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第16巻「賢者たちの戦い」

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第28章 怪奇現象

98.追跡

 駆け戻ってきたゼンとメールの知らせに、ポポロの部屋に集まっていた仲間たちは驚きました。

「フルートがポチと二人だけで出発したですって!? どうしてそんなことをするのよ!」

 一人だけまだ事情を知らなかったルルが、怒って声を上げます。

「あいつがこのテトで死ぬって、ユギルさんから予言されてたからだよ! それをポチから聞いちまったんだ!」

 とゼンが答えたので、ルルは仰天し、オリバンたちは苦い顔になりました。

「おまえたちも知っていたのか……。では、フルートが気づくのも時間の問題だったな」

「ちょっと! あたいたちのせいみたいに言わないどくれよ、オリバン! だいたい、そんな予言が出てたんなら、どうして最初からあたいたちに教えなかったのさ! ポポロだけに話したりするから、ポポロは心配しすぎてこんなふうになっちゃったんだよ!」

 とメールがかみつき返します。ポポロはベッドに寝たままでした。疲れから熱も出始めて、ふうふうと苦しそうな息をしています。耳元で彼らがこんなに騒いでいるのに、まったく目を覚ましません。

 ユギルがゼンたちへ頭を下げました。

「わたくしがそうするようにと殿下たちに申し上げたのでございます……。皆様方にお教えすれば、勇者殿は皆様方を巻き込むまいとして離れていく、と占いに出ていたのです。ですが、ポポロ様には、そんな勇者殿を救える強い力がおありです。ポポロ様だけにはお話ししないわけにいきませんでした」

 占者の青年は話し終わっても頭を上げようとしませんでした。うつむいたまま、悔しそうに唇をかんでいます。彼はフルートを運命から守ろうとしましたが、結局、事態は予言の通りに動いているのです――。

 

 すると、セシルが言いました。

「ここで責任の追及などしていてもしかたがない。フルートたちがガウス領へ向かったのは間違いないんだ。早く彼らの後を追わなくては」

「もちろんよ。私に乗るのは誰? 他の人は花鳥でお願いね、メール」

 とルルが言い、あいよ! とメールが答えました。すぐにも中庭へ飛び出していこうとします。

 その時、部屋の人数が足りないことにゼンが気がつきました。

「おい、アクはどこにいるんだ? さっきまでここにいたじゃねえか」

「アキリー女王なら執務室に戻った。ユギルが非常に危険な戦いが起きることを予感したので、城に残るように言ったのだ」

 戻った? とゼンとメールは同時に声を上げ、顔を見合わせました。

「……あのアクがそんなことを素直に承知すると思うか?」

「思わないよ。アクは、自分がこうと思ったら、人の言うことなんか全然聞かないもん。そのへんはフルートにそっくりさ」

 一同は嫌な予感に襲われました。いっせいに一人の人物に注目してしまいます。占者はまだうつむいたままでいました。片手で顔をおおうと、うめくように言います。

「完全にわたくしの失態です。これから起きる戦いを占おうとして、勇者殿からもアキリー女王からも目を離してしまいました。その間に、運命は次の扉を開いて、勇者殿たちを招き入れていたのです……。アキリー女王は勇者殿と一緒でございます。お二人でガウス侯を見つけ出して、竜の秘宝を破壊するつもりなのです」

「そんな!!」

 と一同は叫びました。女王が同行すればフルートがどんな行動をとるか、彼らには容易に予想することができました。フルートはガウス侯や竜の宝と戦いながら、同時に絶対に女王を守ろうとするでしょう。そうなれば、フルートは自分を守ることなど忘れてしまいます。予言通りのことがフルートに起きてしまうのです。

「急げ、ルル、メール! あいつらに追いつくんだ!」

 とゼンがどなり、仲間と共に外へ飛び出そうとします。

 ところが、ユギルがまた言いました。

「お待ちを――! ポポロ様がご一緒でなければ、勇者殿を救うことはできません!」

 そんな、とまた一同は言いました。今度は困惑の声です。ポポロはベッドの中で苦しそうに息をしていました。この状態で一緒に連れていくことは、とても不可能です。

 

 真っ赤にほてったポポロの顔を見つめながら、セシルは悔しさに壁をたたきました。

「ここの金陽樹の葉があれば良いのに! あれには弱った体を強める薬効がある。弟のハロルドが熱を出したときには、よくナージャの森から城へ運んだのだ!」

「そうね。天空の国では金陽樹は『癒やしの木』とも呼ばれているのよ。でも、地上で金陽樹があるのは、メイのナージャの森だけよ。遠すぎて、とても取りに行けないわ――」

 とルルも言いました。目に見えない絶望感がいっそう募ります。

 すると、急にゼンが思い出した顔になりました。

「待てよ。金陽樹の葉なら、確かあるはずだ」

 と腰の荷袋の口を開けて、中をかき回し始めます。他の者はゼンの周りに集まりました。

「何故、ゼンが金陽樹の葉を持っているのだ?」

 とセシルが驚いて尋ねます。

「一角獣伝説の戦いでナージャの森に行ったときに摘んでおいたんだよ。薬になるってポポロが言ったからな。荷袋から出した覚えはないから、まだあるはずだ……そら、あった!」

 とゼンが取り出したのは、小さな布の袋でした。紐をほどくと、中から乾いた黄色い木の葉が何枚も出てきます。

 ルルが耳を立て、尻尾を振って言いました。

「本当に金陽樹よ、すごいわ! 普通は煎じて飲むんだけれど、これくらい具合が悪いと、それじゃ間に合わないわ。葉を粉にしてポポロに呑ませてやって」

 けれども、部屋に葉を粉に挽く(ひく)すり鉢などはありません。召使いを呼ぶ時間も惜しかったので、ゼンは乾いた葉を指先で粉々に潰してカップに入れ、水筒の水を注ぎました。ベッドのポポロを抱き起こして、カップの中身を少しずつ飲ませます。カップからは、胸のすっとするような金陽樹の香りが漂ってきます――。

 

 すると、急にポポロが咳を始めました。ごほん、ごほんとむせたように咳を繰り返し、咳がおさまると目を開けます。

「目を覚ました!」

 とメールが歓声を上げ、ルルはベッドに飛び乗ってポポロをのぞき込みました。

「気がついた? フルートが大変よ。力を貸して!」

 フルートが? とポポロは繰り返しました。まだ熱があるので、ぼんやりした表情をしています。

「フルートがガウス侯を倒しに行ってしまったのよ! ポチとアクが一緒なの! 追いかけなくちゃ!」

 とルルが言い続けると、ポポロの顔色がみるみる変わっていきました。熱のほてりがひいて、青ざめてしまいます。

「だめ!」

 とポポロは叫びました。

「だめよ! フルートを自分だけで行かせてしまってはだめ!」

「だから追いかけるんだよ。あいつらの行き先はガウス領だ。行くぞ」

 とゼンは言って、ポポロを毛布ごと抱き上げました。ルルが中庭で風の犬に変身して、二人を背中に乗せます。

「他のみんなは、あたいの花鳥だよ! 急いで!」

 とメールは言って中庭の花を呼びました。たちまち大きな花の鳥が現れ、メールとオリバンとセシル、それにユギルを乗せて舞い上がります。

 

 夜空はよく晴れていて、丘の上では満月が輝いていました。その光を左後方から浴びながら、一行は南西を目ざしました。ガウス領のある方角です。

 ゼンに抱かれたポポロは、じっと行く手を見つめていました。吹きすぎる風が赤いお下げ髪を激しく揺らしています。

「寒くねえか?」

 とゼンが尋ねると、ううん、とポポロは答えました。さっきよりだいぶ声がしっかりしてきています。

「大丈夫よ……このまままっすぐ飛んで。フルートのいる場所を透視するから……」

 と遠いまなざしになります。

 すると、そこに花鳥が並びました。鳥の上からユギルが呼びかけます。

「まだ透視はお控えください、ポポロ様――! 行く手は厚い闇の雲の中です。今から透視をすれば、疲れ果てて、また意識を失います。勇者殿たちが行かれた方角だけは、わたくしにも把握できますので、近くへ行くまでは、わたくしにお任せください!」

「どうやるのだ? ユギルも闇の雲のせいで占いはできないだろう。フルートのことでは、私を使って先を知ることもできないはずだぞ」

 とオリバンが聞き返すと、占者は答えました。

「勇者殿は、戦いの最中には、いつも最も危険な場所においでになるのです。まずガウス川に沿ってさかのぼりながら、危険な予感が強くする方角を探します。危険を感じる場所まで行ってからポポロ様が透視をすれば、勇者殿もきっと見つかるはずでございます」

「わかりました」

 とポポロはうなずきました。ゼンに寄りかかって、また目を閉じ、せわしく息をします。薬草で熱は下がっても、完全に元気になったわけではないのです。

 そんなポポロを心配そうに眺め、行く手へ目を移して、ゼンはつぶやきました。

「馬鹿野郎……。今まで馬鹿だ、馬鹿だと思ってきたが、今度ほどおまえを馬鹿だと思ったことはねえぞ。オレたちの気も知らねえで……。見つけたら本気でぶん殴ってやるから、覚悟してろ」

 親友に向かって悪態をつくゼンの声は、なんだか泣き出しそうにも聞こえます。

 

 ひょうひょうと音を立てて、ルルと花鳥は夜空を飛び続けました。満月は地上と空を明るく照らしています。

 目ざすガウス川は、まだ行く手に見えていませんでした――。

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