「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第16巻「賢者たちの戦い」

前のページ

73.霧の蛇

 「ワン、フルート、ポポロ、起きてください」

 ポチから声をかけられて、フルートたちは目を覚ましました。空を飛ぶポチの背中で眠ってしまっていたのです。月はいつの間にかまた黒雲におおわれて、あたりは真っ暗になっていました。星ひとつ見えない空です。

「ぼくたち、どのくらい寝ていた?」

 とフルートはポチに尋ねました。ずいぶん休んだような気がするのに、まだ夜が明けていないことに驚いたのです。

「ワン、四時間くらいですね。変なんですよ。もう朝が来てもいいはずなのに、明るくなってこないんです。オファの街も全然見えないし――」

 それを聞いて、ポポロは地上へ目を向けました。どんなに暗くても、彼女の魔法使いの目にはその中の景色が見えます。まだ丈の短い麦畑の間を、テト川が南東へ流れ続けています。

「何もおかしな感じはしないけれど……」

 とポポロは首をかしげました。確かにあたりに闇の気配は漂っていますが、それはテト国に来てからずっと感じ続けているものでした。闇の雲が国全体をおおっているせいです。

 すると、ポチがまた言いました。

「ワン、しばらく前に、一匹のコウモリが飛んできたんですよ。こんな高い場所をコウモリが飛ぶなんて、って驚いていたら、すぐ飛んで行ってしまったんだけど。その後まもなく黒雲が出てきて、あたりが真っ暗になっちゃったんです。おかしいですよ、フルート。川は確かに続いているけど、ぼく、なんだかずっと同じところをぐるぐる飛んでいるような気がして、しかたないんです」

 フルートはポポロと同じように地上を見下ろしました。一生懸命目を凝らしますが、人間のフルートには暗闇しか見ることができません。

 

 少し考えてから、フルートはペンダントを引き出しました。透かし彫りの真ん中で光る魔石へ呼びかけます。

「金の石。金の石!」

 すると、空を飛び続ける彼らの横に淡い金の光がわき起こり、金の石の精霊が姿を現しました。異国風の服を着た、黄金の髪と瞳の少年です。ポチと並んで飛びながら、フルートに言います。

「確かに、この暗闇は怪しいな。闇の雲にもおおわれているから、遠くの様子がわからないんだが、ポチが言うとおり、結界に閉じこめられているような気配がする。闇の手に捕まっているかもしれないぞ」

「ガウス侯に見つかっていたのか――」

 とフルートは唇をかみました。用心して城を抜け出してきたつもりでしたが、敵はこちらの動きを逐一見張っていたのです。

「どうしたらいいの……? 日が昇らないから、あたしの魔法はまだ回復していないわ」

 とポポロが泣きそうな声で言いました。彼女は、前日の日中、ガウス軍の船を運んできた水魔の大群を倒すのに、二度の魔法を使い切っていたのです。

 フルートはさらに考え、金の石の精霊にまた言いました。

「聖なる光で照らしてみよう。頼む」

 精霊がうなずきました。同時に、フルートの胸の上で金の石が輝き出し、みるみる明るさを増して、周囲を真昼のように照らします。

 

 けれども、何も起きませんでした。周囲は相変わらず真っ暗闇のままです。金の石の光が吸い込まれるように収まっていきます。

 ポチと金の石の精霊は空中で立ち止まりました。精霊が腰に手を当てて言います。

「光が吸い込まれてしまうな。これも闇の雲のしわざだろう」

「ぼくたちは閉じこめられているんだな。どうにかして破れないか?」

 とフルートが尋ねました。

「光を強くすれば、突き抜けられるかもしれない。やってみよう」

 ふわり、と金の石の精霊がフルートの後ろへ回ってきました。フルートの肩越しに小さな手を突き出します。フルートもペンダントをつかんで前へ突き出しました。闇を見据えながら叫びます。

「光れ!」

 ペンダントの魔石から強い光がほとばしりました。光の筋になって、まっすぐ暗闇へ伸びていきます。

 すると、いきなり風が湧き起こって、ポチやフルートたちを強く揺すぶりました。獣のうなるような音も聞こえてきます。

「やっぱりだ! ここは怪物の結界の中だぞ!」

 と精霊が言って、また手を伸ばしました。金の石から闇へ、再び強い光が突き刺さっていきます。

 とたんに風がめちゃくちゃに吹き出しました。激しくあおられ、転落しそうになって、フルートたちはポチにしがみつきました。獣がほえるような音は、いっそう大きくなります。

 それでも金の石は光り続けていました。一箇所に集中して光を送り込みます。

「フルート、あれ――!」

 とポポロが顔を上げて叫びました。光が突き刺さる闇の中から、黒くうごめく霧が押し寄せてきたのです。蛇のようにとぐろを巻き、金の光の筋に絡みつきます。

 すると、金の光が急に弱まり始めました。ペンダントでも魔石が暗くなり、精霊の姿が薄れて消えそうになります。

「金の石!」

 とフルートは叫び、ペンダントを握る手に力を込めました。その想いを受けとったように、魔石がまた明るくなり、消えかけた精霊が戻ってきました。

「霧の怪物だな。闇の雲の中に紛れていたんだ。聖なる光を呑み込んでいる」

 と精霊が言いました。突き出した手を下ろそうとはしません。魔石がまた少し明るくなります。

 

 ところが、うごめく霧の蛇は、ますます濃く太くなりました。金の石が放つ光へ何重にも絡みついていきます。金の石は必死で光り続けますが、霧の蛇を追い払うことができませんでした。這い登る蛇が、精霊やフルートたちに迫ってきます。

 と、霧の先端が本物の蛇のように鎌首を上げました。うごめき、形を変えて、生き物の頭になります。それは、蛇と言うよりカエルに似て見えました。闇色の目をぎょろりと動かし、大きな口を開けて飛びかかってきます。

 金の石の精霊がフルートの後ろから飛び出しました。怪物へ両手を突きつけて、鋭く叫びます。

「はっ!」

 強烈な光が広がり、霧の蛇を追い返します。

 すると、いきなり別の霧の蛇が横から襲いかかってきました。まったく予期していなかった方向です。蛇が精霊を呑み込み、魔石の光が消えてしまいます。

「金の石!!」

 思わず叫んだフルートたちへ、二匹の霧の蛇が襲いかかってきました。空中で絡まり、またほどけ、二つの口を開けて飛びかかってきます。ポチはかわすことができません――。

 

 とたんに金の石がまた輝きました。先よりもっと強く明るい光を、二匹の霧の蛇へ浴びせます。まるで蒸発するように、蛇が一瞬で消えてしまいます。

 空中にまた金の石の精霊が姿を現していました。両手を腰に当て、ぐいと顎を上げてフルートをにらみます。

「誰が力を貸せと言った? 契約違反もいい加減にしろ!」

 それは、フルートではなく、フルートの後ろの人物へ言ったことばでした。長い赤い髪を高く結ってたらした女性が、ドレスの裾を炎のように揺らめかせて、空中に浮かんでいます。フルートの中で眠っている願い石の精霊でした。美しく整った顔で冷静に言います。

「力を貸さねば、フルートたちが怪物に食われたであろう。そなたは小さい、守護の。闇に光を食われれば、フルートたちを守ることはできない」

「そんなことはない! ぼくは守りの魔石だ! ぼくの力を見くびるな!」

 と金の石の精霊は目をつり上げて言い返しましたが、願い石の精霊は涼しい顔のままでした。

「今はこんなことを言い合っている場合ではない。ここは迷いの霧の身の内だ。人を取り込み、自分の内側で永遠に迷わせる怪物だから、倒さなければフルートたちは外に出られぬ。私の力が必要なはずだ」

 精霊の少年が燃え上がるような目で精霊の女性をにらみつけました。悔しさをありありと浮かべています。

 二人の精霊の間に挟まれる形になって、フルートやポポロやポチは困惑してしまいました。金の石を説得しなくては、と思うのですが、あまり怒っているので、声のかけようがありません。

 すると、精霊の少年が急に、ふん、と顔をそらしました。暗闇の中でまた動き出した霧の怪物を見つめながら、ぶっきらぼうに言います。

「あれくらいの怪物は、ぼくにだって倒せる。だが、フルートたちは一刻も早くオファから援軍を連れてこなくちゃならない。時間が惜しい。やりたくないが、願いのの力を借りてやる」

「よかろう」

 と願い石の精霊は答えました。いつも変わらないその顔が、一瞬目を細めたことに、フルートたちは気がつきました。相手の言動を面白がっている表情です。金の石の精霊は、そっぽを向いていたので気がつきません。気がついたら、さらに激怒したことでしょう――。

 

 願い石の精霊がフルートの肩をつかむと、ペンダントの魔石が再び輝き出しました。たちまち明るくなって、真昼の太陽より強く周囲を照らします。

 とたんに闇の向こうですさまじい声が上がりました。無数のうなり声が重なり合い、雷鳴のように響き渡ります。同時に激しい風が湧き起こりました。ポチがフルートたちを乗せたまま巻き込まれたので、金の石の精霊が振り向いて手を向けました。風が停まり、揺れの収まった魔石から、さらに強い光がほとばしります。

 やがて、周囲の暗闇が薄れ始めました。夜明けのようにあたりが明るくなり、黒かった空が灰色から青い色へと、見る間に変わっていきます。白くなった雲の隙間から、太陽の光が差してきます――。

 気がつくと、彼らは青空の真ん中に浮いていました。地上は濃い緑の森におおわれ、その間をぬうように、青い川が流れています。霧の怪物から脱出したのです。最後のうなり声が遠ざかって消えていきます。

 

 太陽が意外なほど高い場所にいるのを見て、フルートはあわてました。

「ぼくたちはずいぶん長い時間、怪物の中にいたんだ! 早くオファへ行かないと! ポチ、急げ!」

「ワン、わかりました!」

 とポチは全速力で空を飛び始めました。眼下のテト川の流れを追って、南東へと向かいます。二人の精霊はいつの間にか姿を消していました。

 やがて、川の行く手で森が拓けていきました。一面柔らかな緑色の草におおわれた平地が現れます。草地は無数の細い道で不規則に区切られています。

「ワン、水田だ」

 とポチは言いました。ユラサイ国やヒムカシの国で目にしてきたのと同じ光景だったのです。オファの街に住むマーオ人が、ジャングルを切り開いて広大な水田地帯を作り上げた、という話を思い出します。

「きっともうすぐだ! もうすぐオファが――」

 とフルートが言いかけたとき、本当に川下に街が見え始めました。照りつける日差しの中で、家々の屋根が白く輝いています。

 ポチはワン、とほえると、風の速さでまっすぐ街へ向かっていきました。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク