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第16巻「賢者たちの戦い」

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69.要請

 「都を守りきれないだと!? 馬鹿な!」

「何故だ!? 都の守りは強固だし、間もなく援軍も集まってくる! それにもかかわらず都が陥落すると言うのか!?」

 とテトの大臣たちが口々に言い出しました。都が戦場になる、と予言したユギルを責めるような口調です。

 ユギルは静かに答えました。

「占いで、何故という質問への答えは出てまいりません。ただ、わたくしには、今この後から起きてくることが感じ取れるのでございます。このままでは、ガウス侯の軍勢は都へ攻め込んでまいります。例え援軍が駆けつけてきたとしても、都の中は戦場となり、多くの者が死傷することでしょう」

 ユギルの目には、血の色に染まったオリバンの姿が見えていました。腰に下げた大剣も真っ赤になっています。危険な予兆でした。

「では、わらわたちはどうすれば良い、占者殿?」

 と女王が尋ねると、ユギルは頭を振りました。

「方法はわかりません。具体的な作戦を言っていただければ、その結果を占える可能性はございますが――」

 闇の雲に邪魔されて占盤が使えない以上、そんなふうに答えるしかなかったのですが、女王や大臣たちは失望した顔になりました。彼らは最善を考えて作戦を立てたのです。それではうまく行かない、と言われても、代わりの案が浮かんできません。

「士気を削ぐような占いは控えていただきたいですな」

 と文句を言う大臣さえ現れます。

 

 すると、フルートが考え込みながら言いました。

「援軍がもっと必要ですか、ユギルさん……? 今のままでは、援軍が間に合わないんでしょうか?」

 占者は色違いの目を細めました。オリバンをまたじっと見つめてから、答えます。

「左様でございますね、勇者殿。それも、非常に早急に援軍が必要なようでございます」

 たちまち軍務大臣は不満顔になりました。

「何故ですか? ガウス侯の軍勢はフェリボで戦ってきたばかりです。夜は必ず休まなくてはならないから、夜通しの行軍はできない。敵が都に到着するのは、早くても明後日です。その時にはフェリボ候が率いる兵も到着するし、援軍も到着し始める。援軍が遅すぎると言うことはないはずですぞ」

 この作戦のどこに欠点があるのだ、と言うように反論します。相変わらず、占者は「何故」には答えられません。

 会議室のテーブルの上には、王都マヴィカレを中心にした地図が広げられていました。先に激戦があったフェリボの街や、王都から伸びる街道も描かれています。その地図をずっと眺めていたセシルが、口を開きました。

「ガウス軍は、各個撃破をもくろんでいるのかもしれないな」

 彼女は、メイのナージャの森で女騎士団を率いていたときのように、白い鎧を身につけ、腰に剣を下げていました。地図を指でなぞりながら、きびきびした口調で話し続けます。

「現在、ガウス軍は南から都を目ざしているし、その後ろをフェリボ候の軍勢が追いかけている。だが、ガウス軍がそれに気づいていないはずはない。自分たちが挟み撃ちにされる危険性にも気がついているはずだ。だとすれば、どこかで立ち止まり、反転してフェリボ軍を襲撃するつもりなのではないだろうか? そうなれば、戦闘は四千対八千。ガウス軍の勝利は堅い。そのうえで、こちらへ向き直って攻め込めば、こちらの兵力はわずか二千五百だ。援軍が来る前に壊滅させられる」

 ふむ、とオリバンは言いました。

「確かに、挟み撃ちの弱点は各個撃破の対象にされやすいことだ。だから、追うほうは、敵に気づかれぬよう注意するのだが、ガウス侯の情報収集力は並ではないから、追っ手の存在も承知済みだろう。セシルの言うとおり、どこかでガウス軍に襲われる可能性は高いな」

 すると、軍務大臣が、いやいやと首を振りました。

「あなた方はフェリボ候という人物をご存じない。高齢だが、大変手堅い行動をなさる方です。ガウス侯が引き返して攻撃してくる危険性には初めから気づいているし、敵が本当にそうすれば、全軍で退却をして、逆に敵を都から引き離そうとすることでしょう。そうなれば、こちらは援軍が到着するまでの時間を稼げます」

 むしろそれは好都合なこと、と胸を張ってみせます。

 なんとなくロムドの一行と家臣たちが対立するような会議の流れになってきたのを見とって、女王は急いで言いました。

「今はとにかく、できる限りの準備をするのじゃ。都の守りを堅め、援軍の到着を急ぐよう、諸侯へ知らせを飛ばせ。グルールは狡猾な男じゃ。決して油断してはならぬ」

 ははっ、と大臣たちはいっせいに答えると、すぐに会議室から出て行きました。敵を迎え撃つために、それぞれの役割を果たしに行ったのです。

 

 ちっ、とゼンが舌打ちしました。

「都は絶対安全だ、って思い込んでやがるな。ユギルさんが、危ねえって警告してんのによ」

「ここはロムドではございませんので。しかも、わたくしは今、占いの力をかなり制限されております」

 とユギルは言いました。口調は平静ですが、灰色のフードをまぶかにかぶって、その表情をフードと銀髪の陰に隠してしまいます。

 会議室に残っていた女王が言いました。

「すまぬな。皆は、まだそなたたちの真の力を理解しておらぬのだ……。都を守るためには、さらに援軍が必要だと占者殿は言うのだな? だが、わらわは国中の諸侯すべてに援軍を要請した。グルールに縁が深い者は動かぬが、多くの領主が自分の兵を出動させることじゃろう。このうえ援軍を呼べと言われても、国内には呼ぶ相手がおらぬのだ。占者殿は、外国に助けを求めろ、と言われるのだろうか? 例えば、エスタ、あるいはロムド――」

 すると、フルートが首を振りました。

「外国じゃないよ。ユギルさんは、早急に援軍が必要だと言っているんだ。外国からの助けでは間に合わないはずだ。アク、もっと近い場所に、まだ声をかけていなくて、助けに来てくれそうな人たちはいないのか?」

 まだ声をかけておらぬ場所……? と女王は考え込みました。すぐには思い当たらない様子です。

 フルートはテーブルの上の地図を眺めました。中央の王都からあまり遠くない位置にある地名を確かめていきますが、どれも小さな町で、援軍になる軍隊など抱えていそうには見えません。

 すると、女王が思い出したように言いました。

「そうじゃ、オファの街があった……あそこの者たちなら、要請すれば駆けつけてくるかもしれぬ」

「オファ?」

 フルートが地図にその名前を見つけられずにいると、女王は手を伸ばして、地図の右下を指さしました。

「ここじゃ」

 それは、テト川の下流にある街でした。都からは南東の方角に当たりますが、どう見ても馬で三、四日はかかりそうな離れた場所だったので、フルートは驚きました。

「ここはどういう街?」

「このあたりはテトの国の中でもごく最近拓けた地域なのじゃ。今から十五年ほど前、ユラサイ国の南にあるマーオという小さな国で内乱が起こり、そこから逃れてきた人々が我が国まで逃げ込んできた。マーオ人はユラサイ系の民だから、我々とは宗教も文化も違う。テトの国民との間で争いが起きて、マーオ人が虐殺されそうになったので、わらわはこの地域に彼らが移住することを許可したのじゃ。ここは元はジャングルにおおわれた未開の地だったが、マーオ人は熱心に開拓を続けて、広大な水田地帯を作りあげた。オファはその中心の街じゃ――。移住して十年目の年に、彼らはこの地に定住できたことを感謝して、この国に何事かあれば我々も駆けつけて共に戦う、とわらわに誓った。あの約束は今もまだ生きているはずじゃ」

「でもさぁ、遠いよ、ここ。援軍を呼びに行っても間に合わないんじゃないかい?」

 とメールが心配すると、ユギルが言いました。

「いいえ、どうやらこれが正解のようでございます。オファからマーオ人を援軍に連れてくることができれば、都を守ることができましょう」

 おおっ、と一同はいっせいに声を上げました。頭をつき合わせるようにして、地図をのぞき込みます――。

 

「アキリー女王、即刻救援要請を出すのだ。これほど距離があっては、早鳥でも丸一日はかかる。急がねば」

 とオリバンが言いました。そこから援軍が王都にたどり着くには、また日数がかかるのですが、占者のことばを信じて、その疑問は追い払います。

 すると、フルートが言いました。

「早鳥よりもっと早く知らせに行く方法がある。ぼくがポチに乗って、空を飛んでいくんだ」

「おまえが? これからガウス軍が攻めてくるんだぞ。おまえがここを離れたらまずいだろうが」

 とゼンが驚きました。

「それならあたいが花鳥で行くよ!」

とメールも言いましたが、フルートは首を振りました。

「ガウス侯は闇の怪物を使って国中を監視している。都からオファへ飛べば、きっとガウス侯に見つかってしまうよ。ぼくならば、金の石があるから、闇の目に見つからずにすむんだ」

 確かにそれはその通りでした。一同は反対できなくなります。

 ポチが尻尾を振って言いました。

「ワン、いいですよ、フルート。行きましょう。この距離なら、ぼくなら四、五時間で飛んでいけます」

「あたし――あたしも行くわ!」

 とポポロも身を乗り出しました。いや、それは、と心配そうな顔になるフルートの腕にしがみつき、緑の瞳で、ひしと見つめます。

「あたしも一緒よ、フルート。絶対に離れない」

 そのことばと想いの強さに、フルートが思わず顔を赤らめます。

 そこへメールも言いました。

「連れていきなよ、フルート。ポポロはルルといつも話ができるんだからさ。お互いの様子を知らせ合えて、好都合だろ」

 ポポロの援護射撃です。フルートは少し考え、なるほど、とうなずきました。自分の腕を強くつかんでいるポポロへ話しかけます。

「よし、一緒に行こう。ただ、約束して。どんなに王都の様子が気になっても、透視しちゃいけない。また疲れて動けなくなったら、手遅れになるからね」

 ポポロが何度もうなずきます。

 

 女王がオファへの書状を書く間、オリバンがユギルへそっと話しかけました。

「フルートがまた我々から離れる。いよいよなのか?」

 占者は遠いまなざしをしていました。そうだとも違うとも言わずに、低い声でこう言います。

「ポポロ様が一緒に行かれます。ポポロ様は勇者殿の命の絆でございます」

 お下げ髪の瞳の少女は、もう何も言いませんでした。その目に涙はありません。代わりに瞳に強い決心の色を浮かべて、ポポロはずっとフルートの腕を抱き続けていました――。

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