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第16巻「賢者たちの戦い」

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 テト城の貴賓室で、オリバンとセシルの二人が静かな時間を過ごしていました。セシルの足元には五匹の小さな管狐がいて、セシルから餌をもらったり、互いにじゃれて遊んだりしています。オリバンは机に向かって、書き物の最中です。

 すると、外に向かって開け放ったバルコニーの外から、ひゃっほう! という声がして、ごうっと風の犬が飛び込んできました。ゼンを乗せたルルです。それに続いてフルートとポポロを乗せたポチも飛び込んできます。

「ただいま、オリバン、セシル!」

「見ろよ! 装備を取り戻してきたぞ!」

 そう言って、少年たちは身につけた金の鎧兜や青い胸当てを見せました。フルートの背には二本の剣があり、腕には丸い大きな盾が留めつけてあります。ゼンも、弓矢を背負い、腰には丸い青い盾とショートソードを下げています。

 おお、とオリバンは立ち上がりました。

「よかった、無事に見つかったのだな」

「傷ひとつついていないではないか。さすがは魔法の道具だな」

 とセシルが感心します。

 すると、バルコニーからばさり、と音がして、花鳥に乗ったメールが顔をのぞかせました。

「フルートの鎧兜もゼンの胸当てもガウス川に沈んじゃって、そこに土石流が押し寄せたただろ? 永久に見つかんないんじゃないかと思って、心配しちゃったよ。でも、ユギルさんがすぐに見つけ出してくれたけどね」

 花鳥には銀髪の占者も乗っていて、穏やかにほほえんでいました。

「わたくしは勇者殿たちの装備が埋まっている場所をお教えしただけです。闇の雲がテトから完全に消えて、また占えるようになりましたので。分厚い土砂の中から魔法で装備を掘りだしてくださったのは、ポポロ様でございます」

 そんなふうに言われて、ポポロは真っ赤になりました。そんな、あたしは何も……と頬に手を当てて首を振ります。

 オリバンも笑顔になりました。

「なんにしても良かった。フルートとゼンの装備がなければ、我々は闇と戦うことができなかったのだからな」

 貴賓室に降り立った少年少女と犬たちは真顔になりました。黙って大きくうなずきます――。

 

 そこへ、扉を開けてアキリー女王がやってきました。フルートたちへ言います。

「戻ってきたな。ポチとルルの姿を空に見つけたので、急いでやってきたのじゃ。装備を見いだせて、本当によかった」

 女王は明るい声をしていましたが、その服は喪服のような黒一色でした。何枚も重ねた短い上着には、手の込んだ刺繍が施されていますが、それにも黒い糸が使われています。一同に向ける笑顔は、どこか淋しげです。

 そんな女王の様子に見て見ぬふりをしながら、フルートは言いました。

「装備を取り戻すのに、ガウス川の上をずっと飛んできたけれど、土石流は麓の村の二キロくらい手前で止まっていたんだ。せき止められてできていた湖も、今回の決壊ですっかり流れ出してしまったから、あとはもう土石流が起きる心配はないと思うな」

 女王はうなずきました。

「ガウス城に誰もいなくなったために、ガウス山は領主不在の領地になってしもうた。今後はわらわの直轄領じゃ。急いでガウス川の復旧工事を行うと同時に、山肌には多くの木を植えるつもりじゃ。土砂崩れや洪水が起きぬようにな。それがロムド王からいただいた助言だった」

 と少し懐かしそうに言います。今回の事件は、女王がロムド王を訪ねて、ガウス川の洪水を防ぐ方法を質問したことから始まっていたのです――。

 すると、オリバンが書きかけの書状を示しました。

「アキリー女王はこれから、テト川の北の岸壁も修復しなくてはならない。多くの土木工事を行うことになる、とユギルが言っていたので、ロムドから来た二人の魔法使いが、引き続きテトの復旧作業を手伝えるよう、ロムドの父上へ手紙を書いていたところだ」

「それはまことにかたじけない。テトにも魔法使いがいないわけではないが、ロムドほど優秀な人材はそうはおらぬのじゃ。本当に助かる」

 と女王が感謝すると、セシルも言いました。

「内戦は終わった。今度はテトを復興する番だな」

 その足元では小さな管狐たちが飛び跳ねています。

 

 ところが、急にルルが溜息をつきました。

「それにしても、悔しいのは竜の宝のことよねぇ。今回は絶対に見つけたと思ったのに、やっぱり違っていたんですもの。竜の宝ってのはいったい何もので、どこにあるわけ?」

「ワン、かの竜が己の宝に力を分け与えたので、我らはそれを奪い、竜の王が暗き大地の奥へと封印した――。そんなふうに言われてるからには、やっぱり地中なのかなぁ。闇の国ほど深くはない、途中の地面の中にあるんだろうか?」

 とポチが言うと、ええっ、とメールが顔色を変えました。

「じゃ次は地面の下に行くのかい!? 勘弁してよぉ!」

 メールは閉所恐怖症で、地下が死ぬほど嫌いなのです。

 フルートは首を振りました。

「なんのあてもないのに、地面に潜ることなんかできないよ。手がかりを見つけなくちゃ」

「それが見つかりゃ苦労はしねえって」

 とゼンがぼやきます。

 

 すると、女王が言いました。

「暗き大地? それは南大陸のことではないのか?」

 フルートたちは驚きました。

「南大陸? 中央大陸の南にある?」

「どうしてそこが暗き大地になるんだよ?」

 口々に尋ねられて、女王は答えました。

「光がない暗い場所という意味ではなく、人によく知られていない場所、という意味じゃ。南大陸は広大な場所だが、北の端にルボラス国があるだけで、それ以外の場所には国家が存在しない、未開の地じゃ。大部分が謎に包まれていて、知る者がほとんどいないために、ついた呼び名が暗黒大陸じゃ。そこがそなたたちの探し求める場所かどうかはわからぬが、名前としては近いもののような気がするな」

 フルートたちは顔を見合わせ、オリバンは占者を振り向きました。

「ユギル、どうなのだ?」

 銀髪の占者は、部屋の隅のテーブルの前にいました。そこには彼の占盤が載っています。磨き上げられた黒い表面をのぞき込みながら、ユギルは話し出しました。

「南大陸に大きな闇の気配はございません……。ですが、勇者殿たちの象徴が、ここから西へ向かい、さらに南へ向かっていくのが見えます。勇者殿たちはこれから海を渡って、南大陸へと向かわれるのでございましょう」

 占者の声は厳かでした。この世とは別の場所から聞こえてくるようです。

 フルートは身を乗り出して尋ねました。

「そこに竜の宝があるんですか!? 南大陸に行けば、ぼくたちはそれを見つけることができるんでしょうか!?」

「残念ながら、それはわかりません。竜の宝の象徴がどのようなものであるのか、わたくしは存じ上げないからです。ただ、かの地で勇者殿たちは多くの方たちから必要とされることでございましょう。――お行きくださいませ、勇者殿。皆様方の次の行く先は、南大陸でございます」

 

 南大陸――とフルートたちは言って、また顔を見合わせました。ロムドからも、このテトからも、遠く離れた場所です。

 けれども、フルートはすぐに言いました。

「行こう、みんな! 白い石の丘のエルフは、ぼくたちが竜の宝を探し続ければ、きっとデビルドラゴンを倒す方法が見つかる、って言っていた。それならば、ぼくたちは行ける場所に行くだけだ。次の目的地は南大陸。海を越えていくぞ!」

 仲間たちは目を輝かせました。へへっ、とゼンが笑います。

「すげぇな、俺たち。今度は別の大陸か。本当に世界中をくまなく歩き回るみたいじゃねえか?」

「ねえさぁ、海を越えるって言ったけど、それってどっちの海さ。東の大海? 西の大海?」

 とメールが尋ねると、ポチが答えます。

「ワン、東の大海ですよ。途中でまたアルバや三つ子たちに会えるかもしれませんね」

 急に活気づいてきたフルートたちを見て、オリバンはなんとも言えない表情になりました。うかがうように、またユギルを振り向きます。

「南大陸へ向かう象徴は彼らだけなのか? その――我々の象徴は同行していないのか?」

 オリバン、とセシルは思わずたしなめる声を上げてしまいました。

「気持ちはわかるが、さすがにそれは無理だろう。私たちはロムド城を一ヵ月近くも留守にしているのだから。キースやアリアンがオリバンたちの代理を務めるのだって、もう限界になっているはずだ。私たちはロムドに帰らなくては」

 オリバンは返事をしませんでした。ただ深い溜息をつくと、唇を一文字に結んで黙り込んでしまいます。

 

 すると、ユギルがまた厳かに言いました。

「わたくしたちは、ロムドには戻りません。青き獅子と金陽樹が、銀の月と共にテトを離れ、連れだって東へ向かう様子が見えております」

 青き獅子とはオリバンの象徴、金陽樹はセシルを表す象徴でした。東へ!? とオリバンは驚き、ユギルを見つめて尋ねました。

「銀の月も同行するというのか? それはひょっとすると――」

「はい、どうやらわたくしのことのようでございます。これまで、わたくしは自分自身の象徴を占いに見ることができなかったのですが、何故か、突然占盤に現れて、行く先をはっきりと示しております。勇者殿たちは南大陸へ行くために、まず西へおいでになりますが、わたくしたちの行く先は東――。ユラサイへ行って、皇帝に会わねばなりません」

 ユラサイ! とまた一同は驚きました。竜子帝が治める東の大国です。意外なことに、二の句が継げなくなってしまいます。

 やがて、また口火を切ったのは、アキリー女王でした。考え込む声で、静かに言います。

「ユラサイは東方の国々の王たる国じゃ。ユラサイがこうすると言えば、それに従う国々は数えきれぬ。その国をロムドの皇太子と一番占者が訪ねる……。世界を巻き込んでの大戦争が、近々起きるのではないのか、占者殿? それに備えるために、ロムドはユラサイを訪問しようとしているのであろう?」

「ご明察でございます、アキリー女王陛下」

 とユギルはうやうやしく頭を下げました。

「世界の王になろうというガウス侯の野望は砕かれましたが、世界には今なお大規模な戦いの予兆が出ております。いずれ、世界は大きな二つの勢力に別れて、激しく戦い合うことになりましょう。今からそれに備えなければ、間に合いません」

 それを聞いて、オリバンはたちまち真剣な顔になりました。そうか、とうなずきます。

「ロムドは要(かなめ)の国だ。フルートたちがつないだ国と国を、いつか来る闇との対決のために、より強固に結びつけることが役目なのだ。……ユラサイは、フルートたちが皇帝を助けてきた国だったな。わかった、ユラサイへ行こう。フルートたちと我々、行き先とやり方は違っても、それぞれに役目を果たして、共に闇と戦うのだ」

 自分の役割を見定めた皇太子に、もう迷いや未練の表情はありませんでした。フルートは微笑して言いました。

「ユラサイの竜子帝に会ったら、ぼくたちのことをよろしく伝えてください。きっとぼくたちのことを心配しているし、必ず力を貸してくれるはずだから」

「ついでに、リンメイと喧嘩してんじゃねえぞ、って言っといてくれ。なにしろ、どうしようもねえわがまま皇帝だからな、あいつ。」

「やだね。あのリンメイが喧嘩で負けるわけないじゃないのさ。絶対竜子帝のほうが頭が上がらないでいるよ」

 ゼンとメールがそんなふうに言うので、オリバンだけでなく、セシルやユギルまでが思わず笑ってしまいました。大国の皇帝のことも、完全に友だちに対する口調で話す彼らです。

 

 すると、アキリー女王が口をはさんできました。

「その同盟に、わらわたちテトも加えてもらおう。以前話したことだが、今一度言う。テトはこれから先ずっと、ロムドと金の石の勇者たちの良き朋友じゃ。そなたたちが呼びかければ、テトは必ず駆けつけて共に戦う。その敵がサータマンであっても、闇の竜であっても、必ずじゃ」

 恋しい人を失っても、女王は毅然としていました。力強くそう誓います。

 フルートは大きくうなずくと、仲間たちを振り返りました。

「行くぞ、みんな! 次の行き先は南大陸だ!」

 おう! とゼンたちがいっせいに答えます。

 オリバンのほうはセシルとユギルを振り向きました。

「我々はユラサイだ。間には大砂漠がある。心して行くぞ」

 それを聞いて男装の美姫は笑顔を返し、銀髪の占者は丁寧に頭を下げます。

「皆の旅がつつがなく進むように。グル神の加護あれ」

 とアキリー女王の祈ることばが、一同の上に静かに降っていきました――。

The End

(2011年3月8日初稿/2020年4月3日最終修正)

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