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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第4章 天の王

12.混乱

 ぼくに何をするつもりだ、おまえたちは何者だ!? とフルートが言うのを聞いて、仲間たちは頭を殴られたようなショックを受けました。とっさには返事ができなくなります。

 すると、フルートがまた動きました。剣を構えて仲間たちの中に飛び込んできます。メールやポポロや犬たちは悲鳴を上げました。フルートが彼らの中で炎の剣を振り回したのです。全員が大あわてで飛びのきます。

「馬鹿野郎! 何してやがる!?」

 とゼンがわめきました。防御のために腰からショートソードを抜くと、たちまちフルートが反応して鋭く振り向きます。おっ、とゼンはショートソードを掲げました。振り下ろされてきた炎の剣を、頭上でがっきと受け止めます。まったく手加減のない一撃でした。ゼンが一瞬でも遅れたら、間違いなく切られています。

「な――何してるのよ、フルート!?」

「ワンワン、術にかかっているんですか!?」

 ルルとポチが叫んだとたん、フルートは今度は犬たちをにらみつけました。

「人のことばを話す犬! 怪物か!!」

 敵を見る目でそう言われて、犬たちは立ちすくみました。ポチは全身の毛が逆立ってしまいます。遠い昔、大勢の人間から怪物とののしられて追いたてられたことを思い出します……。

 ゼンが、どぉっと音を立てて仰向けに倒れました。フルートに足払いをかけられたのです。フルートがゼンから離れて犬たちに切りつけてきました。炎の剣が空を切っただけで、熱い風が押し寄せてきます。

 ルルはすぐに飛びのきましたが、ポチは動きませんでした。

「ポチ、逃げなさいよ!」

 とルルが叫びますが、小犬はやっぱり動きません。大きな目を見張って、食い入るようにフルートを見上げています。そんなポチへフルートが剣を振り下ろそうとしました。ルルとポポロが悲鳴を上げます――。

 

 そこへ音を立てて色とりどりの花が押し寄せてきました。虫か鳥の群れのように、フルートに襲いかかっていきます。フルートは驚いた顔で剣を振り回しました。切り裂かれた花は燃えて落ちますが、数が多いので、たちまちフルートは取り囲まれてしまいます。

「まったくもう! どうなってんのさ、本当に!?」

 花を操りながら、メールはわめきました。わけがまったくわかりません。

 すると、起き上がってきたゼンが、うなるように言いました。

「どうなってるのかって? んなもん、見りゃわかるだろうが。あいつの顔つきは闇の声の戦いのときのポポロにそっくりだ。――あの馬鹿、俺たちのことを忘れちまったんだよ!」

 マーモリワスレマモリワスレ……

 塩湖で子どもたちが歌う遊び歌が、彼らの耳に聞こえた気がしました。ポポロは真っ青になって口を押さえ、守り忘れ、とメールとルルがつぶやきます。

 その時、フルートを包む花の奥で、ごごぅっと風の鳴るような音が響きました。メールが命じたわけでもないのに、花が渦を巻いて動き出します。

「花たち!?」

 メールは驚いて花を操ろうとしましたが、花は停まりませんでした。ますます回転が激しくなり、ふいに炎に包まれて燃え上がってしまいます。焼かれていく花たちの叫び声が押し寄せてきて、メールは立ちすくみました。灰になって落ちていく花の中から、フルートがまた姿を現します。鋭い目つきで炎の剣を握っています。

「逃げろ! あいつ、炎の弾の撃ち出し方は覚えているんだ!」

 とゼンは言いましたが、自分自身は逃げません。背中から弓を外して構えます。仲間たちは驚きました。猟師の少年が弓につがえたのは、百発百中のエルフの矢です。

「やめなよ! フルートが死んじゃうじゃないのさ!」

 とメールが叫ぶと、ゼンは顔を歪めました。

「馬鹿、殺すかよ。ただ、これを使わないとあいつを停められねえんだ――」

 すると、フルートが剣を振りました。とっさに飛びのいたゼンの足元で炎の弾が弾けます。こんちくしょう、とゼンはまたうなりました。怒った声ではありません。フルートに狙いをつけて弓を引く顔は、本当に今にも泣き出しそうな表情をしています。

 フルートがまた剣を振り上げ、ゼンへ振り下ろそうとしました。狙いを定めようとしているゼンは、よけることができません――。

 

 そこへ小犬が飛び出してきました。フルートの足元へ駆け寄ってほえます。

「ワンワンワン……フルート! フルート! ぼくですよ、ポチですよ! わからないんですか!?」

 こちらも泣き出しそうな声でした。フルートはポチを見下ろしました。振り上げた剣の切っ先が揺れます。ゼンともの言う小犬のどちらへ剣を振り下ろすかで迷ったのです。その隙にゼンは弓矢の狙いを定めました。びぃん、と白い矢を放ちます。

 フルートはすぐに剣を振り下ろしました。自分に向かって飛んでくる矢を切り落とそうとすると、矢が、くっと向きを変えました。ありえない方向へ飛んで弧を描き、向きを変えてまたフルートへ飛んできます。矢が命中したのはフルートの手元でした。金の籠手(こて)に勢いよく当たって、炎の剣を弾き飛ばします。

 とたんにゼンは弓を投げ出して走りました。フルートとの間にさほど距離はありません。親友に飛びつき、力任せに押し倒します。

「この馬鹿野郎! 敵の術なんかにはまってるんじゃねえ! 目を覚ませ!」

 抵抗するフルートに馬乗りになって抑え込むと、その拍子に、フルートの首にかかったペンダントが目に入りました。金の透かし彫りの真ん中で、守りの魔石は灰色の石ころに変わっています――。

「危ない、ゼン!」

 とメールが叫びました。

 抑え込まれていたフルートが、背中からもう一本の剣を抜いたのです。研ぎ澄まされた銀の刃がひらめくと、ゼンは悲鳴を上げました。左の上腕を押さえて飛びのきます。その手の下から鮮血があふれだしていました。フルートに切られたのです。

「やめて、フルート! お願い、やめて!」

 とポポロが言いました。もう大泣きになっていますが、フルートは停まりませんでした。跳ね起き、逃げようとするゼンを追って、また剣を振り上げます。ゼンの血に濡れた刃が、ぎらりと光ります。

 そこへ、ごうっと音を立てて、変身したルルが飛んできました。つむじを巻きながら風の力でフルートを抑え込もうとします。フルートのマントが風にはためき、全身に絡みつきました。それを振りほどこうともがきながら、フルートが叫びます。

「放せ! おまえたちを殺してやるぞ、化け物犬め!!」

 ルルは息を呑み、ポチはびくりとまた身をすくませました。とてもフルートのことばとは思えません。

「だめ、フルート!!」

 とポポロがまた叫びました。つむじ風の中でフルートが剣を握り直し、ルルの首輪へ切りつけようとしたのです。

 ルルは大あわてでそれをかわしました。風の体は剣にも平気ですが、魔法の首輪だけは攻撃を食らってしまいます。首輪を切られてしまったら、ルルはもう風の犬に変身できなくなるのです。急いでフルートから離れると、また首輪を狙ってきた剣が、ルルの風の尾を切り裂きます――。

 

 ポポロは泣きながら立ちすくんでいました。混乱してしまって、この状況をどうしたらいいのか、まったく思いつきません。彼女は今日の魔法をもう二回とも使ってしまっていました。フルートを停めることができません。

 ゼンは傷の痛みに歯を食いしばっていました。かなり深く切られたので血が止まらないのです。フルートが狙っているので、傷の手当てをする暇もありません。押さえた手の下で血があふれ続けて、地面にしたたり落ちています。

 フルート! フルート!! とポチは必死で呼び続けていました。自分を弟と呼んでかわいがってくれたフルートを、なんとか正気に返そうとしますが、フルートは戻りませんでした。落ちていた炎の剣を拾い上げて、小犬へ炎の弾を撃ち出します。

「だめよ!」

 と風の犬のルルが飛んできました。ポチの前から炎をさらい、上空へ飛ばしてから、すぐにまた離れます。切り込んできたフルートの剣が、ルルの首輪のすぐ近くをかすめていきます。

 すると、また一群の花がフルートへ飛んでいきました。今度は黄色一色の花です。フルートの頭に集中して群がっていきます。

 フルートはすぐにまた炎の弾を撃ち出しました。花が燃えながら落ちていきます。魔法の鎧兜を着たフルートは平気です……。

 

 ところが、急にフルートの体が大きく揺れました。

 フルートが驚いた表情で二、三度まばたきして、頭を振ります。

 その体が、ますます揺れていきました。足元がふらつき、剣の狙いが定まらなくなります。

 花を操っていた手の形のままで、メールがフルートをにらみつけていました。目に涙を浮かべて言います。

「眠り花だよ――ジャングルに咲いてるのさ。フルートは知らなかっただろ」

 眠り花? とフルートは言ったようでしたが、その声はよく聞き取れませんでした。小柄な体がますます揺れて、とうとうその場に崩れるように倒れます。気を失ってしまったのです。

 フルートが動かなくなっても、仲間たちはすぐには動けませんでした。ゼンも傷の手当てを忘れて立ちすくんでいます。

「いったいどうなってるの……? これからどうしたらいいのよ?」

 犬に戻ったルルが泣きながら言いましたが、それに答えられる者は誰もいませんでした。

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