その夜、フルートとポポロは、風の犬のポチに乗って都を飛びたちました。行き先は都の南東にあるオファの街です。黒雲がかかった夜空の中に、幻の竜のようなポチの姿が消えていきます――。
オリバンたちと共に城の屋上からそれを見送った女王が、一行に言いました。
「もう夜更けだが、都の防衛のためにさらに作戦を立てねば。そなたたちの助けを借りたい。もう一度会議室に来やれ」
すると、ゼンが口を尖らせました。
「その前に飯を食わせろよ、アク。俺たち、フェリボから戻る途中で携帯食を食っただけだから、腹ぺこなんだぞ」
「夜食を会議室に運ぶように命じてある。食事をしながら作戦会議じゃ」
と女王が答えると、ルルが気がついたように言いました。
「ポポロたちは何も食べずに出発したわ。途中でお腹がすいちゃうんじゃないかしら」
「彼らにも夜食を渡しておいた。大丈夫じゃ」
「それは良かった」
とオリバンはうなずき、女王と一緒に城の中へ戻っていきました。また会議室に戻って、話し合いの続きをするのです。セシル、ユギル、ルルがそれに続きます。
ゼンもその後について歩き出しましたが、後ろからメールに引き止められました。
「ちょっと待って、ゼン――」
「あん?」
ゼンは立ち止まって振り向きました。その間に女王やオリバンたちは城の中へ入ってしまいます。屋上にはゼンとメールが二人きりです。
なんだよ、キスでもしてほしいのか? と冗談まじりで言おうとして、ゼンはすぐにやめました。メールがひどく真剣な表情をしていることに気づいたからです。
「どうした?」
と尋ねると、メールは、ちょっとためらってから、決心したように話し出しました。
「あのさ、ポポロからは内緒にしててくれって頼まれたんだけどね……やっぱりゼンも知っておいたほうがいいと思うんだよ」
「なんだよ?」
ゼンは驚いてまた聞き返しました。ただならない話だと気がついて、こちらも真剣な顔になります。
「フルートのことだよ。ユギルさんがロムドを出るときに、占ったんだってさ」
とメールは、日中ポポロから聞かされたことをゼンに話し出しました――。
夜空を飛ぶポチの背中で、ポポロが城からもらってきた弁当を広げていました。
「はい、フルート」
と大きな葉にくるまれたパンを手渡します。
「ありがとう」
とフルートが暗闇の中でそれを受けとったとき、黒雲の切れ間から月がのぞきました。満月直前の、丸い明るい月です。たちまち自分たちや地上の景色が見えるようになります。
ポポロが渡してきたのは、肉や野菜をぎっしり詰めた袋パンでした。 フルートは思わず歓声を上げました。
「やあ、おいしそうだな!」
「飲み物も果物もあるわ。アクがたくさん持たせてくれたの」
「ありがたいね」
とフルートは顔をほころばせ、すぐにすまなそうな表情になって、自分たちを乗せているポチに話しかけました。
「君にも食べさせてあげたいんだけれど、飛びながらでは無理だね。ごめんね」
「ワン、気にしなくていいですよ。ぼくはオファに着いたら食べるし、風の犬になっている間はお腹がすいたり咽が渇いたりしませんから。それより、こっちこそすみません」
ポチに逆に謝られてしまったので、フルートは目を丸くしました。
「なんのこと?」
「ワン、せっかくの二人きりの旅にぼくがいるからですよ。お邪魔してしまってすみません」
ポチは笑うような声をしていました。フルートたちをからかっているのです。ポチ! とフルートが赤くなります。
月に照らされて、空の雲は夜空の中で白く輝き、地上のものは、銀紙を切り抜いて貼り付けたように、平板に光っていました。畑や森、野原や丘、時折町や村も眼下を流れていきますが、何もかもが濃い影に縁取られているので、切り絵の世界を見ているようです。そんな真ん中を、光りながら流れているのはテト川です。川筋が白い光の竜のように長々と横たわっています。
「この川に沿って飛んでいけばいいんだ」
と食事を終えたフルートが言いました。その目は川下を見つめています。
ポチが答えました。
「ワン、風向きは悪くないから順調に飛べると思うけど、到着は夜明け近くになるだろうから、それまで少し眠るといいですよ。今日はフェリボまでオリバンたちを助けに行ったり、大忙しだったんですから」
「そうだね。オファの街に着いたら、一刻も早く都に駆けつけるのにどうしたらいいか、街の人たちとすぐ相談しなくちゃいけないんだものね。少しでも休んでおかなくちゃ」
それはポポロに向かって言っていることばでした。ポポロはフルートを振り返り、いたわるようなまなざしに出会って、あわててまた前に向き直りました。真っ赤になりながら、同時に、つい涙ぐんでしまいます。優しい優しいフルートです。いつもポポロや仲間たちのことを気にかけてくれます。けれども、今、一番危険に近いのは、そんなフルート自身なのです……。
すると、フルートが腕を伸ばして、後ろからポポロを抱きしめました。ポポロに頬を寄せて、穏やかに言います。
「大丈夫。オファの街の人たちは、きっと話を聞いてくれるし、力も貸してくれるよ。大丈夫、心配ない」
フルートは、ポポロがまだ会ったことのないマーオ人たちのことを不安がっているのだろう、と考えたのです。ポポロは思わず泣き出しそうになりました。自分に回されたフルートの腕を、抱えるようにつかんでしまいます。
上空を風が吹いて、雲の切れ目が次第に広がっていました。月の光がいっそう明るく降り注いできます。白と黒と銀色の世界の中を、ポチは飛び続けます。彼らが目ざすオファの街は、まだ彼方でした――。