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第16巻「賢者たちの戦い」

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99.根拠

 「ワン、行く手にガウス山が見えてきましたよ。そろそろガウス領です」

 と風の犬のポチが、背中のフルートとアキリー女王に話しかけました。

 彼らは今、テト城を飛びたったゼンやオリバンたちより、ずっと西のほうを飛んでいました。真下にはガウス川が流れています。夜の中でも白く見える川は、横たわる白い竜のようです。

「グルールの城はこの上流のシャラパにある。その一帯とガウス山全体が、ガウス侯の領地じゃ」

 と女王が言いました。

「あの山全体が領地では、ずいぶん広大だな。アクがさっき言った場所はどのあたり?」

 とフルートが尋ねました。

「シャラパよりさらに上流の山の中じゃ。川に沿って進めばたどり着く」

 と女王が答えます。

 そこでポチはガウス川の上を飛び続けました。月の光がフルートの鎧を輝かせ、風が女王のベールをはためかせます。

 

 ガウス侯と決着をつけると心に決めたフルートは、女王やポチとガウス領を目ざしていました。女王が竜の秘宝の隠し場所に心当たりがあるというので、彼女の言う通りに進んできたのです。

「ワン、それにしても、どうして竜の宝のある場所がわかったんですか? ユギルさんにさえ正確な場所はわからなかったのに」

 とポチが飛びながら女王に尋ねました。女王はポチの背中で確信の匂いをさせています。

「竜の秘宝は川の中にある、とゼンが言ったからじゃ」

 と女王は答え、少しの間、思い出すように沈黙してから、また話し出しました。

「昔々の話じゃ。わらわやグルールがまだ子どもだった時分の――。その日、グルールは両親と共にテト城に遊びに来て、わらわたち兄妹と一緒に、家庭教師の授業を受けておった。近しい従兄弟同士だったから、互いの城を訪れたときには、共に勉強をしたのじゃ。授業の内容はテト川についてだった。都を守る天然の要塞であり、テト国にさまざまな恵みを与える、王の川なのだ、と教師は話していたが、その話はそれまで何度も聞かされていたから、わらわたちはろくに聞いていなかった。兄者たちなど、居眠りをしたり、授業そっちのけで遊んでいたりしたほどじゃ。だが、グルールだけは違った。教師相手に、真正面から言い返したのじゃ。『ガウス川にだって、おおいなる恵みがある。ガウス川は宝を秘めた偉大な川なんだ』とな――」

 フルートとポチは驚きました。

「ワン、ガウス川にはそんな言い伝えがあったんですか?」

 とポチが聞き返すと、女王はうなずきました。

「大昔からの伝承じゃ。ガウス川の白い竜は、大いなる宝を前足に握っている、とな。歌にも残されておる。だが、それはガウス山の鉄鉱石のことだ、というのが、一般的な見解じゃ。教師もグルールにそう話した。すると、グルールはなおも言い張ったのじゃ。そうではない、ガウス川にはまだ人に知られていない宝が、必ず眠っているんだ、と。強い強い声だった――」

「ガウス侯は子どもの頃から、ガウス川に竜の宝があると知っていた、ってことか。どうやって知ったんだろう?」

 とフルートが首をひねりました。

 いや、と女王が答えます。

「その時のグルールは、まだ確信があって言っていたわけではない。授業の後、わらわはグルールに尋ねたのじゃ。ガウス川が秘めた宝とは何だ、どこにあるのだ、とな……。グルールは、今それを探しているんだ、と答えた。今思えば、グルールは、テト川より常に劣って見られるガウス川を、王族と見なされない自分自身と重ね合わせて、ガウス川にはまだ宝がある、と言い張ったのかもしれぬ。だが、その当時のわらわは、そんなことには思い至らなかった。竜の宝はどのあたりにあるのだ、となおも尋ねると、グルールは意味ありげに笑って言ったのじゃ。『竜の宝は竜の身の内に眠っているに決まっている』とな。それでも、わらわには意味がわからぬ。さらに問い詰めると、グルールはこう答えた。『ガウス川の竜は、川の上流に棲んでいる。ぼくはそれを知っているんだ』とな。それでわらわにもピンと来た。ガウス川の上流には、エジュデルハの滝と呼ばれる場所がある。エジュデルハとは、古代テト語で『竜』という意味じゃ。宝はそこにあるのか、と聞くと、グルールは驚き、わらわに対して感心した。『アク、王の子どもの中では君が一番賢い』とな……。わらわは、グルールから誉められたことが嬉しくて、それ以上はもう何も聞かなかった。エジュデルハの滝に本当に宝があるのかどうか、そこも確認はせなんだ。そのまま、そのことは忘れて、何十年も過ぎたが、先刻、ゼンが竜の宝は川の中にある、と言ったときに、あの時のやりとりが急に浮かんできたのじゃ。グルールは、あの後もずっと、エジュデルハの滝に宝を探し続けていたのではあるまいか? そして、ついにその場所に宝を発見したのではないか、とな――」

 

 女王の話に、ポチはすぐには何も言えませんでした。ガウス侯との昔のやりとりを手がかりに、女王は竜の宝の場所を推理したのです。女王が非常に賢い人物であることは、ポチも認めていましたが、それでも、根拠としては不確かなような気がしてなりません。本当にそこなんだろうか? 行ってみても、そこにはガウス侯も誰もいないんじゃないだろうか? とつい心配してしまいます。

 ところが、フルートのほうはしばらく、じっと考え込み、おもむろに言いました。

「アクの言うとおりなのかもしれない……。ガウス侯は都を攻めるのに焦っていた、ってユギルさんが話していたんだ。無理に無理を重ねて攻撃していたように見えた、ってね。都を落とすのに時間をかけられなかったのは事実なんだけど、それでも、もう少し待てばガウス侯の味方の諸侯の軍勢が到着したんだから、あんなに急いで総攻撃を始める必要はなかったんだ。それなのに、どうしてガウス侯は焦ったのか……? きっと、その前にガウス侯を焦らせる何かがあったからだ。ぼくやポチは、オファに援軍を呼びに行っていていなかったけれど、その間にアクはガウス侯と直接話をしたんだろう? その時に、アクは竜の宝の話も出していた――。ガウス侯が焦り始めたのは、その直後からなんだよ。地震でテト川の流れを変えたり、全軍に総攻撃をさせたり、ゴーレムを何体も繰り出したりね」

 ポチは飛びながら、目をぱちくりさせました。

「ワン、つまりそれって、アクが子ども時代のやりとりを思い出して、竜の宝の場所に気がつくかもしれない、ってガウス侯が心配したってことですか?」

「そう。アクならきっと気がつくだろうと、ガウス侯にはわかっていたんじゃないかな。だから、急いで先手を打とうとして焦ったんだ」

 そんな話をするフルートに、女王は、ふっと微笑しました。

「そなたも本当に賢いの、フルート。幼い頃のグルールに匹敵する賢さじゃ――。おそらく、そうであろう。わらわが竜の秘宝の話を出したときに、グルールは尋常でない反応を見せたからな。常に冷静な彼らしくもない表情であった。わらわのあの一言が、グルールを焦りに追い込んだのだろう……」

 女王のことばの最後のほうは、ひとりごとのようになっていきました。声が淋しそうな響きを帯びます。

 ポチは黙って空を飛び続けました。女王からは、思慕と悲しみ、憧れとあきらめが入り混じった、複雑な匂いが漂ってきます。それでも、女王は自分の気持ちを口に出そうとはしないのです。これから最もつらい対決の場面に臨むことになるというのに――。

 

 その時、フルートが地上を指さしました。

「なんだろう? あそこに人がいるみたいだぞ」

 ガウス川の岸辺にいくつもの光が寄り集まっていたのです。風に乗って木の燃える匂いも立ち上ってきます。

「ワン、焚き火の匂いだ。誰かがあそこで野宿してるんですよ。けっこう大勢みたいだな」

 とポチが鼻をふんふんさせて言いました。焚き火の灯りも、十以上見えています。

 女王が眉をひそめました。

「あの規模――グルールの軍勢であろうか。王都から逃げのびた兵が、こんな短時間のうちにここまでたどり着くはずはないが、グルールには竜の秘宝の力がある。ひょっとすると、あそこにグルールがいるのかもしれぬ」

「よし、確かめてみよう」

 とフルートが言ったので、ポチは二人を乗せたまま、明かりの見える地上へ降りていきました――。

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