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第16巻「賢者たちの戦い」

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79.動員

 オファの町長は青ざめて立ちつくしていました。彼らの目の前で、犬の怪物が少年を抑え込み、食い殺そうとしています。少年はあの金の石の勇者です。オファの住人を守って怪物と戦い、絶体絶命に追い込まれています。助けなくては、と思うのですが、怪物が巨大すぎて、恐怖で動くことができません――。

 その時、誰かが町長の足をつかみました。ぎょっと下を見ると、そこに勇者の仲間の少女がいました。マントにくるまれた体で地面を這ってきたのです。町長の足首をつかんだままあえぎ、顔を上げて言います。

「出して……。フルートの金の石を……」

 金の石? と町長はとまどい、次の瞬間、警察部長が持ってきたペンダントを思い出しました。あれはどこにやっただろう、と焦って考えます。あわててここへ駆けつけてきたので、所在が思い出せません。

「上着……ポケットの中よ……」

 少女がまた言って、力尽きたように地面に突っ伏しました。ぜいぜいと荒い息をします。

 町長は右手を上着の懐(ふところ)に突っ込みました。手に触れた硬いものを引っ張り出します。それは金のペンダントでした。草と花の透かし彫りの真ん中で、金色の石が輝いています。

 すると、その目の前に一人の人物が姿を現しました。鮮やかな金の髪と瞳の小さな少年です。驚く町長を無視して叫びます。

「フルート!!」

 とたんにフルートは振り向きました。怪物に抑え込まれた恰好で一瞬ほほえみ、すぐに叫び返します。

「金の石! こいつを倒すんだ!!」

 怪物の牙がフルートの頭に迫りました。きゃーっと人々の間から悲鳴が上がります。

 

 すると小さな少年が消え、同時に、町長の手の中でペンダントが強く光り出しました。あたりをまばゆく照らします。

 光を浴びた怪物の背中が、火にあぶられた蝋細工のように溶け出しました。怪物が金切り声を上げてフルートの上から飛びのきます。

 フルートは跳ね起き、今度は倒れている小犬へ言いました。

「ポチ、金の石をここに!」

「ワン!」

 ポチは勢いよく起き上がりました。金の光がいたるところを照らしたので、怪物にかまれた傷が治ったのです。変身して舞い上がり、つむじ風になって町長の手からペンダントを奪い取ります。町長が、あっと思ったときには、ペンダントはもうフルートの手に渡っていました。それを怪物へ突きつけて、フルートがまた叫びます。

「光れ!!」

 聖なる光がいっそう明るく怪物を照らしました。青と灰の縞模様の体が、みるみる溶けて崩れていきます。

「やめロ!!!」

 怪物は痛みに怒り狂い、フルートへ飛びかかりました。巨大な口で、ばくりとフルートを呑み込んでしまいます。

「フルート!?」

 ポチが思わず叫びます。

 すると、怪物の頭が歪み、形を失って崩れていきました。溶け落ちた頭の中から、またフルートが姿を現します。金の石をかざし続けています。その鎧や癖のある金髪が、光を浴びていっそう鮮やかに輝きます。

 やがて、怪物はすっかり溶けて消えました。痕にはもう毛一筋残っていません。フルートはペンダントを下ろしました。何故か、どこかが痛むような表情で立ちつくします――。

 

 けれども、すぐにフルートは我に返りました。地面に倒れている少女を振り向きます。

「ポポロ!」

 少女は自分にからめられたマントをほどこうと悪戦苦闘していました。フルートが駆け寄って手を貸します。

「大丈夫かい?」

「ええ、金の石があたしの熱も下げてくれたわ。もう大丈夫」

 とポポロが笑顔を見せました。その頬は薔薇色になっています。

 ポポロが立ち上がったところへ、小犬に戻ったポチも駆け寄ってきました。ほどいたマントをフルートがはおるのを見て言います。

「ワン、ユギルさんがロムド城から持ってきてくれたマントが役に立ちましたね。あの炎の中でも、ポポロやフルートをしっかり守ってくれたんだから、すごいなぁ」

「うん、助かった」

 とフルートは笑顔で言いました。緑の生地に赤い石のブローチがついたマントには、火を防ぐ魔法が織り込まれているのです。フルートが火を放った牢獄は、すっかり燃え落ちていました。

 

 そこへ町長と警察部長がやってきました。その後ろにはオファの街の住人も大勢集まっています。

「このたびは――」

 と言ってフルートたちへ頭を下げた町長と警察部長は、そのままことばが続けられなくなりました。彼らは女王からの親書を持った勇者を襲撃して牢へ閉じこめたというのに、勇者の少年は彼らを怪物から守ってくれたのです。何と言っていいのかわからなくて、ただただ頭を下げ続けます。

 すると少年が言いました。

「皆さんに怪我がなくて本当によかったです。ぼくたちはアキリー女王の代理でここまで来ました。ガウス侯が王位簒奪をもくろんで、王都マヴィカレへ大軍を進めています。みなさんの力が必要なんです。お願いです。都へ援軍を出してください」

 町長たちは思わず顔を上げ、真剣なフルートの表情に出会って面食らいました。少年は自分たちにされたことをまったく怒っていませんでした。もっと大きな目的に夢中になっているのです。

 とまどいながら、町長は言いました。

「我々はマーオの国からここへ移住してから、女王陛下に手厚く保護していただきました……。女王陛下が我々に助けを求めているのであれば、男たちは老いも若きも全員、女王陛下を助けにまいります。それが我々の誓いです」

「何人ぐらいが行けますか?」

 とフルートは尋ねました。それには警察部長が答えます。

「出兵できる男はオファの街に三千人以上います。近隣の町や村に呼びかければ、さらにその倍以上が集まりますから、一万人近くになるでしょう」

「一万!」

 とフルートやポポロやポチは驚きました。ガウス軍を上回る人数です。

 町長がまた言いました。

「むろん、我々の大半はただの農民ですから、武器も防具もろくに揃ってはいません。だが、ガウス侯は、我々がこのテトにたどり着いたときに、強行に我々を追い出そうとした諸侯の一人だ。あの人がテトの王になれば、我々がどうされるかは目に見えています。我々が汗水垂らして作り上げたオファを守るためならば、我々は一人残らず、テトの正規兵に負けないほど勇敢な戦士になるのです」

 警察部長がそれにうなずき、後ろに集まったオファの住人が拳を空に突き上げて、おおーっと声を上げました。わらを編んだ三角の帽子をかぶった人々です。

 

 フルートは大きくうなずき返しました。

「それじゃ、準備をお願いします。ガウス軍はもう都のすぐ近くまで迫っています。アキリー女王は都の跳ね橋を上げて籠城しようとしていますが、急がないとこちらが負けるという兆し(きざし)が出ているんです。できる限り早く出発しましょう」

「了解した!」

 と警察部長が即座に答えました。出撃の準備はこの人物の管轄なのです。フルートたちにしたことへの罪滅ぼしとばかりに駆け出します。住人たちも皆、家へ駆け戻っていきました。そのついでに知人や親戚の家へ飛び込み、出兵を知らせていきます――。

 そんな人々の様子を見て、ポポロがそっと涙をぬぐいました。嬉し涙です。ポチも尻尾を振って、ワンワンと高くほえます。

 オファの街は、フルートたちの知らせを受けて、王都救援のために動き出したのでした。

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