「ちっくしょう、今度は三体かよ! 卑怯だぞ、ガウス侯――!」
風の犬のルルで空を飛び回りながら、ゼンがわめいていました。ルルがあきれたように答えます。
「都を襲撃して国を乗っ取ろうとする人が、卑怯でないはずないじゃない。それより、どうすればいいの、あれ? また首の石を破壊すれば停まるの?」
彼らの目の前には、身の丈三十メートルもある石の巨人が三体も並んでいました。城壁を激しく殴りつけています。
ゼンは口元を歪めました。
「ゴーレムってのは、一体ずつ呪文を隠してる場所が違うんだよ。あいつらがどこに呪文を持ってるのか、わかんねえな……」
途方に暮れているところへ、花鳥が飛んできました。女王が青ざめた顔で言います。
「城壁にひびが入っておる! このままでは城壁が崩れ落ちるぞ!」
「ゼン、あたい、花鳥の花をほどいて、それで城壁を押さえるよ! あたいたちは都の中に戻るから、気をつけなよ!」
とメールも言います。おう、とゼンは答えました。
「おまえたちこそ、流れ矢に当たらねえように気をつけろよ。すぐにあいつらをぶっ倒してやるから、それまでがんばって押さえてろ」
「あいよ!」
花鳥が城壁の内側へ舞い下りて、姿を消していきます。
ふぅん、とルルは言いました。
「やっぱりメールの前だと弱音を吐かないのね、ゼン。強がっちゃって」
ゼンはたちまち赤くなりました。
「るせぇな! 強がってるわけじゃねえ。ホントにあいつらをぶっ倒してみせらぁ! 行け、ルル。あいつらのまわりを飛んで、呪文を見つけ出すぞ!」
「わかってるわよ。ちょっとあいつらを歩かせてみましょう。体の石が動けば、呪文が見えるかもしれないわ」
とルルはゴーレムへ飛んでいきました。目の前をかすめるようにして飛び過ぎて、注意を惹きます。
そこへ、城壁の上を飛び跳ねながら近づいてくるものがありました。背中にセシルとオリバンを乗せた管狐です。オリバンがゼンたちへどなります。
「ゴーレムをこちらへ連れてこい! たたき切ってやる!」
オリバンは両手に聖なる剣を構えています。
ルルは、ひゅっと風の音を立てると、すぐオリバンたちのほうへ飛んでいきました。管狐の体をかすめて飛び過ぎると、入れ替わりに管狐が跳ね、ルルの後を追ってきたストーンゴーレムへ飛びかかります。
オリバンが剣をふるうと、石が寄り集まったゴーレムの腕が粘土細工のように切れました。ざあっと音を立てて崩れ、黒い霧に変わっていきます。
管狐が、ゴーレムの体を蹴って、また跳ね上がりました。オリバンの剣がひらめき、今度はゴーレムの頭が霧散します。
けれども、ゴーレムの足下からまた石が這い上ってきました。消えた腕や頭が見る間に再生していきます。ゴーレムの体を作っているのは河原の石です。材料は足の下に無尽蔵に転がっています。
その時、ゼンがいきなりどなりました。
「あった! 呪文の石だぞ!」
先に倒したゴーレムと同じ、呪文を書いた灰色の石が、ゴーレムの背中に隠されていました。頭を再生するために勢いよく這い上がっていく石の間に、はっきりと見えています。
ところが、ゴーレムはもう城壁から離れていました。管狐は城壁の上へ飛び戻っていて、ジャンプしてもゴーレムには届きません。
「行け、ルル!」
とゼンはどなり続け、ルルがゴーレムの背中へ急降下して身をひるがえすと、その背中から脚を出しました。ルルが風でむき出しにした呪文の石を、力任せに蹴りつけます。とたんに石が割れ、ゴーレムは音を立てて崩れていきました。もう再生してきません。
呆気にとられたオリバンたちへ、ゼンは言いました。
「呪文が書かれた石を探すんだよ! それを見つけて壊せば、ゴーレムは元の石ころに戻るんだ!」
「よし!」
とオリバンは答え、セシルはまた管狐をゴーレムへ向かわせました。残るゴーレムはあと二体。仲間がやられても、まるで気にせずに城壁を殴り続けています。
その時、ルルは背後に殺気を感じました。とっさに急降下すると、ゼンの頭のすぐ上を、石の手がうなりをあげて通り過ぎていきます。振り向いたゼンとルルは、ぎょっとしました。新たなゴーレムがまた現れていたのです。何故か先の巨人より二回りほど小さいのですが、全身が河原の石でできています。
「馬鹿野郎! いくつ石人形を作る気だ!? 反則だろうが!」
戦場のどこかにいるガウス侯にゼンがわめくと、またゴーレムがつかみかかってきました。体が小さい分、動きが素早く、あっという間にゼンをルルの背中から奪い取ってしまいます。
「ゼン!!」
とルルは叫びました。その声にオリバンたちも思わず振り向き、ゴーレムがゼンを高々と持ち上げるのを見ました。ゼンを城壁にたたきつけようというのです。
「いけない――!」
セシルは管狐をそちらへ向かわせました。ゴーレムからゼンを救い出そうとします。
すると、今度は別のゴーレムが腕を伸ばしてきました。管狐の背中からオリバンをつかまえてしまいます。
「オリバン!!」
セシルは悲鳴を上げました。管狐が高く跳びますが、オリバンのいる場所には届きません。
「放せ!」
とオリバンがゴーレムの手へ切りつけようとすると、もう一方の手が伸びてきました。オリバンの右手を剣ごとつかんで、ぐいと引っ張ります。オリバンの鎧がきしみ、オリバンは激痛に悲鳴を上げました。聖なる剣が手から離れて落ちていきます――。
「オリバン! ゼン!」
ルルは空中で停まってしまいました。ゴーレムに腕をちぎられそうになっているオリバン。別のゴーレムに城壁にたたきつけられそうになっているゼン。どちらも今すぐ駆けつけなければ命に関わるのに、ルルは一匹しかいません。どちらへ飛べばいいのか一瞬わからなくなってしまいます。
「何!? 何が起きてるのさ!?」
都の中ではメールが焦っていました。突然オリバンやゼンを呼ぶルルの声が聞こえてきたからです。メールは花鳥を蔓草(つるくさ)に変えて城壁に這わせ、崩れそうになった壁を押さえていました。花鳥に乗って舞い上がることができません。
女王は城壁を見上げていました。城壁の上には灰色の大狐が見え隠れしていますが、その上にオリバンの姿が見当たらない気がします。巨人に捕まったのではないか、と考えて青ざめます。
「オリバン! オリバン――!!」
セシルは管狐の背から呼び続けました。オリバンの手から離れた剣が、まっすぐ地面へ落ちていきます。
セシルは、きっとそれをにらみつけました。大狐に命じます。
「あそこへ跳べ!」
剣が落ちていくのは敵陣の中でした。巨人のすぐ後ろまで、ガウス兵が迫っています。人数は八千。その目の前へ大狐と共に飛び下り、剣を拾い上げようとします。
すると、それを止める声がしました。
「お待ちを……セシル様……!」
ユギルが駆けつけていました。長い城壁の上をずっと走ってきたので、銀髪を吹き乱し、真っ赤な顔であえいでいます。
「お待ちを……! 飛び下りてはなりません……!」
占者は息が切れてことばが続かなくなっていました。それだけを言うと、城壁の手すりにすがり、ぜいぜいと息をします。
巨人がオリバンの腕をさらに引きました。激痛にオリバンがまた叫びます。小柄な巨人はゼンを勢いよく振り上げていました。力任せに壁に投げつけようとします。
セシルとルルが悲鳴を上げます――。
すると、その声に遠い地響きが重なりました。
大地が小刻みに揺れ、河原の石がいっせいに鳴り出します。
ガウス兵たちは驚き、不安にかられてあたりを見回しました。地震にしては不自然な揺れ方です。それは巨人たちも感じたようでした。手を止め、周囲を見回します。河原の石がいっそう大きく鳴り出します――。
次の瞬間、彼らが目にしたのは、川下から押し寄せてくる巨大な波でした。津波のようにやってきて、干上がっていたテト川をたちまち呑み込みます。
その波の上には何百隻もの船が浮いていました。茶色の帆をかかげた船団です。帆柱の先端には、女王の味方を示す青い布がひるがえっています。ぃやっほほう! という男たちの声が、怒濤の中でも、はっきりと聞こえてきます。
船団の上を、風の獣が飛んでいました。背中には金の鎧兜の少年と、黒い長衣の少女が乗っています。
「ゼン! オリバン! 援軍を連れてきたぞ!!」
フルートは戦場に向かって、そう叫びました――。