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第16巻「賢者たちの戦い」

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第21章 オファの街

72.目前

 翌朝、仮眠していたゼンとメールとルルは、部屋に入ってきたオリバンにたたき起こされました。

「起きろ、一大事だ! フェリボ候の軍勢がガウス軍に敗れたぞ!」

 ゼンたちはびっくりして跳ね起きました。

「敗れたぁ!?」

「なんでさ! 夜のうちに戦闘があったわけ!?」

「フェリボ軍はガウス軍を挟み撃ちにするつもりじゃなかったの!?」

「ガウス軍が引き返してきて、フェリボ軍に襲いかかったのだ。私たちの部屋にアキリー女王が来ている。おまえたちも来い」

 とオリバンに言われて、ゼンたちは急いで後についていきました。

 

 オリバンとセシルの部屋には、女王と、占者のユギルも来ていました。ゼンたちが到着すると、女王が話し出します。

「グルールはフェリボから来る味方に大打撃を与えた……。未明の暗がりの中、策略を用いて忍び寄り、巨大な地割れを起こして、フェリボ候が率いる軍勢を壊滅させたのじゃ」

「壊滅? 全滅したのかよ?」

 とゼンが聞き返しました。

「いや、全滅はまぬがれた。地割れより南側にいた部隊は無事であったそうじゃ。その部隊長が早鳥で知らせをよこした。だが、地割れは東西方向に数キロの渡って広がっていて、迂回するのに手間取っておる。なにより、指揮官のフェリボ候や子息のミラシュ殿の消息が不明じゃ。おそらく敵に捕まったのであろう」

「数キロにわたる地割れとはすさまじいな。魔法のしわざか?」

 とセシルが眉をひそめると、ユギルが答えました。

「そこまでの魔法を単独で使える魔法使いは、地上にはおりません。ポポロ様ならば、おできになるでしょうが。ロムド城の四大魔法使いでも、協力し合わなければ不可能です」

「とすると、やはり例の竜の宝の力か……。ガウス侯め、戦闘中にも力を使いこなすことができるのだな」

 とオリバンがうなります。

 

「大臣たちには、都の守りをいっそう固めるよう命じた。わらわたちに残されたのは、都にいる二千五百の兵だけじゃ。グルールが率いる八千の敵にはとてもかなわぬ。かくなる上は、都に立てこもって、援軍が到着するまで抵抗を続けるしかない」

 と女王が言いました。青ざめていますが、それでも気丈に頭を上げています。

 川辺での戦闘経験を持つセシルが、腕組みして考え込みました。

「いわゆる籠城戦(ろうじょうせん)だな。周囲の川と城壁で都を守ることになる。問題は川から敵が上陸してくることだ。ガウス軍は船は持っているだろうか?」

「分解して持ち運べる簡易型の船は運んできているかもしれぬ。だが、全軍を渡せるほど多くはないはずじゃ」

 と女王が答えます。

 すると、ゼンが自信たっぷりに背中の弓矢を揺すりました。

「川を渡って来やがったら、城壁から矢をお見舞いしてやるぜ。もっと近づいてきたら、船に石を投げ込んでやらぁ」

「ゼンがいたら、投石機なんて必要なさそうだよねぇ。ただ、あたいはやっぱり竜の宝の力が気になるな。地割れを起こせるほどの力があるんなら、例えばテト川を干上がらせるとか――そういうこともできちゃうんじゃないのかい?」

 とメールが言うと、ルルがあきれた顔をしました。

「そんなすごい魔法、天空の国の魔法使いだって、なかなかできないわよ。それこそ、ポポロくらい強力な魔力を持っていなくちゃ無理よ」

「ルルの言うとおりだな。それほどの魔法が自在に使えるなら、兵をおこすまでもなく、竜の宝の力で一気に都を攻めれば良いはずだ。それをしないということは、竜の宝も万能ではないのだろう」

 とオリバンも言います。

 そこへ、ユギルが静かに話に加わってきました。

「やはり、勇者殿がこの戦いの鍵を握っておいでですね――。勇者殿はオファの街へ援軍を呼びに行かれました。それが間に合うかどうかが、この戦いの勝敗を決めるのです」

「彼らは今頃どのあたりだろう? オファに到着しただろうか?」

 とセシルがまた尋ねると、ルルが頭を振りました。

「まだだと思うわ。オファに着いたらポポロが知らせてくるはずだもの」

 そんなやりとりを聞いて、女王は言いました。

「一番早い援軍は明日の日中には都に到着するし、その後も援軍が続く。だが、それでもグルールに勝てぬと言うならば、フルートたちが援軍を連れてくるまで持ちこたえねばならぬな」

 それまで何日かかるのだろう、と誰もが心の中で考えます。

 

 そこへ、慌ただしく一人の家臣が飛び込んできました。

「女王陛下、ここにおいででしたか! たった今、南の見張り台から連絡が入りました! ガウス侯の旗印を掲げた大軍が、見張り台の目の前を通過中とのことです!」

「なんじゃと!?」

 女王は思わず大声を上げました。他の者たちは、南の見張り台? と驚きます。

「都を守るために、南の街道沿いに設けられた場所じゃ。都から、徒歩でわずか半日ほどしか離れておらぬ!」

「ってことは――あと半日で敵が来るってこと!? 敵の到着は明日じゃなかったのかい!? どうしてそんなに早まったのさ!?」

 とメールが言って、落ち着け、馬鹿! とゼンに叱られます。

 オリバンは苦虫をかみつぶしたような表情になりました。

「どうやら、ガウス軍はずっと行軍の速度を抑えていたようだな。後ろからフェリボ候の軍勢が追っていたので、わざとゆっくり進んで、襲撃の機会を狙っていたのだ」

「フェリボ軍が壊滅したので、安心して行軍速度を上げたんだ。だが、金でかき集めた集団で、それだけの用兵をやってのけるとは――」

 とセシルも考え込んでしまいます。軍人としての経験が長い二人は、ガウス侯に並ならない軍事能力があることを、肌で感じ取ってしまったのです。

 すると、女王が言いました。

「グルールは賢い。目的があれば、その賢さはいっそう鋭さを増すのじゃ。だが、負けるわけにはいかぬ。象を準備せよ。わらわ自身で都の南の守備を視察に行く」

 命令を受けた家臣が、あたふたと部屋を出て行きました。ゼンが腕組みして女王に言います。

「女王が戦いの最前線に出ていくつもりか? 危ねえだろうが。今、この城と都を支えてるのはアクだ。アクに何かあったら、敵が攻め込んでくる前に、総崩れになるぞ」

「それはわかっておる。都の外に出るつもりはない。そうではなく、守備につく兵士たちを激励するのじゃ。八千の大軍がやってきても、決して負けずに都を守り抜け、とな」

 なるほど、と一同は納得しました。戦いは兵士たちの覇気(はき)がものを言います。敵の大軍を目の前にして戦意を喪失することがないよう、兵士たちを励ますことは、王の非常に大切な役目でした。

「我々も一緒に行こう、アキリー女王」

「ついでに南側の守りについてやらぁ」

 とオリバンやゼンが言い、一同は女王と共に部屋を出て行きました。

 

 部屋に最後まで残っていたユギルは、南東へと色違いの目を向けました。フルートたちが向かったオファの街のある方角です。

 けれども、大陸随一の占者にも、そちらを見通すことはできませんでした。間には濃い闇の雲が横たわっています。フルートたちがどのあたりまで行ったのか、今現在何をしているのか、読み取ることはできません。

 ユギルはそっとつぶやきました。

「援軍をお連れください、勇者殿。そうしなければ、都は攻め込んできた敵に蹂躙され、多くの人々が命を失います。おそらく殿下も――」

 占者の声が一瞬揺れて、とぎれました。唇をかみ、じっと足元を見つめます。

 しんと静まり返った部屋の外から、かすかに喧噪(けんそう)が聞こえてきます。何かを命じる声、人々が走り回る音、馬のいななきや防具のぶつかり合う音も遠く響いてきます。

 占者はまた顔を上げました。

「援軍をお連れください、勇者殿、ポポロ様。あなた方以外に、それをできる方はいらっしゃらない。皆を守るために――どうか、お急ぎください」

 まるでフルートたちがそこにいるように、それだけのことを言うと、ユギルも部屋を出て行きました。オリバンたちの後を追います。

 喧噪は遠くまだ続いていました。戦の支度をする物音です。

 敵の来襲を目前にして、王都はいよいよ臨戦態勢に入っていきました――。

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