フルートたちが空の上からオファの街へ下り立つと、むっとする空気が彼らを包みました。
「ワン、ずいぶん暑いところですね」
とポチが言いました。広大な水田に囲まれた拓けた場所ですが、その外側はジャングルになっています。テト国の南東部は標高が低いので、雨が多い亜熱帯気候になっているのでした。
先の尖った高い杭(くい)を隙間なく並べた城壁の内側に、木でできた家々がありました。湿気を避けるためでしょう。どの家も二階建てくらいの高さがあり、一階部分は木の柱と階段があるだけの吹き抜けになっています。テトの他の地域とは、明らかに雰囲気が違う街でした。
街の真ん中に伸びる大通りを歩きながら、フルートは首をひねりました。
「誰もいない。どうしたんだろう?」
通りに面した家の軒先に、大きな牛が座り込んで、のんびり口を動かしていましたが、人の姿が見当たりません。家の中にいるような気配もありません。
「ワン、変ですね。街に何かあったんでしょうか……?」
とポチが言いました。オファへ救援を求めに来たのに、街の人に会えないのではないか、という不吉な予感に襲われてしまいます。
一行は、さらに通りを歩き続けましたが、やはりどこにも人の姿はありませんでした。看板を掲げた店も、すべて入口の戸を閉じて静まり返っています。
フルートは、焦って周囲を見回しました。物音ひとつしない街へ、大声で呼びかけます。
「誰か――誰かいませんか!? いたら返事をしてください!!」
やはり、返事はありません。
ところが、通りの先のほうで、さっと動くものがありました。人影です。大通りから横道へと姿を消していきます。
「いた!」
とフルートたちは思わず声を上げました。人影が見えた場所へ駆けつけますが、そこにはもう誰もいませんでした。ただ、高床の家々が並んでいるだけです。フルートたちは横道に駆け込み、さらに分かれ道に出会って立ち止まりました。道は右と左に分かれています。
「ポチはそっちへ。ポポロとぼくはこっちだ」
とフルートは言って、二手に分かれました。人を探して、さらに走り続けます。
けれども、じきにポポロが立ち止まってしまいました。膝に両手を当て、体をかがめて、はあはあと苦しそうに息をします。もともとポポロは走るのがあまり得意ではありません。しかも、テトに来てからずっと無理を続けてきたので、疲れて走れなくなってしまったのです。
フルートがすぐに引き返してきました。
「ごめん、ポポロ。また無理させちゃったね。ここで休んでいていいよ。ぼくはこの先の様子を見てくるから」
と言って、一人でまた先へ走っていきます。
待って! とポポロは言おうとしました。一人で行かないで! あたしも連れていって――!
けれども、ポポロは息が切れて、声を出せませんでした。フルートを追いかけたくても、体が動きません。そうしている間に、フルートはまた角を曲がって、ポポロの視界から消えてしまいました。
追いかけなくちゃ、とポポロは焦って考えました。フルートの隣には死に神がいて、彼の魂を刈り取ろうと大鎌を構えています。その運命からフルートを守れるのは、ポポロしかいないのです。思うように動いてくれない手足に泣き出しそうになりながら、ポポロは必死で歩き出しました。体が鉛のように重く感じられて、足元がふらつきます。
すると、ふいにポポロの後ろから二つの手が現れました。ポポロの口をふさぎ、華奢な腕を捕まえます。ポポロが驚いて振り向いたとたん、みぞおちに拳が飛んできました。急所を打たれて、ポポロがその場に崩れます――。
道なりに走り続けていたフルートは、突然聞こえてきた声に、ぎょっと立ち止まりました。ポポロの悲鳴が頭の中に直接響いてきたのです。助けを求める声でした。
「ポポロ!!」
フルートは飛び上がって、今来た道を駆け戻りました。角を曲がり、ポポロを残した場所まで来ましたが、そこにはもう彼女の姿はありませんでした。人気のない通りを風が吹いているだけです。
フルートは真っ青になりました。
「ポポロ! ポポロ――!?」
大声で呼びながら、さらに通りを駆け戻ります。家々は一階部分が吹き抜けになっていますが、間に大きな葉の植物が植えられているので、見通しが効きません。そのどこかにポポロが隠れているのではないかと、懸命に探し回ります。
すると、角を曲がったところで、人に出くわしました。空色の服に三角の奇妙な帽子をかぶった男が、通りの真ん中に立っていたのです。フルートを見ると、顔色を変えて逃げ出しそうとします。
「待って!」
とフルートは叫びました。オファの街で初めてあった人物です。捕まえてポポロの行方を聞こうとします。
とたんに、フルートは何かにつまづきました。勢いあまって前のめりに倒れてしまいます。その拍子に、自分がつまづいたものが目に入りました。道の端から端へ張り渡されたロープです……。
フルートの兜の留め具が、転んだ拍子に弾けました。兜が脱げて道の上を転がっていきます。
あっ、と伸ばしたフルートの手が、靴に踏みつけられました。見上げると、三角の帽子をかぶった男が立ちふさがっています。先の男とはまた別の人物です。すさまじい目でフルートをにらみつけてきます。
「やっと捕まえたぞ、化け物め。くたばれ!」
とたんに周囲から数人の男たちが飛び出してきました。手に手に棍棒や鍬(くわ)を握っています。
フルートは逃げることができませんでした。そのむき出しの頭に、鍬が振り下ろされてきました――。