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第16巻「賢者たちの戦い」

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55.ガウス川

 テト川の南を流れるガウス川は、雨に水かさを増して赤茶色の濁流になっていました。渦巻く水は岸にぶつかり、白い波しぶきを立てています。テト川より流れの急な暴れ川です。

 その川に並行した街道を進んでいく集団がありました。揃いの鎧兜で身を包んだ騎馬隊です。その数はおよそ二千。全員が兜に白い房をつけています。

 軍勢の先頭には、ひときわ立派な防具で身を包んだ壮年の男がいました。白い竜の刺繍を施したマントを、後ろにひるがえしています。それがテト国の西の大領主、グルール・ガウスでした。落ち着いた厳しいまなざしで、街道の行く手を見据えています。

 すると、東の方角から一羽の鳥が飛んできて、ガウス侯の肩に舞い下りました。真っ黒なムクドリです。候の耳元でくちばしを鳴らしながら、何かをさえずります。

 ガウス侯はひとりごとのように言いました。

「女王が城に戻ったか――。間に合わなかったな」

「何か、殿?」

 とすぐ隣を行く側近が聞き返しました。馬の蹄の音に邪魔されて、聞き取れなかったのです。

 ガウス侯は口元を歪めて苦い笑いを浮かべました。黒い口ひげを蓄えた顔は、美男子とまでは行きませんが、品のある顔立ちをしています。

「アキリー女王さえいなければ、マヴィカレを落とすのは簡単だったのだが、女王をいち早く城へ送り届けた者たちがいた。やっかいな援助者だ」

 側近は眉をひそめました。

「またグル神からのお告げでございますか。その援助者とは何者でしょう?」

「少年が二人と少女が二人、男が二人に女が一人、そして風の怪物が二匹。先頭の少年は金の鎧兜を身につけているらしい。間違いなく、ロムド国の金の石の勇者の一行だな」

 側近は驚きました。

「金の石の勇者というと、あの――!? で、ですが、金の鎧兜をつけていたのは少年だと、殿はおっしゃいませんでしたか?」

「だから、それが金の石の勇者なのだ。子どもだからと言って甘く見るな、イタート。この世には常識から外れた存在が、数え切れないほどあるものだ」

 はぁ……と側近は答えました。まだ半信半疑の顔をしています。

 

 ガウス侯は自分に従う二千の騎馬隊を振り返り、かたわらを激しく流れる川を見て言い続けました。

「雨は上がった。この後しばらく雨は降らん。我が歩兵部隊は、サータマンから国境を越えて川上に結集しつつあるが、あと三日で船を出すことができるだろう。彼らが川下のフェリボに到着するまでにあと五日。我々も、それまでにフェリボにたどり着き、フェリボ候の居城をたたく。奴を見過ごせば、必ず我々の背後に襲いかかるからだ。歩兵と合流すれば、我々は一万一千の軍勢になる。その人数で北上して、王都マヴィカレを一気に攻め落とすのだ」

「それもこれも、サータマン王が挙兵に協力してくれたからでございます……。ですが、殿、本当にあの王を信用してよろしいのでございましょうか? サータマンの疾風部隊や飛竜部隊が襲ってくれば、いくら一万一千の兵でも、ひとたまりもございません。我々はサータマン王にいいように利用されて、国を乗っ取られる手伝いをしたことになります」

 側近は不安そうでした。主君の命令で出兵したものの、彼らがしようとしているのは、王に対する裏切りです。王には国中の諸侯が味方についています。本当に成功するのか。成功したとしても、その後までうまく行くのか。心の中で不安を感じているのは、この側近だけではありませんでした。

 すると、ガウス侯は言いました。

「サータマン王になど手出しはさせん。テトの王はこの私だ。必ず、テトを世界の大国にしてみせる。神が私に約束したのだからな」

 大言壮語しているように聞こえますが、候の声は落ち着きはらっていました。行く手を見る厳しいまなざしは、少しも緩みません。

 側近は頭を下げました。

「申し訳ございません、殿。女王が城に戻ったと聞いて、臆病風が胸の内を吹き抜けたようでございます。ですが、もう心配はいたしません。殿はグル神から神託を受けて、テトの王となるために立ち上がられた。神に守られている殿に敵はございません」

 そして、側近はガウス侯から離れて、後続の兵士たちへ向かいました。候が話した進軍計画を隊長に伝えに行ったのです。

 

 ガウス侯は、一人、薄笑いを浮かべました。

「グル神の神託などではない……。神も悪魔も、私に命じることはできないのだから。私はガウスの白い竜だ。このテトの国も世界も、すべて身の内に取り込んで、必ず世界に君臨してみせよう」

 けれども、そのことばにさえ、やっぱりうぬぼれて豪語する響きはありませんでした。あくまでも冷静に、事実を述べるように淡々と話しているのです。

 候のかたわらをガウス川が音を立てて流れ続けていました。泡立ちしぶきを散らす川は、大地に激しく体当たりしながら突き進む、白い竜のようでした――。

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