王都マヴィカレの城壁の入口をくぐったフルートたちは、城を目ざして城下町を疾走していました。セシルと女王とポポロが乗った管狐を、フルート、オリバン、ゼン、メール、ユギルを乗せた馬が追っていきます。
テト城は都の中央の小高い丘にありました。れんが造りの城壁と先の尖った丸屋根を見上げながら、フルートが言います。
「とにかく城に入れ! 城下町にはガウス侯の手下が大勢いるから、捕まればぼくたちもアクも殺される! でも、城の中ならアクの命令が絶対になるんだ!」
「女王たちは大丈夫だ! まさか管狐に手を出そうという奴はいるまい!」
とオリバンが答えました。疾走する馬の上で会話をしているので、どなるような声になっています。
その管狐は、飛び跳ねるようにしながら、大通りを城に向かって走っていました。通りを行く人や馬車が仰天して道を開け、通りに面した店や家の人々が悲鳴を上げて扉を閉ざします。
ルルとポチは馬の後を追いかけながら話をしていました。
「都の警備隊が出てこないわね。どうしたのかしら?」
「ワン、さっき船着き場にやってきた衛兵たち、女王陛下はどこだ、とか、陛下はここには一緒にいないんだ、とか言い合っていたんですよ。衛兵の中でも情報が食い違っていて、とまどってるみたいだった。きっと、都の警備隊の中が混乱しているんですよ」
「どうして? 私たちが女王を誘拐したことになっていて、警備隊は私たちから女王を救い出せ、って命令されていたのよ」
「ワン。女王に城に戻られてはまずい人が、女王を殺すつもりでいるからですよ。アクを誘拐犯の一味にして、ぼくたちと一緒に始末しようとしているんだ。フルートの言うとおり、一刻も早く城に入らないと危険だな」
「本当にいまいましい天気!」
とルルは空をにらみつけました。雨は少しずつ弱まってきていましたが、それでもまだ灰色の雲から降り続けています。彼らは風の犬に変身することができません。
すると、先頭を駆けていた管狐が急に立ち止まりました。大通りの真ん中で身構え、歯をむき出してうなります。大通りの先に、鎧兜をつけた兵士がずらりと並んでいたのです。構えた長槍の穂先が、雨の中で光っています。
女王が管狐の背中から目を凝らし、兜の房の色を見極めて言いました。
「あれはわらわの衛兵ではない! グルールに荷担しているウズン候の部隊じゃ!」
セシルは驚いて女王を振り向きました。
「敵の部隊が都の中に入り込んでいるのか!?」
「テトは昔から複数の家臣に王都を守らせてきた。ウズンもその一人じゃ。王都に私兵を常駐させておる」
セシルは舌打ちしました。行く手をふさがれたら、女王に正体を明かしてもらって突破しようと考えていたのですが、敵の側の兵士ではその手は使えません。管狐に尋ねます。
「敵は大勢だが飛び越えられるか?」
ケーン
狐は一声鳴くと、身を深く沈めてから跳ねました。大通りの両脇に並ぶ建物よりもっと高く飛び上がり、居並ぶ兵士たちの頭上を越えようとします。
ところが、後ろからユギルの声が聞こえました。
「危ない、セシル様! おかわしください――!」
セシルは、はっとして、とっさに管狐に身をひねらせました。とたんに光の弾が空中を貫き、狐の腹をかすめていきました。管狐とセシルたちを稲妻のような衝撃が襲います。魔法攻撃をくらったのです。
大狐は地面に落ち、ばらばらになって五匹の小狐に戻りました。セシルや女王、ポポロも道の上に投げ出されます。小狐たちは石畳の上に倒れて体を痙攣(けいれん)させていました。大狐に戻ることができません。
「帰れ、管狐!」
とセシルは叫びました。狐が体でかばってくれたので、魔法を食らってもさほどダメージは受けていません。小狐たちが腰の筒に戻ったのを見届けてから、剣を抜き、背後に女王とポポロをかばいます。
彼らが落ちた場所は、敵の部隊のすぐ手前でした。部隊の先頭で、黒い衣を着た老婆が両手を高く差し上げて叫びます。
「あれが女王陛下を殺害した犯人だ! テトを占領しようとしている反逆者だよ!」
その声はテトの女王の耳にも届きました。
「なんじゃと!?」
と女王は顔を真っ赤にすると、兵や老婆の前で立ち上がりました。かぶっていたベールをむしり取って声を上げます。
「誰が殺されたというのじゃ!? わらわはここにこうして――!」
「よせ!」
「だめよ、アク!」
セシルとポポロは同時に声を上げました。敵の老婆が女王へ手を向けたのです。
「そぉら、ウズン様のおっしゃったとおりだ! 反逆者は女王陛下に化けていたよ!」
老婆のしわだらけの顔が薄笑いを浮かべているのを、ポポロは魔法使いの目で見ていました。老婆の手から撃ち出された魔法の弾が、まっすぐ女王へ飛んでいきます――。
すると、その前に一頭の馬が飛び込んできました。鞍にまたがった人物が大きな盾を構えます。
魔法は盾にぶつかって粉々になりました。飛び散ったかけらが馬を直撃します。音を立てて倒れていく馬から、盾の人物が飛び下りました。金の鎧がきらめき、緑のマントが女王たちをかばうように広がります。
「やめろ!!」
とフルートは敵の部隊へ叫びました。
「ここにいるのは本物の女王だ! 攻撃をやめろ!」
けれども敵は耳を貸しませんでした。魔法使いの老婆が言います。
「生意気に魔法を跳ね返す盾かい! それじゃあ、これでもくらいな!」
老婆の合図で、兵士たちがいっせいに槍を投げつけてきました。鋭い穂先が、彼らに向かって何十と飛んできます。
すると、フルートがまた叫びました。
「金の石!」
たちまちフルートの胸元から金の光が広がり、彼らを包みました。飛んできた槍を跳ね返してしまいます。
そこへゼンもやってきました。馬を駆り立てて、金の光のさらに前へ出ます。
追いついてきたメールが金切り声を上げました。
「危ないよ、ゼン! まだ槍が飛んで来るじゃないのさ!」
けれどもゼンは停まりません。敵の軍勢目がけて突進していきます。もうっ、とメールは手を差し上げました。
「花たち! ゼンを守っとくれ!」
雨の降る中、ざぁっと音を立てて、花の群れが飛んでいきました。ゼンの前で広がって壁になり、飛んできた槍を防ぎます。
その隙にゼンは敵の最前列にたどり着きました。馬の上から老婆へ飛びかかります。
ところが、老婆が手を突きつけたとたん、炎が湧き起こってゼンを包み込みました。
「ゼン――!!」
メールが悲鳴を上げます。
すると、すぐに炎の中からゼンが飛び出してきました。火傷ひとつ負っていません。
「何故だい!? あたしの火は象だって一瞬で燃やせるってのに!」
と驚く老婆にゼンは駆け寄り、一発殴って気絶させてから言いました。
「悪ぃな。魔法の火は俺には効かねえんだよ」
魔法使いを倒されて、兵士たちは思わず浮き足立ちました。そこへオリバンも駆けつけ、大剣を振り回して敵を散り散りにしていきます。
フルートは仲間たちに言いました。
「突破するぞ! ゼン、馬をぼくによこせ! ゼンはメールの馬に乗るんだ! セシルはオリバン、ポポロはユギルさんの馬に! アクはぼくと一緒だ!」
彼らは言われたとおりに馬に同乗しました。一丸となって敵の中を駆け抜けていきます。敵は全員が歩兵でした。疾走する馬に追われて、さらに散っていきます。
ところが、もう少しで敵の中を抜けるというときに、ユギルが声を上げました。
「勇者殿! 上です!」
彼らは大通りの端の方を駆け抜けようとしていました。通りに面した建物の屋根から、いきなり男が飛び下りてきたのです。フルートの馬にしがみついて、手にしたナイフを振り上げます。男が狙いをつけているのは、フルートではありませんでした。その後ろに乗っている女王です――。
「アク!」
フルートは自分の体で女王をかばいました。ナイフが鎧に当たって跳ね返されます。
すると、男はフルートにつかみかかり、走る馬の上から引きずり下ろしました。女王もろとも落馬したフルートは、体をひねって自分が下になりました。地面にたたきつけられた衝撃は鎧が弱めましたが、顎の下で留め具が弾けて兜が脱げます。さらに、女王が上に降ってきたので視界を奪われてしまいます。
とたんにオリバンの声が響きました。
「よけろ、フルート! アキリー女王!」
フルートは、とっさに女王をはねのけました。その場から逃がしたのです。すると、自分の真上でナイフを構える男の姿が目に飛び込んできました。男は女王の背中を突き刺そうとしています。
「やめろ!!」
フルートは跳ね起きて男に飛びつきました。ナイフをむしり取ろうとすると、男が振り向き、フルートを殴りました。兜が脱げてむき出しになった顔に、男の拳がめり込みます。思わずよろめいたフルートに、今度はナイフがひらめきます。
「フルート!!!」
ポポロが悲鳴を上げました。敵のナイフがフルートの顎を切り裂いたのです。
真紅のしぶきがほとばしり、フルートはその場に倒れました――。