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第16巻「賢者たちの戦い」

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81.想い

 ガウス侯を好きだったのか、と聞かれて、女王はいっそう青ざめました。メールやセシルたちから目をそらしたまま、唇を固く結びます。

 ルルが椅子の上で首をかしげました。

「ガウス侯と話しているときの様子で、なんとなくぴんと来たのよ。アク、あなたは昔からガウス侯が好きだったのよね? 従兄弟や友だちとしてじゃなく、男性として……。そうでしょう?」

 女王はすぐには答えません。打てば響くように答えてきた女王が黙っていることが、何よりも明らかな答えでした。

 そうか、とセシルが言いました。

「アキリー女王、あなたが今まで結婚してこなかったのは、政(まつりごと)が忙しかったからではなく、本当は――」

「本当に政が忙しかったせいもある」

 と女王がさえぎるように言いました。ぶっきらぼうな声です。

「それに、わらわが結婚をすれば、夫となる人物と一族に非常に大きな権限を与えてしまう。国内が乱れる元になりかねないので、結婚はせずにきたのじゃ。跡継ぎは、名門の家臣のところから養子を迎えれば良いことであるし――」

「でも、どうしてさ? ガウス侯って、すごく自分勝手でずる賢いヤツなんだろ? どうしてそんな男が好きなのさ?」

 とメールが尋ねました。もっともな疑問です。

 女王はためらうように口ごもり、低い声で答えました。

「グルールは賢い……わらわよりも、兄者たちよりも、ずっと賢かった。彼が言うことには、宮廷の大臣たちも、国王だったわらわの父上も、こぞって感心したものじゃ。そんな彼が、わらわはとても自慢だった。そして、夢見たのじゃ。わらわもあのように賢くなって、彼と国や政の話をしたい、彼と並んで歩くのにふさわしい女性になりたい、とな……」

「だけどさ、ガウス侯はアクの兄さんたちや自分の奥さんを殺したじゃないか。自分が王様になりたくてさ。それでも好きだったわけ?」

「……黒い噂は常にグルールにつきまとっていたが、それでも多くの人々が彼を支援した。彼には人を惹きつける魅力があるのじゃ。そのように生まれついているのであろう」

 と言って女王はうつむきました。わかっていても想いを止めることができなかった、と姿が語っています。

 メールはそんな女王を見つめ、少し考えてから言いました。

「ねえさぁ、それならいっそ、アクとガウス侯が結婚すれば良かったんじゃないのかい? そうすれば、ガウス侯は王様とほとんど同じ立場になったんだから、文句はなかったはずだろ? ガウス侯だって、アクが一緒だったら、そう無茶な野望は持たなかっただろうし。それとも、アクはガウス侯に告白してふられたの?」

 あまりに単刀直入なメールの質問に、女王は思わず苦笑してしまいました。

「いいや、告白などはせぬ。できぬのじゃ。テトでは従兄弟同士は結婚できぬ決まりだからな」

 えっ、とメールは驚きました。彼女たち海の民は、従兄弟同士でも結婚できます。実際、メールは一時、自分の従兄弟のアルバと婚約していたことがあるのです。

 女王は話し続けました。

「むろん、世界に従兄弟との結婚が許される国々があることは知っている。だが、このテトではだめじゃ。グル神が許さぬ……。もし、従兄弟同士での結婚を望むならば、テトを捨てて、別の宗教の国へ移り住むしかない。それは、わらわが女王の座を捨てることを意味するし、グルールは王座への道が閉ざされる。わらわが告白したところで、そんなものをグルールが受け入れるはずがなかったのじゃ」

 女王はひどく淋しげに見えました。また目を伏せた横顔に、少女のような表情が重なります。

 

 ふうっとルルが溜息をつきました。また首をかしげて言います。

「ねえ、その決まりを変えることはできないの? アクは女王でしょう? 従兄弟同士でも結婚することができる、って法律を作ればいいじゃないの。好きな人と敵同士になって、しかも向こうはこっちを滅ぼそうと大軍で攻めてきて――そんなのって、すごく悲しいことだと思うわよ」

 女王はうつむいたまま、また苦笑しました。

「そうじゃな。それができれば良いのであろうが……」

 そのまま黙り込んでしまったので、代わりにセシルが言いました。

「私の故国のメイもそうだが、王はその国の王になることを、神から命じられているのだ。少なくとも、そういう形を取って王になる。そうしなければ国民を束ねることができないからだ。王が神の教えに逆らえば、王と司祭が対立するようになって、国が乱れる元になる。女王としては、そんな危険は冒せないだろう」

 それを聞いて、もう! とメールが声を上げました。

「ほんっとに、人間ってのは面倒くさいよね! あたいたち海の民なら、海の魔力がいちばん強いのが海の王、って決まってるのにさ!」

「無理を言うな。人間と海の民は違う」

 とセシルが渋い顔になります。

 すると、女王が急に顔を上げ、いつもの口調に戻って言いました。

「わらわがグルールを慕っていたのは、わらわが娘だった大昔のことじゃ。当時はまだよく知らぬことがたくさんあったし、過ちも多かった。グルールとのことはその一つに過ぎぬ。今、何より大切なのは、グルールから都を守り、このテトを奪われぬようにすることじゃ。そのためには、我々は全力でグルールと戦わねばならぬ」

 そう言って、女王は席を立ちました。しゃんと頭を上げ、部屋から出て行きます。テーブルには女王の食事が手つかずで残されています――。

 

 メールとセシルとルルは、思わず顔を見合わせてしまいました。

「昔のことだ、なんて言うけど、ホントはアクは今でもガウス侯を好きでいるよねぇ」

 とメールが言うと、ルルがうなずきました。

「アクは、ガウス侯との会見で、竜の秘宝の話まで出して引き止めようとしたのよ。逆効果になった気はするけれどね……。ずっと二人の話を聞いていたけれど、気持ちはアクの一方通行なのよ。ガウス侯のほうはアクを妹みたいにしか思っていないし、今は自分の邪魔をする存在と考えているわ」

 部屋の扉の向こうは、もう静かになっていました。女王は行ってしまったのです。

 セシルは溜息をつきました。

「想い人と王座を巡って敵対しているのだ。この戦いは、どちらか一人が倒れるまで続くに違いない。アキリー女王は本当につらいことだろう」

 二人と一匹の女性たちは、それ以上は何も言えなくなって、女王が去っていった部屋の扉を見つめてしまいました――。

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