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第17巻「マモリワスレの戦い」

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プロローグ 行方(ゆくえ)

 川の中州に建つテト城は、白壁に丸屋根の異国情緒豊かな建物でした。

 広い回廊に囲まれた城の中に入ると、内壁は一面青い模様タイルでおおわれ、床には色の違う石を組み合わせた幾何学模様がはめ込まれています。香(こう)の匂いもどこからともなく漂ってきます。城と言うより宮殿と呼びたくなるような、美しい場所です。

 

 その一角にある会議室で、テトのアキリー女王は大臣たちと会議を終えたところでした。編んだ黒髪の上にベールと王冠をかぶり、豪華な刺繍の服を着た、中年の女性です。堂々とした声と態度で、家臣たちに閉会を告げます。

 すると、席から立ち上がった大臣の一人が、思い出したように言いました。

「そういえば、金の石の勇者殿たちやロムドの皇太子殿は、今頃どちらにおいででしょうな。ご一行がテト城を去られてから、もう三週間になりますが」

「ああ。確かにもう三週間が過ぎる。まこと、時がたつのは早いものじゃ」

 とアキリー女王は答えました。しみじみした口調になっています。

 すると、別の重臣も言いました。

「我々は、勇者殿たちやロムドの皇太子殿の出発を、まったく知らずにおりました。誰も気づかないうちに、いつの間にか城からいなくなられていたのです。彼らは女王陛下には挨拶をしていかれたのでしょうか?」

「むろん、わらわにはの。だが、彼らは世界を闇の竜から守る者たちじゃ。行き先を知られれば闇の竜に妨害される危険がある、というので、わらわ以外の人間には何も告げずに、このマヴィカレから旅立っていったのじゃ」

 と女王が答えます。

「しかし、勇者殿たちはどちらのほうへ――。ロムドへお戻りになったのでしょうか?」

 金の石の勇者とロムド皇太子の一行は、テトをグルール・ガウスの反乱から守ってくれた英雄として、テト国民の絶大な人気を集めていました。その英雄たちを見送ることができなかったので、大臣たちは今でも未練たっぷりの様子です。

「彼らはロムドへは戻っておらぬ。もっと重要な使命のために、ここから別の地へ向かったのじゃ。だが、その場所を語ることはできぬ。どこかで誰かが耳をそばだてていて、かの竜に知らせるかもしれぬからな」

 とアキリー女王が言ったので、家臣たちはたちまち顔色を変えました。すぐ近くで闇の竜や怪物が聞き耳を立てているような気がして、思わず会議室を見回してしまいます。

 女王は笑いました。

「用心するにこしたことはない、という意味じゃ。どれ、行くぞ、皆の者。この後はテト川北岸の補修状況の視察じゃ」

「御意」

 家臣たちは歩き出した女王の後に従って、ぞろぞろと会議室を出て行きました。じきに部屋は空っぽになります。

 

 すると、誰もいなくなったはずの部屋に声が響きました。

「ふぅん、勇者くんたちはここから出発しちゃったのかぁ」

 妙にのんびりした調子の男の声です。次の瞬間には、何もなかった空間に若い男が姿を現しました。半ば透き通った細い体に赤い上着を着込んで、空中にふわふわ浮かんでいます。おなじみ、幽霊のランジュールです。

「ロムド城にいた皇太子くんたちが偽物だったから、あっちこっち本物を探し回って、ようやくこのテト城にいるって突き止めたのにさぁ。しかも、勇者くんまで一緒にいるって聞いたから、やったぁ、って喜んでいたのに。もうみんなテト城にはいないわけぇ? 肩すかしもいいところだよねぇ。あぁあ、がっかりぃ」

 ランジュールはふてくされたように仰向けにひっくり返りました。そのまま頭の下で腕を組み、空中を漂いながら、ひとりごとを言い続けます。

「勇者くんたちはどこへ行ったのかなぁ。ロムドには戻らなかった、って言うんだから、北には行かなかった、ってことだよねぇ。だとすると、南? 東? それとも西? うぅん、広すぎるなぁ。あの女王様、もうちょっと何かヒントを言ってくれたら良かったのに、肝心なことは全然しゃべらないんだもん。抜け目がないよねぇ」

 そんなふうにぶつぶつ言っていると、その上に、ぬっと怪物が現れました。小山ほどの大きさもある、真っ黒な蛇の頭です。牙の生えた口を開けて、シャァァ、と声を上げます。

 ランジュールは身を起こして、よしよし、と蛇の鼻面をなでました。

「ごめんねぇ、フーちゃん。ようやく皇太子くんや勇者くんを食べさせてあげられると思ったのに、もうここにはいないんだってさぁ。フーちゃんは時間がたって少しずつお腹がすいてきたから、勇者くんの友だちも一緒に食い殺せたのにね。がっかりだよねぇ。どぉしようかぁ」

 相変わらずのんびりした口調ですが、言っていることは限りなく物騒です。そばに頭を出している大蛇は、身の内にフノラスドという闇の怪物を宿したヤマタノオロチでした。八つの頭を次々と空中に突き出し、抗議するように、シャアシャアと鳴き続けます。

 

「はいはい、わかった。わかったよぉ」

 とランジュールはなだめるように手を振りました。その頃にはもう蛇が四方八方から頭を突き出して彼を取り囲んでいたので、まわり中に手を振ることになります。

「ちゃぁんと皇太子くんや勇者くんを食べさせてあげるから、短気を起こして、そのへんのつまらない人間を襲って食べたりしちゃダメだよぉ。フーちゃんは人間を百人食べたらそのまま何年も寝ちゃうんだからね。料理はしっかり選ばないといけないのさ。ボクの言うことを聞かなかったら、例えフーちゃんでも承知しないからねぇ。うふふふ……」

 これもすっかりおなじみの、女のような笑い声が響きました。楽しげなのに、どこか氷のように冷ややかな声です。蛇はいっせいに頭を引いてランジュールから離れました。怯えたように首を縮めて、幽霊の青年を見ます。

 ランジュールはいっそう笑顔になりました。

「そうそう、いい子だねぇ、フーちゃん。さぁ、どっちへ行こうか。東か西か、それとも南か。勇者くんたちを倒すために、ずいぶん訓練を積んだし作戦もしっかり立てたんだから、なんとしても追いついて、勇者くんたちを殺してあげなくちゃねぇ。うふ、うふふふふ……」

 糸のように細くなった目が、きらっと残酷に光ります。

 そして、青年は姿を消しました。後を追うように、蛇も空中に消えていきます。

 すると、会議室の扉が開いて、警備兵が中をのぞき込みました。

「おかしいな。今、笑い声が聞こえたような気がしたんだが?」

 と静まり返った部屋に首をひねります。

 幽霊と蛇の怪物はどこへ向かったのか。そこへはもう二度と戻っては来ませんでした――。

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