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第16巻「賢者たちの戦い」

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50.荒れ川

 フルートたちを乗せた船は、岸を離れて流れ始めました。川は波を立てているので、船は揺れに揺れます。川に投げ出されそうになって、彼らは船にしがみつきました。つかまることができないポチは、船のベンチの下に潜り込みます。

 フルートはベンチに横たえたポポロにおおいかぶさるようにして、船縁とベンチをつかんでいました。自分の体でポポロを守ろうとします。その背中に何度も水しぶきがかかりました。船が波にぶつかっているのです。そのたびに船は大きく揺れます。

「だめじゃ!」

 と女王が真っ青な顔で叫びました。

「大波じゃ! とても行けぬ! 船が転覆するぞ――!」

 行く手で川が大きくうねり、白いしぶきを立てていました。そこに巻き込まれたら、船はバランスを崩して転覆してしまいます。フルートは船縁を握りしめながら念じました。避けろ! 波の少ない流れに乗れ……! けれども、船はうねりへ向かっていきます。ぐうっと船体が持ち上げられます――。

 すると、フルートの下から細い声がしました。

「ロエキヨミーナ」

 淡い緑の星がフルートの目の前を飛んで散っていきます。

 とたんに船の下から波が消えました。船が下がり、斜面を滑り降りるように、川の中心部へ向かいます。その周囲からも波がなくなっていきます。

「ポポロ」

 とフルートは自分の下を見ました。ポポロは行く手へ伸ばした手を下ろすところでした。魔法で川の波を消したのです。相変わらず土気色の顔ですが、フルートと目が合うと、にっこりと笑いかけてきます。その嬉しそうな笑顔に、フルートはまた何も言えなくなりました。

 

 波が消えているのは、ほんの二、三分のことでしたが、その間に船は進み、川の中央の、一番速い流れに乗りました。魔法が切れると、川がまた荒れ始めますが、船の行く手にもう大波はありませんでした。船は飛ぶような速さで川を下っていきます。

 フルートと女王は身を起こしました。ポチもベンチの下から這い出してきます。

「ワン、これでポポロの魔法はあとひとつですね。船が王都に着くときに必要だから、あとは使えないんだ」

 とポチが言います。

 ポポロはまた目を閉じてしまっていました。マントからのぞく顔を、強い雨がたたき続けています。フルートは自分の体で雨をさえぎりながら、行く手を見つめました。流れていく景色の中、行く手の空は灰色の雲におおわれています。王都マヴィカレはまだまだ先です。

 すると、ポチが、ワン、とほえました。

「見てください、あれ――! 敵だ!」

 川の左岸に街道があり、そこを馬で疾走してくる集団がいました。金属の小片をつづり合わせた鎧に、房のついた兜をかぶった兵士たちです。二十人ほどもいましたが、川を下るフルートたちを見つけると立ち止まり、川を指さして何かを叫びました。雨と川の音が激しいので、なんと言っているのか、フルートたちには聞こえません。

 すると、兵士たちが船の後を追って走り始めました。馬を全力疾走させますが、川のほうが速いので、たちまち引き離されて見えなくなっていきます。

「また都からの兵じゃ。あのまま街道を行っていれば、見つかって捕まっておったな」

 と女王が言いました。冷や汗をかいているような口調でした。

 

 船は進み続けます。川は荒れ、波やうねりが至るところにできていますが、川の中央だけはうねりが比較的小さいので、船はその上を越えていきます。船体は上下しますが、それなりに安定した進みです。

 このまま行ってくれ、とフルートは祈るように考えていました。ポポロの魔法は王都に着くまでもう使えません。あとは運を天に任せて、川に運ばれていくしかないのです。

 灰茶色のブドウ畑や緑の麦畑が両岸に次々に現れ、白壁の家々が飛ぶように通り過ぎていきます。流れていく景色を、雨がいっそうにじませます。こんな状況なのに、ひなびた風景はフルートの胸に切ない懐かしさを呼び起こしました。目の前の景色に、遠いシルの町の景色が重なります……。

 

 ところが、女王がまた声を上げました。

「なんじゃ、あれは!?」

 行く手の川面から空に向かって、柱のようなものが何本もそそり立っていました。目を凝らしたポチが、背中の毛を逆立てて言います。

「ワン、あれ――水魔ですよ、フルート! 川の怪物だ!」

 フルートは跳ね起きました。

「ガウス侯に気づかれたんだ!」

 と叫びながら船首に出て、炎の剣を引き抜きます。

 怪物は全部で四匹いるようでした。竜巻のように水中から水の柱を持ち上げ、その先を蛇の鎌首のように曲げて、近づいてくる船を狙います。

 と、先頭の水魔が襲いかかってきました。水魔の頭には目も口もありません。太い水の鞭がフルートたちの真上から落ちてきて、彼らの乗った船をひっくり返そうとします。

 フルートは剣を大きく振りました。ばっと水魔の頭が白い蒸気になって散っていきます。その隙に、船は水魔の下をすり抜けました。揺れながら川下へ進みます。

 そこへ、二匹目の水魔が迫ってきました。フルートの剣を避け、大きくねじれて横から船に襲いかかります。フルートは剣で横なぎにしました。じゅん、と音がして、水魔の頭がまた蒸気になります。

 

 けれども、水の怪物たちは頭を消されても死にませんでした。川から水を巻き上げ、頭を復活させて後を追ってきます。行く手はさらに二匹の水魔が待ちかまえています。

 すると、ポチが言いました。

「ワン、ガウス侯が送り込んでるんだから、あいつらはきっと闇の怪物ですよ! 金の石が効くはずです!」

 フルートは急いでペンダントを引き出しました。正面から突進してくる二匹の水魔へ突きつけて叫びます。

「光れ!」

 たちまち金の光がほとばしり、水の怪物を照らしました。とたんに、水魔が溶けるように消滅します。

 フルートは振り向いて後ろへもペンダントを向けようとしました。ところが、追ってきていたはずの二匹がいません。いったいどこへ――!? と驚いていると、いきなり船が大きく揺れました。船の真下の水が、ぐうっと盛り上がって船を高く持ち上げます。

 ポチが叫びました。

「ワン、水魔は下だ!」

 二匹の怪物が船の下に回り込んでいたのです。その一匹が体をねじり、さらに伸び上がって船に絡みついてきます。

 フルートはまたペンダントを突きつけました。聖なる光で水魔を消滅させますが、船の下までは光が届きません。体を半分消された怪物が、川から水を吸い上げて復活します。残る水魔はまだ二匹です。

 フルートは船から身を乗り出すと、船縁を乗り越えようとしました。飛び下りて、怪物を倒そうとします。

 とたんにポポロが跳ね起きました。

「だめ、フルート!!」

 と鎧に腕を回して引き止めます。

 フルートは焦って振り向きました。

「放して、ポポロ! 大丈夫だ、ぼくは溺れない!」

 けれども、ポポロは首を振りました。振り切ろうとするフルートに、必死でしがみつきます。

 ぐらり、と船が大きく傾きました。水魔が船をひっくり返そうとしているのです。全員が船の中に倒れ、船首の方向へ投げ出されました。その拍子に、ポポロの手がフルートから離れます。

 フルートは跳ね起きて、また船縁に飛びつきました。そのまま外へ飛び出していこうとします。

 

 すると、声が響きました。

「ロエキテーベスヨキテ!!」

 フルートは、ぎょっとして振り向きました。ポポロがベンチにしがみついて片手を上げていました。青ざめた顔の中で、緑の瞳が燃えるように耀いています。指先からは瞳と同じ色の星が散って消えていくところでした。彼女は二つ目の魔法を使ったのです。

「ポポロ、どうして――!?」

 とフルートが言いかけたとき、船の下からすさまじい騒ぎが聞こえてきました。崩れて消えていく二匹の水魔の周りに、何十という怪物が現れ、もだえ苦しみながらまた水中へ沈んでいきます。水魔以外の怪物たちも集まっていたのです。フルートが水魔を退治に飛び下りれば、いっせいに襲いかかられたに違いありません。

 フルートは驚き、ポポロを抱き起こして尋ねました。

「君、これが見えていたの……!?」

 ポポロは涙をこぼしてうなずきました。金の石の聖なる光は、水中では弱まってしまいます。これだけの数の怪物に襲われたら、いくらフルートでも助かるはずがなかったのです。

 フルートはポポロを抱きしめました。

「ありがとう――」

 

 水魔が完全に崩れて、船は川面に下りました。流れに乗ってまた勢いよく進み始めます。その周囲に、ポポロの魔法で絶命した怪物の死体がいくつも浮いていました。見ている間に崩れて、川の中に呑み込まれていきます。もう川から現れる怪物はありません。

 けれども、ポポロはフルートの腕の中で、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝っていました。彼女は今日の魔法を二つとも使い切ってしまったのです。こうして川を下っていっても、魔法で王都に船を寄せることができません。

「ワン、ど、どうしますか?」

 とポチが言いました。賢い小犬もさすがに焦った声をしています。雨の降りしきる中、船は飛ぶように川を走っていきます。

 女王は青ざめたまま行く手を見つめていました。彼女にも、この状況をどうしたらいいのかわかりません。うろたえながら船にしがみついています。

 すると、フルートがポポロの手を握りました。泣きじゃくる彼女をのぞき込んで言います。

「泣かないで、ポポロ。早くルルを呼ぶんだ」

 ポチが驚きました。

「ワン、ルルですか? でも、雨が降ってるから、ルルも風の犬には――」

「ルルを通じて、みんなを呼ぶんだよ。テト川に来てもらうんだ」

 そう言って、フルートは顔をあげました。王都のある川下を見つめます。それは仲間たちを信じるまなざしでした。優しい顔が強い表情を刻んでいます。

 ポポロはうなずくと、震えながら呼びかけ始めました。

「ルル。ルル、聞こえる――?」

 細い声が、うねる川面を渡っていきました。

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