ルルとポポロが貴賓室に到着すると、仲間たちはアキリー女王とテーブルを囲んで夕食の最中でした。ゼンがスプーンを掲げて言います。
「おう、ポポロ! 先に食い始めてたぞ! おまえも早く食えよ!」
テーブルの上にはテトの料理がずらりと並べられていました。メールが、こっちこっち、と隣の席へ手招きしますが、やってきたポポロを見て目を丸くしました。
「どうしたのさ? 顔色が悪いね。具合でも悪いのかい?」
ポポロは首を振ると、黙って席につきました。代わりにルルが答えます。
「怖い夢を見たらしいのよ。きっと疲れていたせいね。さあ、ポポロ、夢のことなんか忘れて食べなさいよ。元気が出るから」
ポポロはうなずきましたが、食事に手を出そうとはしませんでした。ただ、じっとうつむいて座っています。
「大丈夫?」
とフルートが隣の席から尋ねました。心配していますが、まさかポポロが落ち込んでいる原因が自分だとは思っていません。ポポロは黙ってまたうなずくと、ほんの少しフルートのほうへ身を寄せました――。
「よし、全員揃ったな。時間が惜しい。打ち合わせを始めよう」
とオリバンが言いました。フルートたちもそうですが、戦いの間身につけていた鎧兜を脱いで、私服姿でいます。
肉と豆の煮込み料理を口にかきこみながら、ゼンが言いました。
「まず今の状況を教えろよ。俺たちは城に戻ってすぐに寝ちまって、さっき起きたばかりだから、あの後どうなったのか全然知らねえんだ」
「それはアキリー女王から聞くのがいいだろう」
とセシルが言ったので、女王が話し出しました。
「都の攻防戦は完全に終結じゃ。都を襲撃して乗っ取ろうとした連中は、大半が逆流してきたテト川に押し流されたし、生き残った兵は全員遁走(とんそう)した。元々彼らはグルールに金でかき集められた傭兵じゃ。負け戦と見れば、自分の命のほうが大事と、さっさと逃げていくから、彼らがまた戻ってきて攻撃を仕掛けてくる心配はない。本陣から逃げ出した残兵は、追撃隊が追いついて捕まえた。グルール側に付いた諸侯も皆その中にいたから、彼らが領地で兵を起こす心配もなくなった」
「ワン、ということは、ガウス侯を見つけ出して捕まえれば、それで全部終わりってわけですね。ユギルさん、ガウス侯は見つかりましたか?」
とポチが尋ねると、占者が静かに言いました。
「それについては後ほど改めて。まずは現在の状況をしっかりご確認ください」
メールが首をかしげました。
「現在の状況って言うんなら、あたいはやっぱり川の様子が知りたいなぁ。ガウス侯が竜の力を使ったせいで、テト川の北の崖が壊れて川が氾濫してただろ? あれはどうなったのさ?」
「テト川の南側の流れのこともそうね。今はまだポポロの魔法が効いてるから、川に水があるでしょうけど、明日の夜明けになったら、魔法が切れてまた川が干上がっちゃうわよ」
とルルも言います。
すると、女王が微笑しました。
「それに関しては頼もしい味方が現れた。まず、フルートたちがオファから連れてきたマーオ人の術師が、壊れた岩壁を術で修復して流れを元に戻す、と言っておる。それから、ロムドからは城の魔法使いが二名到着して、やはり岩壁の修理に手を貸してくれることになった」
えっ、とフルートたちは驚きました。
「ロムド城から? 国王陛下が魔法使いを使わしてくださったんですか?」
「ワン、いくらなんでも早すぎませんか? 川が決壊したのは今朝のことなのに――!」
「そうではない。わらわの身代わりをつれてロムドから戻っていたモッラが、都の手前の町まで来ていたのじゃ。橋が上げられていたから、そこで足止めを食らっておった。モッラの一行には、ロムド王が護衛の魔法使いを二人もつけてくださっていた。その彼らが、このままテト川の岸壁の修復に手を貸すと言ってくれているのじゃ」
「父上が護衛につけた魔法使いたちは、ミコン山脈の峠道の崖崩れも復旧してきた。その手の魔法が得意な者たちだから、役に立つことだろう」
とオリバンも言い、フルートたちは、へぇぇ、と感心しました。なんとも絶妙なタイミングです。
そんな一同へ、女王はしみじみした口調になって言い続けました。
「テトは本当に多くの人々に助けられた。ロムド王、オファのマーオ人、そして何より、そなたたち――。そなたたちが来てくれなんだら、都は間違いなくグルールの手に落ち、わらわは処刑されていただろう。心から感謝している」
女王が両手を前で合わせて深々と頭を下げたので、オリバンが言いました。
「頭を上げられよ、女王。あなたがロムドへ助けを求めに来たから、我々はそれに応えたのだ。テトを守ったのはあなた自身だ」
「それに、感謝するにはまだ早いぜ。ガウス侯が行方をくらましたままなんだからな」
とゼンも言います。
女王は苦笑しながら頭を上げました。
「そなたたちは本当に欲がない……。そうじゃな。すべてが終わったら、改めてロムド王やそなたたちに礼をしよう。テトはこれから先ずっと、ロムドの良き朋友じゃ。ロムドに何事かあったときには、テトは真っ先に助けに駆けつけよう。それがサータマンとの全面戦争であったとしてもな」
「それは心強い。感謝する」
とオリバンが若い王のように答え、女王と握手をします。
すると、フルートが真面目な顔で言いました。
「お礼をすると言うなら、ぜひオファの人たちにお願いします。彼らは外国から移り住んできたマーオ人だけれど、自分たちが開拓したオファを故郷だと言って、オファとテトの女王を守るために駆けつけてきたんです。どうか、彼らを外国人としてではなく、テトの国民として扱ってあげてください」
それを聞いて、女王はまた笑顔になりました。
「無論そのつもりじゃ。彼らは船で川を自在に上り下りすることができる。あれはぜひテトに欲しい技術じゃ。すでにテト川では多くの船頭がマーオ人の船を見学しておる。近いうちにマーオ人から正式に造船や操船を学ぶことになるだろう」
「ワン、彼らは急斜面になった水の上でも、帆で風をつかまえてさかのぼりましたからね。テト川を船で上れるようになったら、物も人もたくさん運べるようになるから、とても便利になるでしょうね」
とポチが尻尾を振ります。
すると、セシルがほほえみながら言いました。
「マーオ人は、もうひとつ、われわれに嬉しいことをしてくれたぞ。ほら」
とオリバンの腰を示して見せます。そこに剣が二本下がっているのを見て、メールやゼンは驚きました。
「聖なる剣だ!?」
「どうしてだよ! そいつはゴーレムに襲われたときに川に流されて、行方不明になったはずだろう!?」
「これは魔法の剣だ。水には流されん。川底に沈んでいたのを、マーオ人の術師が見つけて、術で拾い上げてくれたのだ」
とオリバンが答えました。大事な剣が戻ってきたので、満足そうな表情です。
ふぅっと一同は息を吐きました。すべてが良い方向へ向かい、落ち着くところへ落ち着きつつある気がします。たったひとつのことを除けば――。
「で、ガウス侯はどこなのさ、ユギルさん?」
とメールがそれをことばにしました。全員の注目を浴びて、銀髪の占者が厳かな声で話し出します。
「皆様方がお戻りになってから、わたくしは占盤でガウス侯の行方を占ってみました。ポポロ様も言われていたとおり、テトはまだ闇の雲におおわれていて、ガウス侯の象徴はその中に隠されております。これの意味することはひとつ。竜の秘宝はまだ健在であり、ガウス侯はその力をまだ手にしているということでございます……。竜の秘宝はこのテトの、どこか別の場所に隠されているのでございましょう。皆様方が壊した石板は、出陣したガウス侯と宝をつなぐための、いわば写し身(うつしみ)のようなものだったと思われます。それを壊されたために、ガウス侯は竜の力を使うことができなくなりました。ですから、ガウス侯の行く先は――」
「竜の宝が隠してある場所だ!」
とフルートが声を上げ、ポポロはびくりとしました。さっき見た悪夢を思い出してしまったのです。思わずフルートの腕をつかもうとしますが、フルートが立ち上がったので、ポポロの手は届かなくなってしまいました。
フルートが勢い込んで尋ねます。
「どこですか、ユギルさん!? 竜の宝は! ガウス侯はどこにいるんですか!?」
フルートを呑み込んだ石の竜、飛び散る血しぶき、ガウス侯の笑い声――夢の断片が脳裏にひらめいて、恐怖のあまり、ポポロは声が出せなくなります。
いつの間にか夜に包まれていた窓の外で、戦いの最後の幕が、音もなく上がっているようでした――。