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第17巻「マモリワスレの戦い」

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第1章 塩湖

1.誕生祝い

 「おぉい、飯ができたぞ! みんな集まれ!」

 ゼンが鍋をお玉でたたきながら呼んだので、仲間たちはいっせいに焚き火の回りに集まりました。フルート、メール、ポポロの三人とポチとルルの二匹です。ゼンは焚き火の横の地面に敷物を広げていました。そこに並んだ料理を見て、全員が驚きます。

「すっごい! どうしたのさ、このご馳走!?」

「ワン、鳥の丸焼きを作ってるのは匂いでわかっていたんだけど」

「シチューにパンに豆と塩漬け肉の煮込みに――揚げ菓子やケーキまであるじゃないか!」

「今日って、何か特別の日だったかしら?」

 豪華な昼食に目を丸くする仲間たちに、ゼンは得意そうに言いました。

「誕生祝いだよ、俺とフルート以外の全員のな。覚えてるか? 今年の一月にみんなで世界に旅立ったときに、新年のお祝いを兼ねて俺とフルートの誕生祝いをしたら、おまえらも自分の誕生祝いをやってくれ、って言っただろうが。ルルの誕生日は二月だったし、メールは三月、ポチは六月に誕生日だったのに、ずっと祝えないまんま、もう十一月だ。今月はポポロの誕生日があるから、ついでにみんなの誕生祝いもまとめてやっちまおう、ってわけだ」

 ことばは乱暴だし行動も粗雑なゼンですが、仲間想いできめ細やかな一面があります。仲間たちは、たちまち笑顔になりました。

「そういえば、そうだったよね。あんまりいろいろありすぎて、あたいたちみんな、誕生日なんてすっかり忘れてたもんねぇ」

 とメールがしみじみ言うと、ポポロがとまどった顔をしました。

「でも、あの……あたしの誕生日は来週なんだけど……」

「そんなのかまわないのよ! やれるときにやっておかなくちゃ、またいつできなくなるかわからないじゃない!」

「ワン、そうですよ! それにご馳走はもう準備してあるんだから!」

 とルルとポチの二匹の犬たちが口々に言い、フルートは笑顔でポポロに話しかけました。

「これでポポロもぼくたちと同じ十五歳だね。一足早いけど、誕生日おめでとう」

 金の兜(かぶと)からのぞくフルートの顔は、少女のような優しさです。ポポロが頬を赤く染めて、ありがとう……と小さく答えます。

 ゼンがまたお玉で鍋をたたきました。

「さあ、いいから早く座れよ! せっかく作った料理が冷めちまうじゃねえか! とっとと誕生祝いを始めようぜ!」

「賛成!!!」

 全員はいっせいに言うと、笑いながら食事に取りかかりました――。

 

 この賑やかで陽気な少年少女と犬たちが、金の石の勇者の一行でした。

 リーダーは金の石の勇者と呼ばれているフルート。金の鎧兜(よろいかぶと)を身につけ、二本の剣を背負って勇ましい恰好をしていますが、少女と見間違えそうな優しい顔だちの小柄な少年です。

 サブリーダーはグループの料理担当のゼン。本業は山で獲物を追う猟師です。人間の血を引くドワーフなので、小柄なフルートよりもっと背は低いのですが、がっしりした体格をしていて、腕など大人ほどの太さがあります。水のサファイヤでメッキされた青い胸当てをつけ、大きな弓と白い矢の入った矢筒を背負っています。

 海の王と森の姫の間に生まれているメールは、青い瞳に緑の髪の、長身の美少女でした。十一月になってだいぶ気温は下がってきているのに、色とりどりの花のような袖無しシャツに、うろこ模様の半ズボンという薄着で平気そうにしています。とても痩せた体つきですが、それでも体のあちこちは、年頃の少女らしく、ふっくらし始めていました。

 仲間の中で一番誕生日が遅いポポロは、背の低い少年たちより、もっと小柄な少女でした。赤いお下げ髪に宝石のような緑の瞳をしていて、青と白の乗馬服を着ています。とにかく引っ込み思案な性格で、いつも自信なさそうにおずおずと話しますが、彼女は天空の国の魔法使いでした。一日に二回だけの制約はありますが、地上のどの魔法使いよりも強力な魔法を使うことができます。

 ポチとルルは犬ですが、彼らもれっきとした勇者の仲間でした。ポチは真っ白な雄の小犬、ルルは茶色い毛並みの綺麗な雌犬で、二匹とも人のことばを話し、魔法の首輪の力で巨大な風の犬に変身します。ポチには人の考えや感情を匂いでかぎわける能力もありました。

 彼らはテト国でグルール・ガウスや闇の竜を撃退した後、暗黒大陸と呼ばれる南大陸を目ざして、国境の川を越え、テトの南のカナスカ国までやってきていました。国土の大半が険しい山になっている国で、彼らが今食事をしているのも、周囲を山に囲まれた高原です。夏には太陽が頭の真上までくるような場所ですが、標高が高いので気温はあまり上がりません。冬に向かおうとしている今はなおさらで、ひんやりした空気の中を湿っぽい霧が切れぎれに流れてきます。肌寒いので、焚き火のぬくもりがちょうどよく感じられます――。

 

「で? これから俺たちはどんなふうに進んでいくんだ?」

 とゼンが尋ねました。話しながら、厚切りにしたパンに、焼き肉や豆の煮込みを山盛りに載せてかぶりついています。

 フルートはゼンに負けない勢いでパンや肉を食べていましたが、そう聞かれて、荷物の中から地図を持ってきました。地面に広げて話し出します。

「ここは中央大陸の南端と言われているあたりだ。南大陸に行くには、間にある小大陸を越えなくちゃいけないんだが、地図にも書いてあるように、小大陸は山だらけで、越えるのにとても時間がかかる。だから、西のカルドラ国から船で海を渡って行こうかと思ったんだけれど、聞いた話によると、カルドラは最近サータマンと親交を深めているらしい。そんなところへ行くと余計な危険に巻き込まれそうだから、船はやめて、小大陸の西側の海岸線を通って南下しようと思うんだ」

 すると、ルルが木の器から顔を上げ、口の周りのシチューをぺろりとなめてから言いました。

「そうね、陸路を行くならそれは妥当なコースだと思うわよ。私は天空の国で地上の地図をずいぶん見てきたけれど、小大陸の山々はクーセラ高地って呼ばれていて、実際には山脈と言ってもいいような場所なの。ミコン山脈にも負けないくらい険しい山が、ずっと続いているのよ。いくら馬に乗っていたって、あそこを越えるのは本当に大変だから、海沿いの低い場所を行ったほうがいいわ」

「海岸線を通るってことは、海の近くを通るってことだよね? それって東の大海のこと?」

 とメールが尋ねました。こちらは食べかけの揚げ菓子を持っています。

「ワン、そうですよ。ただ、小大陸の西側にはジャングルが広がっているっていうから、本当に海沿いを通れるかどうかはわかりませんけどね」

 と答えたのはポチでした。言いながら、肉がたっぷりついた鳥の骨と格闘しています。

 

 すると、ポポロがケーキを切り分けながら言いました。

「海に出られたら、しばらくそこに滞在したほうがいいかもしれないわ。メールの腕輪に蓄えた海の気が、また少しずつ減ってきているでしょう? 海でメールを休ませて、その間に海の気を腕輪に補充するといいと思うの」

 フルートは真剣な顔になりました。

「そうだね。海の気が限界まで減ると、メールはまた倒れる。可能なときに補充しておくのは大事だな。海の気を腕輪に貯めるのはゼンにもできるけれど、その間、メールは腕輪を外していなくちゃいけないんだから、海辺にいたほうが安全だ」

「ええ? あたいはまだ大丈夫だよ! ほら、腕輪だってまだ青いしさ。これが白くなるまでは平気なんだから、寄り道なんかしないで先を急ごうって!」

 とメールは左の上腕にはめた腕輪を見せました。青い輪の上で、深い青色をした楕円の石が光っています。すると、馬鹿野郎! とゼンがどなりました。

「南大陸に行ったら、いつまた海に出られるかわからねえんだぞ! 腕輪に海の気を貯めるにはけっこう時間がかかるんだし。おとなしくフルートたちの言うとおりにしろ!」

「あっ、なにさ、その言い方。あたいたちはデビルドラゴンを倒す方法を見つけに、南大陸に行くんだよ。ぐずぐずしてたら、またあいつに邪魔されるかもしれないから先を急ごう、って言ってるんじゃないか!」

 とメールが言い返しました。ぷい、と顔をそむけたので、ゼンがいっそう怒ります。

「どうしておまえはそうなんだよ! この寒いのに、いくら言ってもマントも着ねえしよ! もうちょっと自分の体を考えろ!」

「まだ寒くないんだってば。それに、言われたとおりブーツははいてるんだから、それでいいじゃないか。ゼンこそ、ああしろこうしろってうるさいよ。横暴だね!」

「なんだとぉ!?」

 メールとゼンの会話が次第に険悪になってきて、楽しいはずの誕生祝いの雲行きが怪しくなり始めました。仲間たちはあわてて二人を仲介しようとしましたが、どちらも腹を立てているので、仲間のことばには耳を貸しません。メールがとうとうゼンに背中を向けたので、ゼンは顔色を変えました。拳を握ってメールの後ろに立ち上がります。

「よせったら、ゼン。落ち着けよ――」

 フルートが止めようとしますが、あっという間に跳ね飛ばされてしまいました。ゼン! と他の仲間たちが声を上げます。

 

 すると、ゼンは両腕を広げました。拗ねて背を向けるメールにかがみ込んで、その細い体を後ろから抱きしめます。

「な……なにさ!?」

 驚きあわてるメールに、ゼンは言いました。

「体を大事にしろって言ってんだよ、馬鹿……。おまえに倒れられるのは、もうたくさんだ。海の気がなくなれば、おまえは死んじまうんだからな。あんな想いは二度とごめんなんだよ……。頼むから、言うことを聞いて海で休め。な?」

 それまでの怒った声が嘘のような、静かな口調でした。その奥の深い想いが伝わってきます。

 メールは真っ赤になりました。とまどいながら、うん……とうなずくと、ゼンも笑顔に変わりました。いっそう強く彼女を抱きしめます。

「なぁに、それ? とんだおのろけじゃないの!」

 とルルがあきれて声を上げました。

「ワン、ゼンとメールの喧嘩を本気にしたぼくたちが馬鹿だったんですよね。この二人は、喧嘩も愛情表現なんだから」

 とポチも言います。

「その通りだな。さ、食事の続きをしよう。ポポロ、ぼくにもケーキをくれる?」

「ええ」

 仲間たちがしらけて知らんぷりになったので、ゼンは、なんだよ! とどなり、メールはゼンの腕を振りほどこうともがきました。二人が真っ赤になっているのを見て、フルートたちはつい噴き出してしまいました。なんだかんだ言っていても、本当に仲の良い一行なのです。

 

 ひとしきり笑った後、地図を見ながらポチが言いました。

「ワン、せっかくだから、もう一箇所寄り道しませんか? 白い石の丘で読んだ本に書いてあったんだけど、このカナスカ国は別名が塩の国って言って、山の中にいくつも塩湖(えんこ)があるらしいんですよ」

「塩湖?」

 とフルートは聞き返しました。初めて聞く名称です。

「ワン、湖なんだけど、水が海水のようにしょっぱいんです。カナスカでは、そこから採れる塩を他の国に売っているんですよ。一番大きな塩湖はカナスカ湖で、この地図にも描いてあるんだけど、これの西側にもうひとつ、有名な塩湖があるらしいんです。トー湖って言って、世界で一番綺麗な星空が見られる場所なんだそうですよ。ここからそんなに遠くはないし、小大陸の西海岸に行く途中にあるから、立ち寄ってみませんか?」

 へぇ、と仲間たちは言いました。世界で一番綺麗な星空が見られる場所、という話に心が動きます。

「ぼくの育った大荒野でも、夜には満天の星が見えるんだけど、それよりもっと綺麗な星が見えるのかな? 行ってみたい気がするね」

 とフルートが言ったので、話はすぐに決まりました。

「よぉし。それじゃ、まずトー湖っていう塩の湖に立ち寄って、小大陸の西海岸でひと休みして、それから南大陸に入るんだな――。ルートは頭にたたき込んだぞ。道案内は任せとけ」

 とゼンが言いました。もうすっかり機嫌の良い声です。

「海みたいな湖かぁ。なんか面白そうだね」

 とメールも興味津々になります。

 誕生祝いのご馳走を食べながら、地図を眺めながら、彼らはまだ見たことのない場所について、あれこれ話を続けました――。

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