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第17巻「マモリワスレの戦い」

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6.エスタ国

 「本当にここでよろしいのか? 到着して、もう半日にもなるのに、いっこうに現れないではないか。もし違っていたら、陛下にどうご説明するのだ――?」

 緑の胴衣の上に鎧をつけ、腰に剣を下げた男が、隣に停まっている馬車へ話しかけていました。五十がらみの男で、茶色の髪やひげには白いものがまじり始めています。

 すると、扉を閉め切った馬車の中から、とがった女の声が返ってきました。

「うるさいねぇ、さっきからがたがたと。隊長なら隊長らしく、どっしり構えていたらどうだい。彼らはもうすぐやって来るよ。待ってな。日暮れまでにはちゃんと会えるからさ」

 あまり上品ではない口調に、鎧の男は顔をしかめました。なおも文句を言い続けます。

「わしたちは極秘でここへやってきているのだ。あまり長く留まっていては、人目について不審に思われるではないか」

「だから、うるさいって言ってるだろう。ここには誰も来ないよ。そのくらいはちゃんと調べてあるから安心しな」

「誰も来ないのでは、彼らもここにやってこないではないか……!」

 馬車の中と外とで口論は続きます。

 そこへ突然三人目の声がしました。

「いったい誰が話しているのかと思えば、エスタ国のシオン近衛大隊長ではないか!」

「私たちを待っている人物というのは、あなたのことだったのか!」

 と四人目の声も言います。それぞれに若い男と女の声です。

 シオン近衛大隊長と呼ばれた男は、びっくりして振り向き、三人の男女が馬から下りてくるのを見て飛び上がりました。

「こ、これはオリバン皇太子殿下! セシル様! それに――」

「ロムド城の一番占者のユギルでございます。お初にお目にかかります、大隊長殿。以後よろしくお見知りおきをお願いいたします」

 ともう一人の男が言いました。フードを脱いだ頭から輝く銀髪が流れ落ちていきます。

 ミコン山脈を下りきったオリバンたちの一行は、ユギルの案内で本道から外れ、森の中を通る細い横道の途中で、エスタ城の近衛大隊長のシオンを見つけたのでした。

 

 すると、馬車の中からまた声がしました。

「ほぉらね、あたしの言ったとおりだっただろう。占者の言うことは信用するもんだよ、隊長さん」

 馬車の戸が開いて、中から痩せた中年女が出てきました。黄色い上着と黄色いズボンを身につけ、黒髪をきっちりとまとめて、額に服と同じ色の宝石を鎖で垂らしています。

 とたんに、オリバンとセシルは笑顔になりました。

「あなたもいたのか、シナ殿。あの時には大変世話になった」

「エスタ城の一番占者が一緒だったから、私たちが来ることがわかっていたのだな。またお会いできて、本当に嬉しい」

 オリバンとセシルは、四カ月ほど前にこのエスタ国を訪問して、エスタ城でシオン大隊長や占者のシナと出会っていました。彼らやエスタ王の協力を得て、キースやアリアンを闇の国から救い出したのです。

「闇の民のお友だちは、ロムド城であんたたちの代役をがんばってるようじゃないか。いい人材に恵まれたね。彼らがいなければ、あんたたちはこんなふうに世界を旅したりできなかっただろうよ」

 と占者のシナが言いました。相手は隣国の皇太子や一番占者たちなのですが、少しも改まった口調になりません。

 オリバンたちのほうでも、そんなことは少しも気にしていませんでした。

「おかげさまでな。キースは私の、アリアンはユギルの替え玉を務めてくれている。闇の民だから変身の魔法も強力で、いまだにばれずにすんでいるようだ」

「ロムド城から皇太子と一番占者がいなくなっていると知れたら、敵国がすかさず攻め込んでくる。彼らがロムド城に来てくれたのは、本当に幸運だった」

 とセシルも言うと、ユギルがおもむろに口をはさみました。

「単なる幸運ではなく、定められた巡り合わせだったのでございます。キース殿たちは勇者殿たちによって、闇の国から光の陣営へおいでになりました。そうやって加わった者は、次の味方を生むために尽力するようになるのです」

 すると、女占者のシナが笑いました。

「それはその通りだねぇ……。このあたしだって、そもそもはエスタ王の弟のエラード候から、金の石の勇者たちを殺すように命じられた刺客だったんだからさ。勇者の坊やたちにこてんぱんにやられて、エラード候も幽閉されて。で、気がつけば、あたしは国王付きの占者になって、こうしてエスタやロムドを助ける役目をしているんだから、人生ってのは本当に面白いもんだよねぇ」

「勇者殿たちに出会った方たちは、闇に属していない限り、誰もが彼らに惹かれて光に集うようになるのでございます」

 とユギルは静かに言いました。薄暗い森の中、長い銀の髪が木の間から差す光に揺れながら光っています。

 

 シナはまた面白そうに笑ってユギルを見ました。

「あんたが中央大陸随一と名高い、ロムドの一番占者だね。一度会ってみたいと思っていたのさ。噂には聞いていたけれど、こうして見てみると、噂以上の美形だねぇ。まあ、エルフの血を引いているんなら当然なんだろうけれどね」

 ユギルは落ち着き払って一礼しました。

「そのように言われることもありますが、わたくしには確認のできないことでございます。わたくしには自分自身を占うことはかないませんので。ですが、わたくしもエスタ城のシナ様にはお目にかかりたいと思っておりました。ロムドの王都がサータマンの疾風部隊や飛竜部隊から攻撃を受けた際に、エスタ王はロムドへ援軍をお送りくださいました。敵軍は闇の石の力で姿を隠しておりましたが、シナ様がそれを占いで見破ってくださったからでございます」

「あたしはもともとユラサイ出身の占者だからね。光の力で今や未来を占う占者たちは、強い闇の力に出会うと、とたんに占えなくなっちまうけど、あたしたちはそれとは別の力で占っているから、闇の影響を受けないんだよ。ま、その分、あたしはあんたより占う力が弱いかもしれないけどね、そっちが見えないところをあたしが見えるんだから上出来だろう?」

「もちろんでございます」

 とユギルはまた丁寧に頭を下げました。ロムド城の一番占者と、エスタ城の一番占者。世界的に見ても超一流の占者二人がここに揃っているのですが、そうとは思えないような和やかさです。

 

 ふむ、とオリバンは腕組みすると、シナの横に立つシオン大隊長へ目を移しました。

「ところで、何故、私たちを待っていたのだ? 私たちはこれから東のユラサイへ向かう。エスタ国内を通過させてもらうが、急ぎの旅なので、エスタ国王に挨拶に回る余裕はないのだが」

「いやいや、殿下たちにエスタ城へ立ち寄れ、と言いに来たわけではありません」

 とシオン大隊長は急いで手を振りました。

「皆様方がユラサイへ向かうことは、シナ殿がすでに占っておりました。今、シナ殿自身も言ったように、ユラサイはシナ殿の故郷です。手助けできることがあるかもしれないというので、陛下のご許可を得て、皆様方に会いにここへ来たのです」

 それはそれは――と思わずオリバンたちは言いました。長年対立していがみ合ったエスタ国とロムド国ですが、今では本物の友人になってここにいます。

「ユラサイへ行ったら、竜仙郷の占神に会いな」

 とシナはオリバンたちへ言いました。

「竜仙郷は高い山に囲まれた里で、二千年前からユラサイ国とその皇帝を守り続けている。飛竜たちの故郷でもあるよ。占神は、その竜仙郷でも一番力がある占者さ……あたしの双子の姉さんだけどね。あたしはシナで、姉さんはキナ。ユラサイにたどり着いたら、必ず姉さんに会って、助言を聞くこと。こっちにも占者がいるのに、なんて考えるんじゃないよ。姉さんの力は、あんたたちの一番占者にも匹敵するんだから。きっと、姉さんがあんたたちにいい助言をくれるだろう。それがあたしの占いの結果だよ」

「竜仙郷に占神という占者がいる話は、フルートたちから聞いていた。だが、どうすれば彼女に会えるのだろう? ユラサイの皇帝に頼めば、会わせてもらえるのか?」

 とオリバンは腕組みしたまま尋ねました。竜仙郷、占神、そして東の大国ユラサイ――話にはいろいろ聞いていましたが、自分の目で見たわけではないので、今ひとつ想像が追いつかないのです。

 シナはおかしそうに笑いました。

「皇帝にだって占神を呼びつけることはできないさ。占神は皇帝の家来じゃないんだからね。でも、心配する必要はない。あんたたちがユラサイに着けば、出会いのほうが自分からやって来るよ」

「巡り会いの時が運命によって定められているのであれば、あれこれ思いわずらわなくても、人は自然と巡り会うものです。それが優秀な占者であれば、なおさら出会いはたやすいことでございましょう」

 とユギルも厳かに言いました。その意味がよく理解できなかったシオン大隊長が、密かに首をひねります……。

 

 シナは自分の後ろの馬車を指さして言い続けました。

「この先はこれに乗っておいき。あんたたちの馬はエスタ城で預かってあげるからさ。馬車の中には旅に必要な荷物も積んであるよ」

 それを聞いて、セシルが驚いたようにユギルを見ました。

「あなたはこれを予感していたのか? テトを出るときに、荷物をきっちり三週間分しか準備しようとしなかったから、食料が底をつくのではと心配していたのだが」

「ユギルは私たちの自慢の占者だぞ。ユギルの言うとおりにしていれば、間違いはないのだ」

 とオリバンが大真面目で言います。

 皇太子の絶対の信頼に、銀髪の占者は礼を返しました。

「恐れ入ります、殿下。未来に絶対というものはありえないのですが、それでも、ほぼ確実に実現するだろう未来は存在いたします。エスタ国に入れば、わたくしたちの旅を支援してくださる方が現れる、と占盤が告げておりました。その通りになったということでございます」

 すると、シオン大隊長が馬車の中から二通の書状と銀製の象徴を取り出しました。

「これは国王陛下からお預かりした、エスタ国内とクアロー国内の通行証です。書状とこのエスタ国の紋章を見せれば、どこの関所や税関でも、問いただされることなく通過することができます」

 なんと! とオリバンやセシルは感激しました。見た目からしてただ者ではない彼らです。異国の関所を抜けようとすれば、いったい何者かと詰問(きつもん)されるに違いなかったのですが、この通行証があれば、その心配もなくなります。

「エスタ国王陛下のご厚情に心から感謝する。城へ戻ったら、陛下によろしくお伝えしてくれ」

 とオリバンは感謝しながら通行証を受けとりました。

 

 彼らが立つ森の小径には、梢の間から差し込んだ日の光がこぼれていました。ミコン山脈へ向かう巡礼者も、こんな場所まではやってきません。鳥のさえずりが響く森の中は、沈黙よりももっと静かで穏やかでした――。

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