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第16巻「賢者たちの戦い」

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82.地震

 未明に都を地震が襲いました。地鳴りが響き、大地や家々が大きく揺れます。

 けれども、それはすぐに収まりました。家の中で物が落ち、人々は仰天して飛び起きましたが、揺れていた時間が短かったので、さほどの被害はありませんでした。

 都の南側のはずれで襲撃に備えて駐屯中だった兵たちが、地震の被害を調べに出動していきました。大切な城壁が壊れていないか、松明をかかげて念入りに調べます。

 兵士たちと一緒に駐屯していたオリバンとユギルとゼンも、天幕から出て、周囲を見回していました。まだ夜が明けていないので、あたりは真っ暗闇です。

「おかしな地震だったな」

 とオリバンは腕組みしました。これまで何度か地震を経験してきましたが、先ほどのような、前触れもなく揺れて、たちまち停まる地震は初めてです。

 ゼンは両手を腰に当てて、足下の地面を見つめました。

「地震の大元が近いんだよ。大きな揺れの前には必ず小さな揺れがあるし、遠い地震ほど長く揺れるんだが、今のはそれがまったくなかったからな。すぐ近くで起きた地震だってことだぜ」

 彼らが思い出していたのは、黒髪に黒い口ひげのガウス侯でした。また竜の秘宝の力で何か仕掛けてきたのではないか、と考えます。

 ユギルが闇へ遠い目を向けて言いました。

「嫌な予感がいたしますね。何か良からぬことが起きてくるかもしれません……」

 一同は周囲へ目をこらし、耳を澄ましました。暗がりの中を松明をかかげた兵士たちが駆け回り、呼び合いながら、都の守備を確かめています。その頭上に広がっているのは、星の光る空でした。地上の騒ぎをよそに、しんと静まりかえっています。

 

 その時、ゼンは地上も静かすぎることに気がつきました。人の声は騒々しく聞こえていますが、その向こう側で、今までずっと聞こえていた音がやんでいたのです。

 おい! とゼンは声を上げました。

「水の音が聞こえねえ――川の音がしねえぞ!」

 とどなって、城壁の階段へ駆け出します。オリバンとユギルはあわててそれを追いかけました。幸い、階段のそばにはかがり火がたかれていたので、夜目の利かないオリバンたちでも、登り口はわかりました。ゼンに続いて階段を駆け上がります。

 城壁の上の巡視路に駆け上がっても、都の外の景色は闇の中でした。ガウス軍の駐屯地のかがり火が、遠くに見えているだけです。

 ところが、そちらを見たとたん、オリバンも言いました。

「妙だ。ガウス軍があの地震で騒いでいないぞ」

 突然の地震は、野営中のガウス軍も襲ったはずでした。かなり強く揺れたのですから、灯りをかかげて軍に被害がないかどうか確認したり、軍馬を落ちつかせたりしているはずなのに、駐屯地を走り回る光がまったくないのです。ガウス軍が何かを企んでいる証拠でした。

 すると、ゼンがどなりました。

「川がねえ――! テト川の水がなくなってやがるぞ!!」

 ドワーフの血を引くゼンの目には、周囲の景色も昼間のように見えていました。都の南側を勢いよく流れていたテト川が、いつの間にか干上がっていたのです。石だらけの川底が現れ、その中央を、ほんの少しの水が流れています。川とも呼べない細い流れでしたが、それも見ている間にとだえて、完全に水がなくなってしまいます。

 川がなくなった? とオリバンたちは驚き、闇に目をこらしました。ゼンのように川の様子は見ることはできませんが、確かに川の音が聞こえなくなっていました。

 と、その向こうから、かすかな物音が聞こえてきました。金属と金属が触れあうような音です。

 

 オリバンは、はっとしました。聞こえてきたのは、兵士の防具と武器がぶつかり合う音です。川のすぐ向こうに敵が潜んでいるのだと気がつきます。

「敵襲だ!! ガウス軍が川をせき止めた!! 川を越えて襲ってくるぞ!!!」

 オリバンは都を振り向き、駐屯地中に響くような声でどなりました――。

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