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第16巻「賢者たちの戦い」

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65.二対一

 フェリボの街の門がドワーフの傭兵にこじ開けられ、ガウス兵が街中へなだれ込むのを見て、オリバンは歯ぎしりをしました。

 水魔が消えたために、ガウス軍の船はすべて押し流され、怒濤の中へ呑み込まれていきましたが、船着き場にはすでに数千の兵が上陸していました。街を守る女王軍より数が多いのです。それが開かれた門へ殺到して行くのですから、女王軍にはその勢いを停められません。

 けれども、門の内側には、女王軍の歩兵たちがいました。飛び込んできたガウス兵へいっせいに矢を放ち、それでも停まらないとわかると、大声を上げて切りかかっていきます。今度は、街の入口で激しい戦闘が始まります。

 乱戦の中で、ひときわ目立つ戦いをしているのは、ドワーフの傭兵でした。太い腕で戦斧を振り回し、女王軍の兵を次々に倒して、道を切り拓いていきます。重くて長い斧を棒きれのように軽々と振り回すので、女王軍は近づくことができません。射かけた矢も、ドワーフの斧や鎧兜に弾かれてしまいます。

「来い、ユギル! あいつを倒すぞ!」

 とオリバンは駆け出しました。ガウス軍の兵に追いついて切り伏せ、門の中へと駆け込みます。

 ドワーフのほうでもオリバンを見つけました。

「来たな、若造! もう一度勝負だ! 血祭りにあげてやる!」

 と笑いながら戦斧を振り上げます。

 

 オリバンは行く手をふさいだ敵を切り倒し、屍(しかばね)を飛び越えてさらに走り続けました。右手の大剣を両手に握り直します。

 ドワーフは戦斧を大きく振りかざしました。タイミングを見定め、迫ってきたオリバンの上へ振り下ろします。

 とたんに、オリバンが横へ飛びのきました。斧が地響きを立てて地面に突き刺さります。

「むっ」

 ドワーフはすぐに斧を引き抜きました。あっという間のことで、オリバンには攻め込む隙がありません。

 すると、ドワーフ目がけて短剣が飛びました。ドワーフが、とっさに顔をそむけたので、棘のついた兜に当たって落ちます。オリバンの後ろにユギルが立っていました。右手にはもう次の短剣を握っています。

 ドワーフがそちらへ身構えた隙に、オリバンはまた駆け出しました。駆け抜けざまにドワーフへ切りつけようとします。

 ドワーフは斧の柄を急に短く持ち替えました。斧の先端ではなく、柄のほうを横に突き出し、オリバンの胴を引っかけて持ち上げます。オリバンは投げ飛ばされ、ガシャン、と地面に倒れました。人一倍大柄なオリバンも、ドワーフの怪力にはとてもかないません。

 そこへドワーフが襲いかかってきました。斧をまた長く持ち替え、オリバンへ振り下ろそうとします。

 

 すると、その目の前にまた銀の切っ先が突きつけられました。ユギルが飛び込んできたのです。低く身構え、短剣をドワーフに突き出しています。

 ドワーフはたじろぎました。ユギルへ斧を振り下ろすことはできますが、至近距離なので、それより先に顔を刺されてしまいます。あわてて飛びさがると、その間にオリバンが跳ね起き、またドワーフへ切りかかっていきました。今度は敵のほうに斧を振り上げる間がなくなります。

 とたんに、ドワーフはまた柄を構えました。オリバンの剣を、鉄の柄でがっきと受け止め、柄の先でオリバンを殴り倒します。傭兵稼業の長いドワーフは、実戦での斧の使い方に慣れていたのです。

 斧を振り上げた手元に、また短剣が飛んできました。分厚い皮と金属でできた手袋の隙間から、左手に突き刺さります。ドワーフは悲鳴を上げ、その拍子に狙いが狂いました。斧はオリバンをそれ、また地面に深々と刺さります。

「この……!」

 ドワーフは怒りに顔を歪めると、短剣を抜いて投げ捨て、戦斧を右手だけで振り回し始めました。刃がうなりを上げて飛んでくるので、そばには誰も近寄れません。オリバンも押されて後ずさります。

 すると、また短剣が飛びました。振り回される斧の間をすり抜けて、ドワーフの兜に当たります。ドワーフはユギルをにらみつけました。青年が次の短剣を取り出そうと懐(ふところ)に手を入れているのを見ると、ほえながら突進して、斧を振り下ろそうとします。

 ユギルは後ろへ飛びのきました。灰色の長衣の裾がなびき、長い銀の髪がふわりと広がります。頭を振って、その髪をはらいのけると、ユギルはまた懐へ手を入れました。ドワーフはさらにいきり立ち、突進を続けました。青年へ斧で切りつけようとします。

 それをまたかわそうとしたユギルが、何故か急に体勢を崩しました。足が滑ったように仰向けになり、その場に倒れてしまいます。

「もらったぞ!」

 ドワーフは勝ち誇って叫び、斧を振り上げました。ユギルの頭へ力一杯振り下ろそうとします。

 

 そのとたん、ドワーフは、ぎょろりと大きく目をむきました。勝ちどきが途絶え、大きく開けた口の奥から、今度はうめき声と血が噴き出してきます。

 オリバンがドワーフの後ろに立っていました。大剣を両手に握り、背後からドワーフを突き刺したのです。ドワーフは鋼の胸当てを付け、その下に鎖かたびらを着込んでいましたが、オリバンの剣は、鎖で編んだ服を断ち切っていました。戦斧が地響きを立てて落ちます。

 オリバンが剣を引き抜くと、ドワーフはその場に崩れて倒れました。血を吐きながら、地面の上でもがきます。

「大丈夫か!?」

 とオリバンはユギルにかがみ込み、占者が平然としているのを見て、渋い顔になりました。

「あいつの隙を誘うのに、わざと倒れて見せたな? 危険すぎるぞ」

 ユギルは身を起こしました。

「大丈夫でございます。あの男の斧はわたくしには当たらない、と先読みできておりましたので」

「だからと言って――」

 オリバンが文句を言い続けようとすると、ふいにユギルが顔つきを変えました。鋭く叫びます。

「殿下、後ろを!」

 はっとオリバンが振り向くと、そこにドワーフが立ち上がっていました。腹と顔を血で染めながら、拳を振り上げます。ユギルを助け起こすのに膝をついていたオリバンは、剣が間に合いませんでした。うなりを上げて飛んできた拳が、鎧を着たオリバンの右肩を強打します。

 オリバンは吹き飛びました。地面に激しくたたきつけられます。

「殿下――!」

 ユギルは叫び、ドワーフはからからと笑いました。

「どうだ、若造! ドワーフの頑丈さを思い知っただろう!」

 オリバンは倒れたまま動きません。そこへドワーフはまた飛びかかり、今度は頭へ致命傷の一打をくらわせようとします。

 すると、大剣がまたひらめきました。オリバンが左手で剣をふるったのです。兜をかぶったドワーフの頭が、首の上からずれて落ちていきます――。

 

 ドワーフは音を立てて倒れました。

 降りかかってくる血しぶきの雨を浴びながら、オリバンは顔を歪めて笑いました。

「どれほど頑強なドワーフでも、首を切られては生きてはいられんだろう……」

 その顔は激痛で真っ青でした。ドワーフに肩を殴られた右腕が動かなくなっていました。痛みが激しくて、立ち上がることもできません。

「殿下! しっかり!」

 駆け寄ってくるユギルの声を聞きながら、オリバンはつぶやき続けました。

「あいつが北の峰の赤いドワーフの親族でなくて良かった……さすがに、ゼンに許してもらえなくなるだろうからな……」

 激痛とユギルの呼び声が遠ざかっていきます。

 オリバンは、薄い苦笑いを浮かべたまま、気を失ってしまいました――。

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