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第16巻「賢者たちの戦い」

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96.疲労

 「おい、ちょっと待てよ。よく意味がわかんねえぞ」

 とゼンが急に声を上げたので、ユギルはそちらへ向き直りました。

「なんでございましょう、ゼン殿?」

 ゼンは眉間にしわを寄せて難しい顔をしていました。確かめるように言います。

「竜の宝がどこか別の場所にある、って言ったよな? てことは、フルートが壊した竜の絵の石板は、実は竜の宝じゃなかった、ってことなのか?」

「ワン、そうですよ。ユギルさんが、写し身みたいなものだ、って言ってるじゃないですか」

 とポチがあきれたように言ったので、ゼンは下唇を突き出しました。

「その写し身ってのが、意味がわからないでいるんじゃねえか! ガウス侯はあの石板に向かって『竜の秘宝』って呼びかけてたんだからな。俺はおまえらみたいに頭が良くねえんだから、ちゃんとわかるように説明しろよ」

 ぷりぷりしているゼンに、ユギルは丁寧に一礼しました。

「説明が足りずに失礼いたしました。写し身というのは、本体の代わりに本体から生まれたもの、という意味でございます。おそらく、竜の秘宝は非常に巨大で、動かしがたいものなのでしょう。その力を使うために、ガウス侯は写し身の石板を持ち歩いて、それを通じて竜の秘宝に呼びかけていたのです」

 フルートがうなずきました。

「ぼくが金の石を使ったとき、あの石板は溶け出さなかった。闇から生まれたものなら消滅していくはずなのにね。あの後、金の石は石板にまったく反応しなくなったし。あれ自体は、何の力もないただの石だったんだよ」

 

 ゼンは、はぁん、とうなずきました。やっと納得したのです。

「要するに、あの石板はガウス侯が竜の宝と話すための道具だった、ってことか。でもよ、あれが竜の宝から生まれてきたって言うなら、竜の宝のある場所もわかる気がするぞ。川の中だ」

 ゼンがあっさりとそう断言したので、仲間たちは驚きました。

「ちょっと、ゼン! なんでそんなことわかるのさ!?」

「そうよ、ユギルさんはまだ何も言ってないのに!」

「ワン、根拠は!?」

「あの石板は、表面が滑らかだっただろう? あれは人が削ったものじゃねえ。勢いよく流れる川の水が、長い時間をかけて岩を削ったときに、あんなふうになるんだよ。波が打ち寄せる海岸でもあんな岩ができるが、ここはテトだから、きっと川だ。それも一枚岩を激しい流れが削っている場所だな」

 とゼンは断言しました。猟師を生業(なりわい)にしていても、ゼンは地下の民のドワーフです。石や岩に関する見識には、常人以上の力があります。

 ユギルはゼンへまた深く一礼しました。

「わたくしの占いの結果とゼン殿の見解は一致しております……。闇の雲はいまだにテトをおおっていますが、ガウス侯が敗退してから、雲にむらができております。全体に雲が薄れ始めている中で、雲のひときわ濃い場所がはっきり見えるようになってきたのです。それはガウス川、それもガウス侯の領地がある上流でございます。おそらく、竜の宝はガウス侯の領地内にあるのでございましょう。候の行く先もそこでございます」

 ガウス領――と一同は繰り返しました。戦いに敗れたガウス侯が逃げていく先としても、実に道理にかなっています。

「でも、ガウス領のどこさ!? ガウス川だって長いだろ! どこに竜の宝が隠されてるのさ!?」

 とメールが身を乗り出しましたが、ユギルは首を振りました。

「残念ながら、そこまでは占えません。その一帯は濃い闇の雲の下でございますので」

 

 すると、フルートがすぐに言いました。

「それでも、どのあたりかという見当はついた。行こう、みんな。ガウス領へ行って竜の宝を見つけ出して、今度こそ本当に破壊するんだ!」

 おう、とゼンとメールが答え、よし、とオリバンとセシルがうなずき、ワンワン、と犬たちがほえます。

 アキリー女王が言いました。

「馬を使うつもりならば、フルートとポポロの馬も戻ってきておるぞ。荒れ川を船で下るときに、自分たちで船を追って都まで来ていたのだが、跳ね橋が上がっていたので、橋の近くの住人に保護されていたのじゃ。今はもう、宮殿の中にいる」

 自分たちの馬が無事だったと知って、フルートは顔を輝かせましたが、すぐに首を振りました。

「いいえ、今回は馬は使いません。ガウス侯はガウス領へ向かっている最中です。帰り着いて竜の宝のところへ行けば、また力を取り戻して、ぼくたちの妨害を始めます。そうなるまえに、急いでガウス領へ行かなくちゃならないんです。馬では間に合いません」

「ワン、ぼくたちの出番ですね!」

「ガウス川までなら、ひとっ飛びよ。すぐに運んであげるわ!」

 と犬たちが張り切れば、メールもにんまり笑って言いました。

「ポチとルルだけじゃ全員運べないだろ。あたいの花鳥もいなくちゃね」

「よし、それじゃ行こう。夜明けを待っていたら遅くなる。準備をしたらすぐに出発だ」

 とフルートが言い、全員がまた、おう! と返事をしようとします――。

 

 その時、突然ユギルが叫びました。

「ポポロ様!」

 椅子を蹴倒して席を飛び出します。ポポロが自分の席で気を失って倒れていったのです。小柄な体が崩れるように椅子から落ち、床にたたきつけられる寸前に、ユギルに抱きとめられます。

「ポポロ!?」

 フルートたちは仰天して周りに集まりました。フルートが少女に飛びついて揺すります。

「ポポロ! ポポロ……!」

「また熱を出したのか?」

 と女王も心配そうにのぞき込みます。

 ユギルがポポロの額に手を当てて答えました。

「熱はございません。ですが、非常にお疲れになっているようです。これからまた出発だというので、緊張が過ぎて倒れられたようです――」

 そして、ユギルは痛ましそうに目を細めました。ポポロが倒れた原因に思い当たったのです。少女は青ざめた顔で、うわごとのようにフルートを呼んでいました。

「ここにいるよ!」

 とフルートがポポロの手を握ると、呼ぶのをやめて、浅く速い息を繰り返します。

「疲労では金の石は使えないのだったな。ポポロを休ませなくては。オリバン、運んでくれ」

 とセシルに言われて、オリバンはユギルからポポロを受けとりました。太い腕で軽々と抱き上げて部屋へと運びます。フルートとセシルとルルがそれに付き添いました。他の者も後を追いかけます。

 

 すると、しんがりになっていたメールが、前を行くゼンを引き止めました。通路の角を曲がっていく一行を見送りながら言います。

「ポポロったらさ、フルートのことを心配しすぎて、体まで参っちゃってるんだよ。困ったね」

 あー、とゼンは声を上げました。こちらも渋い顔になって言います。

「無理ねえよなぁ。あのユギルさんから、とんでもねえ予言を聞かされちまったんだからよ」

「しかも、それを防げるのはポポロだけだ、なんて言われちゃったわけだもんね。実際、ものすごく危ない場面は何度も起きたし、そのたびにポポロが駆けつけてフルートを助けてただろ? さすがにもう限界になっちゃったんだと思うよ」

「だな。なにしろ、あの馬鹿は自分の身の危険なんか全然考えねえから、守るのだって一苦労――わっ!?」

 足元からいきなりワン! とほえられて、ゼンたちは飛び上がって驚きました。いつの間にかポチがそこにいて、彼らの話を聞いていたのです。黒い目で二人を見上げて言います。

「今の話はなんですか? 最近、ポポロがフルートをひどく心配してるのは感じていたし、ゼンやメールやセシルたちが何か隠しているのも、匂いで感じてはいたんだけれど。ユギルさんがなんて言ったんですか?」

 賢い小犬にそんなふうに詰め寄られて、ゼンとメールはしぶしぶ白状しました。

「あたいはポポロから聞かされたんだけどね……フルートがこのテトで命を落とす、ってユギルさんが予言したらしいんだよ。だから、オリバンやセシルやユギルさんは、あたいたちと一緒にテトまで来たのさ」

「しかも、フルートをその運命から救えるのはポポロだけだ、なんてことまで言われたらしい。だからなんだよ、どこに行くのにもポポロがフルートの後をついていったのは。必死であいつを運命から守っていたんだよな」

 ポチは驚いて目をぱちくりさせました。ポポロが運ばれていった通路の角を思わず振り返ってしまいます。

「ワン、それで……。ずいぶん無理ばかりすると思っていたんだけれど。そうっか……」

「きっとさ、一時も気の休まるときがなかったんだよ。それじゃ疲れもするし、具合も悪くなってくるよね」

 とメールが言って、溜息をつきました。それだけの話をしても、だからどうしたら良いのかは、まったく思いつきません。

「とにかく、ポポロは今夜一晩しっかり休ませようぜ。フルートにも出発はポポロが回復してからにさせる。あの馬鹿だって、ポポロのことになれば、そのくらいは曲げて待っていられるだろう」

 とゼンが言い、メールとポチはうなずきました。先へ行った仲間たちを追って歩き出します。

 

 ところが、通路の角を曲がったところで、ポチは急に立ち止まりました。ゼンとメールは気づかずに先へ進んで、さらに角を曲がってしまいます。ポチは通路の横の柱を振り向きました。

「フルート!」

 柱の陰からフルートが現れました。強い衝撃と後悔の匂いがフルートから伝わってきたので、ポチは、しまった、と思いました。

「ワン、今の話を聞いていたんですか?」

 フルートは青ざめた顔でうなずきました。少しの間、ことばを探すように黙り込み、やがて、低い声で言います。

「知らなかったんだ……ポポロがぼくのためにそんなに無理をしていただなんて……」

 固く握りしめた拳が震えていました。後悔の匂いがいっそう強くなります。

 ポチはフルートの足元に駆け寄りました。自分を責めているフルートへ、必死で言います。

「ワン、でも、そのおかげでフルートはこうして無事でいるんですよ。ポポロが助けてくれたから。フルートに何かあったら、ポポロは死ぬほど嘆くもの。そんなことは、絶対にしちゃいけないんですよ」

 けれども、フルートは返事をしませんでした。その全身から漂う感情の匂いが、後悔から強い決心に変わっていきます。

「ワン、フルート?」

 何を考えているんです? とポチが焦って尋ねようとすると、フルートのほうが先に口を開きました。小犬にかがみ込んで言います。

「出発しよう。ガウス領へ飛んで竜の宝を破壊して、ガウス侯を捕まえてくるんだ」

 ポチはびっくり仰天しました。

「ワン、まさか今すぐ、二人だけで?」

「そうだ」

 とフルートは強い声で答えました。誰が何と言っても考えを変えない、あの頑固な口調になっています。

「行くぞ、ポチ! 装備を整えて出発だ!」

 そう言って、フルートは通路を駆け出しました――。

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