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第16巻「賢者たちの戦い」

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第14章 小屋の中

46.街道

 フルートとポポロとテトの女王は、船に乗ったオリバンたちとは別行動を取って、馬で王都マヴィカレを目ざしていました。ポチも一緒です。

 ルルからは、オリバンたちが王都の入口で女王誘拐の犯人に疑われた、という知らせが入っていました。女王が船に乗っていたら、全員が誘拐犯にされて捕まるところだったのです。

 フルートは馬を走らせながら言いました。

「ぼくたちの特徴は、かなり正確に手配書に載っていたみたいだ。たぶん、ぼくのこの恰好やポポロの髪の色なんかも知られているんだろう。見つかれば、ぼくたちも誘拐犯にされる。正体を隠して都に入らなくちゃいけないな」

「ワン、そしてオリバンたちと合流しなくちゃ」

 とポチも言います。

 すると、フルートの後ろから女王が言いました。

「城の中に入れば、そなたたちが逮捕される危険はなくなる。さすがに、城ではわらわの命令は絶対じゃからな。だが、城下町にはグルールの息がかかった者が大勢いるから、そこでわらわとそなたたちが引き離されれば、問答無用でそなたたちは殺されるじゃろう」

 それを聞いて、ポポロは手綱を握る自分の手を見つめました。一日に二回だけですが、強力な魔法を繰り出すことができる手です。あまり強力すぎるので、いつも自分で恐ろしく思ってきたのですが、今はそれを強く信じる気持ちになっていました。フルートには死の危険が迫っています。フルートを守るためには、強力な魔法がどうしても必要でした。

 

 彼らは石畳の街道を進んでいました。すぐ右側をテト川が流れていますが、そのあたりは川のほうが高い場所にあるので、川と道の間には小高い土手が築かれています。行く手にはブドウ畑が広がる丘があり、道と土手は緩やかに曲がりながら丘の向こうへ続いています。

 すると、ポチが急に、ぴんと耳を立てました。

「ワン、向こうからたくさんの蹄の音が聞こえてきますよ」

 フルートとポポロは、すぐに馬を停めました。ポポロが遠いまなざしで丘の向こうを見て言います。

「兵隊たちが来るわよ……! 全部で二十人くらい。みんな、手に長い槍を持ってるわ」

「都の衛兵じゃ! もうわらわたちを探しに出てきたのか!」

 と女王が言ったので、フルートは道の外に出ました。

「隠れよう。こっちだ」

 と木や茂みが葉を茂らせた陰に飛び込むと、じきに丘の向こうから騎馬隊が現れました。全員が金属の小板をつづり合わせた鎧と、青い房のついた兜を身につけ、長い槍を握っています。

「やはり都の警備兵じゃな。兜の房の色が所属を表している。王都の警備兵は青じゃ」

 と女王が言います。

 王都の衛兵は、木陰のフルートたちに気づかないまま、前を駆け抜けていきました。砂埃を残して遠ざかっていきます。

 

 その姿が完全に見えなくなってから、フルートたちは街道に戻りました。王都に向かってまた馬で駆け出しながら、フルートが言います。

「ぼくたちが船に乗らなかったと考えて、探しに向かったんだな……。とすると、また引き返してくる可能性が高い。急いで都に行かないと」

「ワン。ガウス侯は、なんとしてもアクを城に行かせないつもりなんですよ。誘拐犯から保護するふりをして、城に入る前に捕まえるつもりなんだ。まさか、ガウス侯自身も都にいるんじゃないだろうな」

 とポチが心配しましたが、女王は首を振りました。

「それはありえぬ。グルールは王都を私兵で襲撃することを企んでいるのだから、自分の領内にいて、その準備を整えているはずじゃ。何らかの方法で都からの知らせを受けて、都にいる手下に命令を伝えているのじゃろう」

「何らかの方法っていうのが、きっと竜の秘宝の力なんだな――」

 とフルートは言いました。

「ちょうど、ポポロがルルと心で話せたり、四大魔法使いたちが離れていても互いに会話ができたりするみたいに、ガウス侯も、自分の領地にいながら、あちこちにいる手下と話ができるんだ」

「ワン、しかもその手下には闇の怪物までいますよ。ミコン山脈でぼくらを探していたんだから」

 とポチも言います。

 

 その時、ポポロが急に前に出ました。

「フルート!」

 と鎧の胸元を指さします。フルートはペンダントを外に引き出していました。透かし彫りの真ん中で、金の石が脈打つように明滅しています。

「闇の敵だ!」

 フルートとポポロは即座にまた立ち止まりました。あわてて周囲の気配を探ります。テトの国では、陸路より川のほうが頻繁に使われるので、街道を通る人はあまり多くありませんでした。丘の麓を回る道の前後に、彼ら以外の人影は見当たりません。

 すると、ポポロが今度は土手を指さしました。土手をおおった緑の草が、風もないのにかさかさと音を立てて揺れています。

「ワン、いた……」

 とポチが身構えたので、フルートはささやきました。

「静かに。大丈夫。闇の敵なら、金の石がぼくらを隠してくれるから」

 そこで、一同は馬にまたがったまま、息を殺して土手を見守りました。馬たちも、気配を察して、じっと動かなくなります。女王は、目玉の怪物におびえて声を上げてしまったことを思い出して、今回は目を閉じました。かさかさと、草の揺れる音が近づいてきます――。

 

 すると、突然音が彼らの横で止まりました。草の中から、にゅっと二本の棒のようなものが突き出てきて、ぐるぐると回り始めます。棒の先には血走った目がついていました。探し求めるように、周囲を見回しますが、街道に立っているフルートたちには気がつきません。

「ドコだ?」

 と怪物はひとりごとを言いました。

「川の近くにいるハズだと言われた。見つけたら、そいつを食ってイイと言われた。早く見つけナイと、他のヤツに横取りサレルぞ――」

 怪物が草の中から伸び上がってきました。それは大きなナメクジでした。角の先の目玉で、さらに高い場所から見回しますが、やはりフルートたちを見つけることはできません。草の中に戻り、目を引っ込めると、また、かさかさと草の中を進み出しました。ナメクジなのに驚くほど素早く川上へ遠ざかっていきます。

「グルールは、わらわを殺すために闇の怪物まで繰り出したのか」

 と女王が目を開けて言いました。その顔色は真っ青です。フルートが、安心させるように言いました。

「そのために、ユギルさんはぼくをアクの護衛にしたんですよ。金の石があれば、闇の敵には見つからないから。人間の敵ならポチとポポロが見つけてくれるし。大丈夫。王都までちゃんとたどり着けます」

 けれども、女王は何も言いませんでした。フルートの後ろでうつむいてしまいます。

 そんな女王を、籠の中からポチが振り向きました。くんくん、と鼻を鳴らし、首をかしげて女王を見つめます。

 フルートとポポロはまた馬を走らせ始めました。王都のある川下へ急ぎます。

 女王はずっと黙り込んでいました。ふと洩らした溜息を、川から吹いてきた風が運び去っていきました――。

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