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第16巻「賢者たちの戦い」

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52.救出

 茶色の濁流が走るテト川を、フルートたちの乗った船が流れてきました。波に激しく上下しながら、見る間に近づいてきます。セシルの読みの通り、彼らは都の北側の流れに侵入してきたのです。

 それへ目を凝らしながら、ゼンは、やべぇぞ、とつぶやきました。船は岸からずっと離れた場所を流れていたのです。ちょうど川の中央付近です。メールが必死で花を呼んだので、ロープの長さは充分でしたが、それを船まで届かせることができるかどうかがわかりません。石を結びつけたロープをいっそう速く振り回して、ちょうどのタイミングを狙います。

 いよいよ船が迫ってきました。上に乗る人の姿が見え、ワンワン、と犬がほえる声も聞こえてきます。すると、一人が船の上に立ち上がりました。金の鎧兜をつけたフルートです。

「ゼン――!」

 と親友を呼んで片手を高く上げます。

 ゼンは歯を食いしばってロープを振り回し、フルートの腕目がけて思いきり放り投げました。よりあわせた花と蔓が、しゅるしゅると音を立てて船へ飛んでいきます。

 けれども、距離が足りませんでした。ロープは船の手前に落ちると、たちまち濁流に押し流されました。

「やべぇ!」

 ゼンは大あわてでロープをたぐり寄せました。その間にも船は流れ下ってきます。乗っているフルートたちの姿が、岸からはっきりと見えるようになっていました。全員雨としぶきでずぶ濡れで、しかも、ポポロはぐったりと船縁に寄りかかっています。

「急いで、ゼン! 船が通り過ぎちゃうわ!」

 とルルが叫びました。メールが呼んだので、ロープが川の中から一気に飛び戻ってきます。ゼンはそれをもう一度振り回しました。目の前までやってきた船に向かって、もう一度大きく放ります。それを受け止めようと、フルートが手を前に突き出します。

 けれども、今度もまた距離が足りませんでした。風が出ていたのです。ロープが風にあおられ、また船よりずっと手前の場所に落ちていきます。ああっ、とメールとルルは叫びました。船は流れていきます。船着き場の前を通り過ぎてしまうので、三度目のチャンスはありません。

 

 すると、いきなりセシルの声が聞こえました。

「行け、管狐――!」

 剣を握ったセシルが、こちらを振り向いていました。そのすぐ後ろに、見上げるように巨大な灰色狐が姿を現し、ケーン、と一声鳴いて飛び跳ねました。セシルに従っている化け狐です。次の一歩で岸を蹴り、落ちていくロープをくわえて川の上へ躍り出ます。

「な、なんだあれは……!?」

 追っ手たちが、突然現れた大狐に驚き立ちすくみ、たちまちオリバンに倒されました。剣の柄で殴って気絶させただけなので、死んではいません。

 ゼンとメールとルルは川岸から固唾(かたず)を呑んで見守りました。管狐はロープを口にくわえたまま、まっすぐ船に向かって飛んでいきます。すさまじい跳躍力です。

 船では女王が悲鳴を上げていました。管狐は彼らが乗った船より大きな体をしています。それが飛び込んできたら、船が転覆してしまいます。

 けれども、フルートは船の上に立って、手を伸ばし続けていました。宙を飛んでくる狐を見つめます。巨大な狐が船に迫ります。

 と、その体がいきなり弾け散りました。小さな五つの影になって、次々と船に飛び込んできます。それはネズミほどの大きさの、五匹の小狐でした。口にロープをくわえた小狐が、伸ばしたフルートの手に飛びついてきます。

「ありがとう、管狐!」

 とフルートは言って、花のロープをつかみました。船に縛りつけようとします。

 すると、花のロープは自分からするすると動いて、もやい綱をつなぐ金具に絡みついていきました。がっちりと絡まって外れなくなります。

 フルートは立ち上がり、岸へ大きく手を振りました。

「いいぞ、ゼン!!」

 耳を聾(ろう)するような水音の中に、よっしゃぁ! とゼンの返事が聞こえてきました。すぐにロープがぴんと張り、川下へ流れ続けていた船が停まります。

 

 とたんに船は大揺れに揺れ出しました。船体に川の波を食らうようになったのです。

 フルートは船の中に身を伏せ、片腕でポポロを抱えながら言いました。

「振り落とされないように、船にしがみつけ!」

 岸辺では、ゼンがロープを体に巻き付け、両手に握って踏ん張っていました。ロープの先は激流の中の船につながっています。すさまじい力がかかっているはずなのに、ゼンは一歩、また一歩と後ずさり、川岸から充分離れると、おもむろにロープをたぐり寄せ始めました。船が川をさかのぼって船着き場に近づき始めます。

 ひゃっほう! とメールが歓声を上げました。ユギルやオリバン、セシルも駆けつけてきて、一緒に眺めます。ゼンがぐいぐいロープをたぐっていきます。船がしぶきを立てながら近づいてきます――。

 ついに船が船着き場にたどり着きました。ゼンが最後の一引きをすると、ざざっと音を立てて、石畳の岸に上がってきます。

 仲間たちは船に駆け寄りました。

「フルート! ポポロ! ポチ!」

「大丈夫か、アキリー女王!?」

 すると、船の中の人々が身を起こしました。真っ先に立ち上がったのはテトの女王です。ずぶ濡れの体や髪からしずくをたらしながら声を上げます。

「わらわの城へ行くぞ! グルールが出兵した! 襲撃に備えねばならぬ!」

 と船から飛び下りますが、とたんによろめいて前のめりになりました。長時間船に激しく揺られた上に、体が冷え切って、脚が動かなくなっていたのです。倒れそうになった女王を、オリバンが抱きとめます。

「無理をするな。走れる状態ではないぞ」

「でも、本当に急がないと――。ポポロが闇の雲の間からガウス侯の兵を見たんだ。ここを目ざして進軍している」

 とフルートが言いながら、船から下りてきました。その両腕にはポポロが抱きかかえられています。ルルやメールが飛んできました。

「ポポロ!」

「どうしたんだい!? 病気かい!?」

「力を使いすぎたんだよ。それに雨で冷え切ってる。早く暖めないと」

 フルートの腕の中で、ポポロは目を閉じて震えていました。流される船から必死でルルに呼びかけ、連絡を取り合ってきましたが、無事に船が岸に着いたとたん一気に疲れが出て、立つことも話すこともできなくなってしまったのです。

 

 すると、一番最後に船から飛び下りてきたポチが、ぴん、と耳を立てました。背筋の毛を立てて、王都の城壁を見ます。

「ワン、鎧と剣がぶつかり合う音がたくさん聞こえますよ……。中から兵隊が出てくるんだ!」

「都の衛兵ですね。わたくしたちを追ってきたのです。このままでは、衛兵とわたくしたちとで戦闘になります」

 とユギルも言います。

「わらわは一刻も早く城へ行かねばならぬのじゃ!」

 と女王が叫びましたが、支えるオリバンの手を振り切ることはできませんでした。

 そこへ、彼らの耳にもたくさんの蹄の音が聞こえてきました。衛兵が駆けつけてきたのです。フルートは一瞬唇をかみ、すぐに言いました。

「セシル、もう一度管狐を出してくれ! アクとポポロを乗せて城へ行くんだ! ぼくたちは馬で城を目ざす!」

「俺たちは馬を連れてきてねえぞ! 暇がなかったんだ!」

 とゼンが言いました。船に乗るときに別れたフルートの馬たちも、まだここには到着していません。

 すると、フルートが、ぐいと顎で城壁を示しました。

「馬ならある。ほら!」

 そのことばと同時に、都の中から十数人の兵士が飛び出してきました。全員が馬にまたがっています――。

 思わずぽかんとしたゼンが、すぐに、にやっと笑いました。

「なるほどな。で、何頭欲しいんだ?」

「フルートとゼンとあたいの分、それとオリバンとユギルさんの分で五頭だよ!」

 とメールが言いながら、花たち! とまた呼びかけました。ロープになっていた花が崩れて飛んでいき、鎧の隙間から衛兵の体へ茎を突き刺して、馬の上から落としてしまいます。

 ゼンも衛兵に駆け寄ると、腰に下げていた小さな青い盾で兵士の剣を受け止め、押し返して、兵士の脚をむんずとつかみました。

「でぇりゃあ!」

 かけ声と同時に兵士を馬の上から放り出してしまいます。

 

 その間に、セシルは腰に下げた銀の筒に呼びかけていました。

「管狐、もう一度助けてくれ」

 ケンケーン、と声がして、筒から五匹の小狐がまた飛び出してきました。五匹が溶けるように一緒になり、一匹の巨大な灰色狐に変わります。

 フルートとオリバンは、ポポロと女王をその背中に乗せました。

「城に着くまで、毛の中に入って暖まっていくんだよ」

 とフルートが二人に言います。

 大狐の首の上にセシルが飛び乗りました。狐の体を優しくたたいて呼びかけます。

「行き先は都の中のテト城だ。頼むぞ」

 ケーン。

 狐は鋭く鳴くと、大きく飛び跳ねました。たった一歩で衛兵たちを飛び越え、次の跳躍で都の城壁を乗り越えて姿を消していきます。

「フルート! オリバン!」

「馬が手に入ったぞ、早く来い!」

 とメールとゼンが呼びました。鞍や手綱をつけた軍馬が四頭、そこにありました。ユギルはとっくに自力で馬を手に入れてまたがっています。

 フルートもすぐに馬に乗ると大声で言いました。

「行くぞ! アクたちを追うんだ!」

 おう! と仲間たちは声を上げました。いっせいに馬に飛び乗って駆け出します。その行く手をさえぎろうと、馬に乗った衛兵が飛び出してきますが、たちまちオリバンやフルートの剣に馬からたたき落とされました。蜂の群れのような花に襲われて、悲鳴を上げて馬から落ちる兵士もいます。

 衛兵たちを蹴散らして、一行は都に駆け込んでいきました。激しい川の音が遠ざかり、代わりに雨の音が彼らを包みます。雨はまだ降り続いていたのです。

 都の通りの、ずっと先のほうに、駆けていく大狐の姿が見えていました。地面を蹴っては空に大きく飛び上がって、舞うように進んでいきます。フルートやオリバンたちが乗った馬がそれを追い、さらにその後をポチとルルの二匹の犬が追いかけます。

 テト城へ。都の中心へ。

 彼らは雨の中を疾走していきました――。

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