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第16巻「賢者たちの戦い」

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第20章 月の空

68.会議室

 フェリボの街からオリバンとユギルを救出してきたフルートたちは、テト城に戻ると、休む間もなく作戦会議の座に着きました。

 血にまみれたオリバンやゼンの姿を見て、女王も集まった大臣たちも青くなります。

「だ、大丈夫なのか、オリバン、ゼン?」

 と尋ねた女王に、オリバンが答えました。

「私の血ではない。敵の血だ。怪我はしたが、フルートに治してもらったから心配はない」

「俺も、もう治ってらぁ。ちょっと見苦しいのは勘弁しろよな」

 とゼンも言います。そんな二人へ、血をぬぐうための布と湯が運ばれてきます。

「ガウス軍がフェリボの街を突破しました。都を目ざして進軍中です。それで会議を開いてもらいました」

 とフルートが言うと、女王はうなずきました。

「グルールがフェリボに突入して街に火を放った、とフェリボ候からも早鳥の知らせが入っておる。状況を詳しく聞かせや」

 

 そこで、彼らはフェリボの戦いの様子を語って聞かせました。フェリボの西側でガウス軍とフェリボ軍の騎兵隊が衝突したこと、同時にガウス川からは水魔の背に乗った船が何百隻も下ってきて、船着き場に歩兵が上陸してきたこと、待ちかまえていた女王軍と激戦になったが、ついに街の門が開けられてしまったこと、ガウス兵が街に火を放って北へ進軍を始めたこと――

 オリバンは敵の規模についても報告しました。

「船でやってきたガウス軍の兵は、フルートたちの活躍で、三分の一ほどが川を流されていった。川は荒れていたから、もう戦闘に加わることは不可能だろう。だが、それでも六千人ほどの歩兵が上陸した。そこにガウス侯の騎兵隊も合流したから、現在およそ八千人の敵が都に向かって進軍している」

 八千、という数に会議室の人々はどよめきました。予想を上回る人数だったのです。

 女王が声を震わせて言いました。

「川を流されていった敵がすべて上陸していれば、さらに三千の兵が加わったことになる。グルールは一万一千もの兵を準備していたのか。なんということじゃ!」

 想像を超える人数をサータマンの国内で集めていたことに、青ざめています。

 すると、大臣の一人が言いました。

「今後、サータマンが直接乗り込んでくるのではありませんか……? サータマンには、あの飛竜部隊や疾風部隊が存在します。特に、飛竜部隊は空を飛んでくるのですから、いくら橋を上げて都を閉じても防ぎようがありません!」

「では、降伏してグルールに王座を譲り渡すか?」

 と女王は鋭く聞き返し、ことばに詰まった大臣や他の者たちを見渡して言いました。

「サータマンや闇と手を結んだグルールが王になれば、この国がどうされるかは目に見えておる。弱音は聞かぬ。この国の独立と平和を守るために、敵に打ち勝つ方法を考えるのじゃ!」

 強い女王のことばに、家臣たちは、ははっといっせいに頭を下げました。それぞれ懸命に臆病風を追い払います。

 そんな様子を見て、フルートたちは思わずうなずきました。アクは本当にテトの女王だ、と改めて考えます――。

 

 すると、ユギルが口を開きました。

「サータマンからの飛竜部隊ですが、今は攻めてくる心配がございません」

「そなたの占いにそう出たのか、占者殿?」

 と女王は聞き返しました。

「いいえ、飛竜は長時間空を飛ぶことができないので、必ず戦場の近くまで馬車で運ばれるのです。サータマンが飛竜部隊を繰り出そうとすれば、必ず事前に知ることができます」

 ロムド城は赤いドワーフの戦いの際に、サータマンの飛竜部隊に襲撃されていました。その経験から、確信を込めて言い切ります。

 すると、ポチも言いました。

「ワン、確かにサータマンは飛竜部隊を抱えているけれど、今はもう、それほど数は多くないんですよ。ロムド-サータマン戦で敗れて、生きて帰った飛竜は半分以下だったらしいし、減った飛竜を補充することも、今はもうできませんから」

「それは何故じゃ?」

 と女王はまた聞き返しました。

「ワン、飛竜はユラサイ国の竜仙郷というところで育てられて、サータマンへ売り渡されていたんです。正確には、竜仙郷の中でも裏竜仙郷と呼ばれる、皇帝に逆らう人々のしわざでした。それを知った竜子帝が、裏竜仙郷の人々を逮捕したんですよ。もう、飛竜が他の国々へ売り渡されることはありません。サータマンがいくら大金を積んだって、もう一匹も飛竜を買うことはできないんです」

 ほう、と女王と大臣たちは声を上げました。

「ユラサイの新しい皇帝はまだ少年だと聞いておったが、なかなかの名君であるようじゃな。近いうちに使者を送らねば」

 と女王が言ったので、フルートたちは思わず顔を見合わせました。わがままでコンプレックスの塊だった竜子帝を、敵から守り、ユラサイの皇帝の玉座にしっかり座らせてきたのは彼らです。その顔を思い浮かべて、思わず噴き出しそうになります。

 ユギルがまた言いました。

「先にわたくしが占った結果でも、ガウス侯の攻撃にサータマンが直接手出しをしてくることはない、と出ておりました。ガウス侯がそれを許さないのです……。少なくとも、ガウス侯が戦いに勝つまでは、サータマンは安全な場所からそれを眺めていることでございましょう」

「サータマン王は、ガウス侯が勝利したら、戦いに手を貸した見返りとして、自分たちに都合の良い条件を押しつけるつもりでいるのだ。いかにも連中らしいことだ」

 とセシルが吐き捨てるように言います。

 

 オリバンがまた話し出しました。

「フェリボ候は残った兵をとりまとめて、ガウス軍の後を追っている。我々は空からそれを眺めてきたが、騎兵と歩兵合わせておよそ四千というところだ。八千のガウス軍にはかなわないので、都の軍勢と挟み撃ちにすることを狙っている」

「今のこちらの兵力はどのくらいじゃ?」

 と女王が軍務大臣に尋ねました。

「騎兵が千に、歩兵が千五百の二千五百です」

 という答えに、他の大臣たちは思わずうなりました。都からフェリボの街へ多くの兵を出動させたからですが、それにしても少なすぎる人数でした。

「フェリボ候の兵と合わせても六千五百か。ガウス軍に千五百足りないぞ」

「ガウス侯につながっていた諸侯の部隊をすべて逮捕、監禁したから、都の守備兵がいつもの半分ほどになっているのだ」

「いや、だが、フェリボ候の軍勢と敵を挟み撃ちにすれば、数が少なくとも勝てる公算は高いぞ」

「それに、無理に敵に勝つ必要はない。国中の諸侯に援軍要請は出してある。援軍が集まってくるまで、都を閉じて守り続ければ良いのだ」

「そうだ。空からの攻撃さえなければ、この都は難攻不落だ。マヴィカレの名は伊達(だて)ではない」

 と大臣たちが話し合います。

「マヴィカレというのは、古いテトのことばで、青い要塞という意味なのじゃ。青はテト川の象徴。川に周囲を守られた都であるからな」

 と女王がフルートたちへ教えてくれました。

「一番早い援軍は、いつ頃到着するのだ?」

 とオリバンが尋ねると、軍務大臣がまた答えました。

「都に一番近いのは、ここにいるメルケジ候の領地です。すでに兵を整えて、出陣間近と」

「左様。明朝の日の出を待って、千五百の兵が出発する。五百が騎兵、残りは歩兵だ。騎兵部隊は明後日に、歩兵部隊も三日以内には都に到着する。それでこちらもガウス侯と同じ八千の軍勢になる」

 とメルケジ候が胸を張ります。

 大丈夫だ、やれる、という雰囲気が会議室の中に高まってきました。味方の数は敵に劣りますが、都を守れば援軍が続々到着し始めるので、時間と共にこちらが優勢になっていくのです。

 よし、と女王は言いました。

「都の守りを堅めよ。弓部隊と投石部隊を都の南へ配置するのじゃ。グルール・ガウスの軍勢を迎え撃つ」

「投石部隊?」

 とメールが聞き返したので、オリバンが答えました。

「投石機を使って、岩や大きな石を敵に向かって投げつけるのだ。城攻めの時によく使われる武器だが、ここのように、川向こうの敵を攻撃するのにも効果がある」

「弓が必要なら、俺も加わってやるぜ。川の向こうに攻めてきた敵を射ればいいんだろう? なら、楽勝だ」

 とゼンが背中の弓矢を揺すってみせます。

 

 すると、フルートが急にユギルへ尋ねました。

「どうかなさったんですか?」

 ロムド城の一番占者は、話し合いを聞きながら、じっとオリバンを見つめていました。その整った顔が次第に考え込む表情になっていったことに、フルートは気づいたのです。オリバンを通じて、何かを予知したのに違いありません。

 ユギルは観察力のある勇者へ一礼してから、口を開きました。

「激戦の予兆が見えるのでございます……。都の中が戦場になります。今の計画では、都を守りきれないことでございましょう」

 厳かな声で、占者は皆へそう告げました――。

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