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第16巻「賢者たちの戦い」

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第30章 決戦

105.緑の滝壺(たきつぼ)

 エジュデルハの滝の裏に隠されていた洞窟で、ガウス侯はデビルドラゴンを受け入れて魔王になりました。洞窟に地上の川の水を呼び込み、フルートとアキリー女王とポチを押し流してしまいます。

 彼らが水と共に飛び出したのは、滝の中ほどの場所でした。地上まで百メートル以上もの高さがあるので、周囲の景色が目に飛び込んできます。月に照らされた滝や滝壺(たきつぼ)の周囲は濃い緑におおわれていますが、山の稜線を越えた向こう側は、岩が露出した斜面になっていました。木がまったく生えていない荒れた山肌に、満月がくっきりと影を落としています。

 そんな景色の中を、彼らは地上へ落ちていきました。まともに落ちればフルートでも助からない高さですが、雨のように降りかかってくる滝のしぶきのせいで、ポチは風の犬に変身できません。金の石も、フルートがいくら呼びかけても、墜落を止めることができません。白いしぶきを立てる滝壺が、真下に迫ってきます。

 その時、彼らは笑い声を聞きました。

「死ね、アキリー! 金の石の勇者! 私の上に立つことは、断じて許さんのだ!」

 勝利を確信したガウス侯の声です。

 それに答えるように、アキリー女王が何かを言いましたが、滝の音にかき消されてしまいます――。

 

 すると、彼らの下で滝壺の色が急に変わり始めました。岸のほうから緑色が押し寄せてきて、白く泡立っていた滝壺を濃い緑に染めていきます。その真ん中へ、フルートたちは落ちていきました。緑色が彼らを呑み込んでしまいます。

 それは数え切れないほど大量の木の葉でした。まだ柔らかくつややかな緑の葉が、秋でもないのに枝を離れ、雲のように滝壺の上に寄り集まったのです。木の葉の雲はフルートたちを受け止めていました。大量の綿の布団のように彼らを包み込み、ゆっくりと上へ押し上げていきます。

 フルートたちが木の葉の上へ出たとたん、すぐ近くから、ひゃっほう! と声がしました。

「やったぜ! 偉いぞ、メール!」

「ホントにもう! まさかこんな土壇場(どたんば)で木の葉を使うようになるなんて、思ってもいなかったよ! ぶっつけ本番もいいとこじゃないか!」

 フルートやポチは空を見上げて歓声を上げました。

「ゼン、メール!」

「ワン、みんなも――!」

 月が輝く空に、仲間たちを乗せたルルと花鳥がいました。ルルの上にはポポロを抱いたゼンが、花鳥の上にはメールとオリバンとセシルとユギルが乗っています。ポポロは毛布にくるまれ、目を大きく見張ってフルートを見下ろしていました。やつれて青ざめたその顔に、フルートはどきりとしました。宝石のような緑の瞳は、今にも大泣きしそうにうるんでいます。

 すると、ゼンが拳を振り回してどなりました。

「てめえには言いたいことが山ほどあるぞ、フルート! ついでにげんこつの十発もくれてやりてえ! だが、まずはポポロだ! また熱を出してるんだ。早いとこ金の石を使ってやれよ!」

 えっ、とフルートは跳ね起きました。滝のしぶきを避けて近づいてくるゼンたちを見上げていると、ポポロが自分から動きました。まだ高さがあるのに、毛布を払いのけてゼンの腕から飛び出してしまいます。

「危ない!」

 フルートは落ちてきたポポロを抱きとめ、木の葉の布団の中に倒れ込みました。手や顔に触れた彼女の体から、熱っぽさが伝わってきます。焦りながら金の石を押し当てると、朦朧(もうろう)としていたポポロの顔がみるみるしっかりしていきました。身を起こし、フルートにのしかかるようにして強くいいます。

「だめよ、フルート! あなた一人で戦おうとしちゃ、ぜったいだめ……!」

 そのままフルートの首にしがみつき、わぁっと声を上げて泣き出したので、フルートは思わず真っ赤になりました。空では、ゼンがどなり続けています。

「本当にたいがいにしろよな、このすっとこどっこいの石頭野郎! いつもいつも同じことばかり繰り返しやがって! ポポロはな、おまえの居場所を探して透視したせいで、せっかく下がった熱がまた上がったんだぞ! ポポロを苦しめたくねえと思うんなら、ポポロのそばから絶対離れるな――!!」

 フルートがゼンに叱られている一方で、花鳥も空から舞い下りてきました。メールが女王とポチに話しかけます。

「大丈夫だったかい、二人とも? 花と違って、葉っぱは思うようには操れなくてさ。ちゃんと受け止められるか、はらはらだったんだよ」

「大丈夫じゃ。怪我ひとつしておらぬ」

「ワン、だけどメール、いつの間に木の葉まで使えるようになっていたんです? 全然知らなかったですよ」

「木の葉も使えるようになったのは最近の話さ。でも、まだ練習中だから、あんまりうまくないんだ。このあたりの木があたいの言うことを聞いてくれて、ホントに良かったよ」

 すると、オリバンが身を乗り出して、女王へ手を差し出しました。

「まったく、あなたは無茶をする。女王が単身で敵陣に乗り込んで討ち死にしたら、国民は路頭に迷うぞ。好き勝手もたいがいにしなくては」

 と説教しながら、女王を花鳥の上へ引きあげます。

 ポチは、花鳥の翼にしぶきをさえぎってもらって、風の犬に変身しました。フルートとポポロを乗せて空に舞い上がります。

 

 その時、花鳥の上から、ユギルが声を上げました。

「皆様、お散りください! 攻撃が来ます!」

 花鳥、ルル、ポチの一羽と二匹がとっさに散ると、その中央に稲妻が降ってきました。一行の間をすり抜け、木の葉が集まった緑の雲を直撃して、どどどーん、と激しい音を立てます。稲妻は滝壺の水にも落ちていました。風と水蒸気が湧き上がる中、木の葉が燃えながら吹き飛ばされていきます。

 滝の上にガウス侯がいました。地面に立つように空中に立ち、腕組みして彼らを見下ろしています。

「やだ……何よ、この闇の気配!?」

 とルルが風の毛並みを逆立て、ゼンは驚いた顔をしました。

「ガウス侯だよな? なんだよ、その姿。目は赤いし、牙はあるし、おまけに空中に立ってやがるし、まるで魔王じゃねえか。竜の宝ってのは、デビルドラゴンと同じように、人間を魔王にする力があるのか?」

「違う。ガウス侯が竜の秘宝と呼んでいたのが、実はデビルドラゴンだったんだよ。それを自分自身に受け入れて、魔王になったんだ!」

 とフルートが答え、首のペンダントを上へ向けました。また空から稲妻が降ってきたからです。金の光が天井のように広がって、魔王の攻撃から彼らを守ります。

 うん? とゼンは首をひねりました。単純な彼には、フルートが言った内容がまだよく理解できません。考えながら言います。

「えぇと、じゃあ、なんだ……竜の秘宝って呼ばれてたヤツは、実は、俺たちが探してる竜の宝じゃなかったってことか? で、竜の秘宝はデビルドラゴンだったのか? なんでそうなるんだよ?」

 フルートはペンダントをかざし続けていました。稲妻は雨のように降りそそいできて、周囲の崖や木々を直撃しています。仲間たちを電撃から守りながら、フルートは話し続けました。

「デビルドラゴンは、自分を呼び出せる伝言を世界中に記した、と言っていた。その謎を解ける頭脳と、他人を犠牲にできる冷酷さを持った人物が、扉を開いてデビルドラゴンの力を得ることができるんだ、ってね……。海の王の戦いで対決した眼鏡の魔王を思い出せよ。あいつは入り江の海で扉の暗号を解くと、デビルドラゴンを受け入れて魔王になった。あれと同じような暗号が、このテトにも置かれていたんだよ――この国に伝わる白い竜の詩にカモフラージュする形でね。それをガウス侯が解いた。初めはガウス城の人間と引き替えに闇の力を使っていたんだが、城の人間が誰もいなくなってしまったので、とうとう、自分自身がデビルドラゴンの依り代になることを承知したのさ」

「それで、今はあいつが魔王になってるわけか――。ったく、人間ってのは、自分が利口なつもりのヤツに限って、本当に馬鹿が揃ってるよな。城の家来を全部奪われても、まだ目が覚めねえんだからよ!」

 とゼンがあきれます。

 

 とたんに稲妻の雨がやみました。ガウス侯が、じろりと赤い目でにらんで言います。

「私の中にはもう、デビルドラゴンの知識がある。おまえがドワーフと人間の血を引くゼンだな。力は強いが、単純で頭の悪い子どもだ。そのおまえが、賢王の私に向かって何を言っている」

 ふん、とゼンは聞こえよがしに鼻を鳴らしました。

「ロムド王の真似をして、賢王ごっこかよ、おっさん。自分を王様にしてくれそうなのがそれしかねえもんだから、賢い、賢いって連呼しやがって。ばっかじゃねえのか? あのな、おっさん、いいことを教えてやらぁ。ロムド王にフルートにポチに白い石の丘のエルフ……俺は今まで、本当に賢い連中に何人も会ってきてるけどよ、そいつらは一度だって自分のことを賢いなんて言ったことがねえんだぞ。アクだってそうだ。本当に賢いヤツは、自分がまだ充分じゃねえってことまで、ちゃんと知ってんだよ。それを知らずに、自分は賢いんだと自惚れてるてめえは、自分は大馬鹿者だと自分から吹聴(ふいちょう)してるのと同じことなのさ!」

 悪口にかけて、ゼンの右に出られる者はまずいません。ガウス侯は顔色を変えると、牙になった歯をぎりりとかみ鳴らしました。

「ドワーフの分際で私を侮辱しおって! よかろう。貴様に真の賢さが持つ力を思い知らせてやろう――!」

 ことばと同時に無数の黒い光が飛んできました。刃物のように研ぎ澄まされた闇魔法です。金の石が張った障壁を切り裂き、ゼン目がけて飛んでいきます。

 ゼンは平気な顔をしていましたが、ルルはあわてて身をかわしました。ゼンが文句を言います。

「なんだよ、よけるなよ。魔法攻撃なんか、俺は平気なんだぞ」

「馬鹿言わないでよ! あなたは平気でも、私が怪我をするじゃない!」

 とルルが文句を言い返して、闇魔法の刃をまたかわします。

 すると、魔王になったガウス侯が彼らへ手を向けました。

「それならば、こうしてやろう」

 とたんに、手から見えない力がほとばしって、風の犬のルルを吹き飛ばしてしまいました。ゼンのほうには魔法は効かないので、ゼンだけが空中に取り残されて、岩だらけの谷川へ落ち始めます。

「危ない――!」

 メールがとっさに手を振ると、谷川の両脇からまた緑の雲が押し寄せてきて、ゼンを受け止めました。が、先に稲妻で焼かれたので、木の葉の量が足りません。ゼンは木の葉の雲を突き抜けて川に落ち、大きな水しぶきを上げました。それでも、一度受け止めてもらったおかげで、大怪我はせずにすみます。

 

「ってぇ……」

 川岸の浅い場所で水の中に尻餅をつき、頭を振ってゼンはうなりました。すぐには立ち上がることができません。

 すると、空からフルートの声がしました。

「よけろ、ゼン! ガウス侯だ――!」

 ゼンの目の前に、いきなりガウス侯が姿を現しました。血のような瞳を細め、牙をのぞかせて、にやりと笑うと、ゼンへ手を向けます。

「愚かなドワーフ。私にかなうと思っていたのか?」

 ぐい、とガウス侯が引き寄せるように手を動かしたとたん、ゼンの体から武器や防具が外れ、音を立てて谷川へ落ちていきました――。

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