メールがジャングルから花を呼び寄せて花鳥を作ったので、フルートたちはそれに乗って舞い上がりました。上空から山を見下ろして、自分の目で地上絵を確かめます。
「本当だ。四枚翼の竜――デビルドラゴンの絵だ」
とフルートは言いました。
眼下にはお台の山の頂上が広がっていました。直径一キロメートルほどの円形をしていて、ほぼ水平な岩場になっています。その中央に雨水が溜まった大きなくぼみが湖のように横たわり、そこから西側に向かって溝が走っていました。雨水は溝を伝って流れ、先にフルートたちが見つけた川に合流すると、滝になって地上へ落下していきます。地上絵は湖と川の間の場所に描かれていました。
「水が流れてるから、はっきり見えるね。でも、大きいなぁ」
とメールが驚いたように言いました。溝が作る絵は、山の頂上の三分の一ほどにも広がっていたのです。長い首を伸ばし、四枚の翼を広げて空を飛ぶドラゴンの絵柄が、溝を流れる水で、くっきりと浮き上がっています。
「でもよぉ、なんのためにこんな馬鹿でかい絵を作ったんだ? 空を飛ばなきゃ見つけられねえぞ。山の上に立ったって、絵がでかすぎて全体が見えねえんだからな」
とゼンが言います。
フルートも首をひねりました。しばらく考え込んでから、首のペンダントに呼びかけます。
「金の石。ちょっと出てきてくれ」
とたんに彼らが飛ぶ空のすぐ隣に金の光が湧き起こって、小さな少年が姿を現しました。黄金の髪と瞳の金の石の精霊です。空中でいつものように腰に手を当てて言います。
「なんだい、フルート?」
「あの絵だよ。間違いなくデビルドラゴンだと思うんだけれど、あれから闇の気配や力は感じられないのかい?」
ペンダントの真ん中で、金の石はずっと穏やかに光り続けていました。明滅して闇の接近を知らせることがなかったのです。
精霊の少年は、ちょっと首をかしげました。
「感じられない――不思議なことにな。例えば、テトの国のエジュデルハの滝に隠されていた竜の壁画からは、非常に強烈な闇の気配がしていた。あの絵はデビルドラゴンに直結していたからだ。でも、この竜の絵にはそういうものはまったく感じられない。しかも、非常に古い絵だ。たぶん、二千年くらい前の……」
話しながら、精霊は金の目を細めました。何かを思い出すような表情でしたが、それ以上は何も言いません。
二千年前、とフルートは繰り返しました。それは、この地上で二度目の光と闇の戦いがあった時代です。何か関係があるんだろうか、と考えます。
そこへ風の犬のポチとルルが戻ってきました。この一帯の卓上台地を、空から確認してきたのです。口々にフルートたちへ報告します。
「ワン、他の山の頂上に、地上絵みたいなものはありませんでしたよ」
「川が流れている山はあるんだけれど、こういう感じじゃないの。自然にできた川ね。地上絵があるのは、この山だけよ」
四枚翼の竜の地上絵は、彼らの下に横たわっていました。湖の水が減ってきたので、溝の水位も下がって、絵を作っている線が細くなってきたように見えます。
「あの歌にあったお台の山というのは、やっぱりここのことなんだろうな」
とフルートはなおも考えながら言いました。空を映す湖で子どもたちが遊びながら歌っていた様子を思い出します。
マーモリワスレ マモリワスレ
お台の山には高い門
高い門には黒男
くぐらないのかくぐるのか
竜が鳴いても待ちぼうけ
パクパクパックン
黒い男が自分を食べた――!
けれども、竜の絵が刻まれた岩場に、高い門は見当たりませんでした。もちろん黒い男もいません。
何かの記録なんだろうか、とフルートは考え続けました。デビルドラゴンとの戦いを書物などに残そうとすると、世界にかけられた魔法のせいで変形されて、元の形を留めなくなってしまいます。それを恐れた人々が、地上絵という形で戦いを記録したのかもしれません。
「だとすると、ここは光と闇の戦場だったのかもしれないな」
とフルートがひとりごとを言うと、ポチが聞きつけて、ワン、とほえました。
「それなら、他にも何か戦いの痕が残されているかもしれませんよ! もう一度下りて、よく調べてみましょう!」
「痕って、どんなのだよ?」
とゼンが聞き返しました。
「ワン、例えば、門の土台の痕とか――! 黒い男の絵もどこかにあるかもしれない!」
「そうね。まだ草に隠れている部分もあるし。徹底的に切り払ってみましょう」
とルルが言って、さっそく山の上へ急降下していきました。風の刃で山の上の草や木を残らず刈り取っていくと、ポチが後を追いかけて、切り払った草を吹き飛ばしていきます。メールも花鳥を山の上へ下ろしました。背中から飛び下りた一行が、手がかりを探して岩場へ散ります。
すると、まだ消えずにいた金の石の精霊が、フルートに言いました。
「気をつけろ、フルート……。闇の気配はしないが、どうもここは嫌な感じがする。あまり長居しないほうがいい気がするぞ」
「嫌な感じって、どんな?」
とフルートは聞き返しましたが、それは精霊にもわからないことのようでした。黙って首を振ると、そのまま見えなくなっていきます。
そこへ、入れ替わりにポポロが近づいてきたので、フルートは尋ねてみました。
「何か感じないかい? 闇の気配とか敵の気配とか」
ううん、とポポロは首を振りました。
「竜の絵が、テトにあった壁画みたいにデビルドラゴンの罠だったら大変だと思って、さっきからずっと周囲を探っているんだけれど、危険は全然感じられないのよ。ただ、本当に古い匂いがするだけ……。ここは何かの遺跡痕みたいね。何かの目的で作られて、そのまま誰からも忘れられてしまったんだと思うわ」
マーモリワスレマモリワスレ、という歌詞が、急にまたフルートの頭に浮かんできました。マモリワスレは守り忘れだろうか? と考えます。例えば忘れられた守りの場所という意味ならば、ここはデビルドラゴンと戦った要塞跡なのかもしれません……。
ゼンとメールはそれぞれに地上絵の溝をたどっていって、竜の頭のあたりで出会いました。顔を見合わせて尋ねます。
「なんかわかったか、メール?」
「ううん、なんにも。そっちは?」
「こっちもだ。ただ溝を水が流れてるだけで、別に仕掛けになってるわけでもねえ」
二人は並んで立って地上絵を眺めました。やはり山の上にいては、それが竜の絵だと判別することができません。岩に無数の溝が走っているだけで、雨水が減ってきたので、流れる水もほんの少しになっていました。
「これ、本当に、なんのために作られたんだろうね?」
とメールは言いました。上空からでなければ形がわからない竜の絵。空から来る者たちに、ここにデビルドラゴンがいるぞ、と注意を呼びかけていたのでしょうか。それともデビルドラゴン自身が、ここは自分の陣地だと闇の仲間に知らせていたのでしょうか。どちらの仮説も、なんだかしっくり来ないような気がします。
すると、ゼンが腕組みして言いました。
「目的はわからねえが、どうも魔法で作ったもんのような気はするな。溝の壁に人が削ったような痕がねえんだ。たとえば石のみで削って作ったんなら、のみの痕や力を入れすぎて削り損ねた痕なんかも見つかっていいはずなんだが、そういうのがまったくねえんだよな……。まあ、できてから何千年もたってるようだから、雨風にさらされて消えちまったのかもしれねえけどよ」
「魔法ねぇ」
とメールはまた絵を見渡しました。これだけ大きなものなら、魔法のしわざというのも納得できますが、やっぱりその目的はわかりません……。
ポチとルルは犬に戻って、岩場のあちこちを嗅ぎ回っては手がかりを探していました。やはり、その途中で出会って話をします。
「何か見つかった、ポチ?」
「ワン、何も。門の痕があるんじゃないかと思ったんだけど、そういうのも見つからないですね……。やっぱりあれはただの遊び歌だったのかなぁ」
「もしかすると、もうデビルドラゴンの魔法で形を変えられちゃっているのかもしれないわよ。ユラサイの光と闇の戦いの記録だって、全然関係ないコウモリのおとぎ話に変えられていたじゃない。あんなふうに」
「ワン、そうだとすると、ここに門はないってことですよね……。ぼく、門が本当にあったら、その奥に光と闇の戦いの記録や記憶が残されてるんじゃないか、って思ったんですよ。忘れられた魔法の遺跡なんじゃないか、って。期待しすぎだったかなぁ」
「そんな場所だったら、なおさらデビルドラゴンが見逃すはずないじゃない。徹底的に破壊するような魔法をかけたと思うわよ」
「ワン、そうですね。それが今のこの山の姿なのかもしれない……」
とポチはまたあたりを見渡しました。草が残らず切り払われた頂上は、溝が刻まれた岩がむき出しになっていました。門も遺跡も、本当に何も見当たりません。
それでも、ポチはやっぱりあきらめきれませんでした。ルルがポポロのほうへ行ってしまった後も、地面に鼻を押しつけて、何か手がかりはないかと匂いを嗅ぎ続けました。岩場には細かい隙間や土が溜まった場所があります。そこに何か隠されているかもしれない、と考えて、たんねんに調べ続けます。
すると、彼らが一番最初に降り立った場所のすぐ近くで、古い金属の匂いがしました。この頂上で、他にそんな匂いがする場所はなかったので、急いでそこの土を掘ってみると、すぐに金属の輪っかが出てきました。直径が二十センチほどで、二重になった輪の間に渦巻き模様があり、薄紫と青と緑の石がちりばめられています。
ポチは首をひねりました。輪っかは全体が銀色ですが、銀ではありません。ポチがこれまで匂いを嗅いだことがない、不思議な金属でできています。形は剣の手元の鍔(つば)のようにも見えます。
ポチは頭を上げてフルートたちに呼びかけました。
「ワンワンワン、みんな来てください! 妙なものが見つかりましたよ――!」
その時です。
ポチの目の前で、銀の輪がいきなり光り出しました。どこからか強い光が当たったように、まぶしい銀色に輝き始めます――。
その光を浴びたとたん、ポチは身動きができなくなってしまいました。声も出せなくなってしまいます。
すると、ポチの足元で銀の輪が広がり始めました。ポチを中心に、魔法陣のように二重の円を広げていきます。銀の渦巻き模様の間で、三色の石がきらめき始めます。円陣の前には透き通った柱が現れました。次第に濃くなっていって、黒い二本の円柱に変わります。柱は空に向かって高く伸びていきました。やがて左右から弧を描いて近づいていって、上空でひとつにつながり合います。
ポチは凍りついたように立ちつくしたまま、その光景を見つめていました。現れた円柱は門です。何もなかったお台の山に、高い門が姿を現したのでした――。