部を話して聞かせてあげよう。今から二千年前、天空の国に端を発した戦いが地上に波及して、二度目の光と闇の戦いを引き起こしていた時代のことだ」

 そう言って、天空王は話し始めました――。

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