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第17巻「マモリワスレの戦い」

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9.お台の山

 雨は三十分ほどでやみました。

 ジャングルの中が明るくなってきたので、フルートたちは簡易テントを撤収して、また先へ進み始めました。今度はゼンを道案内にして一時間ほど行くと、突然岩壁に突き当たります。ジャングルはそこで終わっていて、蔓性の植物や低い灌木が這い上がるように岩壁をおおっていました。

「ここが一番手前のお台の山だ」

 とゼンが岩壁を見上げながら言いました。ほぼ垂直の崖はジャングルの植物と雨上がりの霧に隠されていて、頂上まで見通すことはできません。

「やっぱり馬でこれを登るのは無理だな」

 とフルートは言いました。崖には切り立っていて、道らしい道はまったく見当たらなかったのです。

「ワン、ぼくたちが上まで運びますよ」

「私たちはもう、一度頂上まで行ってきてるのよ。こんな絶壁が二千メートル以上続いているんですもの、馬どころか、フルートたちが歩いて登るのだって無理よ」

 とポチとルルが言ったので、一行はそれに従うことにしました。馬たちに、危険が迫ったら逃げるように言い聞かせてから、変身したポチとルルに分乗して舞い上がります。高さ二千メートルあまりの山も、風の犬にかかればあっという間でした。すぐに頂上にたどり着いてしまいます。

 

 とたんに、彼らは、あっと声を上げました。

 絶壁の上はテーブルのような岩の平原でしたが、その中央をどうどうと音を立てて川が流れていたのです。岩にぶつかってしぶきを上げながら、平原の外れまで流れていって、何千メートルも下の地上へ落ちていきます。

「滝だぁ!」

 とメールが言いました。地上まで距離があるし、ジャングルや霧が地上をおおっているので、滝の終わりは見えません。

「ワン、さっき見たときには川も滝もなかったのに」

「そうよ。水なんてどこにもなかったのよ」

 と驚く犬たちに、フルートが言いました。

「さっき降った雨のせいだな。ほら、岩山の真ん中に湖ができてる。くぼみに雨水が溜まって、それが流れ出して川になったんだ」

「かなり勢いが強いから、気をつけて下りろよ」

 とゼンも言います。

 そこで、彼らは川から離れた岩場の上に下りました。頂上はほぼ平らなのですが、それでもわずかに起伏はあるので、そのあたりに水はありません。そこに立って見回すと、低い場所には池のような水溜まりがいくつもできていました。水の周りや中で植物が揺れています。

 そこへ、すいっと銀の輝きが視界を横切りました。トンボです。銀色の羽根を震わせながら、水辺へ飛んでいきます。

「大きいわね……」

 とポポロが言いました。トンボは全長が三十センチほどもあったのです。まるで小鳥が飛んでいるように見えます。

 すると、水辺で静かに揺れいていた植物が、突然動きました。大きな二枚の葉の間から蔓が伸びて、長い舌のようにトンボを絡め取ります。トンボは飛んで逃げようとしましたが、蔓を振り切れなくて、ぐいぐいと引き寄せられていきました。ついに二枚葉のところまで引き寄せられると、今度は葉が動き、葉の間にトンボを捕らえます。巨大な顎が獲物にかみつくような勢いでした。葉の周辺には、牙のような棘(とげ)もあります。

 きゃっとポポロが悲鳴を上げると、メールが言いました。

「食虫植物だよ。ここは岩場だから土から栄養が摂れないんだね。虫を捕まえて栄養にしてるのさ」

「渦王の島のジャングルにも生えてたよな。でも、こんな馬鹿でかいのを見るのは初めてだぞ。虫どころか、ウサギや犬なんかまで捕まえそうじゃねえか」

 とゼンが言ったので、ポチとルルは毛を逆立てました。

「ワン、やめてくださいよ。縁起でもない!」

「そうよ! いやよ、あんなのに絡みつかれるのは。毛がべたべたになっちゃいそうじゃないの!」

 フルートは難しい顔で岩場を眺めていました。水辺には食虫植物がたくさん生えていて、虫や小鳥を捕まえている葉があちこちにありました。葉から消化液を出して獲物を溶かしていくようです。こんな場所に入っていったら、本当にポチたちが襲われるかもしれない、と考えます……。

 

 その時、メールがいきなり転びました。

「メール!?」

 驚いて振り向いた仲間たちは、また、あっと声を上げました。彼らの後ろに食虫植物が何十と姿を現していて、伸ばした蔓でメールの脚を絡め取っていたのです。今まで見ていたものよりはるかに巨大で、蔓も十メートル近い長さがあります。それが次々に飛んできて、メールに絡みついていきます。

「メール!!」

 とゼンが飛び出しました。蔓を引きむしってメールを助け出そうとすると、そんなゼンにも蔓が襲いかかります。ゼンの全身に絡みつき、まるで蜘蛛の糸に捕まった虫のように、がんじがらめにしてしまいます。

「おやめ! おやめったら――!」

 とメールは叫びました。花や木の葉を従える花使いの姫ですが、食虫植物はその命令を聞き入れません。逆にもっと多くの蔓が集まってきて、メールの体も絡め取ってしまいます。首に絡みついた蔓が食い込んできて、メールは息ができなくなりました。助けて! と叫ぼうとしますが、その声も出せません。

「ゼン! メール!」

 ポチとルルは風の犬に変身しました。風の刃で蔓を断ち切り、食虫植物の本体を吹き倒そうとします。

 すると、牙の生えた二枚葉の間から、突然何かが勢いよく噴き出してきました。ギャン、とポチとルルが悲鳴を上げて地面に転げ落ちます。植物から飛んできたのは水でした。風の体を水しぶきに散らされて犬に戻った二匹にも、蔓が伸びてきて絡みつきます。

「みんな!」

 とフルートは剣を抜いて飛び込んでいきました。フルートの胸の上で金の石は反応していません。闇の植物ではないので、聖なる光は効かないのです。仲間たちを火に巻き込まないよう、炎の剣ではなく銀のロングソードを握っていますが、堅い蔓が断ち切れなくて悪戦苦闘してしまいます。

「メール!!」

 とゼンがどなりました。絡み合った蔓の間から見えるメールの顔は、血の気を失って真っ白になっていました。息ができなくなっているのです。ゼンはがむしゃらに手足を動かしましたが、蔓は堅い上に弾力があるので、ゼンの力でも断ち切ることができません。逆に牙が生えた二枚葉のほうへ引き寄せられていきます――。

 

 すると、凛(りん)とした少女の声が響きました。

「ロレカヨーツブヨクシノキーテ!」

 とたんに、蔓が動きを停めました。蔓の根元で牙のある二枚葉がざわざわと大きく揺れて、すぐにそれも動かなくなります。と、その色が変わり始めました。緑の蔓や葉がたちまち白っぽい赤茶色になっていきます。食虫植物が枯れ始めたのです。

 フルートは声のしたほうを振り向きました。そこでは、星空の長衣を着た少女が片手を高く差し上げていました。指先から散った最後のきらめきが広がり、食虫植物だけでなく、あらゆる花や草を枯らしていきます。

 ポポロは顔色を変えました。敵の植物だけを倒すつもりで魔法を使ったのですが、強力すぎる魔法がすべての植物を枯らしているのです。あっという間に、テーブルのような山の頂上全体が、乾いた赤茶色におおわれてしまいます。

 ああ、また! とポポロは涙をこぼしました。昔、天空の国の大事な花野を枯らしてしまった記憶までよみがえってきて、涙が止まらなくなってしまいます――。

 ゼンが枯れた蔓を振り払って駆け出しました。

「メール! おい、メール、大丈夫か!?」

 と枯れ草の中から少女を抱き起こして揺すぶります。とたんに、メールは咳き込みました。また息ができるようになったのです。しばらく涙を浮かべてあえいでから、青ざめた顔を上げてポポロに言います。

「ありがと……助かったよ」

 ポチとルルも、もがきながら蔓の中から脱出してきました。全身の毛がもじゃもじゃにもつれてしまったルルは、腹を立ててうなっていました。

「なによ、もう! こんなひどい場所、跡形もなく消してやるから!」

 と風の犬に変身すると、山の上を縦横無尽に飛び回り、枯れ果てた植物を風の刃で根元から切り倒していきます。

「大丈夫だよ」

 とフルートは、まだ泣きじゃくっているポポロの肩を抱きました。「地上の部分は枯れてしまっても、植物は地面に種を残している。雨が降って日が差せば、またそこから新しい植物が生まれてくるさ――。その前に、ぼくたちはさっさとここを引きあげた方が良さそうだけれどね」

 フルートの優しい慰めに、ポポロは泣きながらうなずきました……。

 

 すると、飛び回っていたルルが突然、あらっ!? と声を上げました。

「何よ、これ――? ただの溝(みぞ)じゃないわよ!」

 ルルは十メートルほど上空から山の頂上を見下ろしていました。溝? と仲間たちは聞き返し、目の前の景色を見渡しました。ルルが枯れ草を切り払ったので、今まで植物でおおわれていた地面が見えるようになっていました。岩の上に線状のくぼみが縦横無尽に走っていて、流れていく雨水が空を映して白く光っています。

 ポチも風の犬に変身すると、ルルの隣へ舞い上がって頂上を見下ろしました。とたんに、こちらも風の目を見張って、あれっ、と言います。

「ワン、溝がいやに綺麗だ。これ、人が造ったものですよ」

 言われてフルートたちは近くの溝に行ってみました。堅い岩の上に幅三十センチ、深さ二十センチほどのくぼみが刻まれていて、そこを雨水が小川のように勢いよく流れています。その様子をたんねんに調べてから、ふぅむ、とゼンはうなりました。

「ポチの言うとおりだな。この溝は人が削って造ったもんだ」

「じゃ、昔ここに人がいたわけ? こんな場所に?」

 とメールが言いました。もういつもの元気を取り戻しています。

「下から登るのは不可能に見えるのにね。どうやって上がったんだろう?」

 とフルートも首をひねります。

 すると、上空からまたルルが言いました。

「これ、地上絵かもしれないわよ。前に別の場所で見たことがあるの。地面に溝を掘って、白い砂を敷き詰めて、大きな絵を作っていたのよ。それに似て見えるわ」

 そこで、ポチが急降下して、地面の上を飛び回りました。地面をおおっていた枯れ草を吹き飛ばすと、岩の上に刻まれた溝があらわになります。溝は中央の湖から頂上の縁まで、曲がりくねりながら刻まれていました。長いものは百メートル以上もあります。

 とたんにルルとポポロが息を呑みました。ポポロも魔法使いの目で上空から岩場を見ていたのです。

「やっぱりそうよ! 地上絵だわ! でも――この絵って――」

 言いかけてルルが絶句したので、フルートはポポロを振り向きました。魔法使いの少女も、遠いまなざしのまま、信じられないように目を見張っていました。

「竜よ……この絵。それも……四枚翼のドラゴンの絵なの……」

 震える声で、ポポロはそう言いました。

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