翌朝、仮眠していたゼンとメールとルルは、部屋に入ってきたオリバンにたたき起こされました。
「起きろ、一大事だ! フェリボ候の軍勢がガウス軍に敗れたぞ!」
ゼンたちはびっくりして跳ね起きました。
「敗れたぁ!?」
「なんでさ! 夜のうちに戦闘があったわけ!?」
「フェリボ軍はガウス軍を挟み撃ちにするつもりじゃなかったの!?」
「ガウス軍が引き返してきて、フェリボ軍に襲いかかったのだ。私たちの部屋にアキリー女王が来ている。おまえたちも来い」
とオリバンに言われて、ゼンたちは急いで後についていきました。
オリバンとセシルの部屋には、女王と、占者のユギルも来ていました。ゼンたちが到着すると、女王が話し出します。
「グルールはフェリボから来る味方に大打撃を与えた……。未明の暗がりの中、策略を用いて忍び寄り、巨大な地割れを起こして、フェリボ候が率いる軍勢を壊滅させたのじゃ」
「壊滅? 全滅したのかよ?」
とゼンが聞き返しました。
「いや、全滅はまぬがれた。地割れより南側にいた部隊は無事であったそうじゃ。その部隊長が早鳥で知らせをよこした。だが、地割れは東西方向に数キロの渡って広がっていて、迂回するのに手間取っておる。なにより、指揮官のフェリボ候や子息のミラシュ殿の消息が不明じゃ。おそらく敵に捕まったのであろう」
「数キロにわたる地割れとはすさまじいな。魔法のしわざか?」
とセシルが眉をひそめると、ユギルが答えました。
「そこまでの魔法を単独で使える魔法使いは、地上にはおりません。ポポロ様ならば、おできになるでしょうが。ロムド城の四大魔法使いでも、協力し合わなければ不可能です」
「とすると、やはり例の竜の宝の力か……。ガウス侯め、戦闘中にも力を使いこなすことができるのだな」
とオリバンがうなります。
「大臣たちには、都の守りをいっそう固めるよう命じた。わらわたちに残されたのは、都にいる二千五百の兵だけじゃ。グルールが率いる八千の敵にはとてもかなわぬ。かくなる上は、都に立てこもって、援軍が到着するまで抵抗を続けるしかない」
と女王が言いました。青ざめていますが、それでも気丈に頭を上げています。
川辺での戦闘経験を持つセシルが、腕組みして考え込みました。
「いわゆる籠城戦(ろうじょうせん)だな。周囲の川と城壁で都を守ることになる。問題は川から敵が上陸してくることだ。ガウス軍は船は持っているだろうか?」
「分解して持ち運べる簡易型の船は運んできているかもしれぬ。だが、全軍を渡せるほど多くはないはずじゃ」
と女王が答えます。
すると、ゼンが自信たっぷりに背中の弓矢を揺すりました。
「川を渡って来やがったら、城壁から矢をお見舞いしてやるぜ。もっと近づいてきたら、船に石を投げ込んでやらぁ」
「ゼンがいたら、投石機なんて必要なさそうだよねぇ。ただ、あたいはやっぱり竜の宝の力が気になるな。地割れを起こせるほどの力があるんなら、例えばテト川を干上がらせるとか――そういうこともできちゃうんじゃないのかい?」
とメールが言うと、ルルがあきれた顔をしました。
「そんなすごい魔法、天空の国の魔法使いだって、なかなかできないわよ。それこそ、ポポロくらい強力な魔力を持っていなくちゃ無理よ」
「ルルの言うとおりだな。それほどの魔法が自在に使えるなら、兵をおこすまでもなく、竜の宝の力で一気に都を攻めれば良いはずだ。それをしないということは、竜の宝も万能ではないのだろう」
とオリバンも言います。
そこへ、ユギルが静かに話に加わってきました。
「やはり、勇者殿がこの戦いの鍵を握っておいでですね――。勇者殿はオファの街へ援軍を呼びに行かれました。それが間に合うかどうかが、この戦いの勝敗を決めるのです」
「彼らは今頃どのあたりだろう? オファに到着しただろうか?」
とセシルがまた尋ねると、ルルが頭を振りました。
「まだだと思うわ。オファに着いたらポポロが知らせてくるはずだもの」
そんなやりとりを聞いて、女王は言いました。
「一番早い援軍は明日の日中には都に到着するし、その後も援軍が続く。だが、それでもグルールに勝てぬと言うならば、フルートたちが援軍を連れてくるまで持ちこたえねばならぬな」
それまで何日かかるのだろう、と誰もが心の中で考えます。
そこへ、慌ただしく一人の家臣が飛び込んできました。
「女王陛下、ここにおいででしたか! たった今、南の見張り台から連絡が入りました! ガウス侯の旗印を掲げた大軍が、見張り台の目の前を通過中とのことです!」
「なんじゃと!?」
女王は思わず大声を上げました。他の者たちは、南の見張り台? と驚きます。
「都を守るために、南の街道沿いに設けられた場所じゃ。都から、徒歩でわずか半日ほどしか離れておらぬ!」
「ってことは――あと半日で敵が来るってこと!? 敵の到着は明日じゃなかったのかい!? どうしてそんなに早まったのさ!?」
とメールが言って、落ち着け、馬鹿! とゼンに叱られます。
オリバンは苦虫をかみつぶしたような表情になりました。
「どうやら、ガウス軍はずっと行軍の速度を抑えていたようだな。後ろからフェリボ候の軍勢が追っていたので、わざとゆっくり進んで、襲撃の機会を狙っていたのだ」
「フェリボ軍が壊滅したので、安心して行軍速度を上げたんだ。だが、金でかき集めた集団で、それだけの用兵をやってのけるとは――」
とセシルも考え込んでしまいます。軍人としての経験が長い二人は、ガウス侯に並ならない軍事能力があることを、肌で感じ取ってしまったのです。
すると、女王が言いました。
「グルールは賢い。目的があれば、その賢さはいっそう鋭さを増すのじゃ。だが、負けるわけにはいかぬ。象を準備せよ。わらわ自身で都の南の守備を視察に行く」
命令を受けた家臣が、あたふたと部屋を出て行きました。ゼンが腕組みして女王に言います。
「女王が戦いの最前線に出ていくつもりか? 危ねえだろうが。今、この城と都を支えてるのはアクだ。アクに何かあったら、敵が攻め込んでくる前に、総崩れになるぞ」
「それはわかっておる。都の外に出るつもりはない。そうではなく、守備につく兵士たちを激励するのじゃ。八千の大軍がやってきても、決して負けずに都を守り抜け、とな」
なるほど、と一同は納得しました。戦いは兵士たちの覇気(はき)がものを言います。敵の大軍を目の前にして戦意を喪失することがないよう、兵士たちを励ますことは、王の非常に大切な役目でした。
「我々も一緒に行こう、アキリー女王」
「ついでに南側の守りについてやらぁ」
とオリバンやゼンが言い、一同は女王と共に部屋を出て行きました。
部屋に最後まで残っていたユギルは、南東へと色違いの目を向けました。フルートたちが向かったオファの街のある方角です。
けれども、大陸随一の占者にも、そちらを見通すことはできませんでした。間には濃い闇の雲が横たわっています。フルートたちがどのあたりまで行ったのか、今現在何をしているのか、読み取ることはできません。
ユギルはそっとつぶやきました。
「援軍をお連れください、勇者殿。そうしなければ、都は攻め込んできた敵に蹂躙され、多くの人々が命を失います。おそらく殿下も――」
占者の声が一瞬揺れて、とぎれました。唇をかみ、じっと足元を見つめます。
しんと静まり返った部屋の外から、かすかに喧噪(けんそう)が聞こえてきます。何かを命じる声、人々が走り回る音、馬のいななきや防具のぶつかり合う音も遠く響いてきます。
占者はまた顔を上げました。
「援軍をお連れください、勇者殿、ポポロ様。あなた方以外に、それをできる方はいらっしゃらない。皆を守るために――どうか、お急ぎください」
まるでフルートたちがそこにいるように、それだけのことを言うと、ユギルも部屋を出て行きました。オリバンたちの後を追います。
喧噪は遠くまだ続いていました。戦の支度をする物音です。
敵の来襲を目前にして、王都はいよいよ臨戦態勢に入っていきました――。