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第16巻「賢者たちの戦い」

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110.命の絆(きずな)

 デビルドラゴンが、フルートの両肩に闇の触手を突き立てて、生気を吸い取り始めました。フルートは黒大理石の上に倒れたまま動くことができません。次第に気が遠くなっていきます。

 くそっ! とフルートは心で叫びました。薄れていく意識を懸命に引き止めながら、自分自身へ言い続けます。負けるな! あきらめるな! ぼくが負けたら、こいつは世界へ飛び出していく! みんなが殺されてしまうんだ――!

 すると、すぐ耳元で、デビルドラゴンの声がしました。ささやくように、こう言います。

「オマエタチハぐるーる・がうすト戦イナガラ、何度モ『竜ノ宝』ト言ッテイタ。竜ノ秘宝デハナク……。アレハ、ドウイウ意味ダ。オマエタチハ何ヲ知ッテイル?」

 ささやきは韻律(いんりつ)になり、フルートの中に入り込んできました。魔法の力を持った声なのです。フルートの意識をこじ開け、その中から答えを引き出そうとします。

 フルートは、とっさにそれをさえぎりました。考えも感情も外へ出さないように、心の中に見えない壁を作ります。その練習は、感情を読むポチを相手に何度もしてきていました。魔法の詮索の手を跳ね返します。

 デビルドラゴンの声が強くなりました。

「コノ期ニ及ンデ、マダ抵抗スルカ。開ケロ! 答エヲ我ニヨコスノダ!」

 フルートの生気を吸い取る力と、思考に侵入してくる力が、同時に強まりました。フルートは激しい目眩に襲われて、思わず目をつぶりました。まぶたを閉じても、渦巻く暗闇が見えています。フルートは自分がどこにいるのかわからなくなり、そのまま闇の渦へ落ちていきました――。

 

 すると、闇の中に、月に照らされた光景が見えてきました。

 石だらけの谷川の岸辺で、仲間たちがフルートを呼び続けています。ゼン、メール、ポチとルル、オリバン、セシル、ユギルにアキリー女王。金の石の精霊までが姿を現して、全員でフルートを探しています。

 ポポロは地面に突っ伏して、激しく泣き続けていました。血を吐くような声でフルートの名前を呼び続けています。

 その悲痛な姿に、フルートの心臓が、ぎゅっと痛みました。暗闇の中から思わず手を差し伸べて呼びかけます。

 ポポロ、ポポロ、そんなに泣いちゃだめだよ……。

 けれども、フルートとポポロの間には、はるかな距離がありました。フルートの手と声は届きません。

 それでも、フルートは呼びかけ続けました。言わずにはいられなかったのです。

 泣かないで、ポポロ。悲しまないで……。君に笑ってほしいんだよ。幸せになってほしいんだ。ポポロ……

 フルートの目からの涙がこぼれ落ちていきました。いとおしさと悔しさに心が激しく震えます。そばに駆け寄って、泣いている彼女を強く抱きしめたいと思うのですが、闇はフルートを捕らえ続けて放しません――。

 

 ところが、ふいにポポロが泣くのをやめました。涙と泥で汚れた顔を上げると、こちらを向いて目を見張り、信じられないように言います。

「フルート……?」

 とたんに、他の仲間たちもいっせいにこちらを見ました。やはり驚いたように目を見張ると、口々に言い始めます。

「フルート!?」

「ワンワン、フルートだ!」

「その姿は――」

「おまえ、透き通ってるぞ! どうなってるんだ!?」

 仲間たちの反応で、フルートは自分が彼らから見えているのだと知りました。やはり驚いて、彼らを見回します。

 すると、金の石の精霊が言いました。

「ポポロだ! 彼女の呼びかけにフルートの魂がつながったんだ!」

 ポポロは呆然と座り込んでいましたが、それを聞いて跳ね起きました。フルートに向かって走りながら叫びます。

「フルート! フルート、戻ってきて――!」

 フルートもポポロへ手を伸ばしました。彼女が差し出した手を握ろうとします。

 すると、背後の暗闇から、ばさりと音がしました。デビルドラゴンが翼を打ち合わせる音です――。

 

 フルートはとっさに手を引きました。フルートの手を握り損ねたポポロが前のめりになり、驚いたようにフルートを見ます。大きな瞳がまた涙でいっぱいになっていきます。

「だめなんだ!」

 声が伝わるかどうかもわかりませんでしたが、フルートは仲間たちへ言いました。

「デビルドラゴンがぼくを捕まえている! ぼくがそっちへ行けば、奴も一緒に外に出てしまうんだ!」

 ポポロは悲鳴を上げ、仲間たちがまた、フルート! と叫びました。声は聞こえていたのです。川岸の光景が再び暗闇の渦に呑み込まれ始めました。仲間たちの姿が薄れていきます。

 すると、ユギルの声が聞こえてきました。

「金の石をお呼びください、勇者殿! 早く――」

 その声も闇の中に紛れていきます。

 けれども、精霊の少年の姿だけは、まだはっきりと見えていました。暗闇の中で金色に光っています。

「フルート!」

 と叫んだ精霊へ、フルートは手を伸ばして叫び返しました。

「金の石! 来い――!!」

 とたんに、その手の中にペンダントが現れました。真ん中で守りの魔石が金に輝いています。

 次の瞬間、石は爆発するように光りました。暗闇が吹き飛び、フルートの肩に突き刺さった触手もちぎれて消えていきます。フルートの全身から痛みが引いていきました。傷も火傷も金の石が癒したのです――。

 

 気がつくと、フルートはまた黒大理石の床の上に倒れていました。デビルドラゴンは離れた場所に立って、光をさえぎるように、顔の前に袖を掲げています。フルートの手の中には金のペンダントがあります……。

 すると、フルートの隣に精霊の少年と女性が姿を現しました。少年が腰に手を当てて女性を見上げます。

「また君のしわざか、願いの。ぼくをこっち側に引っ張り込むなんて、そうとう力を使ったんじゃないのか?」

「この程度のことはなんでもない。私の持つ力は巨大だ。人の願いほど強いものは、この世に存在しないのだからな」

 特に自慢する様子でもなく、淡々と女性が答えます。

 ふん、と金の石の精霊は鼻を鳴らすと、黒髪の男の姿をしたデビルドラゴンを見ました。金の目を細め、皮肉な声で言います。

「実体になろうとしているのか。そんな真似をさせるわけにはいかないな。奴を倒すぞ、フルート」

「わかってる!」

 フルートは跳ね起きて、ペンダントをデビルドラゴンへ突きつけました。願い石の精霊がフルートの肩をつかみます。再び輝きだした魔石が、聖なる光をデビルドラゴンへ浴びせました。黒髪の男の姿が溶け始めます――。

「ヨクモ!」

 と男はどなりました。黒髪や美しい顔が崩れ落ち、手足や体もどんどん溶けていきます。やがて人の姿が完全に消滅すると、その後から影の竜が飛びたちました。四枚の翼を打ち合わせながら、フルートたちへ言います。

「ヨクモ我ノ邪魔ヲシタナ、イマイマシイ石ドモメ! アト一歩トイウトコロダッタノニ――!」

 金の石はまだ輝き続けていました。願い石もまだフルートの隣にいます。光の奔流(ほんりゅう)の中で、影の竜も薄れていきました。咆吼が長い尾を引きながら消えていきます。

 すると、周囲が明るくなり始めました。黒大理石の床が、石だらけの地面に変わっていきます……。

 

「フルート!!」

 仲間たちの声がごく近い場所から聞こえてきて、フルートは我に返りました。

 そこはまた谷川の岸辺でした。仲間たちが周りにいて、驚きと喜びの顔でフルートを見つめています。闇の結界が消滅したので、元の場所に戻ってきたのです。精霊たちが姿を消すと、フルートの手の中でペンダントも光を収めていきます。

 とたんに仲間たちが動き出しました。

「フルート!」

「ワンワン! フルート! フルート!」

「馬鹿者め! どれほど心配させれば気がすむのだ!」

「ったくだ! このすっとこどっこいのおたんこナスが――!」

 仲間たちが口々に言いながら駆け寄ってきます。

 フルートは片手を上げてそれを制しました。仲間たちが思わず立ち止まると、自分のほうから歩き出します。向かった先にはポポロがいました。地面に座り込み、泣きながらフルートを見つめています……。

 

 フルートはポポロの前に膝を突いて座りました。まだ涙が止まらない宝石の瞳をのぞき込み、優しくほほえんで言います。

「戻ってきたよ、ポポロ」

 ポポロの目から、新しい涙が、どっとあふれ出しました。両腕を広げてフルートの首に抱きつき、大声を上げて泣き出してしまいます。

 フルートはそれをしっかりと抱き返しました。泣きじゃくる彼女の頭に頬を寄せて言います。

「ごめん、ポポロ……心配させてごめん……。ありがとう……」

 抱きしめ合うフルートとポポロの腕は、互いに相手をつなぎ止めようとする、強い絆のようでした――。

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