翌朝、フルートたちが目を覚ますと、日はもうすっかり昇って、あたりが明るくなっていました。
納屋から外に出た一行は、わぁ、と思わず声を上げてしまいました。目の前のトー湖にはまだ前日の雨水が薄く溜まっていて、それが頭上の空を映していたのです。昨晩は一面の星空でしたが、今朝は見渡す限りの青空が広がっています。
「本当に、巨大な鏡を見てるみたいだね」
とフルートたちが感心していると、母屋から子どもたちが飛び出してきました。きゃぁきゃぁ歓声を上げながら追いかけっこを始めます。
「元気だなぁ」
と眺めていると、子どもたちは湖の中に駆け込んでいきました。地上の青空に波を立てながら駆け回ります。あれあれ、とフルートたちは思いました。子どもたちの足の下で青空が砕けて乱れますが、子どもたちはまったく気にしません。
やがて子どもたちは一箇所に集まって、何か相談を始めました。じきに年かさの子が手を上げて言います。
「よぉし。それじゃやろう。ぼくとチーが門だ!」
たちまち四人が一列に並び、その前で年かさの二人が両手をつなぎ合わせてアーチを作りました。列に並んだ子どもたちが、アーチの下をくぐり始めます。
「あら、薔薇(ばら)の門くぐりじゃない?」
とルルが言いました。薔薇の門くぐり? とフルートたちが不思議がったので、ポポロが説明します。
「天空の国の遊びなの……。二人が作った薔薇の門の下を他の人が歌に合わせてくぐっていって、歌が終わったときに門の下にいた人が門に捕まって、次の門の役になるのよ」
「ワン、それと同じ遊びならシルにもありますよ。ねえ、フルート」
とポチが言い、フルートもうなずきました。
「ぼくたちは橋渡りって呼んでたけどね。歌が終わったときに橋が落ちるから、落ちた人が次の橋になるんだ」
「ああ、それなら俺たちドワーフもやるぜ。『落盤(らくばん)から逃げろ』遊びだ」
「ちょっと、それってどういう名前の遊びさ。あたいたち海の民は、海草のトンネルをくぐって遊ぶよ。魔法の海草でさ、潮の流れに合わせて延びたり縮んだりするから、それに捕まらないようにくぐり抜けるんだ」
「ふぅん。世界中に同じような遊びがあったんだね」
とフルートがまた感心します。
彼らの目の前では、カナスカの子どもたちが腕のアーチの下をくぐっていました。天と地に青空が広がる中、子どもたちの姿も水鏡に逆さまに映っています。子どもたちは歌を歌いながら遊んでいました。その声も聞こえてきます。
マーモリワスレ マモリワスレ
お台の山には高い門
高い門には黒男
くぐらないのかくぐるのか
竜が鳴いても待ちぼうけ
パクパクパックン
黒い男が自分を食べた――!
歌が終わったとたん、きゃーっと子どもたちは歓声を上げました。腕のアーチが下りてきて、下を通っていた子を捕まえたのです。
「そぉら、食べられたから、今度はスリが門だぞ」
と門を作っていた兄が妹と交代します。
新しくできた門の下を、また子どもたちがくぐり始めました。マーモリワスレマモリワスレ、と歌も始まります。
「なんだ、あの歌……?」
とゼンが眉をひそめました。
「黒い男が自分を食べた、ですって? なんだか気味の悪い歌ね」
とルルも鼻の頭にしわを寄せて言います。
フルートとポチは顔を見合わせていました。
「歌の中に竜が出てきたよね?」
「ワン、なんだかすごく意味ありげな歌に思えますよね」
そこで一同はまた子どもたちの歌に耳を澄ましました。竜が鳴いても待ちぼうけ、パクパクパックン黒い男が自分を食べた、と子どもたちがまた歌い、門が下りてきて下の子どもを捕まえます。
ポポロが考えながら言いました。
「ねえ……もしかしたら、あの歌はデビルドラゴンや光と闇の戦いのことを言っているんじゃないかしら。消された歴史の片鱗かもしれないわよ……」
「ユラサイに残されていたおとぎ話みたいにかい?」
とメールも言います。ユラサイ国には、おとぎ話に形を変えて、デビルドラゴンと光の軍勢が戦った記録が残されていたのです。
そこへ母屋から子どもたちの父親が出てきたので、フルートはさっそく尋ねてみました。
「すみません。あの子たちが歌っているあの歌なんですが――」
「歌? ああ、マモリワスレをして遊んでいるのか」
と父親も湖で遊ぶ子どもたちを眺めました。
「えぇと……あの歌って昔からあるんですか? なんだか不思議な歌詞なんですけど、どういう意味なんでしょう?」
「意味だって? 昔からあるただの遊び歌だ。別に意味なんかないな」
と父親は答えました。どうしてそんなことを質問してくるんだ、という口調です。
フルートは食い下がりました。
「でも、お台の山とか高い門とか――。どこかに本当にそういう場所はないんでしょうか?」
この遊び歌が光と闇の戦いの記録ならば、歌の中の場所は実在するはずだ、とフルートは考えていました。戦いのあった場所に行ってみれば、デビルドラゴンを倒す手がかりが見つかるかもしれないのです。
父親はフルートの真剣な様子にあきれていましたが、そのうちに、何かを思い出す顔になりました。
「そうだな……ここからはるか西のジャングルに、台のような形をした山がたくさんあると聞いたことはあるな。その上に高い門があるかどうかはわからんがな」
台のような形の山――とフルートは繰り返しました。お台の山はそこなんだろうか、と考えます。
フルートが黙り込んでしまったので、父親は、母屋に朝食の準備ができたよ、と言い残して、子どもたちのほうへ歩いていきました。トー湖の水鏡が青空と親子の姿をくっきりと映します。
けれども、フルートたちはもう湖を見ていませんでした。集まり、声を潜めて話し合います。
「どう思う? 本当に台のような山はあるらしいけれど」
とフルートが尋ねると、ポチが言いました。
「ワン、行ってみましょう。遊び歌だからって馬鹿にはできないですよ。デビルドラゴンは自分が負けたときの様子を知られたくなくて、地上から戦いの記憶をすっかり消してしまったけれど、おとぎ話とか口伝えの中に、わずかに記録が生き残っていたんですから」
「西のジャングルにあるっていうんなら、俺たちの進行方向だ。ついでに立ち寄って確認できるぞ」
とゼンも言います。
「行ってみようよ! 南大陸だって、そこに本当に手がかりがあるのか、わかんないわけだしさ。可能性があるなら、どこでも行ってみるべきだよ!」
とメールが言い、ポポロとルルもうなずいたので、フルートは決心しました。
「よし、それじゃ西のジャングルに行く。お台の山があるかどうか探してみよう」
おう! と全員がいっせいに応えます。
太陽は次第に空高く昇り、地上を日差しで照らしました。薄く溜まった雨水が蒸発して、湖面から水鏡が消えていきます。
再び白い塩原に戻った湖の上を、乾いた風が吹き渡っていきました――。