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第16巻「賢者たちの戦い」

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67.怪鳥

 行く手から現れたフルートとゼンは、ポチと一緒に敵へ飛びかかっていきました。怒ったように羽ばたく鳥を見て、ゼンが言います。

「ロック鳥だぞ。さっき当たった矢がもう抜けて治ってらぁ」

「闇の怪物だからな。ガウス侯が送り込んできたんだ」

 とフルートは言って、鎧の中からペンダントを引き出しました。以前切れた鎖は、ゼンが修理してくれていました。透かし彫りに囲まれた金の石が現れます。

 ところが、それをかざす前に、ロック鳥が目の前から姿を消しました。翼をすぼめて急降下したのです。彼らの真下で上を向き、翼を打ち合わせて上昇してきます。ポチはあわてて身をひねりましたが、鳥のくちばしが体を突き破りました。白い霧のような長い胴が、飛び散ってちぎれます。

「ポチ!!」

 フルートとゼンは思わず声を上げましたが、ポチは墜落しませんでした。ちぎれた胴がまたつながり合っていきます。

「ワン、大丈夫です。ぼくは今、風だから」

 すると、頭上へ回ったロック鳥が翼を打ち合わせました。翼から抜けた羽根が、黒い光に変わって襲いかかってきます。闇の光の攻撃です。

 とっさにフルートは叫びました。

「金の石!」

 魔石が輝いて、一瞬で闇の羽根を消しました。同時にロック鳥の姿も消えます。消滅したわけではありません。敵を見失って、フルートたちがあわてます。

 すると、ルルが言いました。

「後ろよ! 危ない!」

 ぎょっと振り向いたフルートたちの目に、後方から突進してくるロック鳥が飛び込んできました。ポチがまた身をよじってかわしますが、間に合いませんでした。ロック鳥は激しく羽ばたき、かぎ爪の脚でフルートを捕まえました。あっという間にポチの背中からさらってしまいます。

 

「フルート!!」

 ゼンとポチは叫びました。近くに留まっていたルルも引き返してきます。

 象も持ち上げる強い鳥の脚が、フルートの体を締めつけていました。鎧がぎしぎしと音を立てます。両腕も一緒につかまれているので、フルートは剣が抜けません。マントが絡まっているので、金の石も光をさえぎられてしまいます。

「こんちくしょう! フルートを放せ!」

 ゼンがポチと向かっていくと、ロック鳥がまた闇の羽根を撃ち出してきました。あわててポチがかわします。

 ルルは背中のオリバンとユギルに言いました。

「しっかりつかまっていて! 風の刃を使うわよ――!」

 ぐぐん、とルルの速度が上がりました。空高く舞い上がり、宙返りをすると、そのまま急降下します。オリバンとユギルはルルの背中にしがみつきました。急激な重力変化に、オリバンはうめき続けました。痛みに気を失ってしまわないよう、必死で意識をつなぎ止めます。

 ひゅっと鋭い音を立てて、ルルが身をひるがえしました。長い風の尾がロック鳥に絡みついて離れていきます。

 すると、鳥の頭が首の先から離れました。くちばしを開き、キァ、と甲高く鳴きかけた形のまま、空から落ちていきます。続いて、鳥の体が大きく傾きました。羽ばたきがやみ、やはり墜落を始めます。脚にはまだフルートを捕まえたままです。

「やべぇ」

 ゼンはポチと後を追いかけました。鳥の体に追いつき、身を乗り出して鳥の足の指を捕まえます。鳥は、首を切られたのに、驚くほど強い力でフルートをつかみ続けていました。まだ死んでいないのです。

「でぇい!」

 ゼンは力任せに鳥の指を引きはがしました。フルートを開放しようとしますが、鳥はすぐにもう一方の脚でフルートをつかみ直しました。なんとしても放そうとはしません。ただ、その拍子にフルートの右腕が自由になりました。

 フルートは素早く炎の剣を抜くと、鳥の脚に切りつけました。傷口から火が吹き出し、鳥の体が炎に包まれます。

「うぉっとっと!」

 炎に巻き込まれそうになって、ゼンとポチは後退しました。フルートが空に投げ出されて墜落していくのを見ると、あわてて後を追います。そこにオリバンとユギルを乗せたルルも並びました。二匹で先を争うようにしながら、フルートに追いつこうとします。地上がぐんぐん迫ってきます――。

 先にフルートに追いついたのはポチでした。渦を巻いてフルートを受け止めると、ゼンが手を伸ばして自分の後ろへ引き上げます。

「ったく! 切りつけるにしても考えてやれよ。危ねえだろうが!」

 とゼンが文句を言うと、フルートが言い返しました。

「しょうがないじゃないか。闇の怪物は聖なる光か炎でしか倒せないんだから」

「そういう意味じゃねえ!」

 ゼンがいっそう怒ります。

 

 ところが、そこに今度はユギルの声が響きました。

「危ない、勇者殿、ゼン殿! また後ろです!」

 フルートとゼンは振り向いて、ぎくりとしました。フルートのすぐ後ろに、ロック鳥の頭が浮いていたのです。体はありません。ただ頭だけでキァァと鳴き、鋭いくちばしを突き出してきます。

 鳥に襲われたのは、フルートではなくゼンでした。むき出しの頭にくちばしの一撃を食らって、血を噴いて倒れます。

「ゼン――!」

 フルートは悲鳴のように叫びました。剣で切りつけると、ロック鳥の頭は飛んで逃げてしまいます。

「ゼン! ゼン!!」

 フルートはペンダントを外して、金の石をゼンに押し当てました。ゼンの頭から、みるみる傷が消えていきます。

 すると、またロック鳥の頭が迫ってきました。今度はフルートへくちばしを向けます。フルートは逃げませんでした。右手でペンダントをゼンに押し当てたまま、左腕を広げてゼンをかばいます。

 フルートの真っ正面で、ロック鳥が笑うように目を細めました。フルートの顔に狙いを定め、くちばしで突き刺そうとします――。

 

 そこに巨大な鳥が割って入ってきました。色とりどりの翼でフルートたちとロック鳥の頭を引き離してしまいます。羽ばたきが起こす風に、むせかえるような芳香が混じります。それは花鳥でした。背中にはメールとポポロ、そしてセシルを乗せています。

 セシルが鳥の上に立ち上がりました。全身白い鎧姿ですが、兜はかぶっていません。長い金髪を髪になびかせながら、ロック鳥の頭を見据えて叫びます。

「下がれ!」

 とたんに、怪鳥の頭は大きく飛び下がりました。

「そのまま動くな!」

 とセシルがまた言うと、空中で凍りついたように動かなくなります。セシルは魔獣を従える力を持っているのです。

 そこへ上空からルルが舞い下りてきました。背中では、ユギルに支えられたオリバンが、左手に剣を構えていました。すくんで動けなくなっているロック鳥の頭へ振り下ろします。リーンと澄んだ音が響き、怪鳥の頭は黒い霧に変わりました。霧は崩れ、風に流されて消えていきます――。

 

 オリバンの大きな体がよろめきました。右腕を抱えて、またうずくまってしまいます。

「オリバン!!」

 フルートはオリバンへ飛んでいきました。ゼンの傷はすっかり治っていたので、今度はオリバンへ金の石を押し当てます。

 魔石の力は絶大でした。骨が砕け、腫れ上がっていたオリバンの肩が、たちまち元通りになってしまいます。

 オリバンは大きな息をはいて身を起こしました。心配して見つめるフルートたちを見回して言います。

「心配をかけたな。すまん」

 痛みの消えた腕から布をほどき、右手を動かして見せます。

 セシルは花鳥の上からルルの背中へ飛び移りました。すみれ色の瞳で未来の夫をにらみつけます。

「あなたは――あなたは本当に――」

 言いたいことがことばになりません。泣き出しそうになって、セシルはオリバンの胸に顔を埋めました。すまん、とオリバンがそれを抱き寄せます。

 

 ほっと笑顔になった一行の中で、花鳥に乗ったメールとポポロだけは、真剣な表情をしていました。二人が見つめていたのは、オリバンではなく、そのそばにいるフルートでした。

 メールが言います。

「確かに、フルートも危なかったよね……。セシルが間に合わなかったら、死んでたかもしれない。いつも通りの戦い方って言えば、それまでだけどさ、だからこそ危険なわけだもんね」

 ポポロはうなずきました。ポポロの瞳は涙でいっぱいになっています。

「フルートは、いつだって誰かを守ろうとして自分の体を投げ出すのよ。これは本物の戦争だわ。フルートは、誰かのために、今度こそ命を落としてしまうのかもしれないのよ……」

 涙があふれてこぼれ出します。

 そんな少女たちのやりとりには気づかずに、フルートが言いました。

「一度テト城に戻るぞ! ガウス軍は都に攻めてくる! アクたちと作戦を練って、迎撃するんだ!」

 おう! とゼンが元気に答え、よし、とオリバンが言い、ワンワンと犬たちがほえます。

 先頭に立って北へ飛び始めたフルートを、メールとポポロは花鳥から見つめ続けていました――。

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