行く手から現れたフルートとゼンは、ポチと一緒に敵へ飛びかかっていきました。怒ったように羽ばたく鳥を見て、ゼンが言います。
「ロック鳥だぞ。さっき当たった矢がもう抜けて治ってらぁ」
「闇の怪物だからな。ガウス侯が送り込んできたんだ」
とフルートは言って、鎧の中からペンダントを引き出しました。以前切れた鎖は、ゼンが修理してくれていました。透かし彫りに囲まれた金の石が現れます。
ところが、それをかざす前に、ロック鳥が目の前から姿を消しました。翼をすぼめて急降下したのです。彼らの真下で上を向き、翼を打ち合わせて上昇してきます。ポチはあわてて身をひねりましたが、鳥のくちばしが体を突き破りました。白い霧のような長い胴が、飛び散ってちぎれます。
「ポチ!!」
フルートとゼンは思わず声を上げましたが、ポチは墜落しませんでした。ちぎれた胴がまたつながり合っていきます。
「ワン、大丈夫です。ぼくは今、風だから」
すると、頭上へ回ったロック鳥が翼を打ち合わせました。翼から抜けた羽根が、黒い光に変わって襲いかかってきます。闇の光の攻撃です。
とっさにフルートは叫びました。
「金の石!」
魔石が輝いて、一瞬で闇の羽根を消しました。同時にロック鳥の姿も消えます。消滅したわけではありません。敵を見失って、フルートたちがあわてます。
すると、ルルが言いました。
「後ろよ! 危ない!」
ぎょっと振り向いたフルートたちの目に、後方から突進してくるロック鳥が飛び込んできました。ポチがまた身をよじってかわしますが、間に合いませんでした。ロック鳥は激しく羽ばたき、かぎ爪の脚でフルートを捕まえました。あっという間にポチの背中からさらってしまいます。
「フルート!!」
ゼンとポチは叫びました。近くに留まっていたルルも引き返してきます。
象も持ち上げる強い鳥の脚が、フルートの体を締めつけていました。鎧がぎしぎしと音を立てます。両腕も一緒につかまれているので、フルートは剣が抜けません。マントが絡まっているので、金の石も光をさえぎられてしまいます。
「こんちくしょう! フルートを放せ!」
ゼンがポチと向かっていくと、ロック鳥がまた闇の羽根を撃ち出してきました。あわててポチがかわします。
ルルは背中のオリバンとユギルに言いました。
「しっかりつかまっていて! 風の刃を使うわよ――!」
ぐぐん、とルルの速度が上がりました。空高く舞い上がり、宙返りをすると、そのまま急降下します。オリバンとユギルはルルの背中にしがみつきました。急激な重力変化に、オリバンはうめき続けました。痛みに気を失ってしまわないよう、必死で意識をつなぎ止めます。
ひゅっと鋭い音を立てて、ルルが身をひるがえしました。長い風の尾がロック鳥に絡みついて離れていきます。
すると、鳥の頭が首の先から離れました。くちばしを開き、キァ、と甲高く鳴きかけた形のまま、空から落ちていきます。続いて、鳥の体が大きく傾きました。羽ばたきがやみ、やはり墜落を始めます。脚にはまだフルートを捕まえたままです。
「やべぇ」
ゼンはポチと後を追いかけました。鳥の体に追いつき、身を乗り出して鳥の足の指を捕まえます。鳥は、首を切られたのに、驚くほど強い力でフルートをつかみ続けていました。まだ死んでいないのです。
「でぇい!」
ゼンは力任せに鳥の指を引きはがしました。フルートを開放しようとしますが、鳥はすぐにもう一方の脚でフルートをつかみ直しました。なんとしても放そうとはしません。ただ、その拍子にフルートの右腕が自由になりました。
フルートは素早く炎の剣を抜くと、鳥の脚に切りつけました。傷口から火が吹き出し、鳥の体が炎に包まれます。
「うぉっとっと!」
炎に巻き込まれそうになって、ゼンとポチは後退しました。フルートが空に投げ出されて墜落していくのを見ると、あわてて後を追います。そこにオリバンとユギルを乗せたルルも並びました。二匹で先を争うようにしながら、フルートに追いつこうとします。地上がぐんぐん迫ってきます――。
先にフルートに追いついたのはポチでした。渦を巻いてフルートを受け止めると、ゼンが手を伸ばして自分の後ろへ引き上げます。
「ったく! 切りつけるにしても考えてやれよ。危ねえだろうが!」
とゼンが文句を言うと、フルートが言い返しました。
「しょうがないじゃないか。闇の怪物は聖なる光か炎でしか倒せないんだから」
「そういう意味じゃねえ!」
ゼンがいっそう怒ります。
ところが、そこに今度はユギルの声が響きました。
「危ない、勇者殿、ゼン殿! また後ろです!」
フルートとゼンは振り向いて、ぎくりとしました。フルートのすぐ後ろに、ロック鳥の頭が浮いていたのです。体はありません。ただ頭だけでキァァと鳴き、鋭いくちばしを突き出してきます。
鳥に襲われたのは、フルートではなくゼンでした。むき出しの頭にくちばしの一撃を食らって、血を噴いて倒れます。
「ゼン――!」
フルートは悲鳴のように叫びました。剣で切りつけると、ロック鳥の頭は飛んで逃げてしまいます。
「ゼン! ゼン!!」
フルートはペンダントを外して、金の石をゼンに押し当てました。ゼンの頭から、みるみる傷が消えていきます。
すると、またロック鳥の頭が迫ってきました。今度はフルートへくちばしを向けます。フルートは逃げませんでした。右手でペンダントをゼンに押し当てたまま、左腕を広げてゼンをかばいます。
フルートの真っ正面で、ロック鳥が笑うように目を細めました。フルートの顔に狙いを定め、くちばしで突き刺そうとします――。
そこに巨大な鳥が割って入ってきました。色とりどりの翼でフルートたちとロック鳥の頭を引き離してしまいます。羽ばたきが起こす風に、むせかえるような芳香が混じります。それは花鳥でした。背中にはメールとポポロ、そしてセシルを乗せています。
セシルが鳥の上に立ち上がりました。全身白い鎧姿ですが、兜はかぶっていません。長い金髪を髪になびかせながら、ロック鳥の頭を見据えて叫びます。
「下がれ!」
とたんに、怪鳥の頭は大きく飛び下がりました。
「そのまま動くな!」
とセシルがまた言うと、空中で凍りついたように動かなくなります。セシルは魔獣を従える力を持っているのです。
そこへ上空からルルが舞い下りてきました。背中では、ユギルに支えられたオリバンが、左手に剣を構えていました。すくんで動けなくなっているロック鳥の頭へ振り下ろします。リーンと澄んだ音が響き、怪鳥の頭は黒い霧に変わりました。霧は崩れ、風に流されて消えていきます――。
オリバンの大きな体がよろめきました。右腕を抱えて、またうずくまってしまいます。
「オリバン!!」
フルートはオリバンへ飛んでいきました。ゼンの傷はすっかり治っていたので、今度はオリバンへ金の石を押し当てます。
魔石の力は絶大でした。骨が砕け、腫れ上がっていたオリバンの肩が、たちまち元通りになってしまいます。
オリバンは大きな息をはいて身を起こしました。心配して見つめるフルートたちを見回して言います。
「心配をかけたな。すまん」
痛みの消えた腕から布をほどき、右手を動かして見せます。
セシルは花鳥の上からルルの背中へ飛び移りました。すみれ色の瞳で未来の夫をにらみつけます。
「あなたは――あなたは本当に――」
言いたいことがことばになりません。泣き出しそうになって、セシルはオリバンの胸に顔を埋めました。すまん、とオリバンがそれを抱き寄せます。
ほっと笑顔になった一行の中で、花鳥に乗ったメールとポポロだけは、真剣な表情をしていました。二人が見つめていたのは、オリバンではなく、そのそばにいるフルートでした。
メールが言います。
「確かに、フルートも危なかったよね……。セシルが間に合わなかったら、死んでたかもしれない。いつも通りの戦い方って言えば、それまでだけどさ、だからこそ危険なわけだもんね」
ポポロはうなずきました。ポポロの瞳は涙でいっぱいになっています。
「フルートは、いつだって誰かを守ろうとして自分の体を投げ出すのよ。これは本物の戦争だわ。フルートは、誰かのために、今度こそ命を落としてしまうのかもしれないのよ……」
涙があふれてこぼれ出します。
そんな少女たちのやりとりには気づかずに、フルートが言いました。
「一度テト城に戻るぞ! ガウス軍は都に攻めてくる! アクたちと作戦を練って、迎撃するんだ!」
おう! とゼンが元気に答え、よし、とオリバンが言い、ワンワンと犬たちがほえます。
先頭に立って北へ飛び始めたフルートを、メールとポポロは花鳥から見つめ続けていました――。