「だぁめだ。思いっきり監視されてるぞ、俺たち」
「周りは見張りでいっぱいだし、通りを歩いてると、ずっとついてくるのさ。すっごくうっとうしいよ」
宿に戻ってきたゼンとメールが、部屋の中の仲間たちに口々に報告しました。二人とも、腕には大きな袋や包みを抱えています。マヴィカレの城下町に買い物に出て、周囲の様子を探ってきたのです。
「我々を逮捕することはできなかったが、まだ疑っているということだな」
とオリバンが窓の外を眺めながら言いました。彼らがいるのは二階の部屋なので、外の通りで宿を見張る人影がよく見えます。そちらの角で二人、別の物陰から一人、さらに、通りを挟んだ向かいの宿にもこちらの様子を監視する目があります。
「アキリー女王がわたくしたちの元に現れるだろうと踏んで、見張っているのです。勇者殿たちがここへおいでになれば、問答無用で敵に捕まってしまうでしょう」
とユギルが言ったので、セシルが心配しました。
「それでは彼らと合流できない。彼らが来たら、我々の方で都の外に出るしかないか」
彼女はもうテトの服を脱いで、いつもの男装に戻っていました。
「それも難しいかもしんねえぞ。俺たちが都の入口のほうへ向かったら、いきなり見張りが増えたからな。都の外に出たら、絶対に目の色変えて追いかけて来るだろう」
とゼンが言いましたが、その口調はのんびりしていました。部屋のテーブルに焼き菓子やワインなどを並べて話し続けます。
「せっかく買ってきたんだから食おうぜ。テトのお菓子だ。メールと何軒も店を回って、うまそうなヤツを選んできたんだぜ」
「悠長だな。彼らが心配ではないのか?」
とセシルが眉をひそめると、へっ、とゼンが笑います。
「この程度で困るようなフルートたちじゃねえよ。どんなに妨害されたって、絶対に合流してくらぁ」
「そうそう。さ、早く食べようよ。焼きたてで、まだ温かいのもあるんだからさ」
とメールも言います。
すると、ユギルが急に動いて部屋の扉を開けました。ちょうど外の廊下で鳴こうとしていたルルが、あら、と言いながら入ってきます。
「どうもありがとう。いい匂いね? 私にもひとつちょうだい」
「周りが見張りだらけだっただろう?」
とゼンが揚げ菓子をひとつルルに放りながら言いました。ルルも街の様子を確かめに、宿の外へ出かけていたのです。雌犬は菓子をぱくりと口で受け止めると、床に置いてから答えました。
「この周りだけじゃないわよ。街中、見張りや兵隊がいっぱい。アクはロムドからテトに戻る途中で誘拐されたことにされているわ。誘拐犯が女王を盾にして王都までゆすりにくると思われているのよ」
「戦になれば王の人質と保釈金は当然のことだからな。ロムドのしわざだと思われているのか?」
とオリバンが尋ねました。
「疑っている人もいたけど、証拠がないから噂の段階ね。金の石の勇者の一行が来ていることにも、誰も気がついていないわ。この国でも、金の石の勇者は立派な大人で、お供に魔女や人魚やこびとやライオンを連れている、って思われているんですもの。失礼しちゃうわよね、ほんとに」
とルルは言って、揚げ菓子を食べ始めました。
「ちょうどいいよ。あたいたちの正体が知れたら、こんなところでのんびりしちゃいられないもんね」
とメールはクルミのパイを食べながら言いました。ユギルはワインの栓を抜きます。
「勇者殿たちは今日中にはお着きになれません。馬でも二日の道のりとアキリー女王がおっしゃっていましたので。今はしばし待つときです」
「そういえば、ロムドからはアキリー女王の家臣たちもこちらへ向かっているだろう。彼らはどうなっているのだ?」
とオリバンは尋ね、ゼンが勧めた甘い菓子を断って、ワインのカップだけを受けとりました。オリバンは辛党です。
「今はもう占盤で見ることがかないませんが、最後に見た一昨日の段階では、同行の魔法使いが峠道の崖崩れを魔法で開通させて、ミコン山脈を下りる途中でした。たぶん、今ごろはもう山越えを終えて、テト国内に入ったのではないかと存じますが」
「あの中には、女王の腹心がいる。彼らさえテト城に到着すれば、女王の誘拐などという嫌疑は晴れるのだが――」
「残念ながら、それを待つことはできません。今こうしている間にも、闇の雲の下では、ガウス侯の私兵が出動の準備を整えています。すでに領地を出発した可能性もあるのです。ぐずぐずしていれば、後れを取って、勝つことができなくなります」
「明日、フルートたちが到着したら、即刻テト城に入って、応戦の準備を開始しなくてはならないわけだな」
とオリバンは言ってワインを飲みました。確かに、こんなふうに時間を過ごせるのは、今日だけなのかもしれません。
すると、急に外から賑やかな音が聞こえてきました。ゼンが驚いて窓を開けると、街のあちこちの鐘がいっせいに打ち鳴らされて、うるさいくらいに響いていました。通りを行き交う人の動きが急に慌ただしくなって、大勢が城壁の方向へ急ぎ始めます。
赤く染まり始めた空を見上げて、ユギルが言いました。
「夕刻になるので、跳ね橋が上がるのでございましょう。安全のために、夜間は都に人が出入りできないようにしているのです」
「もしフルートたちが夜の間に着いたら、朝になって橋が下りるまで待たなくてはいけない。大丈夫だろうか」
とセシルがまた心配しました。跳ね橋が下りるのを待つ間に、敵に見つかって捕まる可能性があるのです。
ゼンは肩をすくめました。
「心配ねえって。ポチやポポロが一緒にいるんだぞ。いざとなったら、風の犬やポポロの魔法で、なんとかするに決まってる。――そら、セシルはどっちがいいんだよ?」
とゼンがワインのカップと菓子を差し出したので、セシルもとうとうあきらめました。部屋の中の人々は誰もフルートたちを心配していません。気をもんでいるのは、セシルひとりだけなのです。
「まったく悠長なものだな」
と皮肉を言いながら干しぶどう入りの焼き菓子を受けとると、ゼンがすかさず切り返しました。
「悠長なんじゃねえ。あいつらを信頼してるんだよ」
得意そうに、にやっと笑ったゼンの顔を、セシルは想わず見つめてしまいました――。