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第16巻「賢者たちの戦い」

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第25章 勝利

87.巨人

 王都マヴィカレの南側で、テト川は干上がり、川底の石が巨人になって城壁を攻撃していました。巨人が拳を振り下ろすたびに、城壁が揺れ、煉瓦が割れて飛び散ります。城壁の上から女王軍が弓や投石機で攻撃していますが、巨人はびくともしません。

 巨人の足下にはガウス兵の大軍が押し寄せていました。今は水のない川に立ち止まって、巨人の攻撃を見守り、やんやの喝采(かっさい)を送っています。川向こうの陣営からは、長いはしごが運ばれてきます。巨人が壁を崩したら、そこにはしごをかけて壁を乗り越え、都に突入しようというのです。

 ゼンが風の犬のルルの背中でわめきました。

「ちっくしょう、これ以上ぐずぐずしてられるか! ルル、あいつの上へ行け! ぶっ倒してやる!」

「そんな、無理だよ、ゼン! ストーンゴーレム相手に、どうやって攻撃するつもりさ!?」

 とメールが金切り声を上げました。こちらは花で作った鳥に乗り、同じ鳥の上にアキリー女王を乗せています。

「ゴーレムは闇魔法で作られた人形だ! 体のどこかに魔法の呪文を隠してやがる! それを見つけて破壊すれば、あいつは倒せるんだよ!」

 とゼンはどなり返し、そら、急げ! とルルの風の横腹を足で蹴りました。もう! とルルが怒った声を上げます。

「やめてよ、ゼン。今、ポポロと話をしていたのよ! フルートたちは間もなく援軍と一緒にオファを出発するんですって」

「んなの、待ってられるか! 見ろよ! もうすぐあいつが城壁を壊しちまう! 止めるぞ!」

「わかったったら。そんなにわめかないで!」

 ルルはポポロと話すのをあきらめたようでした。ごうっと風の音をたてると、ゼンを乗せたまま怪物へ突進を始めます。メールがそれを追うと、たちまちゼンからどなられました。

「来るな、馬鹿! おまえはアクを連れてるんだぞ! 敵にアクを攻撃されたら、どうしようもねえだろうが!」

「だけど……!」

「いいから戻れ!」

 ゼンはまたどなると、ルルと二人だけで怪物の頭上へと飛んでいきました――。

 

 城壁の内側では、オリバンとセシルとユギルが顔色を変えていました。ストーンゴーレムは、彼らのいる場所からも見えています。ゴーレムが殴りつけるたびに、城壁が揺れ、女王軍の兵士たちの悲鳴が上がります。

「ひるむな! 撃て! 撃ち続けろ!」

 城壁の上で部隊長が叫び続けていました。矢や岩は雨あられとゴーレムへ飛んでいきますが、全身が石でできた巨人にはまったく効果がありません。巨人が拳を振り下ろすと、逃げ遅れた兵士もろとも、投石機がぺしゃんこになります。

「だめだ! あれは闇の怪物だ! 通常の攻撃では止められん!」

 とオリバンはどなり、剣の柄を握りしめました。闇のものを霧散させる聖なる剣です。引き抜いて城壁へ駆け上がっていこうとします。

 すると、セシルがそれを引き止めました。

「待って、オリバン! あれを! 魔法使いではないか――!?」

 城壁の上の空中に、いつの間にか一人の人物が浮いていました。丸い顔に口ひげを生やした小太りの男で、刺繍を施した服を着込み、頭にはターバンを巻いています。女王軍の陣営から歓声が上がりました。味方の魔法使いだったのです。

 魔法使いは空中で両手をぐるぐると回しました。妙に甲高い声で言います。

「いでや、偉大な精霊よ、疾く(とく)来たれ!」

 その声は地上まで聞こえてきました。セシルが、はっとした顔になります。かつて、彼女も故郷のナージャの森で、同じようなことばを言ったことがありました。聖獣召喚の呪文です。

 すると、魔法使いの目の前の空中に、巨大なものが現れました。頭にターバンを巻き、短い上着とふくらんだズボンを身につけた大男です。太い腕を組み、魔法使いを見下ろして言います。

「わしを呼んだのはおまえか。望みはなんだ?」

 オリバンは驚きました。

「あれはなんだ? あれも聖獣なのか?」

「ジンでございましょう。グル神が信じられている地域で有名な精霊で、呼び出した者の命令を聞くと言われています」

 とユギルが答えます。

 空中の魔法使いがジンに言いました。

「悪しき怪物が都を襲っている。怪物を倒すのだ」

「承知した」

 とジンは答えて腕をほどきました。おもむろにゴーレムに向き直り、両手を伸ばします。

「下がれ、下等な怪物! 都に手出しは許さんぞ!」

 ジンの手から魔法の光がほとばしり、ゴーレムに激突します。ゴーレムはたちまち崩れました。大小の石が地上へ降りそそぎ、下にいたガウス兵が悲鳴を上げて逃げまどいます。

 

「やった、ストーンゴーレムがばらばらになったわよ!」

 と空を飛んでいたルルが歓声を上げました。ゴーレムは河原で石ころの山になっています。

 すると、ゼンが言いました。

「まだだ。あいつは隠された呪文を破るまで、何度だって復活してくるんだ。そら――!」

 ゼンが話している間に、石ころはまた寄り集まって巨人になっていきました。再びストーンゴーレムになって立ち上がります。

 ジンはまた魔法の光を発射しました。ゴーレムが再び瓦礫になって崩れますが、すぐに寄り集まって復活してきます。ジンの攻撃は効果がありません。

「魔法がだめなら力ずくだ! 押し倒せ、ジン!」

 と魔法使いが言いました。ジンはゴーレムに飛びつき、力ずくの戦いを始めます。

「押せ押せ、ジン! 怪物を倒せ!」

 と城壁から兵士たちも声援を送りますが、ジンとゴーレムは大きさも力の強さもほぼ互角なので、押し合ったまま勝負が決まりません。

 ゼンはルルと一緒にゴーレムのそばを飛びました。頭上、背後、足下……ゴーレムを作っている呪文を探し続けますが、体の奥深くに隠しているのか、なかなか見つけることができません。どこだよ!? とゼンがいらだちます。

 

 その時、上空で、ぴかりと光がひらめきました。空はいつの間にか暗雲におおわれていました。雲間で稲妻がまた光ります。

 地上でユギルが突然叫びました。

「危ない、魔法使い殿! お逃げください!」

 声は空中まで届いたのか、届かなかったのか。ターバンの魔法使いはその場所から動きません。

「行け、ジンよ! そいつを敵の中に押し倒してやれ!」

 とジンに命じ続けます。

 すると、再び雲間で稲妻が光りました。次の瞬間、太い光の柱が降ってきて、魔法使いを直撃します。

 魔法使いは黒こげになって城壁の向こう側に落ちていきました。とたんに、ゴーレムと戦っていたジンも、薄れて消えていきます。都を守る魔法使いが破れたのです。

 ああっ、と城壁の兵士たちは声を上げました。テトで一番実力があった魔法使いが、あっけなく殺されたことに震え上がり、攻撃をやめてしまいます。これはとてもかなわない――そんな想いが、多くの兵士の心をよぎっていきます。

 

 すると、そんな兵士たちの前を、一羽の大きな鳥が飛び過ぎました。色とりどりの花でできた不思議な鳥です。その背に乗っているのは、緑の髪の少女と彼らの女王でした。怖じ気づいた兵士たちへ、女王が強く言います。

「恐れるな、テトの兵士たち! そなたたちが恐れて、誰が国を守るのじゃ!? わらわの兵は、そのような臆病者ではない! 城壁を守れ! 敵を近づけてはならぬ!」

 ベールをなびかせて飛ぶ女王に、兵士たちは仰天しました。彼らの主君がこんな最前線に来ていたことに、彼らは気づいていなかったのです。女王は、敵が矢を放てば命中するような危険な場所を飛びながら、兵士たちを叱咤激励していきます。

「戦え! 守れ! そなたたちたちこそ、テトを守るジンの集団じゃ! 敵を恐れるな!」

 すると、それに応えるように、兵士たちの中から声が上がりました。

「女王陛下、万歳!!」

 その声はたちまち城壁中に広がっていきました。テト万歳! グル神に栄光あれ! という声もわき起こります。新たな部隊が城壁を守るために階段を駆け上がっていきます――。

 

 その様子を空中から眺めて、ゼンは、よし、と言いました。魔法使いを倒されて総崩れになりかけた軍勢は、女王の激励で踏みとどまり、勢いを取り戻したのです。また矢や石が敵へ飛び始めます。ゴーレムを止めることは不可能ですが、ガウス軍の兵士を城壁から遠ざけることはできます。

 その時、ルルが急に言いました。

「ゼン! 今、呪文みたいなものが見えたわよ!」

「どこだ!?」

「首の後ろよ!」

 とルルはゴーレムの後ろに回り込みました。ずしん、とゴーレムがまた一歩進んで城壁に近づくと、衝撃で全身を作る石が揺れ、首の石の隙間から文字のようなものがちらりとのぞきます。

「あったぞ! あそこに行け、ルル!」

 ゼンは身を乗り出してどなり、ルルが急降下すると、ゴーレムの首目がけて飛び下りていきました――。

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