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第16巻「賢者たちの戦い」

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88.防衛

 「ゼン!?」

 ルルは驚いて叫びました。ゼンが、彼女の背中からストーンゴーレムへ飛び下りていったからです。大小の石が寄り集まった首の後ろに着地すると、おっとっと、と首にしがみつきます。

「ゼン――!」

 と花鳥に乗ったメールも叫びました。身の丈が三十メートルもあるゴーレムの上では、ゼンは虫のようにちっぽけに見えます。

 ゴーレムがうるさそうに首を振って、巨大な手を持ち上げました。首の後ろをたたこうとします。ルルとメールは悲鳴を上げました。急いで助けに飛んでいこうとします。

 すると、ゼンがどなりました。

「来るな、離れてろ!!」

 ゴーレムの手がうなりながら飛んできました。ゼンを勢いよくたたきつぶします――。

 

 ところが、ぴしゃりという音がしませんでした。石と石がぶつかり合う音も響きません。

 ゴーレムは石でできた目をぎょろりと動かして、自分の後ろを見ようとしました。片手はまだ首の後ろを押さえたままです。その手が、じりじりっと持ち上がっていきました。手と首の隙間から、ゼンが姿を現します。ゼンは片手でゴーレムの首にしがみつき、もう一方の腕だけでゴーレムの手を押し返していました。ゴーレムはまだゼンを押しつぶそうとしていますが、ゼンに力負けして、手を首に押しつけることができません。

 へっ、とゼンが笑いました。

「ストーンゴーレムなら、前にも力比べをして勝ったことがあらぁ。あきらめて石の塊に戻りやがれ!」

 言いながら足下を蹴ると、首の石が飛び散って、その下から灰色の平たい石が現れました。石の上には黒いインクで模様のような文字が書かれています。

「そぉら、あった! ゴーレムを動かしている呪文だぞ!」

 とゼンは歓声を上げました。片腕でゴーレムの手を支えたまま、もう一度、呪文の石を蹴りつけようとします。

 その時、メールが叫びました。

「来るよ、ゼン!」

 ゼンの頭上に真っ黒な雲がありました。雲間がぴかりと怪しく光ったと思うと、光の柱がゼンに落ちていきます。轟音(ごうおん)と共に石が四方へ飛び散り、空気がびりびりと痛いほどに震えます。

 ルルは錐もみ状態になり、墜落しかけて、また上昇してきました。花鳥も風にあおられ、翼を広げて必死にバランスを取ります。その背中にしがみついて、メールは叫び続けました。

「ゼン! ゼン、ゼン――!」

「ゼンはどうしたのじゃ! 無事か!?」

 と女王も言います。暗雲から落ちてきた稲妻は、ゼンを直撃したのです。ゴーレムの首のあたりが、薄い煙でおおわれています。

 けれども、煙が晴れると、その中からまたゼンが姿を現しました。稲妻を食らってゴーレムの手は吹き飛んでいましたが、ゼンの方はまったく無傷です。ゴーレムの首にしがみついたまま、にやりと不敵に笑って見せます。

「あきらめろって言ってんだよ。魔法の雷なんか、俺は痛くもかゆくもねえんだからな!」

 その上半身で、すべての魔法攻撃を解除する胸当てが青く輝いています。

 

 ゴーレムが雷で吹き飛んだ腕を振りました。石が勢いよく移動して、手のひらや指が再生していきます。その隙をゼンは逃しませんでした。自由になった手を拳に握って、足下の灰色の石を殴りつけます。

「でぇりゃあ!」

 石が呪文ごと真っ二つに割れます。

 とたんに、ゴーレムの体の中から悲鳴のような音がわき上がってきました。それは耳をふさぐような轟音に変わり、巨人の全身が崩れ始めました。大小の石が土砂降りの雨のように河原へ降りそそぎます。

 うわっ! とゼンが声を上げました。ゴーレムが崩れ出したので、乗っていたゼンも宙に投げ出されてしまったのです。石ころと一緒に地上へ落ちていきます。

 すると、そこへルルが飛んできました。風の背中にゼンをすくい上げ、石の雨から急いで離れながら言います。

「ほんとにもう、無茶苦茶ね、ゼン! 脱出まで考えてから攻撃しなさいよ!」

「るせぇ! んなもん考えてたら、攻撃のチャンスを逃すだろうが!」

 とゼンが言い返します。

 そこへ花鳥に乗ったメールと女王も飛んできました。ゼンの無事な姿に、ほっとすると、地上を見下ろして言います。

「ゴーレムがばらばらになったね。石ころに戻ったよ」

「もう巨人にならぬな」

「呪文を破ったから、復活できねえよ。それに、魔法の稲妻のほうも弾切れらしいぜ」

 とゼンが空を示してみせます。いつの間にか暗雲は消え、青空の中で朝日が輝いていました。そこに城壁から女王軍の鬨の声が響き渡りました。女王軍からガウス軍へ一斉攻撃が始まります――。

 

 味方の陣営から歓声と攻撃の音が上がるのを聞いて、オリバンたちは安堵しました。

「どうやらゼンたちがゴーレムを倒したようだな。女王軍が勢いを取り戻した」

 とオリバンが言うと、セシルは空の花鳥を見上げました。

「アキリー女王があそこにいることも大きい。自分たちの王が最前線にいて、直接激励しているのだからな」

 と感心して言います。同じ女王であっても、故国のメイ女王は絶対にこんな危険な真似はしません。アキリー女王がしていることは無謀ですが、それだけに兵士たちの心を奮い立たせていました。矢や石がとぎれることなく敵へ飛んでいきます。

 すると、ユギルが急に眉をひそめました。城壁の向こう側をじっと見つめながら言います。

「いけません――またまいります」

 何が、とオリバンたちが聞き返す間もなく、ユギルは城壁の階段を登り出しました。オリバンとセシルはあわててそれを追いかけました。占者と共に、城壁の四角い塔の屋上へ上がります。

 目の前には水が涸れたテト川の河原が広がり、その中ほどまでガウス兵が来ていました。先刻はもっと城壁の近くまで迫っていたのですが、女王軍の一斉攻撃に押し返されたのです。大きな盾をかざし、矢を防ぎながら近づこうとしますが、女王軍の攻撃が激しいので、なかなか進めずにいます。

「何が来るのだ?」

 とオリバンはユギルに尋ねました。敵は大軍ですが、放つ矢も城壁にほとんど届かなくなり、目立った攻撃はなくなっていました。

 けれども、ユギルは厳しい顔で河原を見渡し、ふいに視線を止めました。

「あそこです!」

 次の瞬間、その場所に河原の石が音を立てて集まり始めました。盛り上がって山になり、さらに寄り集まって巨大な人の形になっていきます――。

 

「またストーンゴーレムだ!!」

 とオリバンとセシルは声を上げました。石の巨人が再び河原に現れたのです。

「ゼンが退治しそこねたのか!?」

 と言うオリバンに、ユギルは首を振りました。

「あれは別のゴーレムです。ガウス侯がまた呼び出したのでしょう」

 ユギルがそう言っている間にも、また別の場所で河原の石が動き出しました。寄り集まって巨人になります。さらに別の場所でももう一体――。

「三体だ!」

 とセシルは叫びました。ゴーレムたちは横一列に並ぶと、地響きを立てながら城壁に迫ってきます。

 ユギルは茫然と立ちつくしました。彼の予感は、起こってはならないことが起きつつある、と告げています。遠いどこかから誰かの悲鳴が聞こえた気がします。それも、一人二人の声ではありません――。

 

 ゼンがルルと一緒にゴーレムへ向かっていました。ゴーレムを作る呪文を破るために、また飛び下りようとしますが、今度は三体もいるので、隙が見つけられなくて周囲を飛び回ります。花鳥は城壁の上を飛び続けていました。止めよ! 戦うのじゃ! と女王が声を涸らして叫んでいます。

 ゴーレムが城壁に到着しました。石の拳をいっせいに振り下ろすと、壁の煉瓦が砕けて飛び散り、弓矢を構えた兵士たちが城壁から転げ落ちます。オリバンたちがいる塔の上も、大揺れに揺れました。同じ塔の上で攻撃を続けていた投石機が、衝撃で台座から外れて使えなくなってしまいます。

「なんということだ!」

 とオリバンは歯ぎしりしました。ゴーレムたちに攻撃されても、女王軍の兵士たちは退却しません。揺れる城壁の上から攻撃を続けます。投石機の石の直撃を食らって、一体のゴーレムの腕が砕け散りますが、腕はすぐまた復活してしまいます。やはりゴーレムを倒すことはできません。

 それを見てオリバンは言いました。

「セシル、管狐を出せ! あれを倒すぞ!」

 と聖なる剣を抜きます。セシルはうなずき、腰に下げた銀の筒へ呼びかけました。

「来てくれ、管狐! 私たちを運んでくれ!」

 ケーン、と鳴き声がして五匹の小狐が飛び出してきました。溶け合うように一つになって、灰色の大狐に変わります。オリバンはセシルと共に背中に飛び乗り、よし! とどなりました。狐が低く身構えます。

「お待ちを――!」

 ユギルは、それを引き止めようとしました。彼の占者の目には、全身を血で染めたオリバンの姿が見えていました。致命傷から流れ出す血です。このままオリバンを行かせれば、必ず命を落とすことになる、と直感します。

 ところが、その時、ゴーレムがまた壁を殴りつけました。城壁も塔も大きく揺れ、兵士たちがばたばたと倒れます。ユギルもその場にひっくり返ってしまいました。その間に管狐が駆け出します。

「殿下!!」

 ユギルの叫びを後に残し、オリバンはセシルや管狐と共に、ストーンゴーレムへと向かっていきました――。

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