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第16巻「賢者たちの戦い」

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61.水の柱

 船着き場の戦闘は、次第に形をはっきりさせ始めていました。岸から上陸して攻め込んでくるガウス軍と、門と壁を背に街を守って戦う女王軍の二つの集団です。数の上ではガウス軍が圧倒的に勝っているのですが、船着き場が狭いので戦いにくくなっていました。女王軍を攻められるのは最前列の兵だけで、後続の兵は武器を握ったまま立ちん坊になってしまいます。船はまだ続々とやってきますが、上陸できなくて、川の上に留まります。激しい流れに逆らって停泊する船の集団は、水鳥の大群が羽を休めて浮いているように見えます。

 オリバンはユギルと女王軍の陣地に駆け戻ると、迫ってくる敵と戦いました。

「守れ! 守れ! 敵をフェリボに入れるな!」

 船着き場の司令官の声が女王軍の中に響き渡ると、兵たちがいっそう勢いづきます。女王軍がガウス軍を押し返し、ガウス軍の最後尾では、押されて川に落ちる兵さえ出てきます。激流に落ちた兵士は、仲間の船が引き上げる間もなく、押し流されて見えなくなってしまいます。

 

 その時、オリバンの後ろにいたユギルが、ぎょっとした表情になりました。川を見て鋭く叫びます。

「殿下、あれを――!」

 オリバンは目の前の敵を切り倒して顔を上げました。川へ目を向けますが、敵の船がさらに増えているだけで、先と大きな変化はありません。

 ところが、その中の数隻が急に浮き上がり始めました。川の水が船を載せたまませり上がっていったのです。船のガウス兵が悲鳴を上げますが、水は停まりません。さらに高く船を持ち上げて、赤い水の柱になります。

 と、その柱にいきなり口が開きました。ボォォォォ、と低い笛のようにほえます。船着き場の兵士たちは、敵も味方も仰天しました。水魔だ! 水魔だぞ! と口々に叫んで柱を見上げます。

「水魔だと!?」

 とオリバンは驚きました。近くにいた女王軍の兵を捕まえて尋ねます。

「あの怪物はなんだ!? 敵か!?」

 フルートたちは荒れたテト川を下ったときに水魔と戦いましたが、オリバンが水魔に出会ったのは、これが初めてだったのです。

「あ、あれはニータイ川に棲む闇の怪物です! ガ、ガウス川に現れるなんて、そんなはずは! そんな馬鹿な――!!」

 と兵士が混乱しながら答えます。

 そこへ、水魔が上陸してきました。長い水の柱がしなりながら倒れ、蛇のように船着き場へ這い上がってきます。それは激しい赤い水の流れでした。進行方向にいた兵士を敵味方関係なく押し倒し、押し流して、城壁へ進んでいきます。上には数隻の船を載せたままです。

 やがて、水魔と船は壁にぶつかって停まりました。水魔は向きを変えて女王軍へ襲いかかり、船だけが後に残されます。そこにはガウス兵が乗り込んでいました。着地の衝撃がおさまると、武器を手に女王軍の中に飛び込んできます。水魔と敵に追われて、女王軍の陣営が崩れ始めます。

 オリバンは水魔へ走りました。武器を大剣から聖なる剣に持ち替えて、怪物の巨大な体へ振り下ろします。すると、水魔の水の胴が一瞬で黒い霧に変わりました。

 ボァァァァ!!!

 水魔がほえ、流れるのをやめてオリバンを振り向きました。確かにダメージは与えたのですが、巨大すぎて消滅させられなかったのです。川から水魔の体に赤い水が吸い上げられ、霧散した部分が元に戻ってしまいます。

 襲いかかってきた水魔の頭へ、オリバンはまた剣をふるいました。ばっと水が飛び散り、また黒い霧になって散っていきます。おお! と女王軍から歓声が上がります。

 けれども、やはり水魔の頭は再生してきました。体の後ろ半分が川の中にあるので、そこから無尽蔵に水を吸い上げて、元に戻ってしまうのです。どうすれば倒せるのだ……!? とオリバンは歯ぎしりしました。巨大すぎる怪物に、打つ手が思いつきません。

 

 すると、またユギルの声が聞こえました。激戦の中でも、オリバンが行くところへ必ず従ってきているのです。

「殿下、水魔の体の水が動かない場所をお探しください! そこが奴の核――急所です!」

 とたんに、水が鞭のように飛んできて、ユギルを跳ね飛ばしました。水魔が攻撃してきたのです。ユギルは地面にたたきつけられてうめき、次の瞬間、我に返って両腕を顔の前に上げました。その上に大量の水が音を立てて降ってきます。

「ユギル!!」

 オリバンは叫びました。水魔が放つ水はユギルをまともにたたいています。このままではユギルが溺れてしまいます。

 オリバンは焦って水魔を見回しました。怪物の体は、竜巻のように激しく渦巻く水でできています。その上へ懸命に目を凝らし、地面に近い位置に、他の部分とは流れ方の違う渦を見つけました。水は高速で回転していますが、渦の中心は水がまったく動いていません。

「そこか!」

 とオリバンは駆け出しました。聖なる剣を両手で握り、渦の中心を力一杯突き刺します。

 とたんに手応えが返ってきて、水魔の動きが止まりました。みるみる怪物の全身が黒くなり、霧に変わって崩れていきます。ユギルを襲っていた水も停まります。

 オリバンはユギルに駆けつけて引き起こしました。

「ユギル! 大丈夫か――!?」

「なんとか……。とっさに鼻と口をかばいましたので」

 とユギルが答えました。その髪も服もずぶ濡れで、顔や腕にはいくつもあざができていました。それだけ水の勢いが激しかったのです。オリバンの助けが遅れれば、水で圧死させられるところでした。

 

 水魔が消えていったので、女王軍からは歓声が上がっていました。また勢いを盛り返して、ガウス軍に反撃していきます。水魔に運ばれて飛び込んできたガウス兵も、城壁の大門に突き当たり、それ以上進めなくなったところを、女王軍の兵に取り囲まれてしまいました。一人、また一人と倒れていきます。

「ユギルは前線から下がって休め」

 とオリバンは言うと、武器をまた愛用の大剣に持ち替えました。占者を残して、敵の大勢かたまる場所へ切り込んでいこうとします。

 ところが、それをユギルが引き止めました。

「殿下!」

 と叫んで、また川を指さします。

 川で再び騒ぎが起きていました。上陸できずに停泊していた船が、水と一緒にまた浮き上がっていったのです。川面に水の柱が次々にそそり立ちます。それは水魔の群れでした。すべての怪物が、水の体の上に船を載せています。怒濤の川の中でガウス軍の船を運んでいたのは、水魔の大群だったのです。川面が怪物で埋め尽くされます。

「なんという数だ――」

 とオリバンはうめきました。川に姿を現した水魔は百匹を超しています。これがいっせいに襲いかかってきたら、オリバンにはとても倒しきれません。

 ボァァァァァァ

 茫然と立ちすくむ人々の前で、水魔の群れはいっせいに声を上げました――。

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