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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第2章 エスタ国

5.山道

 中央大陸の南寄りに位置するミコン山脈は、三千メートル級の険しい山々が東西に連なっていて、長い屏風のように大陸を分断していました。山脈の北側にはロムド国やエスタ国が、南側にはメイやサータマン、テトといった国々があります。

 そのミコン山脈の東の外れを、馬で進む一行がありました。若い男性が二人と若い女性が一人。男性の一人は大きな体に鎧兜を着込み、もう一人の男性は灰色の長衣に同じ色のズボンをはき、女性は男物の服を着て腰に剣を下げていました。全員が冬用の分厚いマントをはおって、フードをまぶかにかぶっています。

 彼らが通っている道は、西へ向かえばミコン山脈の中へ入っていく山道でした。山脈の最高峰にある宗教都市ミコンへ至るので、人々からは巡礼の道と呼ばれています。彼らが東へ進んでいく間にも、麓のほうから巡礼服姿の集団がやってきました。もう十一月も下旬なので、ミコン山脈は麓半ばまで雪におおわれていますが、巡礼者たちはためらう様子もなく山を登ってきます。巡礼の道はミコンの魔法で守られているので、真冬でも楽に行き来できるのです。三人の男女が道を譲ると、ユリスナイ様の祝福あれ、と挨拶代わりに祈りを唱えて、通り過ぎていきます――。

 

 巡礼者たちが小さな峠の向こうへ消えると、灰色のマントの男がおもむろに言いました。

「もう話をしてもよろしゅうございます、殿下、セシル様。この後はしばらく誰もまいりません」

 とマントのフードを後ろへ押しやります。とたんに、きらりと銀の輝きがマントの上を流れました。長い銀色の髪がこぼれ出たのです。フードの下から現れたのは、驚くほど整った浅黒い顔でした。右目が青、左目が金の不思議な瞳をしています。ロムドの一番占者のユギルでした。

 占者に言われて、ロムド皇太子のオリバンは馬を停めてフードを脱ぎました。いぶし銀の鎧兜を着た大柄な青年で、なかなかの美丈夫です。山道から麓の景色を見晴らして言います。

「ようやくエスタにたどり着くな……。テトを出発してからもう三週間になる。案外と時間がかかった」

 すると、セシルもフードを脱ぎながら言いました。

「私たちの行方を知られないように遠回りをしたからだ。テト国内では裏道や森を通ったし、ミコン山脈に入ってからも、最短の峠道を通らずに、途中から巡礼の道に入ったのだから。だが、おかげでここまで危険なことは何もなかった」

 セシルは金髪にすみれ色の瞳の長身の美女ですが、幼少から男のように育ってきたので、男装や男ことばがしっくりと馴染んでいます。彼女はメイ国の王女でオリバンの婚約者、つまり、ゆくゆくはロムド国の王妃になる人物でした。

 

 オリバンは重々しく話し続けました。

「ユギルがテトからエスタへ出る道を選んだ理由はわかっている。他の国を通ってユラサイへ向かえば、我々が捕まる危険があったからだ」

 ユギルはうなずきました。

「左様でございます、殿下。テトからユラサイへ向かうにはいくつかの道がございますが、どれも途中でロムドとは友好関係にない国々を通過するので、わたくしたちの正体を見破られれば、人質にされてしまいます。その点、エスタだけは我が国と同盟を結んでいるので、安全に通過することができるのでございます」

 ロムドの一番占者は、いつも丁寧すぎるくらいの口調で話します。

 すると、オリバンがちょっと笑いました。

「以前はそのエスタこそが、我がロムドの最大の敵だったのだ。両国は何百年間も戦い続けていて、ロムドの皇太子や一番占者がエスタに足を踏み入れることなど、想像することもできなかったのだがな」

「でも、私たちはつい先日もエスタを訪問したではないか、オリバン。エスタ国王の援助で、キースやアリアンたちを闇の国からロムドに連れ帰ったのだぞ」

 とセシルが言いました。彼らが出会ったエスタ国王は、恰幅の良い人物で、ロムド皇太子と未来の皇太子妃の彼らにとても友好的でした。そんなエスタが何百年も戦い続けた宿敵だった、と聞かされても、どうにも信じられない気がしていたのです。

「彼らの功績だ――フルートたちのな。三年前の風の犬の戦いで、彼らはエスタ国民を謎の殺人鬼から救い、エスタ国の内紛を見事に収めた。それに感謝したエスタ国王は、過去のいさかいを水に流して、偽りのない同盟を我が国と結んだのだ」

「ロムドはそれまでも周囲の国々と友好条約を結んでいましたが、エスタとの同盟を皮切りに、本格的な同盟体制を築くようになったのでございます。西のザカラス、このミコン山脈にある宗教都市ミコン、セシル様の故郷のメイ、今回訪ねたテト……ロムドと同盟を結ぶ国々は増えつつあります。これからわたくしたちが訪問するユラサイも、きっと同盟に加わるだろう、と占盤が告げております」

「どの同盟にも、陰にはフルートたちの功労があるのだ」

 とオリバンはいっそう重々しく言いました。

「いずれの国でも、フルートたちは人々を助けるために闇と戦ってきた。これから向かうユラサイでもそうだ。フルートたちはユラサイの皇帝を敵の暗殺の手から守り、黒竜に乗り移っていたデビルドラゴンを撃退したのだという。彼らには自国も他国も関係がない。人間か人間でないかの違いさえ、まったく意味がないのだ。その結果、非常に多くの人々が彼らを信頼し、ひいてはフルートの故郷であるロムドも信頼するようになった。彼らが成し遂げていることの意義は、実に大きい」

 

 すると、ユギルが言いました。

「勇者殿たちは同盟のために戦っているわけではございません。闇に苦しめられている人々をどうしても見過ごせないだけなのです。まだ子どもと呼ばれる年齢の方々が、他者を守るために実に勇敢に戦う。それが非常に多くの方たちの心を惹きつけ、それぞれに異なっていた想いをひとつにまとめていくのです――」

 ふと占者のことばがとぎれました。少しの間、考えるように沈黙してから、静かな声になってまた話し出します。

「最近、わたくしはこんなことを考えております。金の石の勇者がまだ十代の子どもだったのは、このためだったのではないだろうか、と……。わたくしがロムドの西の魔の森から金の石の勇者が現れると予言したのは、今からもう十四年も前のことになりますが、その勇者はたくましくて戦闘能力も高い、成人の男性なのだろうとばかり思っておりました。ところが、その十年後にゴーラントス卿がシルの町から連れてこられたのは、わずか十一歳の小さな少年でございました。やっと剣の使い方を覚えたばかりの駆け出しの戦士で、ご両親の愛情を一身に受けてきたために、それは優しい心をお持ちになっていて……。ですが、勇者殿はその優しさに突き動かされて、ロムドを黒い闇の霧から救おうと旅立たれました。安全な家に閉じこもり、ご両親から守られていて良いはずの年齢だというのに、闇に誘われた怪物や悪人が徘徊する非常に危険な世界へ、単身で出て行かれたのです。その勇敢さに国王陛下は感銘して、殿下もお使いになった魔法の鎧を、勇者殿にお与えになりました。いかにも幼い姿であるし、実際年齢的にも幼いのに、我が身を省みずに人を救おうとする想いの強さでは、誰も勇者殿にはかないません。そんな勇者殿であるからこそ、周囲の人々の心を揺り動かし、協力せずにはいられない気持ちにさせるのです。極論すれば、金の石の勇者は子どもでなくてはならなかった、ということなのかもしれません……」

 それを聞いて、オリバンは苦笑いをしました。

「確かにそうかもしれんな……。この私も、かつてはフルートをひどく憎んだ。何故こんな子どもが金の石の勇者なのだ、と言ってな。だが、彼らと旅をするうちに、そんな考えは霧散してしまった。彼らは本当に正しくて勇敢だ。その中でも、フルートは桁外れに勇敢で優しい。だからこそ、私は彼らと同じ勇者の仲間を名乗り、こうしてユラサイへ向かっているのだ」

 すると、セシルも笑いました。こちらは優しい笑顔です。

「それは私も同じだ、オリバン。最初は、こんな頼りなさそうな小さな子どもが金の石の勇者なのか、と驚いたが、フルートという人間を知るにつれて、ただ感服するようになってしまった。なるほど、これが金の石の勇者なのか、とな。彼らのおかげで、私はあなたに巡り会えたし、こうして世界のために行動するようにもなった。本当に幸せなことだ。そう――この世に生まれてきて良かった、と心から思えるくらいに」

 セシルは目を伏せました。淋しさと嬉しさが入り混じった表情で、微笑を続けています。メイ王の庶子(しょし)として生まれた王女は、故国で誰からも相手にされてこなかったことを思い出してしまったのです。オリバンが馬を寄せ、セシルの肩を優しく抱き寄せます。

 

 ユギルがまた言いました。

「わたくしたちもまた、勇者殿たちに惹かれて集まった者たちです。その真ん中には金の石の勇者の一行がいて、中心には勇者殿がいらっしゃる。わたくしたちの役目は、勇者殿たちが作り上げた絆(きずな)を強くつなぎ直し、やがて来る闇との決戦に備えて、光の陣営を作り上げることなのです」

 占者はいつの間にか厳かな声になっていました。これは予言なのです。オリバンは顔つきを変えました。真剣な声になって尋ねます。

「その決戦はいつごろやって来るのだ? ユギルは味方の力を結集させなくてはいけない、と繰り返し言うが、そのための時間はどのくらい残されているものなのだ?」

 占者は馬上で首を振りました。長い銀の髪が揺れて光ります。

「残念ながら、それは今の段階では申し上げられません。勇者殿たちのご活躍と密接に関わっているからでございます……。勇者殿たちはかの竜を倒す方法を探しておいでですが、その道のりがどう進むかによって、決戦の時が変わってまいります。もちろん、勇者殿たちのご活躍で決戦が避けられる、ということも起こりえます」

「だが、彼らをあてにして我々が何もせずにいて良い、ということではない。できる備えはしなくてはならん」

 とオリバンが言うと、セシルも言いました。

「場合によっては、明日にも決戦が始ってしまう、ということもありえるのだろう? やはり、急いでこちらの陣営を整えなくてはならないな。ユラサイに着くまでに、あとどのくらいかかるのだろう? どういうルートでユラサイへ向かうつもりだ?」

 優秀な戦士でもある皇太子と未来の皇太子妃は、戦いを非常に堅実に捉えています。

 ユギルは答えました。

「わたくしたちは、エスタを抜けた後、クアローと大砂漠を越えて、東の大国ユラサイへ入る予定でございます。決して楽な道ではございませんが、これが一番確実と占盤は言っております」

「エスタとクアローを抜けるのにひと月――いや、もっとかかるか。さらに大砂漠を越えるのには、もっと長い時間がかかるだろう。三ヶ月でユラサイにたどり着ければ上出来かもしれんな」

 とオリバンが予想を立てると、占者は麓に広がるエスタ国へ目を向けて言いました。

「どうやら、それよりは早まりそうな予兆が出ております。麓にわたくしたちを待つ方々がいるようでございます」

 我々を待つ人? とオリバンとセシルは聞き返しました。彼らは隠密(おんみつ)で行動しています。その自分たちを待ち受けているのは誰だろう、と思わず緊張してしまいます。

 占者は微笑しました。

「いいえ、敵ではございません。参りましょう。あまりお待たせしては失礼になります――」

 占者のことばは雲をつかむように要領を得ないものでしたが、ユギルはそれ以上のことは言わずに、先に立って山道を下り始めました。オリバンとセシルは急いでそれを追いかけました。麓で誰が待っているのだ? と尋ねようとします。

 すると、山道の下の方から鈴の音が聞こえてきました。また巡礼者がやってきたのです。

「殿下、セシル様、顔をお隠しください」

 とユギルが言って、自分でもマントのフードを深くかぶりました。オリバンとセシルもすぐにそれにならいます。

 じきに巡礼者の集団が山道を登ってきました。オリバンたちは口をつぐむと、馬を道端に寄せて巡礼者たちとすれ違い、その後はもう何も言わずに山道を下っていきました――。

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