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第16巻「賢者たちの戦い」

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92.ガウス侯

 ガウス侯は、自分の天幕の中でムクドリの報告を聞いていました。

「金の石の勇者と仲間たちハ、本陣の上空を旋回中。敗走する馬車を追いかけようとはしまセン」

 闇の怪物の血を引く鳥は、折りたたみテーブルの上で人のことばを話しています。ガウス侯は黒い口ひげの下で口を歪めました。

「やはりだまされないか、アキリー。私がまだここに残っていると気づいているのだな」

「ただ、女王軍の追撃隊ハ馬車と共に離れていきマシた。付近にいるのハ、金の石の勇者たちだけデス」

「女王軍は、追撃隊以外はまだ城内に留まっているか。少人数でいる今のうちが、連中を倒す絶好の機会というわけだ」

 とガウス侯は言うと、またムクドリを偵察に送り出しました。黒い小鳥が羽ばたきながら外へ出て行きます。

 

 自分だけになると、ガウス侯は天幕の隅へ行き、そこに置かれた大きな木箱にかがみ込みました。刺繍の布をかけた箱に向かって呼びかけます。

「目覚めろ。またおまえの力が必要なときが来た」

 以前、同じことばで呼びかけたときには小刻みに動き出した箱が、この時には静まり返って動きませんでした。ガウス侯は苛立ちながら、強く呼び続けました。

「目覚めろ! 用があると言っているのだ! 何故答えん!?」

 それでも箱は反応しません。ガウス侯がどなります。

「どうした、竜の秘宝! 金の石の勇者に恐れをなしたか!?」

 とたんに刺繍の布が吹き飛び、ばん、と音を立てて箱の蓋が開きました。中をのぞき込んで、ガウス侯が言います。

「どうした? 何故すぐに返事をしなかった? 先ほどのゴーレムもそうだ。より巨大なものを出せ、と命じたはずなのに、何故あんな小さなゴーレムしか出さなかったのだ?」

 それに対する返事はありませんが、ガウス侯は耳を傾ける表情をしていました。やがて、いっそう不満そうな表情になって、また口を開きます。

「足りないだと? 何がだ。おまえにはすでに、あれほどの代価を支払ったではないか」

 また沈黙が訪れます。どうやら、ガウス侯には質問の返事が聞こえているようでした。厳しい目で箱の中を見つめますが、そのうちに、なに!? と声を荒げました。

「それはどういう意味だ!? 私の城がいったい――!」

 

 その時、天幕の頭上で、キーッとムクドリの鋭い鳴き声が上がりました。複数の人間がいっせいに動き出す気配が、天幕のすぐ外から伝わってきます。

「ったく!」

 といまいましそうな声が聞こえてきました。矢が弓を離れる音と共に、ムクドリの鳴き声が止まります。

「何者だ!?」

 とガウス侯がどなったとたん、木箱の中から激しい風が吹き出しました。天幕を一瞬で吹き飛ばしてしまいます。

 すると、そこに数人の人々がいました。少年が二人、少女が二人、青年が一人と犬が二匹、そしてアキリー女王――先頭の少年は金の鎧兜を身につけ、後ろの少年はまだ弦鳴りがしている弓を空へ構えていました。空から丘へ燃えながら落ちてくるのは、あの黒いムクドリです。

 ガウス侯は即座に机の上から剣を取りました。

「アキリー! それに、金の石の勇者の一行だな!? いつの間に!」

 鞘から剣を抜いて切りかかると、金の鎧兜の少年が真っ先に飛び出してきて、剣で剣を受け止めました。背後の仲間たちへ叫びます。

「その箱の中身が竜の宝だ! 確かめろ!」

 一行は動き出しました。ゼン、メール、ポポロ、二匹の犬たち、女王が箱の前へ走ります。オリバンは自分の大剣を抜いて、フルートの加勢に回ります。

 とたんにまた箱の中から激しい風が吹きました。全員がなぎ倒され、周囲に建ち並ぶ天幕も空へ吹き飛ばされてしまいます。

「みんな! 大丈夫か――!?」

 魔法の鎧を着ていたフルートは、すぐに跳ね起きて走りました。女王の前へ飛び込むと、剣を構えます。そこへガウス侯が切りかかってきました。ガウス侯だけは風に吹き倒されていなかったのです。女王を狙った剣を、フルートの剣が止めます。

 

 メールが身を起こして金切り声を上げました。

「ガウス侯! あんた、アクを殺そうとしたね!? なんて男だい!」

「アクがどんな気持ちでいるかも知らないで! 最低ね!」

 とルルも抗議します。

 すると、ガウス侯が薄笑いを浮かべました。フルートと剣を合わせたまま言います。

「アキリーの気持ち? そんなものは三十年も前からわかっていた。その女は私に惚れているのだ。この国で従兄弟同士の結婚は許されないと知っているのに、それでもずっと独り身を守っている。愚かなことだ」

 少女たちは息を呑み、女王は真っ青な顔になりました。ガウス侯のほうは、薄笑いの表情を変えません。地面に倒れている女王を見下して、冷ややかに言い続けます。

「私が気づいていないとでも思っていたのか? 私が白象のためにアーイレ家の娘と結婚を決めたとき、おまえは死人のように青ざめ、泣き出しそうな顔をしたのだ。短い結婚生活の後、妻は病で没したが、そのときには、ほっとした表情をしていた。その後、私が今の妻を迎えたので、おまえはまた泣きそうになったがな。愚かな女だ。ずっと想い続けていれば、いつか私がおまえを受け入れるとでも思っていたのか」

 女王は青ざめたまま、わなわなと震え出しました。投げつけられた恥辱に声も出せなくなって、ベールを固く握りしめます。メールやルルが怒って猛反論しようとします。

 

 そのとき、踏み込んでいたガウス侯の左脚が、いきなり足払いを食らいました。候が思わず前のめりになると、今度は顔面に強烈な拳の一発を食らってひっくり返ります。拳は金の籠手をつけていました。フルートがガウス侯の足を払い、顔を殴ったのです。普段の彼からは想像もつかない激しさで叫びます。

「アクを侮辱するな!! おまえにそんな権利はない!!」

 そこに、跳ね起きてきたオリバンとゼンが並びました。それぞれに剣や拳を握ってどなります。

「フルートの言うとおりだ! それ以上、女王に何か言えば、貴様をたたき切る!」

「ったく、やることも考えることも最低最悪な男だな! てめえみたいなクズ野郎が、王様になんてなれるわけねえだろうが!」

 なんだと!? とガウス侯も表情を変えて跳ね起きました。まだ持っていた剣でオリバンの剣を跳ね返し、大きく飛びのいてどなります。

「私はこの国の王になるために生まれてきた男だ! 貴様らのような下賤な者の相手などできぬ! 来い、竜の秘宝よ! こいつらを粉みじんにしろ!」

 

 すると、蓋が開いたままだった木箱から、突然何かが飛び出してきました。猛烈な勢いで襲いかかってきます。

 前へ飛び出したのはフルートでした。両手を広げ、後ろにオリバンやゼンや女王をかばって叫びます。

「光れ、金の石!」

 ペンダントから金色の光の壁が広がりました。襲いかかってきたものを跳ね返します。それは石でできた蛇のような怪物でした。先端に赤い二つの目があって、光の壁越しにフルートたちをにらみつけてきます。

 とたんにフルートたちはその場から動けなくなってしまいました。怪物の赤い目を見たとたん、言いしれない恐怖に心をわしづかみにされたのです。心の奥深い場所から、泡立つように恐れの感情が湧き上がってきて、彼らをがんじがらめにしてしまいます。

「ワン、フルート! オリバン、ゼン!」

「しっかりして!」

 ポチとルルが風の犬に変身して、石の蛇に襲いかかりました。蛇の後ろ半分は木箱の中に残っています。ルルが風の刃で蛇の体を真っ二つにしようとします。

 すると、蛇の体が黒い光を発しました。闇の光です。ポチとルルは吹き飛ばされ、地面にたたきつけられて、犬に戻ってしまいました。全身がしびれて動けません。

 石の蛇が光の壁にかみつきました。聖なる光の壁は、決して弱いものではありませんが、蛇の硬い牙に当たると、薄いガラスのようにひびが入りました。蛇がまたかみつくと、ひびはさらに広がって、光の壁が崩れ始めます――。

「まずいじゃないのさ!」

 メールが花の助けを呼ぼうとすると、ポポロに腕を引かれました。泣き虫のはずの彼女が、涙も見せずに早口に言います。

「手を貸して、メール。あれは実体じゃないの。本体はまだ箱の中なのよ……!」

 そこで二人は木箱へ走りました。蛇はその中から石の体を伸ばして、フルートたちへ襲いかかろうとしています。石の牙の下で、光の壁がまた崩れていきます。少女たちは箱に手をかけました。

「せぇのっ!」

 メールのかけ声に合わせて箱をひっくり返します。

 とたんに、彼女たちも強い衝撃をくらって吹き飛びました。地面にたたきつけられてしまいます。

「ポポロ!」

「メール!!」

 フルートとゼンは叫びました。呪縛が解けたのです。声に応えるように光の壁が強く輝き、石の蛇は空中で砕けて消えました。あとには底を見せてひっくり返った木箱が残ります。その箱の中から地面に飛び出したものがありました。長さ一メートル足らずの石の板です――。

 

「あれが竜の宝?」

 とメールが目を丸くしました。吹き飛ばされて地面にたたきつけられたのですが、すぐに金の石が輝いたので、傷や痛みはすっかり消えていました。

 ポポロが隣で跳ね起きて言います。

「気をつけて、メール! ものすごい闇の気配よ! 危険だわ――!」

 そこへフルートが駆けつけてきました。メールやポポロの前に飛び出して、また叫びます。

「金の石!」

 魔石がまた輝き、あたりを照らしました。石の板から飛び出した無数の魔弾が、金の光を浴びて、砕けて消えていきます。

 フルートはさらに走りました。石の板へペンダントを突きつけ、聖なる光を直接浴びせようとします。

 そのとき、ポポロがまた叫びました。

「危ない、フルート!!」

 フルートは、はっと振り向き、すぐ後ろにガウス侯が立っているのを見ました。ガウス侯は剣を握っています。

「死ね、金の石の勇者!」

 鋭い切っ先が、フルートの顔目がけて突き出されてきました――。

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