フェリボの街から西に延びる街道では、馬に乗った兵士たちが戦っていました。
ガウス軍の兵士の兜の房は白で、着ている鎧にも白い色が目立ちますが、それを迎えるフェリボ軍の兜の房は赤で、鎧は赤みを帯びています。敵味方が入り交じる戦場で、互いの色を目印に攻撃していきます。蹄の音と、兵士の雄叫び、槍や刀が敵の防具にぶつかる音が、街道に響きます。
その様子を、ガウス侯が陣営の後方から眺めていました。
「やはりフェリボ軍が待ちかまえていたな。規模はこちらとほぼ同じというところか。さすがはフェリボ候だ」
けれども、そうつぶやく候の口調は冷静でした。目の前の戦いは五分に見えていますが、焦ることもなく構えています。
すると、隣で川を眺めていた側近が、急に歓声を上げました。
「まいりました、殿! 本隊です!」
激しい波としぶきを立てるガウス川の上流から、黒い船の集団が姿を現したのです。みるみる増えて、何百隻という数になり、川を埋め尽くして下ってきます。船上には大勢の兵士が乗っています。
「銅鑼を鳴らせ!」
とガウス侯が命じ、近くにいた兵士が銅鑼が打ち鳴らしました。すると、それに応えて船からも銅鑼がジャンジャンと鳴り、陸上のガウス軍からは鬨(とき)の声が上がりました。味方の船だと気づいたのです。一方のフェリボ軍は、突然現れた敵の大軍に驚き、浮き足立ちました。そこへ勢いづいたガウス軍がいっせいに襲いかかったので、じりじりと押され始めます。
「逃げるな! 敵を倒せ! ここを突破されれば、フェリボの街が蹂躙(じゅうりん)されるぞ!」
とフェリボ軍の司令官が兵を叱りつけました。先ほどオリバンと話していたフェリボ候の息子です。ひときわ立派な赤い鎧兜を身につけています。
フェリボ軍の騎兵はすぐに踏みとどまり、馬に鞭を当てて反撃を開始しました。馬の蹄が巻き上げる土煙の中で、槍や剣が振り回され、血しぶきが飛び、いななきと悲鳴が響き渡ります。
そんな戦場のかたわらを、ガウス軍の船は飛ぶように過ぎていきました。川は大波小波におおわれ、渦を巻いて荒れ狂っています。波しぶきの合間にのぞく水面は真っ赤です。それなのに、船はまっすぐに進んでいきます。激流の影響をまったく受けていません。
「よし、行け。フェリボの街に上陸するのだ」
とガウス侯が満足げに船を見送ります――。
領主の城から城下町へ駆け下りたオリバンとユギルは、大通りを駆け抜け、街の南門までやってきました。
川からの敵襲を知らせる鐘は街中に鳴り響き、街中に配備されていた女王軍の兵士が南門へ駆けつけていました。南門の向こうは船着き場です。
オリバンはそれを追い越して、女王軍の先頭を馬で駆ける司令官にどなりました。
「騎馬隊だけ船着き場に出ろ! 残りは街の中で待機だ! 西からも敵が来ている! 絶対に敵を街に入れるな!」
王都からフェリボに来るまでの間に、オリバンと女王軍の兵士たちは顔見知りになっていました。王者の貫禄を持つオリバンには、司令官も一目置いています。
「承知した!」
と司令官は答えると騎馬隊を呼んで船着き場へ出るように命じ、残りの部隊には街を守るよう告げます。
その間にオリバンとユギルは街の外へ飛び出しました。敵の船が下ってくる川へと駆けつけます。
街の南にある船着き場は、川に沿って長く伸び、周囲を石畳の道で囲まれていました。川上の外れには高い見張り台があって、見張りの兵が銅鑼を激しく打ち鳴らしています。上流からの敵を知らせているのです。
船着き場に配置された三千の兵は、全員が川岸に集まっていました。大半は馬に乗っていない歩兵です。隊長の命令で上流へ弓矢を構えます。
そこへ敵の船がやってきました。赤い川の水はごうごうと音を立てて流れ、いたるところで山のように盛り上がっては、崩れて白いしぶきを立てていますが、敵の船はその波を乗り越えて進んでいました。流れにもまれることもなく船着き場まで来ると、急に速度を緩めて、引き寄せられるように岸へ近づいてきます。魔法のしわざに違いありません。岸辺には桟橋も沈んでいるのですが、そこに船底をひっかけることもありませんでした。
船には完全武装の兵士が二、三十人も乗っていました。岸にたどり着くと雄叫びを上げ、水を蹴立てて岸に駆け上がってきます。女王軍からいっせいに弓矢の攻撃が始まりますが、盾で矢を防ぎ、女王軍へ切りかかっていきます。
「これほどの大軍とは!」
とオリバンは歯ぎしりをしました。川から多くの敵が来るだろうと予想してはいましたが、それをはるかに上回る規模だったのです。
船は後から後から川を流れてきました。帆も上げていないのに、ひとりでに川岸に寄り、大勢の兵士を下ろしては、また岸を離れて流れていくのです。その動きはスムーズで無駄がありません。船着き場にみるみる敵が増え、女王軍を押していきます。
そこへ背後の門から新たな女王軍が飛び出してきました。街中で待機していた騎兵隊です。こちらも雄叫びを上げ、蹄をとどろかせながら川岸へ殺到して、敵と激しく戦い始めます。槍の穂先や剣のひらめき、飛び散る血しぶき、悲鳴とわめき声――。こちらの戦場も乱戦状態になっていきます。
オリバンは大剣を引き抜くと、馬で川岸へ走りました。着いたばかりの船へ駆け寄り、上陸してきた敵兵へ切りつけます。オリバンの剣が届く範囲にいた敵は全員倒され、無謀に突っ込んでいった兵士は首をはねられました。敵にはまったく容赦のないオリバンです。ガウス軍の兵士たちは思わず二の足を踏み、怒濤のガウス川を背後にして、身動きが取れなくなりました。そこへオリバンが飛び込んでいって、さらに敵を切り伏せていきます。
すると、ふいにユギルの声が響きました。
「殿下、盾を左へ!」
オリバンは、とっさに左腕の盾を掲げました。とたんに長槍が伸びてきて、盾に激しく当たります。盾を持つ腕がじぃんとしびれるほどの勢いです。防がなければ、鎧を貫通されたかもしれません。
オリバンは槍を持つ人物を見て驚きました。がっしりした体格の背の低い男で、テトの兵士とは形の違う、棘(とげ)のついた鎧兜を着ています。兜の下からのぞいているのは、もじゃもじゃの灰色のひげにおおわれた顔です。
「ドワーフか!?」
とオリバンは言いました。ひげの色こそ違いますが、以前ジタン山脈で共に戦った赤いドワーフたちと、そっくりの容姿をしています。
槍の男は、にやりと笑いました。
「そうとも、俺はイシアードの国のドワーフよ! 傭兵稼業で世界中を歩き回っているがな。縁あって雇われたからには、おまえたちには死んでもらうぞ!」
ドワーフの長槍がまた突き出されます。オリバンは盾で受けましたが、勢いが強すぎて止めきれませんでした。のけぞり、馬上から転落してしまいます。
そこへドワーフの傭兵が飛びかかってきました。槍を投げ捨て、背中から戦斧(せんぷ)を外してオリバンへ振り下ろします。オリバンはとっさに地面を転がって避けました。鋭い斧(おの)の刃が地面に深々と突き刺さります。
ふん、とドワーフはまた笑いました。
「でかい割りにはすばしこいな。だが、人間はドワーフにはかなわんぞ!」
両手でなければ扱えないような大きな斧を、片手で軽々と振り回し、オリバンへまた振り下ろします。オリバンが再び転がって避けると、そのすぐ横に、いきなり剣が突き刺さりました。新たな敵がやってきたのです。白い房と鎧のガウス兵が、地面から剣を引き抜き、またオリバンを突き刺そうとします。ドワーフの傭兵も戦斧を振り上げます。剣と斧に挟まれて、オリバンはどちらへも逃げられなくなります。
すると、二本の短剣が続けざまに飛んできました。一本はドワーフの兜に当たり、もう一本は剣を握る兵士の手首に突き刺さります。ガウス兵が悲鳴を上げて剣を取り落とします。
彼らの前方に馬から下りたユギルが立っていました。右手に新しい短剣を構え、ドワーフに狙いを定めながら言います。
「今度は外しません。眉間に刃先をお見舞いしてさしあげます」
ユギルはフードを後ろへ押しやっていました。銀の髪と灰色の長衣が風になびいて流れます。敵を見据える色違いの目は、怖いほど冷静です。
ドワーフがたじろぐと、その隙にオリバンが跳ね起きました。負傷したガウス兵を情け容赦なく切り倒し、剣をドワーフへ向けます。ちっ、とドワーフは飛びのきました。ユギルとオリバンの両方を一度に相手にするのは不利と見たのです。
「俺の仕事はおまえらの相手じゃない!」
とどなると、戦斧を振り回しながら乱戦の中へ逃げてしまいます。
オリバンは、ほっとすると、すぐにあきれ顔で占者を振り向きました。
「隠れた才能がいろいろあるな、ユギル。ナイフまで使えるとは知らなかったぞ」
「子どもの時分には、いろいろ悪さもいたしましたので。いざというときに役立つように、時折練習をしておりました」
とユギルは答えました。かつて貧民街で不良少年のグループのリーダーをしていた彼ですが、上品な今の姿からは、とても想像がつきません。落ち着き払った顔は、すましているようにさえ見えます。
オリバンは思わず肩をすくめてしまいました――。