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第17巻「マモリワスレの戦い」

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11.黒い男

 みんな来てください! 妙なものが見つかりましたよ! というポチの声に、仲間たちは振り向いて仰天しました。

 いつの間にか、彼らのすぐ目の前に高い門が出現していました。黒い円柱が頭上でつながってアーチを作っていますが、門に扉や格子はありません。その向こうに、二重の輪と渦巻きでできた、不思議な円陣が広がっていました。中央にポチが立ちつくしています。

「ポチ!」

 とフルートたちは叫びました。ポチは円陣の中心で目を見張ったまま、まったく動こうとしません。動けないのです。

 すると、どこからか男の笑い声が聞こえてきました。ヒヒヒヒ、と嫌らしくほくそ笑んでいます。

「ようやく捕まえたぞ……勇者の仲間だァヒヒヒヒ……!」

 門の向こう側の空中に、黒いものが浮かび上がっていました。白い歯がついた唇です。あんぐりと口を開け、そこから何かを吐き出してきます――。

 フルートたちは思わず後ずさってしまいました。それは人間の体だったのです。二本の黒い脚から始まって、長衣を着た体、黒い両腕と吐き出していって、最後に丸い頭も吐き出すと、唇がしゅぽん、と音を立てて裏返ります。それでもう、一人の人間が現れていました。つややかな黒い肌に縮れた短い黒髪の、とても背の低い男です。漂うように、ふわふわと空中に浮いています。

「赤の魔法使い!?」

 とフルートたちは叫んで、すぐに別人だと気がつきました。ロムド城の四大魔法使いの一人である赤の魔法使いは、いつも赤い長衣を着て、ハシバミの杖を持っていますが、この男は青と黄色の縞模様の長衣を着て、杖の代わりに二重になった銀の輪を持っています。赤の魔法使いは猫のような金色の瞳が特長ですが、この男は、猛禽類(もうきんるい)を思わせる、鋭い銀の瞳です。

 

 すると、男がまた笑いました。

「ヒヒヒヒ……待ったな、待ったなァ。いつかきっとやって来るだろうと思っていたから、この身が朽ち果てないように、自分で自分を食っていたんだ。これで勇者どもに一泡吹かせられるぞ」

 赤の魔法使いは異国のことばしか話せないのですが、この男はフルートたちにわかることばで話します。フルートたちは、はっとしました。自分で自分を食っていた、と聞いて、この男が歌に出てきた「黒男」だと気がついたのです。

「ポチ!!」

 フルートは駆け出しました。炎の剣を抜いて、小犬を助けに行こうとします――。

 ところが、その目の前に金色の少年が姿を現しました。短い両腕を広げて言います。

「行くんじゃない、フルート! 嫌な気配がする! あれに近づくな!」

「闇のものか!?」

 同じく駆けつけようとしていたゼンが、あわてて立ち止まって尋ねました。彼らとポチたちの間にそびえる黒い門は、いつかゼンが狭間(はざま)の世界で見た黄泉の門にも似ている気がします。

 金の石の精霊は答えました。

「違う、闇のものじゃない。だが、敵意を持っている!」

「持っているさァ……なにしろ、もう二千年も待ったもんなァ」

 と黒男が言いました。鷲(わし)のような目でフルートたちを見て笑っています。

「竜の親方様と約束したんだ……金の石の勇者の連中に、目にものを見せてやるとなァ……。遅かったぞ、金の石の勇者。すっかり待ちくたびれたし、腹も減った。これでようやく勇者の仲間を食えるなァ……」

 ヒヒヒヒ、とまた黒男が笑いました。笑うと黒い顔の中で白い歯がむき出しになります。

 と、それがいっせいに尖って、鋭い肉食獣の牙になりました。信じられないほど大きく顎が開いて、小犬を一口でかみ殺そうとします。ポチは円陣の中で動けずにいます。ポチ!! と仲間たちが叫びます。

 

 すると、フルートがまた駆け出しました。停めようとする金の石の精霊を跳ね飛ばし、剣を構えてポチへ走ります。

 その目の前に怪物が現れました。全長が三メートル余りもある大サソリです。門の前に立ちふさがり、毒針のある尾を高く上げてフルートを威嚇(いかく)します。

 けれども、フルートは停まりませんでした。走りながら剣をふるうと、切っ先から炎が飛び出して大サソリを火で包みます。サソリは怒って尻尾を振り回しました。フルートがまた剣をふるうと、炎に赤く光る刃がサソリの尾を断ち切り、次の瞬間には大サソリを火だるまにします――。

 

 高い門の向こう側で、黒い男がポチを呑み込もうとしていました。牙の並んだ口は、もうポチの目の前です。フルートが男へ剣を振ろうとすると、逆に男の手元から炎の弾が飛んできました。二重の銀の輪から撃ち出してきたのです。フルートはとっさに顔だけをそむけ、体で炎を受け止めました。フルートが着ているのは火や衝撃を防ぐ魔法の鎧です。炎は表面で跳ね返されて、散り散りになってしまいます。

 それを見て、男は片手を突き出しました。指が伸び、爪が長く鋭くなって、円陣の中央の小犬をわしづかみにします。

「ポチ!!」

 とフルートはまた叫びました。地面を蹴り、門の間をくぐり抜けて、黒い男に切りかかろうとします。

 とたんに、金の石の精霊の声が響きました。

「だめだ! やめろ、フルート!!」

 そこに、もうひとつの声も重なります。

「マーモリワスレー……!!!」

 黒い男が叫んだのです。

 すると、フルートの周囲から光が消えました。

 空も岩場になった山の頂上も、円陣の中のポチも、それを捕まえている黒男も、仲間たちも何も見えなくなって、あたりが真っ暗になってしまいます。

 暗闇の中に、ヒヒヒ、と男の笑い声が響きました。

「そぉら、捕まえたぞ、金の石の勇者……。やっぱり仲間を守ろうと飛び込んできた。狙いの通り、狙いの通り。ヒヒヒヒ……これで勇者はいなくなった!」

 マモリワスレーとまた闇に声が響きました。今度は暗闇の四方八方から聞こえてきます。フルートは思わず耳をふさぎました。男の声に、頭が割れそうなほど揺すぶられます――。

 

「フルート!?」

 と仲間たちは驚きました。フルートの後を追ってポチを助けに行こうとしたのですが、目の前で門をくぐったフルートが、突然耳をふさいで立ちつくしてしまったのです。彼らには、マモリワスレ、という声が聞こえませんでした。ただ、金の石の精霊が叫ぶ声が聞こえるだけです。

「彼を門から出せ! 早く――!」

 その小さな姿が急にゆらめいて、薄れ始めました。黄金の髪も瞳も、異国風の服を着た体も透き通っていって、見えなくなってしまいます。

「金の石の精霊!?」

 と一行はまた驚きました。精霊は消えてしまったのです。

「こんちくしょう!」

 とゼンは突進しました。何がどうなっているのかわかりませんが、この門が原因らしいと察して、フルートをそこから引っ張り出そうとします。

 とたんにゼンは後ろへ弾き飛ばされました。まるで門の手前に見えない壁があるように、門をくぐることができなくなっています。フルートはすぐそこに見えているのに、飛びつくことができません。

「どうなっているの、ポポロ!?」

 とルルが振り向きました。魔法使いの目でなら見極めがつくだろうと思ったのですが、ポポロは泣きそうな顔で首を振りました。

「わからないわ……! 何も見えないのよ!」

 魔法のしわざか、見えない怪物か。門にあるものがわかれば、ポポロの魔法で対処できるのですが、ポポロには何も見えませんでした。ごく普通の、黒い石の門にしか見えないのです。魔法の使いようがありません。

「花たち!」

 とメールが手を振りました。花鳥が崩れて花の群れになり、ざぁっと音を立てて飛んでいきます。花が向かったのは、門ではなく、その向こう側でした。ポチを捕まえたままにやにやしている黒男へ襲いかかっていきます。

 すると、突然ポチがワン、とほえました。呪縛が解けたのです。長い爪の生えた手にがっぷりかみつくと、男が悲鳴を上げてポチを放り出します。

 ポチは叫びました。

「門はこいつが魔法で作り出したものだ! こいつを倒すんだ――!」

 言いながら自分も風の犬に変身して、男に飛びかかっていきました。そこへルルも風の犬になって飛んできて、二匹で男に襲いかかります。

 

 すると、男の姿が急に薄れ始めました。犬たちの牙の間で、自分から紙切れのようにちぎれ出したのです。体も手足も散り散りになりながら、男はまだ笑い続けていました。

「ヒヒヒヒ……とうとう俺はやってやったぞ! これで勇者はいなくなった! 俺の勝ちだ! 見たか、竜の親方様!」

 とたんに空が暗くなりました。一面赤黒い雲におおわれた空の下に、ぴかりぴかりと稲光が走り、地の底から這い上がるような声が響きます。

「ヨクヤッタ……鷲ノ目。二千年ノ時ガ契約ニ追イツイタノダ……」

 頂上の全員は総毛立つような恐怖に襲われました。この声はデビルドラゴンです。どこかすぐ近くに潜んで、この場所の様子を見ています。

「あそこよ!」

 とルルが叫びました。風の目で見下ろしていたのは、頂上に広がる竜の地上絵でした。溝にわずかに残った雨水が、空の色を映して赤く光っています。

 ポチは黒い男にかみついたまま言いました。

「ワン、あれを壊して――早く――!」

「やれ、ポポロ!」

 とゼンもどなりました。ポポロは大泣きしそうになるのを必死にこらえて片手を上げました。声高く呪文を唱えます。

「ロレワコーヨエノウユーリ!」

 緑の星が少女の指先から散って、岩の上の地上絵へ飛んでいきました。きらめきになって降りそそいでいくと、とたんに地上が地震のように揺れ出します。ゼンやメールはあわてて門へ飛びつきました。必死で手を伸ばしますが、見えない壁はまだ立ちふさがっていました。フルートに触れることができません。

「渡サヌ! 金ノ石ノ勇者ハ失ワレタノダ……!」

 デビルドラゴンの声がまた這い上がってきました。上空では雲が渦巻き、雷が近づいてきます。雲間が紫に光り、耳をふさぐような雷鳴も響き渡ります。

「ワン、雷が降ってくる!」

「みんな、逃げなさい!」

 ポチとルルが叫びましたが、仲間たちは動きませんでした。ゼンとメールは見えない壁をたたき、ポポロは必死で呼びます。

「フルート! フルート……!!」

 その時、岩に刻まれた地上絵に音を立てて亀裂が走りました。次の瞬間、爆発するような勢いで岩が砕けて吹き上がります。オォォオーーーと声を響かせて、デビルドラゴンの気配が遠ざかっていきます――。

 

 気がつくと、暗雲は消えて、白い雲におおわれた空が広がっていました。地上絵のあった岩場は砕けて瓦礫(がれき)の山になっています。雷鳴もデビルドラゴンの声も、もう聞こえません。

 ポチがかみついていた黒い男も、姿が見えなくなっていました。ポチの牙の間で小さくちぎれて、消えていってしまったのです。逃げたのか死んだのか、ポチにはよくわかりません。

 そして、あの魔法陣のような円と高い門も消えてしまっていました。何もなくなった岩場に、フルートが倒れています。

「フルート! フルート!!」

「大丈夫かい!?」

 とゼンとメールは飛びつきました。見えない壁ももう消えていたので、名前を呼びながらフルートの体を揺すぶります。

 ポポロが泣きながら駆けつけてきました。ポチとルルも飛んできて犬に戻ります。フルートはぐったりしたまま目を開けません。まるで死んでしまったようです。

「おい、フルート! しっかりしやがれ、この唐変木のすっとこどっこい!!」

 ゼンが悪態をついて、いっそう強くフルートを揺すぶりました。今にも泣き出しそうな表情になっています――。

 

 すると、フルートが目を開けました。すぐに仲間たちを見回します。

 フルート! と仲間たちはいっせいに言いました。今度は安堵の声です。

 ゼンはわざと顔をしかめ、泣き顔を怒り顔に変えてどなりました。

「ったく! どうしておまえはこう毎度危なくなるんだよ!? もっと自分を守れって言ってるだろうが、石頭の大馬鹿野郎――!」

 どなりながらフルートの胸ぐらをつかもうとすると、フルートが動きました。すっと身を引いてゼンの手から逃れます。

 とたんにゼンのほうも後ろへ飛びのきました。うおっ、と大声を上げます。

「何しやがる!?」

 ゼンの顔は青ざめていました。フルートがいきなりゼンに向かって剣をふるったのです。フルートが握っているのは、銀のロングソードではありませんでした。ほんの少しかすっただけでも相手を燃え上がらせる炎の剣です――。

 フルート!? と他の仲間たちが驚いていると、フルートがまた動きました。今度は自分からゼンに駆け寄り、剣を振り下ろします。ゼンはまた飛びのき、いっそう青くなりました。フルートはなんのためらいもなく切りつけてきます。冗談などではないのです。

 フルートがまた切りかかってきました。今度はゼンの首を狙ってきます。ゼンはとっさに頭を下げました。

「この阿呆……!」

 わめきながら身を沈め、片手を地面についてフルートに足払いをかけます。

 とたんにフルートが飛びのきました。ゼンから離れて低く身構えます。

 仲間たちはわけがわからなくて、呆気にとられてしまいました。フルート、どうしたの、と聞くことさえ、とっさには思いつきません。

 すると、フルートが鋭い目で彼らをにらみつけてきました。

「ぼくに何をするつもりだ!? おまえたちは――何者だ!?」

 仲間たちに剣の刃を向けて、フルートはそう言いました。

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