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第16巻「賢者たちの戦い」

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106.決戦

 ゼンの体から、すべての武器と防具が外れていきました。青い胸当て、青い盾、エルフの弓矢やショートソードが、すべて川に落ちて水に沈んでしまいます。あっとゼンは声を上げ、目の前のガウス侯をにらみつけました。

「よくもやりやがったな、この野郎!」

 対するガウス侯は冷静な顔です。

「ゼンの青い防具にはあらゆる魔法を解除する力があるし、弓矢は狙ったものに必ず当たる魔法の武器だ、とデビルドラゴンが言っている。これを排除すれば、ゼンは魔法の前には無力だ」

 候がゼンへ手を向けたので、ゼンはとっさに飛びのきました。ゼンが今まで座り込んでいた場所に魔弾が命中して、川底の岩を砕き、激しい水蒸気を上げます。

 魔王はそのまま手を横に動かしました。逃げるゼンを追って魔弾を発射し続けます。すると、ゼンがいきなりつんのめりました。川底の石につまづいてしまったのです。魔王の手がゼンへ狙いを定め、また魔弾を撃ち出します。

 そこへフルートが飛び込んできました。丸い大きな盾をゼンの前にかざして魔弾を防ぎます。フルートはポチの背中から飛び下りてきたのでした。空を旋回するポチの上では、後に残されたポポロが、おろおろしながらフルートたちを見下ろしています。

 すると、ガウス侯がまた、ふん、と笑いました。

「デビルドラゴンの知識があれば、金の石の勇者たちを倒すのも簡単なことだったのだな――。金の石の勇者の名前はフルート。強力な防具や武器を持っているが、中身はただの人間の子どもだ。装備と金の石さえなくなれば、おまえも私の敵ではない」

 爪の伸びた手が、ぐいっとまた引き寄せるようなしぐさをすると、フルートの全身からも防具と武器が外れていきました。金の鎧兜、二本の剣、構えていた盾さえ留め具や金具が外れ、ばらばらと落ちて川に沈みます。

 金の石! とフルートは叫ぼうとして、ぎょっとしました。布の服だけになった胸の上で、金の石は灰色の石ころに変わっていました。魔王に力を奪われたのです。聖なる光を発して魔王を倒すことができません。

 

「フルート! ゼン!」

 空中でルルが叫び、ポチも、ワン、とほえました。風の体をうならせて、助けに駆けつけようとします。ポポロは、振り落とされないように、ポチの背中にしがみつきます。

 すると、ガウス侯が彼らをにらみつけました。次の瞬間、空から音を立てて降り出したのは、大粒の雨でした。赤黒く光る雲が空をおおい、あっという間に、あたりを土砂降りに閉じこめてしまいます。

「キャン!」

「やだ、変身が――!」

 ポチとルルは悲鳴を上げました。たちまち小犬と雌犬の姿に戻って、空から落ち始めます。宙に放り出されたポポロも一緒です。大小の岩が転がる谷川が迫ってきます。

 けれども、彼らが岩にたたきつけられるより早く、下にまた木の葉が集まってきました。犬たちとポポロを受け止めます。

 降りしきる雨の中、メールが花鳥の上に立ち、両手を地上に向けていました。地上の様子は雲が放つ薄暗い光でかろうじて見えています。ポポロたちの乗った木の葉を川岸へ移動させながら、メールは舌打ちしました。

「やっぱり形を変わらせることはできないなぁ……。木の葉を強い獣に変身させられたら、あいつを攻撃できるのにさ」

「いや、木の葉でも使いようでかなりの戦力になる。ポポロたちを岸に下ろしたら、ガウス侯へ向かわせろ。奴の視界を奪うのだ」

 とオリバンが言ったので、メールはすぐさま手を返しました。木の葉の群れが岸に飛んでポポロたちを下ろし、大きく向きを変えてガウス侯へ飛んでいきます。

 候に木の葉が群がっていくのを見て、フルートは言いました。

「ゼン、今だ!」

「おう!」

 二人の少年は白く泡立っている川の中から自分たちの武器を拾い上げました。フルートは炎の剣を、ゼンはエルフの弓と矢筒を。さらにフルートが盾も拾い上げようとすると、ユギルが言いました。

「およけください! 攻撃です!」

 少年たちは反射的にその場から飛びのき、岸に駆け上がりました。土砂降りの中、雷が川に落ちてまた水蒸気を上げます。

 すると、空中でガウス侯を包んでいた木の葉の塊が、急に色を失い始めました。白っぽい灰色に変わって、雨に崩れ始めます。ああっ、とメールは叫びました。木の葉が枯れてしまったのです。

 再び姿を現したガウス侯が、花鳥を見上げました。

「花使いのメールか。木の葉まで操れるのはデビルドラゴンも知らぬことだったようだが、ものとしては同じことだ。植物さえなくなれば、なんの手出しもできなくなる」

 とたんにユギルがまた叫びました。

「メール様! 花鳥を地上へ!」

 ガウス侯の手が、ぐいと動くと、今度は花鳥が色を失いました。花が枯れ始めたのです。花鳥が崩れて、メールたちは宙に放り出されました。花鳥は地上に向かっていたのですが、それでもまだかなりの高さがあります――。

 

 そこへセシルの声が響きました。

「来い、管狐!」

 たちまち五匹の小狐たちが現れると、空中で灰色の大狐に変わりました。地上を一度蹴るとまた飛び上がり、セシル、オリバン、メール、ユギル、アキリー女王の五人を背中に拾って岸に下り立ちます。

 そこは先にポポロや犬たちが下りた岸辺でした。

「メール様、アキリー女王、わたくしたちはこちらです!」

 とユギルが管狐から飛び下りたので、メールと女王もそれに続きました。ポポロたちと合流します。

 とたんに、メールはびくりとしました。あわてたようにあたりを見回して叫びます。

「木が――!!」

 降りしきる夜の雨の中、周囲の景色からも色が失われていました。濃い緑の葉を広げ、滝壺や谷川へ枝をさしかけていた木々が、みるみる枯れていくのです。雨に打たれて葉が落ち、骸骨のような枯れ木が立ち並ぶ光景に変わってしまいます。岸辺の岩をおおっていた苔や草さえ、枯れて灰色になってしまいます。

「なんて……なんてことすんのさ! 植物はすべての命を支えてんだよ! それを残らず枯らすだなんて……!!」

 とメールは声を震わせました。雨と悔し涙が顔を濡らします。

 ガウス侯はまだ空中に立っていました。枯れ果てて灰色になった谷川を眺めて、冷ややかに言います。

「これでメールももう戦闘不能だ。ポポロは元より二度の魔法を使ってしまっている。犬たちも雨の中では風の犬になれない。残るはフルートとゼンの二人だけだな」

 それを聞いて、管狐の上からオリバンとセシルが声を上げました。

「我々もいるぞ! 無視することは許さん!」

「その通りだとも! 行け、管狐!」

 大狐は岸を蹴って大きく飛び上がりました。空中のガウス侯へ迫ります。

 オリバンは腰から大剣を引き抜き、ガウス侯へ切りつけました。手応えがあった! と思った瞬間、候の姿は大きく後ろへ下がり、代わりに黒い光の壁が現れました。オリバンの剣を跳ね返してしまいます。

 オリバンは即座に武器を聖なる剣に持ち替えました。セシルがまた管狐をジャンプさせると、オリバンが黒い壁へ切りつけます。とたんに闇の障壁に裂け目ができました。ガウス侯とこちら側の間をさえぎるものがなくなります。

「無駄だ」

 と候が言って手を振りました。障壁の裂け目が元に戻っていきます。管狐は一度地上へ降りなくてはならないので、オリバンは攻撃することができません。

 

 すると、地上から炎の弾が飛んできました。障壁の裂け目にぶつかって破裂すると、炎の輝きで裂け目がまた少し広がります。そこを一本の矢がすり抜けていきました。ガウス侯の胸に突き刺さって炎に変わります。

 川岸でフルートとゼンが武器を構えていました。フルートは炎の剣を振り下ろした恰好、ゼンはまだ弦鳴り(つるなり)する弓に、もう次の矢をつがえています。

 ガウス侯は、じろりと少年たちを見下ろしました。

「無駄なあがきだと言っているのだ」

 と手を振ったとたん、候の胸から火が消えました。続いてゼンの弓の弦が音を立てて切れ、フルートが見えない力に跳ね飛ばされます。金の石が力を失っているので、魔王の魔法を防ぐものが何もないのです。

 対岸では、少女たちと犬たちが悔しさに身震いを続けていました。フルートたちを助けに行きたいのに、彼らには戦う手段が残っていません。彼らの目の前で、また魔王が手を振ると、今度はゼンまでが石だらけの地面にたたきつけられます。

「他愛のないことだ」

 と魔王は言い、倒れているフルートとゼンへ手を向けました。その手のひらに魔弾の黒い光が湧き上がります。

 ついにポポロとメールが駆け出しました。ポチとルルが後に続き、全員で谷川の向こうへ渡ろうとします。ユギルと女王がそれを止めました。

「なりません、皆様! お下がりください!」

「そうじゃ! 大雨で川の水が増してきておる! 無理に渡ろうとすると、流されるぞ!」

「だって、フルートたちが――!!」

 と少女と犬たちは叫びました。魔王はフルートとゼンへ魔弾を撃ち出そうとしています。

 

 そこにまた管狐が飛び上がってきました。オリバンが障壁へ剣をふるうと、出来上がった裂け目をくぐって管狐がさらに上へ飛びます。

 目の前に迫ったガウス侯へ、オリバンは言いました。

「我々を無視するなと言っているのだ。我々も、れっきとした金の石の勇者の仲間だ」

 と候へ剣を振り下ろします。

 聖なる刃は、頭をかばった候の右腕を深く切りつけました。黒い霧が血のように噴き出し、ガウス侯が悲鳴を上げて空中でよろめきます。

 その間に岸ではフルートとゼンが立ち上がりました。防具を失った少年たちは、頭や顔から血を流していました。岩にぶつかって怪我をしたのです。

 ガウス侯は腕を振って自分の傷を治すと、怒りに充ちた声でどなりました。

「おまえたちは、世界の王である私を傷つけた! 許さんぞ! 思い知れ!」

 とたんに管狐が墜落しました。見えない手に空からたたき落とされたのです。オリバンやセシルを乗せたまま、フルートたちのいる岸に激突して小狐に戻り、消えていってしまいます。すると、ガウス侯がまた手を振りました。岸の岩がいくつも浮き上がり、倒れているオリバンとセシル目がけて動き出します。

 対岸でアキリー女王が悲鳴を上げました。

「よせ、グルール! 殺してはならぬ! 彼らはロムド国の未来の国王と王妃じゃ!」

 ほう、とガウス侯は血の色の瞳で笑いました。

「それでは、なおのこと、ここで死んでもらおう。ロムド国は、世界統一の理想にとって、目の上の大きなこぶだからな」

 浮き上がった岩がオリバンとセシルに向かって飛んでいきました。地面に倒れて動けない二人を押しつぶそうとします。少女たちや女王がまた悲鳴を上げます。

 すると、そこへゼンが飛び込んできました。雨と自分の血で顔を濡らしながら、岩へ拳を突き出します。とたんに、どごん、と鈍い音がして岩は真っ二つになりました。

「オリバン、セシル、起きろ!」

 ゼンは次々飛んでくる岩を砕きながらどなりましたが、二人は目覚めませんでした。ゼンが砕いた岩の破片が、二人の鎧に降りかかってばらばらと音を立てます。

 その時、ユギルが川向こうから叫びました。

「ゼン殿、後ろです!」

 ゼンが、はっと振り向いたとたん、背中に大きな石が激突しました。いつの間にか後ろから飛んできていたのです。防具をつけていなかったゼンは、うっとうめいて前のめりになりました。そこへまた石が飛んできて、ゼンの頭を強打します。

 ゼンはその場にばったり倒れました。そのまま動かなくなってしまいます。

 

「ゼン!!」

 フルートは真っ青になり、駆けつけようとして大きく飛びのきました。その目の前へ魔弾が飛んできて、足元の岩を砕きます。

 フルートは、きっと顔を上げました。空中のガウス侯へ剣を振りますが、炎の弾は闇の障壁に防がれて散ってしまいます。ガウス侯は余裕の表情でゼンやオリバンたちへとどめを刺そうとします。

 フルートは胸の上で灰色になっている金の石を見つめ、一瞬唇をかむと、突然声を張り上げました。

「出てこい!! ここに出てこい、願い石!!」

 呼び声が降りしきる雨の中へ消えていくと、フルートの全身が、ぼうっと赤い光に包まれました――。

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