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第16巻「賢者たちの戦い」

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第27章 疲労

94.石の竜

 ポポロはフルートを探していました。

 ずっと一緒にいたはずなのに、気がつくと自分の隣からいなくなっていたのです。

 あたりに見当たらないので魔法使いの目を使ってみましたが、周囲は闇の雲に閉ざされていて透視が効きません。

「フルート!?」

 と声に出して呼んでも返事はありません。ポポロはひどく不安になって、テト城の中を歩き出しました。通路を進んで階段を上り、また通路を進んで階段を下りますが、フルートはどこにも見つかりません。通りかかった人に聞いてみようと思うのに、城の住人にも出会いません。行く手には新しい通路や階段が現れるだけで、まるで迷路の中を進んでいるようです。

「フルート……フルート! フルート……!?」

 名前を呼んで歩いていると、ふいに横の通路から銀髪の青年が現れました。占者のユギルです。泣きそうになっているポポロへ、厳かに言います。

「運命とは大変巧妙なものでございます。勇者殿は皆様方によって死をまぬがれましたが、ひとつの運命の扉をやり過ごしても、また次の扉が開いて、定めの中へ人を呼び込もうとするのです。決して油断してはなりません」

 ポポロは思わずユギルにすがりつきました。長身の青年を見上げて言います。

「フルートが見当たらないんです! フルートはどこですか!?」

「勇者殿はいつも守るべき人のところにおいでです」

 とユギルは答え、細い手を上げて行く手を指さして見せました。

「お急ぎください、ポポロ様。竜の宝はまだガウス侯の手元にあるのです。候はまもなく勇者殿を捕らえるでしょう。運命が勇者殿に追いつき、扉の中へ誘い込みます」

 ポポロは息を呑み、ユギルが示した方向へと全速力で駆け出しました。あっという間に息が切れ、胸が苦しくなってきますが、それでも必死で走っていくと、周囲の様子が変わり始めました。迷路のような通路が、白い壁と天井の本物の迷路になっていきます。床は磨き上げられたガラスです――。

 

 気がつくと、ポポロはいつの間にか迷路の外に出ていました。大広間のような部屋に玉座があって、黒い髪と口ひげのガウス侯が座っています。刺繍を施した立派な衣装を着て、金の冠をかぶったガウス侯は、まるで本物の王様のように見えます。

 その目の前の一段低くなった場所に、フルートがいました。さらにその後ろにはアキリー女王もいます。女王は怪我を負っているようでした。床に座り込んだ女王を、フルートが後ろにかばっています。

 フルート! とポポロは叫びました。駆けつけようとすると、足元が滑って前へ進めません。ガラスの床で靴が滑ってしまうのです。

 すると、フルートが振り向きました。ポポロに向かって言います。

「来ちゃだめだ! ガウス侯の竜の宝が完全になったんだ! ものすごい力だ!」

 完全に? とポポロは驚き、ガウス侯のほうを見て、また息を呑みました。玉座の後ろの壁に、竜の絵を刻んだあの石板が立てかけてあったのです。しかも、頭部の後ろには、竜の体を刻んだ石板がつないでありました。体を取り戻して完全な竜の形になった絵は、石の上で不気味な赤い光を放っています。ポポロは茫然としました。

「復活してしまったの……? 竜の絵の石板は壊れたはずじゃなかったの?」

 すると、ガウス侯が笑いながら言いました。

「これはデビルドラゴンの力を宿した竜の宝だ。壊れるなどということはありえん!」

 その声は勝利の宣言のように聞こえます。

 女王がそれに反応しました。床に座り込んだまま叫びます。

「テトはあなたに渡さぬ! 世界もあなたのものにはならぬ! 竜の宝を捨てて降伏するのじゃ!」

 けれども、そう言う女王は足から血を流していました。立ち上がることができません。

 ガウス侯は、ふん、と鼻で笑いました。

「おまえに何ができる、無力な女王。金の石の勇者と共に、私の前で息絶えるがいい」

 とたんに、不吉な予感がポポロを襲いました。勇者の少年と女王へ声を上げます。

「逃げて、フルート! アク! 危険よ!」

 けれども、フルートは逃げませんでした。怪我をして動けない女王の前で、盾をかざし続けています。

 ガウス侯の隣で、竜の石板がひときわ強く輝きました。赤い光が竜の絵全体に広がり、そのまま石板から抜け出してきます――。

 

 それは石でできた竜でした。

 ガウス軍の本陣の天幕では、石板の箱から石の蛇が飛び出してきましたが、今度はドラゴンが現れ、ずしん、と音を立てて床に降り立ちます。全身は石でできていて、背中に石の翼が生えています。と、その翼の数がたちまち増えていきました。十枚、百枚と広がっていって、全身が翼だらけになってしまいます。石板の竜はせいぜい一メートルほどの大きさだったのに、こちらの竜は見上げるように巨大です。

 驚くフルートやポポロに、ガウス侯がまた笑いました。

「デビルドラゴンより、こちらのドラゴンのほうが強力なのだ。かの竜は翼が四枚しかないが、こちらには千枚の翼があるのだからな」

 キッエェェェ……と石のドラゴンが、きしむように鳴きました。ガラスの床がびりびりと震えます。

 それでもフルートは退きませんでした。盾をかざし、剣を握ったまま、胸の上のペンダントに呼びかけます。

「光れ、金の石! 石の竜を倒すんだ!」

 魔石が輝いて、聖なる光を放ちました。石のドラゴンを金に染めます。

 ところが、竜は溶け出しませんでした。光を浴びて苦しむことさえありません。

 金の石! とフルートがまた叫びました。魔石はいっそう明るく光ります。石の竜はやはり、まったく変化がありません――。

「無駄だと言っている! これは石でできているから、聖なる光では倒すことができんのだ!」

 とガウス侯はあざ笑って、フルートたちを指さしました。

「行け、竜の宝! あいつらを食い殺せ!」

 やめて! とポポロは悲鳴を上げました。逃げて、早く逃げて、と叫ぶのに、やっぱりフルートは動きません。傷ついた女王をかばって立ち続けます。

 その胸に石のドラゴンが食いつきました。金の胸当てごと、フルートの体を引きちぎっていきます――。

 

 フルートは悲鳴を上げてのけぞりました。その胸から鮮血が吹き出します。

 ポポロも悲鳴を上げました。フルートの血は止まりません。金のペンダントは胸当てと一緒に竜に食われていました。傷が治っていきません。

 ほとばしる血しぶき、崩れるように倒れていく少年、それを受け止めて叫ぶ女王。その光景を見て玉座のガウス侯が笑います。

「行け! 金の石の勇者と女王を食い尽くすのだ!」

 ガウス侯の命令に、石のドラゴンがまた襲いかかっていきます。

 すると、瀕死のフルートがまた立ち上がって盾を構えました。守っているのは自分ではありません。後ろにいる女王です。その小柄な姿が牙の間に消えていきました。ごくり、と咽を鳴らして、ドラゴンが呑み下します。

 ポポロは動くことができませんでした。フルートが食われたのに、彼女は何もできなかったのです。世界中がぐるぐる回り、涙に呑み込まれていきます。聞こえるのは自分が泣き叫ぶ声だけです。それに優しく答えるフルートの声は、もうありません……。

 

 

「ちょっと、ポポロ――ポポロったら! 起きなさいよ!」

 顔を冷たい前足で何度もたたかれて、ポポロはやっと目を覚ましました。ルルが身を乗り出してのぞき込んでいます。ポポロはテト城の客室のベッドに横になって、涙を流していました。

 ルルが心配そうに言います。

「どうしちゃったのよ、ポポロ。ものすごい悲鳴だったわよ。そんなに怖い夢を見たの?」

「夢――」

 とポポロはオウム返しに繰り返しました。そう、夢だったのです。玉座に座るガウス侯も、石板から現れた石のドラゴンも、そのドラゴンにフルートが食い殺されたことも、みんなポポロが見た悪夢です。ポポロが夢を見ながら本当に悲鳴を上げたので、ルルが聞きつけて、驚いて飛んできたのでした。

 夢から覚めても泣きじゃくるポポロに、ルルがまた尋ねました。

「そんなにおびえるなんて。いったいどんな夢だったのよ?」

「フルートが……」

 とだけポポロは答えました。涙にむせんでしまって、それ以上ことばが続けられなくなります。

 あら、とルルは言いました。

「フルートならみんなと一緒に夕食を食べてるわよ。これから話し合いを始めるから、あなたを呼びに来たところだったの。行きましょう、ポポロ。どんな夢を見たのか知らないけれど、フルートを見たら、きっと落ち着くわ」

 体は犬でもルルはポポロのお姉さんです。てきぱきとそう言うと、ポポロをベッドから引っ張り出しました。星空の衣が白い夜着からテト風の衣装に変わります。

「いらっしゃい」

 ルルはポポロのふくらんだズボンの裾をくわえて歩き出しました――。

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